学位論文要旨



No 214589
著者(漢字) 寺西,宗広
著者(英字)
著者(カナ) テラニシ,ムネヒロ
標題(和) Mini Rat/Ntsの骨に関する形態および形態計測学的研究
標題(洋)
報告番号 214589
報告番号 乙14589
学位授与日 2000.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14589号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
 (財)残留農薬研究所 理事 真板,敬三
内容要旨

 Mini rat/Nts(Jcl:Wistar-TgN(ARGHGEN)lNts rat:ミニラット)は近年確立されたJcl:Wistar rat(ウイスターラット)由来のトランスジェニックラットで,ラット成長ホルモン(GH)遺伝子の発現がそのアンチセンス遺伝子の導入により抑制されており,GHアンチセンス遺伝子非導入のウイスターラットに比べて血中GH濃度が低く(約40%),体重,体格などの成長が抑制されていることが報告されている.GHは骨を含めて成長に重要な役割を担っており,骨の長軸方向の成長を用量依存性に促す唯一の下垂体ホルモンであることが知られている.また,GHはin vitroで骨芽細胞や破骨細胞を直接的あるいは間接的に活性化すること,in vivoで組織学的・生化学的な骨代謝パラメータを亢進させることが報告されている.しかしながら,GHによる骨代謝亢進の帰結,すなわち,骨量への影響については,様々な異なった報告があり定説はない.一方,ヒトでは下垂体機能不全,GH単独欠損症,老人性骨粗群症などのGH欠乏に関連する骨変化が知られており,その機序の解明,治療法の開発のためにも適切なGH欠乏モデルが必要である.従来,ラットのGH欠乏モデルとしては下垂体摘出ラットや新生仔期monosodium glutamate(MSG)投与ラットなどが用いられてきたが,いずれのモデルにおいてもGH欠乏の骨への影響についての報告は少ない.そこで,本研究では,組織レベルの骨代謝を調べるための形態計測的手法を活用し,ミニラットの骨における1)(1)成長/加齢に伴う変化,(2)GHによる影響について調べるとともに,2)他のGH欠乏モデル-(1)下垂体摘出ラット,(2)新生仔期MSG処置ラットーとの比較を行い,新たなGH欠乏モデルとしてのミニラットの有用性について検討した.得られた結果は下記の通りである.

1)ミニラットの骨の特徴(1)ミニラットとウィスターラットの骨の比較-成長/加齢に伴う変化

 成長/加齢を考慮し,60週齢までのミニラットとウィスターラットの大腿骨・脛骨について,骨代謝回転を調べる形態計測的手法を活用し,比較した.その結果,ミニラットの大腿骨・脛骨の骨サイズ,骨塩量および骨密度はウィスターラットに比べて有意に小さく,これらは両系統で38ないし60週齢まで増加する傾向を示した.組織学的には,ミニラットは骨幹端海綿骨および骨幹皮質骨の骨量が少なく,骨減少症のモデルとなる可能性が考えられた.破骨細胞マーカーである酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ(TRAP)陽性細胞の大腿骨遠位骨幹端における分布には,両系統間で明らかな差は認められなかった.骨組織形態計測では,脛骨近位の長軸方向の骨成長速度は26週齢までウィスターラットで有意に高い値を示したが,38週齢でミニラットと同程度になった.他方,脛骨骨幹の骨膜の骨形成速度は60週齢までウィスターラットで高かった.これら長軸方向の骨成長速度および骨膜の骨形成速度は加齢に伴い低下する傾向があり,その低下の程度はウィスターラットでより顕著であった.これらとは対照的に,脛骨近位骨幹端の二次海綿骨(リモデリング部位)における骨代謝回転に関連する組織形態計測パラメータには両系統間で明らかな差がなく,両系統ともに60週齢までは加齢による明らかな変化は認められなかった.したがって,ミニラットの骨幹端・骨幹の骨量減少は,長軸方向の骨成長速度と骨膜の骨形成速度の低下に起因し,GH欠乏は骨のモデリングに影響するが,骨のリモデリングには影響しないことが示唆された.

(2)GHのミニラットの骨に対する影響

 8週齢ミニラットにブタ下垂体由来GHを0,2,6,20IU/kg/time,twice/dayの投与用量で14日間腹腔内投与し,ミニラットの大腿骨・脛骨に対するGHの影響を調べるとともに,GHのモデリングおよびリモデリングに対する影響を調べた.その結果,GH投与詳では体重増加,骨幹端海綿骨の骨量増加,脛骨近位の成長板幅および長軸方向骨成長速度の増加ならびに骨膜の骨形成の亢進が,投与用量依存性に認められ,これに伴い,骨サイズ,骨塩量および骨密度の増加が認められた.脛骨近位骨幹端の二次海綿骨での骨代謝に関連する組織計測パラメータには対照群とGH投与群との間に明らかな差はなかった.さらに,大腿骨遠位骨幹端の一次・二次海綿骨での骨吸収に関与する破骨細胞(TRAP陽性細胞)の分布と数にも対照群とGH投与群との間に明らかな差はなかった.したがって,ミニラットではGHが骨のモデリングを促進するものの,リモデリングには影響しないことが示唆された.

2)他のGH欠乏モデルとの比較(1)下垂体摘出ラットとの比較

 ミニラットの親系統のウィスターラットに8週齢時に下垂体摘出術(HX)を施し,12週齢時よりブタ下垂体由来GHを2IU/kg/time,twice/dayの投与用量で14日間腹腔内投与し,大腿骨・脛骨に対する影響を調べるとともに,同週齢のHX非処置ウィスターラットおよびHX非処置ミニラットと比較し,その特徴を調べた.その結果,HXラットにGHを投与することにより,体重,大腿骨・脛骨の骨長,骨塩量および骨密度が増加し,骨塩量は大腿骨遠位と脛骨近位で,また,骨密度は脛骨近位で,それぞれ有意差がみられた.組織学的所見および骨組織形態計測結果より,これらは大腿骨・脛骨の軟骨内骨化による長軸方向の骨成長および骨膜の骨形成が促進されたことによるもの考えられた.ウィスターラットと比べ,ミニラットおよびHXラットはともに体重,骨長,骨塩量および骨密度が小さく,ミニラットとHXラットでほぼ同様の傾向を示した.また,ウィスターラットと比べ,ミニラットおよびHXラットはともに,脛骨の長軸方向成長速度および骨膜骨石灰化面が低値を示したが,その程度はHXラットで著明であった.したがって,骨に関してはミニラットがHXラットとほぼ同様の特徴を有することが明らかになった.また,ミニラットでは,HXラットに比べて骨幹端海綿骨の骨量も多く,体重や骨代謝に関連する臓器の重量(比体重値),血液学的・血液化学的検査値などに高度の変化を起さないことから,GH欠乏モデルとしではHXラットよりも有用であると考えられる.

(2)新生仔期MSG処置ラットとの比較

 ミニラットの親系統であるウィスターラットの新生仔にMSGを投与し,GH放出ホルモン産生ニューロンを破壊することによりGH分泌を抑制したラット(MSGラット)を作製し,12週齢時にその大腿骨・脛骨について調べるとともに,同週齢のウィスターラットおよびミニラットと比較し,その特徴を調べた.その結果,ウィスターラットに比べてミニラットでは体重が小さかったが,MSGラットの体重は,肥満の影響もあり,ウィスターラットと同程度であった.大腿骨・脛骨の骨サイズ,骨塩量および骨密度は,MSGラットおよびミニラットはともにウィスターラットに比べ低値を示し,組織学的にも骨幹端海綿骨および骨幹部皮質骨の骨量は少なく,その程度はミニラットでより著明であった.また,MSGラットおよびミニラットでは,ウィスターラットに比べ,脛骨近位の成長板幅および長軸方向成長速度の低値が認められたが,その程度は同様であった.12週齢時におけるMSGラットとミニラットの脛骨近位の長軸方向成長速度には差がないのに,ミニラットで骨サイズ,骨塩量および骨密度が小さく,骨量が少なかったのは,ミニラットの出生時体重がウィスターラットに比べて小さいことを考慮すると,出生前の胎仔期の成長にもGHが影響を及ぼしている可能性を示唆している.一方,二次海綿骨における骨面基準の骨代謝パラメータに関しては,MSGラット,ミニラットおよびウィスターラットの間で明らかな差はなかった.これらの結果からも,GH欠乏が骨のモデリングには影響するが,リモデリングには影響しないことが示唆されると同時に,骨に関してはミニラットがMSGラットとほぼ同様の病態を示すことが明らかになった.

 以上,本研究により,GHアンチセンス遺伝子の導入によりGH欠乏状態を呈するミニラットの骨の詳細が,成長/加齢に伴う変化を含め,初めて明らかにされた.また,ミニラットと親系統のウィスターラットとの骨の比較およびGHのミニラットの骨への影響を調べることを通じて,GHが骨のモデリングを促進するが骨のリモデリングには影響しないことを強く示唆する結果が得られた.さらに,ミニラットを他のGH欠乏モデルであるHXラットおよびMSGラットと比較し,これら2種類のGH欠乏ラットと同様,ミニラットでもモデリング様式の骨成長がほぼ同様に抑制されていることを確認した.ミニラットは特別な外科的・薬物的処置が不要で,検査値への影響が小さく,GH以外の下垂体ホルモンの欠乏およびそれに随伴するホルモンの変化の影響を回避できるため,GH欠乏の骨への影響についてさらに理解を深め,GH欠乏の骨に対する様々な処置やGHをはじめとする薬剤投与の影響を調べる上で,優れたGH単独欠損モデルとなり得ることが明らかにされた.

審査要旨

 Mini rat/Nts(Jcl:Wistar-TgN(ARGHGEN)1Nts rat:MR)は近年確立されたJcl:Wistar rat(WR)由来のトランスジェニックラットで,ラット成長ホルモン(GH)遺伝子の発現がそのアンチセンス遺伝子の導入により抑制されており,WRに比べて血中GH濃度が低く(約40%),体重,体格などの成長が抑制されている.GHは骨を含めて成長に重要な役割を担っており,骨の長軸方向の成長を用量依存性に促す唯一の下垂体ホルモンであることが知られている.また,GHはin vitroで骨芽細胞や破骨細胞を直接・間接的に活性化し,in vivoで組織学的・生化学的な骨代謝パラメータを亢進させることが報告されている.しかし,GH欠乏の骨への影響についての報告はごく少ない.そこで,本研究では,組織レベルで骨代謝を調べる形態計測的手法を活用し,MRの骨の成長/加齢に伴う変化,GH投与による影響について調べるとともに,他のGH欠乏モデルとの比較を行い,新たなGH欠乏モデルとしてのMRの有用性について検討した.得られた結果は下記の通りである.

1)MRの骨の特徴(1)MRとWRの骨の比較

 60週齢までのMRとWRの骨を比較した.その結果,MRでは,骨サイズ,骨塩量,骨密度が小さく,骨幹端海綿骨,骨幹皮質骨の骨量が少なく,長軸方向骨成長,骨膜骨形成が若齢で小さく,加齢に伴う変化も小さかった.一方,骨幹端二次海綿骨の組織計測パラメータには両系統間で差がなく,加齢に伴う変化も明らかでなかった.従って,MRの骨量減少は長軸方向骨成長と骨膜骨形成の低下に起因し,GH欠乏は骨モデリングに影響するがリモデリングには影響しないことが示された.

(2)GH投与のミニラットの骨に対する影響

 8週齢MRにブタGHを0,2,6,20IU/kg/回,1日2回,14日間腹腔内投与し,GH投与の骨への影響を調べた.その結果,GHは骨モデリングを促進するがリモデリングに影響しないことが示された.

2)他のGH欠乏モデルとの比較(1)下垂体摘出ラット(HX)との比較

 8週齢時に下垂体を摘出したWRに,12週齢時よりブタGHを2IU/kg/回,1日2回,14日間腹腔内投与し,骨への影響を調べ,同週齢のWR,MRと比較した.その結果,HXへのGH投与は骨モデリングを促進することが示された.また,HXとMRはほぼ同様な骨の特徴を示し,WRと比べ,骨モデリングが抑制されていることが示された.

(2)新生仔期monosodium glutamate処置ラットとの比較

 WR新生仔にmonosodium glutamateを投与してGH放出ホルモンニューロンを破壊しGH分泌を抑制したラット(MSG)の骨について,12週齢時に調べ,WR,MRと比較した.その結果,MSGとMRはほぼ同様な骨の特徴を示し,WRと比べ,骨モデリングが抑制されていることが示された.一方,骨リモデリングには三者間で差がないことが示された.

 以上,本研究により,GHアンチセンス遺伝子の導入によりGH欠乏状態を呈するMRの骨の詳細が初めて明らかにされた.また,他のGH欠乏モデルであるHXおよびMSGと比較して,MRは特別な外科的・薬物的処置が不要で,検査値への影響が小さく,GH以外の下垂体ホルモンの欠乏およびそれに随伴するホルモンの変化の影響を回避できるため,GH欠乏の骨に対する様々な処置やGHをはじめとする薬剤投与の影響を調べる上で優れたGH単独欠損モデルとなり得ることが明らかにされた.従って,審査委員一同は本論文は博士(獣医学)の学位論文としてふさわしいものと判断した.

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