内容要旨 | | 【研究の目的】脳動静脈奇形(AVM)に対する定位的放射線照射療法(stereotactic radiosurgery)においては,従来,病変の体積が治療成績に直接影響するものとされてきた.一方,近年では,線量計画システムのハード面ソフト面両方の進歩により線量計画に3次元的画像情報を取り入れることが可能となり,より厳密な照射野の設定が行えるようになってきている.本研究では,AVMのradiosurgery後の消失率および合併症発生率を分析することにより,治療成績における定位的3次元的画像情報の意義を明らかにすることを目的とした. 【対象・方法】1990年6月から1994年2月までの間に東京大学でgamma knifeによるradiosurgeryを行ったAVMの症例276例を対象とした.1992年4月以前の治療例120例は,線量計画に定位的脳血管撮影のみを用いて治療した群で,これをAG群とした.1992年4月以降に治療した156例では,従来の定位的脳血管撮影にくわえて定位的造影CTをおこない,両方の情報を用いて線量計画を行った.これをCT群とした.それぞれの群において,Kaplan-Meier法を用いた計算によりAVMの消失率,画像異常の出現率を計算し,さらに単変量および多変量のCoxの回帰分析を行って,消失率および合併症発生率に影響する因子につき検討を加えた. 【結果】AVMのradiosurgery後の消失率は,全体では63%(155/246)であり,actuarial法で計算した2年後,3年後,5年後の消失率はそれぞれ51%,78%,90%であった(図1).AG群では,体積別にみると,大きなAVMの消失率は小さなものと比較して統計学的に有意に低かった(log-rank検定,p<0.01,図2A)これに対し,CT群では,体積別にみた消失率に統計学的有意差はみられなかった(p=0.20,図2B).消失率に関する多変量解析によるCoxの回帰分析では,AG群ではAVMの体積が完全消失の独立予測因子として統計学的に有意(p=0.01)であったのに対し,CT群ではAVMの体積は有意な因子ではなかった. 図1.249症例におけるactuarial法により計算したradiosurgery後のAVMの残存率曲線.図2.Actuarial法により計算したradiosurgery後のAVMの残存率曲線の体積別比較(<1cm3,1 to 4cm3,および>4cm3),A:AG群,B:CT群 合併症は,MRIのT2強調像における高信号域の新たな出現としてとらえた.この画像上の異常は.全体の24%(58/246)にみられ,Kaplan-Meier法で計算した2年後の画像異常発生率は30%であった(図3).体積別にみると,AG群・CT群のいずれにおいても,大きなAVMの治療後の画像異常発生率が小さな病変の治療後に比べて高い傾向がみられた(図4A,B).単変量および多変量のCox回帰分析の結果,CT群で画像異常出現を予測する独立因子として統計学的に有意であったのはAVMの体積であった(p<0.01).AG群でもAVMの体積が独立因子として最も統計学的有意に近かった(p=0.035) 図3.Actuarial法により計算したradiosurgery後の画像異常非出現率曲線. 図2.Actuarial法により計算したradiosurgery後の画像異常非出現率曲線の体積別比較(<1cm3,1 to 4cm3,および>4cm3),A:AG群,B:CT群. 【結論】従来の報告において,AVMに対するradiosurgeryの治療成績が病変の体積に左右されるとされていた主たる理由のひとつに,線量計画と実際の病変との相違の生じる可能性が大きな病変ほど高いことが考えられる.定位的3次元的画像情報を線量計画に取り入れることにより,線量計画と実際の病変との相違の可能性が減少し,このため比較的大きなAVMに対してもradiosurgeryで小さな病変とほぼ同等の十分な消失率が得られることが示されたが,画像異常で示される合併症に関しては,3次元的画像情報を取り入れた厳密な線量計画を行ってもやはり大きな病変の照射後に高率に発生する傾向があることが示され,このことが,大きさの点でradiosurgeryの適応を拡大する上での制限因子になると考えられる.実際の臨床においては,nidusの正確な部位を考慮に入れて適応を決める必要がある. |
審査要旨 | | 本研究は脳動静脈奇形(AVM)の定位的放射線一回大量照射療法(radiosurgery)において治療成績に大きな影響を与えると考えられる線量計画の重要性を明らかにするため,東京大学においてGamma knifeによるradiosurgeryを行ったAVMの治療例276例について,AVMの消失率および照射後の合併症発生率を解析することにより,治療成績における定位的3次元的画像情報の意義を明らかにすることを試みたものであり,以下の結果を得ている. 1.線量計画を脳血管撮影のみで行った120例の照射後の消失率を,AVMの体積別(1cm3未満,1cm3以上4cm3未満,4cm3以上)にKaplan-Meier法で計算したところ,統計学的に有意な差をもって体積の小さいものほど高い消失率を示した.消失率に関する多変量解析によるCoxの回帰分析を行った結果では,AVMの体積が完全消失の独立予測因子として統計学的に有意(p=0.01)であった.これに対して,線量計画において,脳血管撮影に加えて定位的CTを用いた156例では,体積別にKaplan-Meier法で計算した消失率は統計学的に有意な差を認めなかった.多変量解析によるCoxの回帰分析でも,体積は完全消失を予測する独立予測因子として統計学的に有意ではなかった. 2.線量計画にCTを用いた156例において,脳血管撮影による線量計画と,CTによる線量計画を比較したところ,109例(69.9%)では両者が一致したが,47例(30.1%)では不一致が著しく,脳血管撮影上での線量計画をCTにより大幅に修正することが必要であった.修正が不要であったものの平均の体積は2.7±4.2cm3,修正を要したものの平均体積は3.4±2.1cm3と,修正の必要であったものの方が体積が大きい傾向を示した(p=0.0363).修正を要したものの比率を大きさの区分ごとにみると,体積が1cm3未満のAVMでは11/57(19.6%),1cm3以上4cm3未満では14/37(24.6%),4cm3以上10cm3未満では16/37(43.2%),10cm3以上の大きなものでは6例全例(100%)であり,大きな病変ほどCTによる修正が必要となる傾向が明らかであった. 3.合併症は,MRIのT2強調画像における高信号域の新たな出現としてとらえた.この画像上の異常所見の発生率を体積別にみると,線量計画を脳血管撮影のみで行った群,線量計画に定位的CTを取り入れた群のいずれにおいても,大きなAVMの治療後の画像異常発生率が小さな病変の治療後に比べて高い傾向がみられた.単変量および多変量のCox回帰分析の結果,CTを線量計画に取り入れた群で画像異常出現を予測する独立因子として統計学的に有意であったのはAVMの体積であった.線量計画を脳血管撮影のみで行った群でもAVMの体積が独立因子として最も統計学的有意に近かった(p=0.035). 以上,本論文はAVMに対するradiosurgeryにおいて,正確な照射野を設定することにより,病変の体積による消失率の差はきわめて小さくなることを明らかにした.従来の報告では,消失率を規定する最も重要な因子が体積であるとされてきたが,本研究によって,体積増加に伴う消失率低下の主因は線量計画上の不一致であり,CTを用いて3次元的情報を補うことによって従来radiosurgeryの適応がないと考えられていた大きさのAVMも治療可能であることが示唆された.しかしながら合併症発生率は体積とともに増加するため,無制限に適応を拡大することが不可能であることも示された.これらの因子の解析により,本研究はAVMに対するradiosurgeryの適応の決定を明確にすることに重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. |