本研究は、気管支喘息の重症・難治化との関連が示唆され喘息の病態を考える上で極めて重要な遅発型喘息反応(late asthmatic response:LAR)の発症機序の解明と、遅発型反応を確実におこす動物モデルの作製をモルモットを用いて試みたものであり、また、このモデル、すなわち遅発型反応を確実に起こすモデルを用いて、LARにおけるロイコトリエンの役割を検討したもので、下記の結果を得ている。 1.モルモットに抗IgEを静注し呼吸機能、気管支肺胞洗浄、組織などの検討を行った結果、IgEの架橋による喘息発作は即時型反応(immediate asthmatic response:IAR)は引き起こすが遅発型反応は起こせないことが判明した。抗IgE静注後、呼吸抵抗は3分でピークに達し、30分後にはほぼ正常に復し、LARは認められなかった。IAR時の摘出肺では、気管支平滑筋の収縮による内腔の狭小化と気道上皮の気管支内腔への突出、剥離と気管支周囲の浮腫が認められたが、LAR時の組織像は正常肺と比べ著変はなかった。抗IgE静注による実験喘息モデルにコルチゾール合成阻害薬であるメトピロンを使用しても明らかなLARは認められなかった。LAR時BAL中好酸球の増加は有意ではなかった。以上より、IgEによって架橋してもLARは起こらないことが示された。 2.モルモットをダニ抗原で免疫すると抗ダニIgE、抗ダニIgG1、抗ダニIgG2抗体ができるが、感作回数、抗原量に依存してIgE、IgG1、IgG2抗体価は上昇する傾向を示した。即時型喘息反応の出現率は抗原量10g群で一番高く、抗原量100g群、1000g群と比べIgE抗体価は有意に低いが,IgE-/IgG1-抗体価の割合は有意に高く、IgE-/IgG2-抗体価の割合も有意に高かった。即時型喘息反応の起こり易さはIgE抗体価のレベルと相関せず、むしろIgEとIgG抗体の比が重要であることが示された。特にIgEとIgG2の比が即時型喘息の出現率と強く相関していた事実は、IgG2抗体は遮断抗体として働くという報告に一致する。 3.ダニ抗原で感作したモルモットを抗原吸入誘発すると、第1回目の誘発ではIARのみでLARは出現しなかったが、抗原吸入を繰り返すとLARの出現率が上昇した。メトピロン処置群では初回の抗原吸入チャレンジでいずれも強いLARを認めた。LAR時の肺組織所見では、LARを起こしたものでは気道収縮と気道上皮の脱落、好酸球の浸潤が認められ、メトピロン投与群では更に強く起こっていた。LAR時のBALF所見では、メトピロン投与群では非投与群と比べ有意にBALF中好酸球が増加していた。好中球、リンパ球、マクロファージに関しては有意な差は認められなかった。このことはLARにおける好酸球の重要性を示唆するとともに、好酸球浸潤、LARの発現に内因性コルチゾールが関与している可能性を示唆している。以上、ダニ抗原感作とメトピロン使用により確実に遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発に成功した。 4.ダニ抗原感作モルモットでは、気道過敏性はメトピロン処置の有無にかかわらずLAR時に一致して上昇していた。LAR時の気道過敏性亢進は、一般に、活性化された好酸球が重要であると考えられているが、一方、Thorpeらが報告したように、気道過敏性と肺への好酸球浸潤とは相関がないとする報告もあり、好酸球の浸潤が弱いメトピロン非処置群でもメトピロン処置群と同様に気道過敏性が亢進していることは、この説を支持する。 5.今回、私が開発した上述のように確実に遅発型喘息反応を起こすモデルを用いて、抗ロイコトリエン薬のLARに対する効果を検討した。ロイコトリエンは気道収縮や浮腫、粘液分泌や炎症細胞の浸潤などの喘息に特徴的な症状を引き起こすことが知られており、喘息の病因として重要な役割を担っている。メトピロン処置したダニ抗原感作モルモットに抗ロイコトリエン薬ONO-1078を投与し、抗原吸入チャレンジを行った実験では、ONO-1078はLAR時の呼吸抵抗の上昇を有意に抑制した。BALF中の細胞についても、ONO-1078は有意にLAR時の好酸球数、好中球数の増加を抑制した。LTC4/D4の拮抗作用を有するONO-1078によりLARが抑えられたことにより、喘息におけるロイコトリエンの重要性が明らかになるとともに、抗ロイコトリエン薬の喘息治療における有用性が示された。 以上、本論文は、IgE依存性モデルとして抗モルモットIgEを非感作モルモットに注入する系を用い、IgEによって架橋しても遅発型反応は起こらないことを示し、ついでダニ抗原感作とメトピロンを用いることで確実に遅発型反応をおこすモルモット喘息モデルの開発に成功した。また、この系を用いて抗ロイコトリエン拮抗薬がLARを抑制することを示した。今後、この確実に遅発型反応をおこすモデルは喘息の病態解明、治療法の確立に非常に役に立つと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。 |