学位論文要旨



No 214579
著者(漢字) 北原,伸郎
著者(英字)
著者(カナ) キタハラ,ノブオ
標題(和) ABRにおける下丘腕の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 214579
報告番号 乙14579
学位授与日 2000.02.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14579号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 講師 菊地,茂
内容要旨

 遠隔電場電位である聴性脳幹反応(ABR)はどのような生理学的機序で形成されるのかを研究することは重要で、未だに解明されていない点、新たに判明した矛盾点などが次々と持ち上がっている。その1つに各波の形成に重要な役割を果たすのは脳内に生じる2種の電位すなわちシナプス後電位と伝導性活動電位のどちらであるかという問題がある。さらにABRが誘発される中枢端はどこか、下丘より中枢側もABRの誘発に関与しているかどうか、未解決のまま残されている。1手段として今回ラットを研究対象に選び、伝導性活動電位と関係の深い下丘の出力線維路である下丘腕とABRとの関係を調べた。今回の実験では静脈洞交会の後方1mmの脳表に関電極をおいてABRを記録し対照として他の誘発電位と同時に測定して比較した。

 実験Iでは、下丘腕・下丘を露出し局所の誘発電位を記録した。下丘腕表面で誘発される電位は、ABR第VI波付近の潜時に一致する大きな陽性波であり、他の部位ではみられない電位であった。この陽性波は下丘腕のほぼ全体に認められた。さらに下丘腕表面より深部へ針電極を刺入すると振幅が増大していき、ある点で逆転陰性化した。Dipole fieldを形成しており、この電位は下丘腕の近電場電位と考えられる。ABR第VI波の起源である可能性が示唆された。

 実験IIでは大脳表面および下丘腕・下丘表面から得られた誘発電位の第V波及び第VI波からそれぞれ大脳表面等電位分布地図と下丘腕・下丘表面等電位分布地図を作成した。大脳表面等電位分布地図では対側の外側前方に第VI波の高電位領域、それより後内側に第V波の高電位領域がみられ、それぞれ異なった領域を示した。下丘腕・下丘表面等電位分布地図では高電位領域は第V波潜時では下丘側、第VI波潜時では下丘腕とくに基部に高い電位領域がみられた。さらに下丘腕深部の等電位分布地図をABR第VI波潜時より前、第VI波頂点潜時、第VI波潜時より後の3時点での電位変化をしらべた。第VI波のピーク潜時にみられた0電位線が中枢側へ移動することが確認された。

 実験IIIでは下丘腕深部のdipole fieldの位置の確認のため通電して組織変性をおこさせて部位を組織学的に検討した。組織標本では、下丘の外側皮質から下丘腕に沿って組織の変性が見られた。Dipole fieldの組織破壊によってABR第VI波の消失がみられた。通電時、V波は残りながら第VI波が消失する場合があるため、第V波と第VIの発生源が異なる事が示唆された。

 実験IVでは聴覚神経路を切断破壊することにより、下丘腕誘発電位及びABR波形がどの様な変化を示すかを検討した。下丘腕誘発電位は対側内耳破壊、同側外側毛帯切断、同側下丘腕基部の切断によって消失した。内側膝状体の破壊では下丘腕誘発電位やABR第VI波の減少・消失は見られなかった。両側下丘腕基部切断によってABR第VI波も消失した。ABR第VI波は内側膝状体より末梢側で、下丘腕基部から下丘腕に発生源があると考えられる。

 以上の実験結果よりラットABRの第VI波は、下丘腕と密接な関係があり、下丘から内側膝状体への上行線維の活動電位が遠隔電場電位としてみられたものと考えられる。

審査要旨

 本研究は聴覚伝導路の重要な中継核のひとつである下丘の出力路にあたる下丘腕について焦点をあて、下丘腕がABR波形にどのように関与するか、それはどのような生理学的機序で起こるのかを研究目標において、ラットをもちいて実験をおこない、下記の結果を得ている。

 1.下丘腕・下丘から誘発電位を記録した。下丘腕表面で誘発される電位は、ABR第VI波付近の潜時に一致する大きな陽性波であり、他の部位ではみられない電位であった。この陽性波は下丘腕のほぼ全体に認められた。さらに表面より深部へ針電極を刺入すると振幅が増大していき、ある点で逆転陰性化しdipole fieldを形成した。このことから下丘腕誘発電位がABR第VI波の起源である可能性が示唆された。

 2.大脳表面および下丘腕・下丘表面より格子状に誘発電位を記録し、ABR第VI波潜時、第V波潜時におけるの等電位分布地図を作成した。第VI波高電位領域は下丘腕基部を中心に下丘腕全体に認められ、第V波高電位領域とは異なった高電位領域を示した。さらに下丘腕深部での等電位分布地図を作成し、時間経過をおって電位の変化をみたが、第VI波のピーク潜時前後で、0電位線が中枢側へ移動することが確認された。下丘からの上行性出力路の線維束の伝導性活動電位と考えられる。

 3.下丘腕深部のdipole fieldを示す点で針電極先端より通電して組織変性をおこさせ、その部位を組織学的に検討した。組織標本では、下丘の外側皮質から下丘腕に沿って組織の変性が見られた。また、通電によって下丘腕誘発電位が消失し、同時にABR第VI波の消失がみられた。

 4.下丘腕誘発電位は、対側内耳破壊、同側外側毛帯切断、同側下丘腕基部の切断など、聴覚神経路末梢側の遮断により消失したが、内側膝状体の破壊では下丘腕誘発電位やABR第VI波の減少・消失は見られなかった。両側下丘腕基部切断によってABR第VI波も消失した。ABR第VI波は内側膝状体より末梢側でおこり、下丘腕基部から下丘腕に発生源かあることが破壊実験によっても確認された。

 以上よりラットABRの第VI波は、下丘から内側膝状体への上行線維の活動電位が遠隔電場電位としてみられたものと考えられ、下丘腕とABRの第VI波との関係がはじめて明らかとなった。本研究は、ABRの生理学的発現機序の解明や部位診断の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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