本研究は前立腺癌に対する分化誘導療法の有効性を確認するために、ヒト由来前立腺癌細胞株をcAMPの分解阻害剤である種々のphosphodiesterase inhibitorにて処理し、その物質による分化誘導効果について調べ、下記の結果を得ている。 1.ヒト前立腺癌細胞株LNCaP、PC-3、DU145をphosphodiesterase inhibitorであるPapaverine、IBMX、Theophyllineの3剤で処理した結果、LNCaP細胞のみが特徴的な形態変化を示し、その変化はPapaverine(10-5M)により最も高率に認められた。また、細胞内cAMP濃度の上昇も、Papaverine投与により最も高率にみられ、LNCaP細胞の形態変化の割合は、細胞内cAMP濃度の上昇に関連していることが確認された。 2.LNCaP細胞の増殖能は、Papaverine(10-5M)により抑制されるとがMTT法により確認されたが、Viabilityの低下は認められなかった。また、フローサイトメトリーによる細胞周期解析では、G2/M期、S期の減少とG0/G1期の増加がみられ、G1 arrestが確認された。このことから、LNCaP細胞はPapaverineによりactiveな細胞周期から静止状態のG0期への移行を生ずる可能性が考えられ、細胞分裂を起こさない終末分化の細胞の性状に近付くものと思われた。 3.Papaverine(10-5M)により形態変化したLNCaP細胞は胞体が小さくなり、細長い突起が伸び、近傍の細胞同士が連結するようになった。また、変化した細胞の電顕像は、突起様の部位に微小神経管構造を認め、また細胞質に電子密度の高い顆粒を認め、神経内分泌細胞への分化誘導を示唆する所見であった。また、この形態変化は非可逆的でPapaverineを除去しても一度神経内分泌細胞様の分化を来した細胞は、再び元の形態に戻ることなく増殖も停止したままであった。さらに、神経系のマーカーとされているNSE、AchEの発現を免疫染色、ウエスタンブロットで解析した結果、NSEの発現の変化は認められなかったが、AchEの発現の増大が認められた。 4.Papaverine(10-5M)によるLNCaP細胞の性状の変化についての解析では、ノザンブロットで腫瘍マーカーであるPSAmRNAや癌遺伝子であるc-mycの発現の低下が認めらた。in vitroインベージョンアッセイでは、細胞浸潤能の著明な低下が認められたが、それは細胞増殖抑制に伴う変化ではないことから、分化誘導による効果と考えられた。 以上、本論文はphosphodiesterase inhibitorであるPapaverineがヒト前立腺癌細胞LNCaPに作用し、終末的な分化形態へ誘導する可能性があることを明らかにした。本研究はこれまでほとんど行われていなかったヒト前立腺癌に対する分化誘導療法の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |