学位論文要旨



No 214583
著者(漢字) 木佐貫,博光
著者(英字)
著者(カナ) キサヌキ,ヒロミツ
標題(和) カラマツ属の形態分類および生態学的特性と分子系統との関係に関する研究
標題(洋)
報告番号 214583
報告番号 乙14583
学位授与日 2000.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14583号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 井出,雄二
内容要旨

 カラマツ属(Larix)は,北半球の寒冷な地域を広範囲に優占する落葉針葉樹である。同属は球果における種鱗と苞鱗の長さの関係からカラマツ節とナガミカラマツ節の2節に区分され,球果形態により約10種に分類される。同属には広範な分布を示すカラマツ節のシベリアカラマツ,ダフリアカラマツ,アメリカカラマツの3樹種と,狭い範囲に遺存的分布を示すカラマツ節のヨーロッパカラマツ,カラマツならびにナガミカラマツ節のヒマラヤカラマツ,シセンカラマツ,トウカラマツ,セイブカラマツ,タカネカラマツの7樹種がある。これらの樹種にはいくつかの変種がある。ダフリアカラマツとその変種では,球果の形態変異が顕著であるため分類が困難である。同属は,全樹種で開花期が重複し,雑種が容易に形成される。形態変異が顕著な地域集団は,現在隣接して分布する樹種どうしが過去に浸透交雑して生じたと推測される。浸透交雑によって形態は多様化し,形態分類に限界が生じる。そこで,同属の系統解明には,DNAレベルでの種間関係を明確にする必要があると考えられる。今回,カラマツ属の形態,フェノロジー(生物季節)などの生態学的特性について樹種間の比較を行い,DNA分析によって得られた分子系統をもとに,カラマツ属の系統を明らかにした。

 形質遺伝では,グイマツとカラマツの雑種について,球果形態,1年生枝,フェノロジー,成長を調べた。球果の形態は両親種の中間を示した。枝の形質は,グイマツの形質が優性だった。開花は母性遺伝,黄葉は父性遺伝すると考えられる。グイマツを母樹とする雑種の成長特性は両親種を凌いだ。雑種における形態の多様さと,成長特性の良さが,カラマツ属の分布が広いことにつながっていると考えられる。

 生態学的特性としてフェノロジーを樹種間で比較した。開芽と開花は各樹種でほぼ同時期に起こり,気温に対するこれらの反応が樹種間で一様であることが類推される。伸長成長停止や黄葉には樹種間差が顕著にみられた。同属では落葉前に葉の養分が非常に高い割合で枝に転流され,光合成期間終了を示す黄葉は,葉から枝への養分転流率の高低に関係すると思われる。各種の黄葉時期は生育地における日長や低温の到来時期などの影響を受けて決定されているものと考えられる。実生における冬芽形成期は,分布緯度と高い相関が認められた。一方,黄葉・落葉時期は,成木では分布緯度が低いほど遅かった。実生では,高緯度産の樹種系統に黄葉が早くないものがあり,分布緯度との相関は低かった。ダフリアカラマツの変種や系統の黄葉をみると,分布の緯度差が小さい系統同士では,緯度と黄葉時期は対応していなかった。ダフリア系カラマツにみられる黄葉時期の遅早は,各系統がそれぞれの分布地における気候および栄養条件に適応した結果だと考えられる。種子落下時期は,黄葉や落葉の時期とほとんど関係がなく多様だった。種鱗開出角度など球果の形態的要因と樹脂量などの生理的要因により,種子は落下が制御されるためだと考えられる。ほとんどの樹種では3月までに大半の種子が落下したが,ヨーロッパカラマツの種子落下は遅く雪解け後だった。同樹種の種子は結実翌年に発芽するものだけでなく数年間にわたって発芽するものがあると考えられる。グイマツ千島系の種子は早い時期に一斉に落下した。積雪前に落下すると,菌害や小動物の食害を受けやすくなるが,鳥などによる食害や,樹上での乾燥から回避される点は有利である。このように,分布拡大に直接関係する種子の落下時期については,特異的パターンを示す樹種が認められた。

 カラマツ属の系統を解明するために,カラマツ属8樹種4変種14系統について,葉緑体DNA(cpDNA)の制限酵素断片長多型RFLPの探索,cpDNAのrbcL遺伝子塩基配列の解読,RAPD分析(Randomly Amplified Polymorphic DNA)を行った。cpDNAのRFLPでは種間多型が少なく,rbcL遺伝子における塩基置換数は1,309塩基中6塩基しかなく,同属のcpDNAにおける種間多型が極めて少ないと考えられる。これは,樹種間の遺伝的な分化が進んでいないことを示唆する。RFLPによるcpDNAタイプ(図1)やRAPDに基づく同属の分子系統(図2)は染色体構造による樹種区分と類似し,DNA分類はカラマツ属の遺伝的な類縁関係を的確に表すことが示された。

図表図1 葉緑体DNAの制限酵素断片長多型に基づくカラマツ属の分類と形態分類および地理分布との対応 / 図2 RAPDマーカーから算出された遺伝距離をもとにUPGMA法によって得られたカラマツ属の系統

 二節に分類される北アメリカ大陸のアメリカカラマツ,タカネカラマツ,セイブカラマツのcpDNAの制限サイトには多型が認められず,cpDNAによる樹種区分は表現型をもとにした節と一致しなかった。こそれらにはrbcL塩基配列にも特異的な塩基置換があり,ユーラシア大陸のいずれの樹種とも異なるDNA組成をもつことが示された。RAPDの結果から,タカネカラマツとセイブカラマツは非常に近縁だった。両樹種の分布が重複する場所では雑種がみられ,過去から遺伝子交流が行われてきたと考えられる。一方,アメリカカラマツはどの樹種とも近縁ではなかった。同樹種は,球果サイズが非常に小さく,他樹種よりも開花周期が短いため,カラマツ属のなかでも特異な遺伝的背景を持つと考えられる。北アメリカ大陸のカラマツ属はユーラシア大陸のカラマツ属と分化した後,現在の3樹種に分化したと推測される。現在,アメリカカラマツの広範な分布地は,最終氷期には氷床に覆われており,氷床後退後に同樹種が分布拡大した。タカネカラマツとセイブカラマツが分布する北アメリカ大陸西岸では,氷河期において氷床に覆われていたのは部分的だったため,氷期以前から2種が分布していたと推測される。この成立過程の違いが,両者の遺伝的組成に差違を生じたと考えられる。cpDNAタイプとRAPDの結果から,北ユーラシアのヨーロッパカラマツ,シベリアカラマツ,ダフリアカラマツ,カラマツは一つの群にまとまった。DNA分析結果から,ヨーロッパカラマツとポーランドカラマツとは非常に近縁であり,シベリアカラマツとは異なることが示された。ヨーロッパカラマツとシベリアカラマツとは形態や地理分布から推測されるほど近縁でなかった。ダフリアカラマツの変種間でcpDNAの多型は全く認められず,RAPDの結果からもその変種群が互いに遺伝的に近縁であることを示し,その変種のほとんどは遺伝的分化が進んでいないか,浸透交雑が最近まで行われてきたことが推測される。カラマツとダフリアカラマツとはrbcL遺伝子上で塩基置換が認められるほど分化している。RAPDの結果から,カラマツはチョウセンカラマツとマンシュウカラマツなどのダフリアカラマツの変種と最も近縁だった。その変種のなかでカラマツと最も遺伝的に離れていたのがグイマツ樺太系だったことは,カラマツがサハリン経由ではなく,朝鮮半島経由で日本列島に渡来したことを示唆する。南ユーラシアに分布するトウカラマツのcpDNAタイプには他樹種と異なり,分岐年代が古いことを示した。RAPDの結果から,同樹種は他のいずれの樹種とも類似度が低く,属内で遺伝的組成がかなり異なったものであることが推測される。

 DNA分類とフェノロジーとの関係を検討した。北ユーラシア樹種群のフェノロジーでは,ダフリアカラマツとカラマツでは高緯度の系統ほど冬芽形成期が早かった。シベリアカラマツは,分布緯度に関係なく冬芽形成,黄葉ともに早かった。ヨーロッパカラマツは,分布緯度が高い割にフェノロジーが遅く,その種子落下期は他樹種よりも非常に遅かった。北アメリカ樹種群についてみると,アメリカカラマツは,分布緯度の高い割に黄葉が遅かった。南ユーラシアのトウカラマツは分布緯度は低いため限界日長時間が短く黄葉が遅かった。南ユーラシア樹種群の冬芽の耐凍性は同属のなかで最も低く,特異な遺伝的背景をもつものと推測される。ヨーロッパカラマツとアメリカカラマツは分布緯度とフェノロジーとの関係が希薄だったが,互いに遺伝的に近縁ではないこと,系統に関係なく分布緯度がフェノロジーに影響した樹種が多かったことから,フェノロジーは樹種分化の過程において獲得されたものではなく,樹種分化後に分布地域の日長条件に応じて適応したものであると推測される。

 DNA分類において,北アメリカ,北ユーラシア,南ユーラシアの三樹種群のいずれが祖先型であるかは不明である。カラマツ属最古の化石は,北アメリカ大陸の高緯度地域における第三紀始新世中期の苞鱗の短いタイプと,アメリカ合衆国アイダホ州における4500万年前のものである。これらは,現生種の分布付近にあたり,北アメリカ大陸に同属の起源があることを示唆する。最古の化石球果およびユーラシアから北アメリカにかけて広く出土する球果の形態は,現生のカラマツ節に該当するため,カラマツ節が同属の祖先型であると考えられる。分子系統や染色体構造による樹種区分から考えて,ユーラシア大陸に分布する南北のカラマツ属が,最終氷期に接していたとは考えにくい。現在広範囲に分布する3樹種の分布地をみると北アメリカ大陸とユーラシア西部では約2万年前の氷期において氷床が広く覆っていたと推測される。カラマツ属は氷床後退跡および永久凍土地に適応し,過去8千年間に分布拡大したものと考えられる。分子系統とフェノロジー多様性から,カラマツ属は大陸や地域に応じて分化していると考えられる。同属は第三紀前半の非常に古い時期に起源したと推定されるが,DNAにおける分化の程度は比較的小さいものと考えられる。

審査要旨

 カラマツ属樹木は,北半球の寒冷な地域に広範囲に優占する落葉針葉樹で,球果の種鱗と苞鱗の形態から,カラマツ節とナガミカラマツ節に区分され約10種に分類されている。これらの樹種は,球果の形態に変異が大きいことから,多くの分類体系が示されている。カラマツ属は樹種間で雑種が容易に形成される特性があり,形態変異が豊富にみられる地域集団は過去に交雑して生じた可能性が示唆される。このように,交雑によって形態は多様化するために,カラマツ属の系統解明には種間関係をDNAレベルで明確にする必要がある。

 本論文は,カラマツ属樹木の形態とフェノロジーなどの生態学的特性について樹種間の比較を行い,DNA解析によって得られた分子系統をもとにカラマツ属の系統を明らかにしたもので,5章よりなっている。

 第1章は,序論にあてられ,カラマツ属の既往の分類と種特性について検討され,本論文の目的について述べている。

 第2章では,表現形質の遺伝特性の検討を行い,形態や生態的特性の遺伝様式について,グイマツとカラマツの雑種を対象にして,球果や1年生枝の形態,フェノロジー,成長様式などを明らかにした。そして,雑種における形態および生態的特性の多様さと成長特性の良さは,多様な環境へのカラマツ属樹種の適応能力の高さを示し,カラマツ属の北半球における広大な分布に寄与していると考察した。

 第3章では,生態学的特性としての開芽・開花期,伸長成長停止・黄葉期,冬芽形成期,種子落下期などのフェノロジーを樹種間で比較し,樹種間の地理的分布とフェノロジーとの関係についてその詳細を明らかにした。

 第4章では,分子情報に基づくカラマツ属の系統を比較し,カラマツ属8種4変種14系統について,cpDNAの制限酵素断片長多型RFLPの探索,cpDNAのrbcL塩基配列の解読,RAPD分析が行われた。その結果,RFLPでは種間多型が少ないことから遺伝的な分化が進んでいないこと,RFLPやRAPDに基づく分子系統は染色体構造による樹種区分と類似していることなどから,カラマツ属の遺伝的な類縁関係について,北ユーラシアのヨーロッパカラマツ,シベリアカラマツ,ダフリアカラマツ,カラマツは一つのまとまりで,ヨーロッパカラマツとポーランドカラマツは非常に近縁であること,カラマツはダフリアカラマツの変種チョウセンカラマツおよびマンシュウカラマツと最も近縁であること,などを明らかにした。また,変種の中でグイマツ樺太系がカラマツと最も遺伝的に離れていることから,カラマツが樺太経由ではなくて朝鮮半島経由で日本列島に渡来したものと考察した。

 このように,DNA解析によって,カラマツ属は,アメリカカラマツ,タカネカラマツ,セイブカラマツの北アメリカ系,シベリアカラマツ,ヨーロッパカラマツ,ポーランドカラマツ,カラマツ,ホクシカラマツ,チョウセンカラマツ,ダフリアカラマツ,マンシュウカラマツ,グイマツの北ユーラシア系,トウカラマツの南ユーラシア系の,大きく3つの樹種群に分けられることが明らかにされた。

 第5章では,カラマツ属の系統が総合的に考察された。

 以上を要するに,本論文は多くの分類体系が示されているカラマツ属樹木について,形態および生態的特性とともに分子系統をもとにその系統を明らかにしたもので,学術上,応用上,貢献することが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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