学位論文要旨



No 214592
著者(漢字) 金原,禮子
著者(英字)
著者(カナ) キンバラ,レイコ
標題(和) フォーレの歌曲とフランス近代の詩人たち
標題(洋)
報告番号 214592
報告番号 乙14592
学位授与日 2000.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第14592号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川本,皓嗣
 帝京平成大学 教授 阿部,良雄
 帝京平成大学 作曲家 末吉,保雄
 東京大学 教授 塚本,明子
 東京大学 助教授 今橋,映子
 東京大学 助教授 長木,誠司
内容要旨 序論フォーレとフランス近代の詩人たち

 フランス歌曲は、ロマンスやシャンソンなど美しい旋律の甘い恋の歌やオペラのアリア、さらに、ドイツ・ロマン派音楽のリートの影響を受けて成立した。ベルリオーズ、グノー、サン=サーンス、ビゼーなどの作曲家は、劇作家やオペラの台本作家や詩人が書いた詩に作曲していた。しかし、「フランス歌曲」(フランス語でメロディ)と呼ばれていても、ロマンス風であったり、ドイツ・リート風の有節歌曲やオペラのアリアの影響から抜けきれなかった。

 そこへフォーレが登場した。幼いときから宗教音楽に親しみ、ニーデルメイエールにより宗教音楽の教育を受け、旋法などにも親しんでいた。宗教音楽とはオルガンの響きにのせて、神を賛美する音楽であるから言葉が重要である。このようにして、フォーレは言葉の重要性を自然に身につけたのである。また、サン=サーンスは新しい世俗の音楽、即ち、ドイツ・ロマン派音楽も教えた。フォーレは、言葉のある音楽、つまり声楽曲から作曲を始め、生涯に100曲ほどの歌曲を作曲した。

 フォーレは様々なジャンルの音楽を作曲した。十九世紀には、声楽曲といえば、オペラが中心であったが、彼は歌曲を器楽音楽の室内楽のレベルまで引き上げたのである。

 従って、フォーレにとって詩の選択は作曲上重要な問題であった。本論文では12の章に分けて、フォーレが作曲した25人の詩人の詩に作曲するにあたり、テキストをそのまま作曲した例、大きく変更した例などを筆者の調査のデータに基づいて、作曲の成立過程を明らかにし、さらに、それぞれの詩人との出会いにより、フォーレの歌曲の作曲様式が変わって行く点について敷衍する。

第一章ロマン派の詩人たち ユゴー、ゴーチエ

 フォーレは、はじめ師であるニーデルメイエールやサン=サーンスが愛読し、作曲したユゴーの詩による有節形式のロマンスを作曲した。その後、他の作曲家たちのように、ラマルチーヌ、ヴィニー、ミュッセなどのロマン派詩に作曲せずに、フォーレはロマン派ではユゴーだけに限り、次の世代の詩人の作品を求めた。ゴーチエの詩でも有節歌曲を作曲していたが、やがて、ユゴーの詩「いなくなったひと」で通作歌曲を作曲した。

第二章ルコント・ド・リルとボードレール

 ルコント・ド・リルの詩による「リディア」では、旋法を歌曲に使うという新しい試みをした。フォーレはそれぞれの詩人の作品をある時期集中的に作曲するが、ルコント・ド・リルの詩に関しては、数年の開きをおいて作曲した。従って、5篇の詩は作風が異なる歌曲となっている。

 「いなくなったひと」や「リディア」とほぼ同じ頃、フォーレは、ボードレールの3篇の詩を通作形式で作曲した。試作段階の曲であり、まだ、ドイツ・リートの名残が見えるが、ロマンスの域を超えた歌曲の方向を模索している。

第三章高踏派の詩人たち モニエ、シュリ・プリュドム、グランムージャン

 上記3人の高踏派詩人の詩による歌曲について論じる。フォーレはこれらの詩人の詩による旋律美溢れるロマンスを書いている。そして、グランムージャンの詩で初めて連作歌曲を試みた。

第四章シルヴェストル

 フォーレの時代には大変愛読された詩人であったが、今日ではフォーレの歌曲によってその名を知る詩人である。1878年頃から84年までに9曲を、1904年に2曲作曲している。前期の作品では、音楽の簡素化を求め、ほとんど三部形式になっていて、ピアノには伴奏以上の役割が与えられている。たとえば「あけぼの」では、ピアノが情景を描写している。ピアノは、もはや歌の伴奏ではない。後期では、「叙唱的様式」を取り入れた歌曲となっている。

第五章象徴派とその周辺の詩人たち(I)ヴィリエ・ド・リラダン、リシュパン、アロクール

 これらの詩人の作品に作曲するにあたり、フォーレはロシア音楽、宗教音楽の影響を受け、歌は「叙唱的様式」を取り、ピアノは単なる歌の伴奏ではなくなる。複雑な転調があり、歌とピアノは室内楽に於けるアンサンブルの形を取り始める。

第六章ヴェルレーヌ

 フォーレはヴェルレーヌの詩から17の歌曲を作曲した。「月の光」では、ピアノはメヌエットを奏で、歌はピアノに無関心の様子で詩を歌う。「スプリーン」では、ピアノは雨の音を描き、歌は詩人の心を歌う。この手法は『ヴェネチアの五つの歌曲』や『よき歌』においてますます発展する。『よき歌』には5つのテーマがあり、ピアノに楽器としての性能を可能な限り生かす、弾き手の卓越した技術と音楽性により、歌との交響曲的規模のアンサンブルを求めた。

 一方、複雑な曲のあとで、素朴さを歌曲に求める。「牢獄」のピアノは素朴な四分音符の和音の連打である。しかし、ここでも歌とピアノは対等な関係にあり、歌とピアノのアンサンブルとなっている。

第七章象徴派とその周辺の詩人たち(II)サマン、マンデス、ドミニック、ド・レニエ

 これらの詩人の作品による歌曲においても、歌とピアノのアンサンブルの方向を推し進め、さらに「叙唱的様式」を生かした歌曲を目指す。このことにより、詩の畳韻法、半諧音、脚韻が美しく響く。ドミニックやレニエの詩から「朗唱的様式」による歌曲へと向かう。

第八章ヴァン・レルベルグ(I)『エヴァの歌』

 マラルメやランボーにある難解さや強烈なイメージ、さらに、当時作品が発表され始めていたクローデル、アポリネールなどもテキストの豊饒さ故に、フォーレの音楽が入り込む余地がなかった。そこでベルギーの詩人ヴァン・レルベルグを選んだ。ヴェルレーヌと同様に靄のかかったような色とか、薄明かりの雰囲気をもつこの詩人の詩にフォーレは自分の音楽との近親関係を見い出した。全10曲の連作歌曲『エヴァの歌』を4年の歳月をかけて作曲した。これにより、言葉が自然に聞こえる「朗唱的様式」の歌曲が完成するのである。一方、フォーレに難聴が始まる。パリ音楽院院長としの重責に耐えながら、また音楽家として不安の中で、激務の内にも作曲は続ける。

第九章ヴァン・レルベルグ(II)『閉ざされた庭』

 この詩人の『瞥見』の中の8篇の詩による連作歌曲『閉ざされた庭』を深刻な難聴の中で作曲する。ドイツのアムスで治療を受けているとき、第一次世界大戦が始まった。数々の困難に遭いながら帰国する間、この作品を作曲した。危険の中で、音から閉ざされ、不安の中で書かれた歌曲集であるが、作品はあくまでも明澄である。「朗唱的様式」を生かした歌曲で、歌の音は中音に集中しているので、言葉が美しく響く。

第十章ド・ブリモン男爵夫人『幻影』

 フォーレは無名の女性の詩集『幻影』から4篇の詩を採り、連作歌曲を書いた。白鳥と水と夜の庭の幻影を歌う3篇の詩のあと、軽やかに踊る踊り子の幻影が現れる、という構成になっている。動きの少ないはじめの3曲に比べて、4曲目は軽やかで、しかも旋律的にも美しい。幻の踊り子を描いた曲である。

第十一章ド・ラ・ヴィル・ド・ミルモン『幻想の水平線』

 「朗唱的様式」を生かした歌曲を完成したフォーレは、それに旋律美を求めた。「踊り子」にその萌芽が見られるが、『幻想の水平線』で、海への憧れや波の飛沫を力強く、美しい旋律で叙情的に描く。しかし、このときフォーレは、ほとんど聴力を失っていたのである。

第十二章知られざる詩人たち

 知られざる詩人たちの作品には、たとえば「夢のあとに」がある。友人の声楽家ビュッシーヌがイタリアの詩を仏訳したテキストへの作曲である。名曲であるが、初期のロマンスに属するものである。

 フォーレは、様々な詩人の作品に出会い、新しい作曲法を見つけ、歌曲の芸術性を高めた。歌曲とは、歌と楽器(多くの場合ピアノ)とのアンサンブルという概念を作り、彼のあとに続く音楽家たちに新しい歌曲の道を開いた。

審査要旨

 本論文は、フランス近代歌曲の代表的作家ガブリエル・フォーレ(1845-1924)が作った約100篇の歌曲すべてを対象に、そこで用いられている詩(ほぼ同時代のフランス詩に限られる)を原典に溯って調査した上で、フォーレが誰のどのような詩を選んだか、それらの詩をなぜ、どのように修正したか、歌曲の構造は詩の形式をどのように反映しているか、さらにはさまざまな詩人との出会いによって、フォーレの歌曲がどのような表現技法上の展開を遂げていったかを、綿密な調査と分析によって明らかにしたものである。挙げられたすべての詩には、日本語訳と、韻律や脚韻構成その他、形式面についての詳細な注記が付けられている。

 本論文の第一の功績は、歌曲をめぐって、文学と音楽の相関性の問題にまっすぐ焦点を当てた点にある。歌曲を音楽学的に分析する例は少なくないが、詩の側に重点を置きながら、曲全体のなかで詩想とプロゾディが果たす役割を精密に分析する研究は、きわめてまれである。フランスで詩人・劇作家のクローデルを専攻すると同時に、音楽院で声楽を学んだ筆者の経歴が、本論文に十分生かされていると言ってよい。

 第二には、フォーレの膨大な歌曲のすべてを詩人別に系統的に調査したこと、そして楽譜のなかから詩を取り出して、原典テクストとの厳密な照合を試みたことが挙げられる。ふつう歌詞は譜面のなかに書き込まれるだけで、詩が論じられる場合にも、作曲者による改変はおろか、句読点などにも十分な注意が払われないことが多い。本論文はその意味で前例を見ない貴重な業績であり、フォーレの研究者や演奏者のための基本文献を提供するものである。

 第三に、本論文では、フォーレが扱った25人の詩人について、他の作曲家が取り上げた作品の網羅的なリストが添えられている。これは、パリ国立図書館その他での綿密な調査の成果であり、それによって、たとえば歌曲の世界におけるヴィクトル・ユゴーの圧倒的な重要性が明らかになった。

 本論文は、序章と、詩人別にほぼ時代を追った12の章、結論、譜例集、参考文献、フォーレ略年譜、フォーレ作品一覧からなっている。以下、各章の要点を述べる。

 第1章「ロマン派の詩人たち:ユゴー、ゴーチエ」。フォーレはサン=サーンスら先人にならって、まずユゴーの詩による有節形弐のロマンスを作曲するが、ユゴー以外のロマン派詩人には興味を示さず、後期ロマン派のゴーチエによる有節歌曲を作ったのち、ユゴーの「いなくなった人」で通作歌曲に手を染める。

 第2章「ルコント・ド・リルとボードレール」。ルコント・ド・リルにょる「リディア」では、歌曲に旋法を用いるという新しい試みを行う。またボードレールの3篇による通作歌曲では、まだドイツ・リートの名残が見えるが、有節変奏の形式に挑戦している点に、従来の「ロマンス」の域を越える新しい方向への模索の姿勢が窺われる。

 第3章「高踏派の詩人たち:モニエ、シュリ・プリュドム、グランムージャン」。おおむね旋律の美しい有節変奏の曲だが、グランムージャンによって初めて連作歌曲を試みる。

 第4章「シルヴェストル」。シルヴェストルは、今日ではフォーレによってのみ記憶される当時の人気詩人である。1878年から84年までの9曲では、3部形式の簡素な有節形式をとりつつ、ピアノ伴奏に歌と対等の表現力を与えようとする努力が見える。また1904年の2曲では、「叙唱的様式」が取り入れられた。叙唱的様式とは、ロシアのムソルグスキーらの影響のもとにフォーレが生み出した、フランス語の語感・抑揚・リズムを生かした語り掛けるような唱法をいう。

 第5章「象徴派とその周辺の詩人たち(I):ヴィリエ・ド・リラダン、リシュパン、アロクール」。ここでも叙唱的様式が用いられる。ピアノは歌と同等の立場で複雑な転調を重ね、室内楽のアンサンブル形式に近づく。

 第6章「ヴェルレーヌ」。17曲のうち、「月の光」では、ピアノが歌とは距離をおいてメヌエットを奏でる。「スプリーン」ではピアノが雨の音、歌が詩人の心を語る。この手法は『ヴェネチアの5つの歌曲』と『よき歌』でさらに発展し、歌とピアノの交響曲的規模のアンサンブルが成立する。

 第7章「象徴派とその周辺の詩人たち(II):サマン、マンデス、ドミニック、ド・レニエ」。歌とピアノのアンサンブルと叙唱的様式がさらに追求され、詩の畳韻法、半諧音、脚韻の効果が生かされる。またドミニックやレニエの詩から、「朗唱的様式」の試みが始まる。朗唱的様式とは、グレゴリオ聖歌に見られるような宗教音楽的な唱法をいう。

 第8章「ヴァン・レルベルグ(I):『エヴァの歌』」。フォーレはマラルメやランボー、クローデルやアポリネールのように難解で鮮烈な個性をもつ詩人を選ばず、ヴェルレーヌと同様、薄明の曖昧な色調をもつベルギー詩人、レルベルグの詩に自らの音楽との親近性を見出した。全10曲の連作歌曲『エヴァの歌』を4年かけて作曲し、ことばが自然にひびく朗唱的様式を完成する。

 第9章「ヴァン・レルベルグ(II):『閉ざされた庭』」。詩集『瞥見』中の8篇に作曲した連作歌曲。朗唱的様式によるもので、歌の音が中音に集中するため、ことばの響きがより生かされる。

 第10章「ド・ブリモン男爵夫人『幻影』」。詩集『幻影』から4篇を選んで連作歌曲を作った。

 第11章「ド・ラ・ヴィル・ド・ミルモン『幻想の水平線』」。朗唱的様式を完成したフォーレは、さらに旋律美を求める。すでに『幻影』の「踊り子」に萌芽を見せたこの傾向は、『幻想の水平線』でいよいよ顕著になる。老境に入って聴力を失ったフォーレは、「幻想」のテーマに強く惹かれていく。

 第12章「知られざる詩人たち」。若いフォーレがサロンなどで知り合った無名の詩人たちの作品。有名な「夢のあとに」は、友人の声楽家ビュッシーヌによるイタリア詩の仏訳に作曲したロマンスである。

 このように本論文は、詩と音楽の結びついた歌曲というジャンルの研究に新生面を切り開くものであり、徹底した調査の成果とも相俟って、関連する複数の分野に重大な寄与を果たす業績である。ただし本論文にはいくつか改善の余地もある。たとえば「叙唱的様式」と「朗唱的様式」の定義をもっと明確にすること、フランス内外の他の作曲家にも目を配ることで、フォーレ自身の個性・独創性をはっきりさせること、音楽の記述においては、抽象的な描写ではなく、譜例にもとづいてもっと具体的に分析すべきこと、そして第12章は付録的な扱いにすべきことなどである。

 とはいえ、それは本研究の価値を損なうものではなく、審査委員会は、論文審査の結果として、本論文を博士(学術)の学位を授与するに値するものと判定する。

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