学位論文要旨



No 214595
著者(漢字) 石井,彰
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,アキラ
標題(和) モルモットを用いた喘息モデルの検討 : 遅発型反応を中心にして
標題(洋)
報告番号 214595
報告番号 乙14595
学位授与日 2000.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14595号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 菊地,かな子
 東京大学 講師 滝沢,始
 東京大学 講師 長瀬,隆英
内容要旨 序論

 遅発型喘息反応(late asthmatic response:LAR)と気管支喘息の重症・難治化との関連が示唆されており、喘息の病態を考える上でLARは即時型反応(immediate asthmatic response:IAR)とともに極めて重要である。それ故、確実に遅発型反応を起こすモルモット喘息モデルを確立することは、喘息のメカニズムを解明する上で非常に有益である。IARにおいては、IgE抗体依存性の1型アレルギーが主要な役割を果たしていることは異論のないところであるが、LARも、IgE依存性の1型アレルギーのみで起こりうるのかは未だ明らかでない。本研究では、純粋なIgE依存性モデルとして抗モルモットIgE抗体を非感作モルモットに注入する系を用いた。次に、抗原感作により惹起されるIgE産生以外の機構がLARの発現に重要な役割を果たしている可能性を考え、感作モルモットを用いて検討した。感作には、人の喘息の主要アレルゲンであるダニ抗原(Dermatophagoides farinaeのextract)を用いた。さらに、コルチゾール合成阻害薬であるメトピロンを用いてLARを確実に起こすモデルの作製に成功した。また、上記のモデル、すなわち遅発型反応を確実に起こすモデルを用いて、LARにおけるロイコトリエンの役割を検討した。

方法および材料

 抗モルモットIgE抗体の作製:モルモットにTrichinella spiralis(旋毛虫)を感染させ、得られた血清からIgEを多く含む分画を集めウサギに免疫し、得られた抗血清から抗IgEを集めて濃縮し、使用した。

 免疫方法:ダニ抗原をモルモットの腹腔内に注射し、26日後にcyclophosphamide 250mg/kgを腹腔内注射、その後2回追加免疫を行い、免疫前と第2回、第3回免疫の2週後に採血し、抗体価を測定した。

 抗体価の測定:1)抗原特異的IgE抗体の測定:IgE抗体価はpassive cutaneous anaphylaxis(PCA)法で測定した。2)抗原特異的IgG1,IgG2抗体の測定:IgG1,IgG2抗体の測定はELISA法でおこなった。呼吸機能測定装置:麻酔を行わず、なるべく自然の呼吸に近い状態で実験しようと考案されたMeadの装置に若干の改良を加えた装置を用い、呼吸抵抗、呼吸パターンを測定した。

 気道過敏性の測定:モルモットにヒスタミン生理食塩水溶解液を低濃度より吸入させ、呼吸抵抗が吸入前の呼吸抵抗の2倍以上になったときのヒスタミン濃度を、気道のヒスタミンに対する閾値とし、それによって気道過敏性を評価した。ダニ抗原で感作したモルモットを用いLAR時の気道過敏性を検討した。

 気管支肺胞洗浄(BAL:bronchoalveolar lavage):気管よりカニュラを挿入し、5mlの生理食塩水で5回気管支肺胞洗浄をおこない、得られた肺胞洗浄液の総細胞数、細胞分画を求めた。

 抗IgE静注による喘息惹起実験:抗モルモットIgE抗体を静注し、経時約に呼吸抵抗と呼吸パターンを測定した。気道過敏性や組織学的検討、気管支肺胞洗浄液の検討も行った。呼吸抵抗が前値の2倍以上になった時に喘息反応陽性と判定した。コルチゾール合成阻害薬であるメトビロン静注群についても検討した。

 ダニ抗原吸入による喘息反応誘発:1)ダニ抗原で免疫されたモルモットに抗原吸入誘発を行い、呼吸抵抗、呼吸パターンを測定した。その後、1週おきに、2回吸入誘発を繰り返し呼吸抵抗、呼吸パターンを測定した。2)メトピロンの効果をみるため、感作モルモットにメトピロンを静注し、同様に検討した。

 抗ロイコトリエン拮抗薬のLARに対する抑制効果の検討:ロイコトリエンのレセプターアンタゴニストである4-oxo-8-[p-(4-phenylbutyloxy)benzoyl]amino-2-(tetrazol-5-yl)-4H-1-benzopyram hemihydrae(ONO-1078)を、メトピロン処置したダニ抗原感作モルモットに投与し、抗原吸入チャレンジ後、経時的に呼吸機能を測定、吸入誘発7時間後にBALを行った。

 組織学的検討:摘出肺は、非特異的な気道収縮を避けるため液体窒素で凍結し、ホルマリン固定した。

結果

 1 IgEの架橋による喘息発作は即時型反応は引き起こすが遅発型反応は起こせない

 1)抗IgE静注後、呼吸抵抗は3分でピークに遅し、30分後にはほぼ正常に復し、LARは認められなかった。2)IAR時の摘出肺では、気管支平滑筋の収縮による内腔の狭小化と気道上皮の気管支内腔への突出、剥離と気管支周囲の浮腫が認められた。LAR時の組織像は正常肺と比べ著変はなかった。3)抗IgE静注による実験喘息モデルにメトピロンを使用しても明らかなLARは認められなかった。4)LAR時BAL中好酸球の増加は有意ではなかった。以上より、IgEによって架橋してもLARは起こらないことが示された。

 2 ダニ抗原感作とメトピロンにより遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発

 1)ダニ抗原感作モルモットの抗体価:モルモットをダニ抗原で免疫すると抗ダニIgE、抗ダニIgG1、抗ダニIgG2抗体ができ、感作回数、抗原量に依存してIgE、IgG2、IgG1抗体価は上昇する傾向を示した。即時型喘息反応の出現率は抗原量10g群で一番高く、抗原量100g群、1000g群と比べIgE抗体価は有意に低いが、IgE-/IgG1-抗体価、IgE-/IgG2-抗体価の割合は有意に高かった。即時型喘息反応の起こり易さはIgE抗体価のレベルと相関せず、むしろIgEとIgG抗体の比が重要であることが示された。2)遅発型反応の検討:抗原感作によって惹起されるIgE産生以外の機構がLARの発現に重要な役割を果たしている可能性を考え、感作モルモットを用いて検討した。また、コルチゾール合成阻害薬であるメトピロンを用いてLARを確実に起こすモデルの作製を試みた。メトピロン無処置では1回目の吸入誘発ではLARは認められず、3回目の吸入誘発で6例中3例で呼吸抵抗の弱い再上昇が認められ、繰り返す抗原吸入誘発でLARの出現率が上昇することが示された。メトピロン処置群では、初回の抗原吸入チャレンジでいずれも強いLARを認めた。肺組織所見では、LARを起こしたものでは気道収縮と気道上皮の脱落、好酸球の浸潤が認められ、メトピロン処置群では更に強く起こっていた。LAR時のBALF所見では、メトピロン処置群では非処置群と比べ有意にBALF中好酸球が増加していたが、好中球、リンパ球、マクロファージに関しては両群に有意な差は認められなかった。このことはLARにおける好酸球の重要性を示峻するとともに、好酸球の浸潤やLARの発現に内因性コルチゾールが関与している可能性を示唆している。以上より、ダニ抗原感作とメトピロンにより確実に遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発に成功した。

 3 抗ロイコトリエン拮抗薬のLARに対する抑制効果:抗ロイコトリエン薬ONO-1078は有意にLAR時の呼吸抵抗の上昇を抑制した。BALF中好酸球、好中球、リンパ球、マクロファージも減少していたが、特に好酸球の減少が著明であった。ONO-1078が炎症細胞の浸潤やLARを抑制したことは、喘息におけるロイコトリエンの重要性とともに、抗ロイコトリエン薬の喘息治療における有用性を示している。

考案

 LARの発現を考える場合、まず、IgE依存性の1型アレルギーのみで起こるのかどうかが問題となる。 SorknessらはラットのLAR時の気道炎症は受け身感作では能動感作に比べ弱く、しかも、気道抵抗が上昇するのは能動感作のみであると報告している。本実験においても抗IgEではLARは起こらなかった。抗原感作により惹起されるIgE産生以外の機構がLARの発現に重要な役割を果たしている可能性を考え、その後の実験には感作モルモットを用いた。ダニ抗原で免疫するとIgE、IgG1、IgG2クラスの抗体ができるが、即時型喘息反応の起こり易さはIgE抗体価のレベルと相関せず、むしろIgEとIgG抗体の比、特にIgEとIgG2の比が重要である事実は、IgG2抗体は遮断抗体として働くという報告に一致する。即時型の出現率が最も高い抗原量は10gであり、その後の感作にはこの抗原量を用いた。第1回の吸入誘発ではIARのみでLARは出現せず吸入を繰り返すと出現率が上昇した。3回目の吸入後LARを起こしたものでは、気道収縮と気道上皮の脱落、好酸球の浸潤が認められた。メトピロン処置群では初回の抗原吸入チャレンジでいずれもIAR後4-6時間後に呼吸抵抗の強い上昇を認め、気道収縮と気道上皮の脱落、好酸球の浸潤などの組織所見も強く、BALF中好酸球も著明に増加しており、その程度は非処置群と比べ強かった。このことはLARにおける好酸球の重要性を示唆するとともに、LARの発現に内因性コルチゾールが関与している可能性を示唆している。感作モルモットの気道過敏性は、メトピロン処置、非処置いずれにおいても誘発後4時間の時点で亢進していた。LAR時の気道過敏性亢進は、活性化された好酸球の関与を指摘する報告が多いが、気道過敏性と肺への好酸球浸潤とは相関がないとする報告もあり、メトピロン非処置群では処置群と比べ好酸球の浸潤が弱いにもかかわらず、同様に気道過敏性が亢進していることは、この説を支持する。今回、私が開発した上述の確実に遅発型喘息反応を起こすモデルを用いて、抗ロイコトリエン薬ONO-1078のLARに対する効果を検討した結果、LAR時の呼吸抵抗の上昇やBALF中の好酸球数、好中球数の増加は有意に抑制され、喘息におけるロイコトリエンの重要性が明らかになるとともに、抗ロイコトリエン薬の喘息治療における有用性が示された。以上、本研究において、IgE抗体依存性の1型アレルギー反応だけでは遅発型喘息反応は起こらないことを示し、ついで感作モルモットにメトピロンを投与することで確実に遅発型反応をおこすモデルを確立した。また、この系を用いて抗ロイコトリエン拮抗薬がLARを抑制することを示した。今後、この確実に遅発型反応をおこすモデルは喘息の病態解明、治療法の確立に非常に役に立つと思われる。

審査要旨

 本研究は、気管支喘息の重症・難治化との関連が示唆され喘息の病態を考える上で極めて重要な遅発型喘息反応(late asthmatic response:LAR)の発症機序の解明と、遅発型反応を確実におこす動物モデルの作製をモルモットを用いて試みたものであり、また、このモデル、すなわち遅発型反応を確実に起こすモデルを用いて、LARにおけるロイコトリエンの役割を検討したもので、下記の結果を得ている。

 1.モルモットに抗IgEを静注し呼吸機能、気管支肺胞洗浄、組織などの検討を行った結果、IgEの架橋による喘息発作は即時型反応(immediate asthmatic response:IAR)は引き起こすが遅発型反応は起こせないことが判明した。抗IgE静注後、呼吸抵抗は3分でピークに達し、30分後にはほぼ正常に復し、LARは認められなかった。IAR時の摘出肺では、気管支平滑筋の収縮による内腔の狭小化と気道上皮の気管支内腔への突出、剥離と気管支周囲の浮腫が認められたが、LAR時の組織像は正常肺と比べ著変はなかった。抗IgE静注による実験喘息モデルにコルチゾール合成阻害薬であるメトピロンを使用しても明らかなLARは認められなかった。LAR時BAL中好酸球の増加は有意ではなかった。以上より、IgEによって架橋してもLARは起こらないことが示された。

 2.モルモットをダニ抗原で免疫すると抗ダニIgE、抗ダニIgG1、抗ダニIgG2抗体ができるが、感作回数、抗原量に依存してIgE、IgG1、IgG2抗体価は上昇する傾向を示した。即時型喘息反応の出現率は抗原量10g群で一番高く、抗原量100g群、1000g群と比べIgE抗体価は有意に低いが,IgE-/IgG1-抗体価の割合は有意に高く、IgE-/IgG2-抗体価の割合も有意に高かった。即時型喘息反応の起こり易さはIgE抗体価のレベルと相関せず、むしろIgEとIgG抗体の比が重要であることが示された。特にIgEとIgG2の比が即時型喘息の出現率と強く相関していた事実は、IgG2抗体は遮断抗体として働くという報告に一致する。

 3.ダニ抗原で感作したモルモットを抗原吸入誘発すると、第1回目の誘発ではIARのみでLARは出現しなかったが、抗原吸入を繰り返すとLARの出現率が上昇した。メトピロン処置群では初回の抗原吸入チャレンジでいずれも強いLARを認めた。LAR時の肺組織所見では、LARを起こしたものでは気道収縮と気道上皮の脱落、好酸球の浸潤が認められ、メトピロン投与群では更に強く起こっていた。LAR時のBALF所見では、メトピロン投与群では非投与群と比べ有意にBALF中好酸球が増加していた。好中球、リンパ球、マクロファージに関しては有意な差は認められなかった。このことはLARにおける好酸球の重要性を示唆するとともに、好酸球浸潤、LARの発現に内因性コルチゾールが関与している可能性を示唆している。以上、ダニ抗原感作とメトピロン使用により確実に遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発に成功した。

 4.ダニ抗原感作モルモットでは、気道過敏性はメトピロン処置の有無にかかわらずLAR時に一致して上昇していた。LAR時の気道過敏性亢進は、一般に、活性化された好酸球が重要であると考えられているが、一方、Thorpeらが報告したように、気道過敏性と肺への好酸球浸潤とは相関がないとする報告もあり、好酸球の浸潤が弱いメトピロン非処置群でもメトピロン処置群と同様に気道過敏性が亢進していることは、この説を支持する。

 5.今回、私が開発した上述のように確実に遅発型喘息反応を起こすモデルを用いて、抗ロイコトリエン薬のLARに対する効果を検討した。ロイコトリエンは気道収縮や浮腫、粘液分泌や炎症細胞の浸潤などの喘息に特徴的な症状を引き起こすことが知られており、喘息の病因として重要な役割を担っている。メトピロン処置したダニ抗原感作モルモットに抗ロイコトリエン薬ONO-1078を投与し、抗原吸入チャレンジを行った実験では、ONO-1078はLAR時の呼吸抵抗の上昇を有意に抑制した。BALF中の細胞についても、ONO-1078は有意にLAR時の好酸球数、好中球数の増加を抑制した。LTC4/D4の拮抗作用を有するONO-1078によりLARが抑えられたことにより、喘息におけるロイコトリエンの重要性が明らかになるとともに、抗ロイコトリエン薬の喘息治療における有用性が示された。

 以上、本論文は、IgE依存性モデルとして抗モルモットIgEを非感作モルモットに注入する系を用い、IgEによって架橋しても遅発型反応は起こらないことを示し、ついでダニ抗原感作とメトピロンを用いることで確実に遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発に成功した。また、この系を用いて抗ロイコトリエン拮抗薬がLARを抑制することを示した。今後、この確実に遅発型反応をおこすモデルは喘息の病態解明、治療法の確立に非常に役に立つと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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