学位論文要旨



No 214590
著者(漢字) 正田,俊之
著者(英字)
著者(カナ) ショウダ,トシユキ
標題(和) Cytochrome P450の誘導、Connexinの抑制および肝腫瘍プロモーション作用の関連性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214590
報告番号 乙14590
学位授与日 2000.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14590号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 中山,裕之
 (財)残留農薬研究所 理事 真板,敬三
内容要旨

 腫瘍発生に関する近年の知見の集積にはめざましいものがあるが,その発癌機序についてはなお不明な点が多く,発癌予防の観点からその解明は非常に重要である。発癌過程は腫瘍発生につながる何らかの不可逆的変化が遺伝子に起こるイニシエーションと,潜在するイニシエート細胞を単クローン的に増殖させ,腫瘍性病変として顕在化させるプロモーションの少なくとも二つの段階から成ると考えられている。肝細胞をはじめ,生体のほとんどの細胞はconnexin(Cx)蛋白により構成されるGap Junctional Intercellular Communication(GJIC)と呼ばれる細胞間連絡通路で細胞同士が結ばれ,細胞間で様々なシグナル伝達を行っており,GJICは正常な組織の恒常性を維持する上で必須と考えられている。一方,多くの肝腫瘍プロモーターの投与により肝細胞のCxが減少することから,GJICの阻害は発癌過程を促進する上で重要な役割を果たしていると考えられている。

 肝薬物代謝酵素の強力な誘導剤であるフェノバルビタール(PB)は,げっ歯類に経口投与すると肝細胞腫瘍の発生が促進される肝腫瘍プロモーターである。PBは,ラットの肝臓において肝チトクロームP450(CYP)のアイソザイムであるCYP 2B1/2を強く誘導し,CYP 2B1/2の誘導部位に一致してCxを抑制する事が報告されており,肝腫瘍プロモーション作用の発現においてCYP 2B1/2の誘導とCxの抑制には関連性があることが示唆されている。しかし,他のCYPアイソザイムの誘導とCxの抑制との関連性ひいては肝腫瘍プロモーション作用との関係については,未だほとんど知見は得られていない。申請者は,PBのプロモーション作用時に認められたCYPおよびCxの変化が他のCYPアイソザイムの誘導時にも起こるのか,またそれらと肝腫瘍プロモーション作用の間に関連性があるか否かを明らかにすることを目的として,各種CYP誘導剤を用いて本研究を実施した。

 第1章1節では,家畜用体内寄生虫駆除薬であるfenbendazole(FEN)について検討した。FENは,ラットに長期間投与すると肝重量が増加すると共に肝腫瘍が増加することが報告されているが,その肝腫瘍増加のメカニズムについては明らかではない。申請者は,FEN投与により肝重量が著しく増加することから,FENによる薬物代謝酵素の誘導を疑い,誘導される酵素を明らかにすると共に,肝腫瘍プロモーション作用の有無およびCxの動きを検討した。実験方法は,ラットにdiethylnitrosamine(DEN)を単回腹腔内投与してイニシエーション処置し,その後,各種濃度のFENを含む粉末飼料を8週間与えた。その結果,FENの濃度に依存してGST-P陽性肝細胞小増殖巣の増加が認められ,また,CYPアイソザイムのwestern blotによりCYP 2B1および1A2の強い誘導が認められた。このように,FENはCYP 2B1を強く誘導することから,PB型の肝腫瘍プロモーターであることが明らかになった。また,小葉中心部でCxの抑制が認められ,Cx32 mRNAのin situ hybridizationでは,小葉中心性にmRNAの減少が認められた。一方,CYPの免疫染色では,CYP 2B1ならびにCYP 1A2が,低用量では比較的小葉中心性に,高用量ではびまん性に,誘導されていた。従って,PBではCYP 2Bの誘導部位に一致してCx32の抑制が認められたと報告されているが,FENではCYP 2Bの誘導部位とCx32の抑制部位は必ずしも一致しないことが明らかとなり,Cxの抑制は,CYPの誘導の直接的な結果ではないと考えられ,両事象は各々独立して起きている可能性が示唆された。

 第1章2節では,高脂血症用薬であるclofibrate(CF)について検討した。CFをラットに長期間投与すると,著しくペルオキシゾームが増生し,肝重量が増加すると共に,肝腫瘍が増加することが知られている。その発癌メカニズムについては様々な報告があるが,大きく分ける,とペルオキシゾーム増生の結果発生する活性酸素が遺伝子を間接的に傷害するという2次発癌性物質としての性質や,自然発生したイニシエーション細胞に長期間作用することによるプロモーターとしての作用の面が注目されている。しかし,CFは強力なCYP4A1の誘導剤でもあることから,その性質に着目し,誘導される薬物代謝酵素とCxの動きについて検討した。実験方法は,ラットにDENを単回腹腔内投与してイニシエーション処置し,その後2/3肝部分切除術を実施すると共に,各種濃度のCFを含む粉末飼料を6週間与えた。その結果,CFはCYP 4A1をびまん性に,CYP 2B1/2を小葉中心性に,強く誘導した。一方,Cx32は小葉中心部で抑制されていた。従って,CFでもPBと同様に小葉中心性にCYP 2B1/2の誘導およびCx32の抑制が起きることが明らかとなり,CFのプロモーション作用の発現メカニズムの1つに,PBと同様の小葉中心性のCYP 2B1/2の誘導とCxの抑制が関与している可能性が示唆された。一方,CYP 4A1に関しては,その誘導部位はびまん性でありCxの抑制部位とは一致しないことから,Cxの抑制とCYP4A1の誘導は各々独立した事象である可能性が示唆されたが,CYP4A1の誘導が肝腫瘍プロモーション作用に関与しているか否かについては明らかではなかった。

 第1章3節では,CYP1A1/2の強力な誘導試薬である-naphthoflavone(BNF)について検討した。BNFは合成フラボノイドの一種であり,一般的に発癌性はないと考えられている。FENでは,CYP 2B1以外にCYP 1A2も強く誘導したことから,CYP 1A1/2の誘導とCxの抑制ならびに肝腫瘍プロモーションとの関係をみる目的で,BNFの肝腫瘍プロモーション作用の有無を調べ,同時にCxの動きについて検討した。実験方法は,ラットにDENを単回腹腔内投与してイニシエーション処置し,その後2/3肝部分切除術を実施すると共に,各種濃度のBNFを含む粉末飼料を6週間与えた。その結果,GST-P陽性肝細胞変異増殖巣の増加が認められ,BNFに肝腫瘍プロモーション作用があることが示唆された。また,BNFはCYP 1A1/2をびまん性に非常に強く誘導した。一方,Cx32は小葉中心性に抑制されていた。従って,CYP1A1/2の誘導部位と,Cxの抑制部位とは一致しないことから,両事象は各々独立して起きている可能性が示唆された。また,CYP 2B1/2の誘導は認められなかったことから,PBに代表されるCYP 2B1/2の誘導のみならず,CYP1A1/2の誘導も肝腫瘍プロモーション作用の発現に関与している可能性が示唆された。

 以上,第1章では,CYPの誘導が直接的にCxの抑制を起こしているのではなく,両事象はお互いに独立して起きている可能性,あるいは,両事象は間接的にはつながっているが,両事象の間に何かしらの因子が存在し,それによってその発現部位が必ずしも一致しない可能性が推測され,それぞれがプロモーション作用の発現に促進的に作用している可能性が推察された。

 第2章では,第1章3節で明らかになったBNFの発癌性については全くの新知見であるため,発癌性の有無をより正確に評価するために,長期(28週間)のラット肝2段階発癌性試験を実施した。また,BNFを長期投与後の,肝小葉内や腫瘍性病変内でのCx32の動きおよびCYPの誘導についても検討した。実験方法は,ラットにDENを単回腹腔内投与してイニシエーション処置し,その後2/3肝部分切除術を実施すると共に,BNFを含む粉末飼料を26週間与えた。その結果,DEN+BNF群の全例で肝細胞腫瘍の発生が認められ,その発生率や腫瘍数もDEN単独群に比べ有意に増加した。一方,BNF単独群では腫瘍性病変が認められなかったことから,BNFには肝腫瘍プロモーション作用があることが明らかになった。また,腫瘍性病変内では,CYP1A1/2は誘導されず,細胞増殖活性は著しく亢進していた。従って,BNFによるCYP 1A1/2の誘導はプロモーション作用の発現に関連していることが推察されたが,腫瘍細胞自身にはCYP 1A1/2は誘導されていないことが明らかとなった。これは,CYP 1A1/2の誘導が直接的にプロモーション作用に結びつくのではなく,間接的なメカニズムを介していることを示唆するものと考えられた。また,腫瘍性病変内では,腫瘍細胞がCYP 1A1/2に陰性であり,かつ,Cx32が抑制されていたことより,ここでのCx32の抑制とCYP1A1/2の誘導には直接的な因果関係は無いものと考えられた。一方,肝小葉内では,Cx32は小葉中心性に抑制され,CYP 1A1/2はびまん性に誘導されていた。このことから,CYPの誘導がCxの抑制にたとえ間接的に関与していたとしても,CYP 1A1/2の誘導が起こっている小葉中心部でのCx32の抑制と,CYP 1A1/2の誘導が起きていない腫瘍性病変内でのCx32の抑制は,異なるメカニズムで起こっている可能性が推察された。

 本研究により,CYPの誘導が直接的にCxの抑制を起こしているのではなく,両事象はお互いに独立して起きている事象である可能性が示唆され,それぞれがプロモーション作用の発現に促進的に作用している可能性が推察された。また,CYP 2Bのみならず,CYP 1Aの強い誘導も肝発癌につながる可能性が示唆され,医薬品や農薬などヒトが摂取する可能性のある化合物を開発していく上で,これらのCYPの誘導は,発癌性の有無を予測する重要なパラメータになることが示された。

審査要旨

 肝薬物代謝酵素の強力な誘導剤であるフェノバルビタール(PB)は,げっ菌類に経口投与すると肝細胞腫瘍の発生が促進される肝腫瘍プロモーターである。PBは,ラットの肝臓において肝チトクロームP450(CYP)のアイソザイムであるCYP2B1/2を強く誘導し,CYP2B1/2の誘導部位に一致して細胞間シグナル伝達に重要な役割を果たしているconnexin(Cx)を抑制する事が報告されており,肝腫瘍プロモーション作用の発現においてCYP2B1/2の誘導とCxの抑制には関連性があることが示唆されている。しかし,他のCYPアイソザイムの誘導とCxの抑制との関連性,ひいては肝腫瘍プロモーション作用との関係については,末だほとんど知見は得られていない。申請者は,PBのプロモーション作用時に認められたCYPおよびCxの変化が他のCYPアイソザイムの誘導時にも起こるのか,また,それらと肝腫瘍プロモーション作用の間に関連性があるか否かを明らかにすることを目的として,各種CYP誘導剤を用いて本研究を実施した。得られた結果は下記の通りである。

 第1章1節では,fenbendazole(FEN)について検討した。FENはラットに肝腫瘍を誘発するが,そのメカニズムをFENの薬物代謝酵素誘導によるプロモーション作用と推定し,ラット肝2段階発癌モデルを用いて検討した。その結果,GST-P陽性増殖巣が増加し,CYP2B1,1A2がびまん性に誘導されたことから,FENはPB型の肝腫瘍プロモーターであることが明らかになった。また,小葉中心部でCxおよびCx mRNAの抑制が認められた。ただし,FENではCYP2Bの誘導部位とCx32の抑制部位は一致しないことから,両事象は各々独立している可能性が示唆された.

 第1章2節では,clofibrate(CF)について検討した。CFはラットに肝腫瘍を誘発し,また,CYP4A1の誘導剤でもあることから,誘導される薬物代謝酵素とCxの動きについて検討した。その結果,CFはCYP4A1をびまん性に,CYP2B1/2を小葉中心性に誘導し,Cx32を小葉中心部で抑制した。従って,CFのプロモーション作用のメカニズムに,PBと同様の小葉中心性のCYP2B1/2の誘導とCxの抑制が関与している可能性が示唆された。また,CYP4A1の誘導とCxの抑制は独立した事象である可能性が示唆された。

 第1章3節では,CYP1A1/2の誘導とCxの抑制ならびに肝腫瘍プロモーションとの関係をみる目的で,合成フラボノイドであり,一般的に発癌性はないと考えられている-naphthoflavone(BNF)について検討した。その結果,GST-P陽性増殖巣が増加し,BNFのプロモーション作用が示唆された。また,BNFはCYP1A1/2をびまん性に誘導し,Cx32を小葉中心性に抑制したが,その発現部位が一致しないことから,両事象は各々独立している可能性が示唆された。また,CYP1A1/2の誘導も肝腫瘍プロモーション作用に関与している可能性が示唆された。

 第2章では,BNFの発癌性をより正確に評価するために,長期ラット肝2段階発癌性試験を実施した。その結果,DEN+BNF群で肝細胞腫瘍の発生率や腫瘍数がDEN単独群に比べ有意に増加したが,BNF単独群では腫瘍性病変が認められなかったことがら,BNFには肝腫瘍プロモーション作用があることが明らかになった。ヒトは野菜などから多くの天然フラボノイド類を恒常的に摂取しているが,本研究は,その合成類縁体に肝発癌性があることを初めて明らかにした。

 以上,本研究により,CYPの誘導が直接的にCxの抑制を起こしているのではなく,両事象はお互いに独立して起きている可能性が示唆され,それぞれがプロモーション作用の発現に促進的に作用している可能性が示された。また,CYP2Bのみならず,CYP1Aの強い誘導も肝発癌につながる可能性が示唆され,医薬品や農薬などヒトが摂取する可能性のある化合物を開発していく上で,これらのCYPの誘導は,発癌性の有無を予測する重要なパラメータになることが示された。従って,審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文としてふさわしいものと判断した。

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