学位論文要旨



No 214597
著者(漢字) 北尾,紗織
著者(英字)
著者(カナ) キタオ,サオリ
標題(和) 新規ヒトRecQファミリー遺伝子の単離と、染色体不安定性疾患ロスモンド・トムソン症候群の原因遺伝子の同定
標題(洋)
報告番号 214597
報告番号 乙14597
学位授与日 2000.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14597号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 武藤,誠
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 生物の遺伝情報を担う染色体は、核酸DNAの二重鎖が高次構造をとったものである。DNAは、二重鎖構造で非常に安定に存在するが、細胞内のDNA代謝反応の多くは、DNAの二重鎖の一部が一時的に巻き戻された単鎖部分を基質として行われる。DNAヘリカーゼは、ATP依存的にDNAの二重鎖を巻き戻す酵素であり、巻き戻された一本鎖部分はDNAの複製、組換え、修復、転写などの代謝反応の基質となる。DNAヘリカーゼの生物学的重要性は、色素性乾皮症を引き起こす原因遺伝子がDNA修復に関与するヘリカーゼであることが明らかにされて、脚光を浴びるようになった。これらは、ヌクレオチド除去修復に働くDNAヘリカーゼ、ERCC-2、ERCC-3で、紫外線により生じるピリミジン二量体や、化学修飾による傷害を修復する機構に関与するが、この修復機構に欠損のある患者は、強い日光過敏症を示し、高頻度に皮膚癌を発症する。更に最近、染色体不安定性を伴い、癌多発の遺伝性疾患である、ブルーム症候群やウェルナー症候群の原因遺伝子がRecQファミリーのDNAヘリカーゼであることが相次いで明らかにされ、RecQヘリカーゼと染色体の保持機構との関連が注目されるようになった。

 RecQファミリー遺伝子の中で、最初に同定された大腸菌のRecQは、DNAの相同的組換えの開始反応、つまり、DNAヘテロ接合体の形成時に機能することが示されている。遺伝子産物の構造上の特徴は、分子の中央に相同性の高いヘリカーゼドメインを持つことで、この領域がATP依存的なヘリカーゼ活性に関与する。保存されるアミノ酸配列は7つのモチーフ(I、Ia、II、III、IV、V、VI)よりなり、このうち、モチーフIが、ATPase活性に必要とされることがわかっている。RecQヘリカーゼは大腸菌のような原核生物から、ヒトを含む高等真核生物まで普遍的に存在し、ヒトのRecQヘリカーゼとしては、これまでに大腸菌RecQの相同遺伝子として単離されたRECQL遺伝子、ブルーム症候群原因遺伝子(BLM)、ウェルナー症候群原因遺伝子(WRN)の3種類が知られていた。RecQヘリカーゼを生物種間で比較すると、大腸菌ではRecQ遺伝子、出芽酵母ではSGSI遺伝子が、それぞれ一つずつしか知られておらず、これら単細胞生物はRecQヘリカーゼを一種ずつしか持たない。ところが、多細胞生物には複数存在し、ショウジョウバエには少なくとも2種、線虫には4種のRecQ相同遺伝子があることから、生物進化や組織分化に応じた遺伝子の多様性を反映していると考えられる。このことから、進化的に高等なヒトには、既知の3種以外にも未知のファミリー遺伝子が存在するのではないかと考えられ、更に、予想される新規遺伝子の機能もまた染色体保持機構に関与し、その欠損が遺伝病の原因となる可能性も考えられたため、その新規単離を試みた。

 まず、GenBankのデータベース上に登録されているヒトEST中に、RecQ型のヘリカーゼドメインに相同性の高いアミノ酸配列をもつものを検索したところ、既知であるRECQL,BLM,WRNの3つのRecQファミリー遺伝子以外にも複数存在することがわかった。そこで、これらの配列に対して特異的なプライマーを合成し、RT-PCRを行うことにより、これらのうち2種の配列断片を得た。続いて、5’末端方向、3’末端方向へのRACE-PCRにより、完全長のDNA配列を決定した。これらは、ヒトの第4、第5のRecQファミリー遺伝子であることから、それぞれ、RECQL4、RECQL5と名付けた。

 RECQL4、RECQL5にコードされる蛋白質の、他のファミリー分子との構造比較は、図1に示した。このような構造上の違いは、DNA基質や相互作用する核内因子が、それぞれのヘリカーゼで異なることを示唆している。続いて、ヒトの各臓器・組織におけるノーザンブロット解析を行ったところ、BLM、WRN、RECQL4、RECQL5は組織特異的な発現様式を示し、BLMは胸腺と精巣、WRNは膵臓と精巣、卵巣、RECQL4は胸腺と精巣、RECQL5は膵臓と精巣で著しく発現が高いことがわかった。BLM、WRNに関しては、遺伝子の発現部位と遺伝病の臨床症状とがよく一致していることから、RECQL4、RECQL5も、BLM、WRNと類似の遺伝病の原因遺伝子である可能性が考えらた。

図1 RecQファミリーの遺伝子産物の模式図、及び、構造の比較各遺伝子産物のヘリカーゼドメイン()を中央に揃えて並べた。エキソヌクレアーゼ領域()、大腸菌RecQのC末端領域との相同性領域()、酸性アミノ酸クラスター()、核移行シグナル(▲)

 そこで、臨床症状の特徴から遺伝性疾患を検索したところ、症状がブルーム症やウェルナー症に類似しており、染色体不安定性を伴い、癌多発である、ロスモンド・トムソン症候群が有力な候補に考えられた。ロスモンド・トムソン症候群は、希な劣性遺伝性の皮膚疾患で、皮膚の萎縮、色素沈着、毛細血管拡張症、白内障、脱毛症、先天性の骨異常、生殖器官の萎縮などの症状を示す。また、高頻度に発癌し、骨肉腫と扁平上皮癌が多い。また、患者細胞では、8番染色体トリソミーなどの染色体異常が見られる。

 まず、RECQL4の遺伝子構造を決定し、21個のエキソンから成ることを明らかにした。遺伝子変異解析は、ロスモンド・トムソン症候群の患者8人について行ったところ、メキシコ人の兄弟とヨーロッパ系白人2人の合計4人の患者に、表1及び図2のような遺伝子変異が見つかった。また、そのうち2家系では、患者の両親は片アリルずつの変異をもっており、それが患者に遺伝していることがわかった。以上の結果から、ロスモンド・トムソン症候群の原因遺伝子の1つがRECQL4であると結論した。

図表図2 RECQL4遺伝子のゲノム構造と6種類の遺伝子変異の位置 21エキソンのうち、8〜14がヘリカーゼドメインに相当する。 / 表1 RTS患者に見られるRECQL4遺伝子変異

 ロスモンド・トムソン症候群と診断されているものの、RECQL4遺伝子に変異の見つからなかった患者に関しては、RECQL4の発現制御や分子機能に関わる遺伝子に変異のある可能性が考えられる。また、RECQL、RECQL5についても、他の類似の疾患の原因遺伝子である可能性があり、今後の解析が期待される。

 ヒトのRecQファミリー遺伝子によって引き起こされる染色体不安定性は、患者由来細胞における転座、欠失、重複、高頻度の姉妹染色分体交換という形質として現れる。これらは、出芽酵母のsgs1変異株や分裂酵母のrqh1変異株の、組換え頻度の亢進の形質によく似ている。この現象を、相同性をもつDNA分子間の相互作用に起因する、通常起こってはならない組換えが原因になっていると考えると、RecQヘリカーゼの役割はDNAの誤った会合を解離することによって染色体を守ることであると言うことができる。細胞核内は、非常に核酸濃度の高い環境であるため、このようなRecQヘリカーゼの染色体保持機能が必須であると考えられる。今後、各RecQヘリカーゼ分子が、どのようなDNA基質を認識し、組換えや修復機構に関与するのかを明らかにするのが大きな課題である。

審査要旨

 DNAヘリカーゼは、DNAの複製や転写、組換え、修復などの代謝反応に関与する酵素群であり、その機能と分子種は非常に多様性に富んでいる。これらの遺伝子の欠損は、しばしばヒトの老化、癌化、神経症状や免疫不全などといった複雑な症状を示す疾患を引き起こすことから、その生物学的重要性が強調されると同時に、その遺伝子機能の分子生物学的研究が進んでいる。本論文では、RecQファミリーのDNAヘリカーゼに属する新規遺伝子を2種単離し、そのヒトの疾患との関連を含む機能解析を行っている。

新規ヒトRecQヘリカーゼ遺伝子の同定

 RecQヘリカーゼは、大腸菌のような原核生物から、ヒトを含む高等真核生物まで普遍的に存在し、大腸菌のRecQに相同性の高いヘリカーゼ領域を持ち、ATP依存的にDNAの二重鎖を巻き戻す酵素である。RecQファミリー遺伝子の中で、最初に同定された大腸菌のRecQは、DNAの相同的組換えの開始反応に機能することが示されている。RecQヘリカーゼの生物学的重要性については、近年、染色体不安定性を伴い、癌多発の遺伝性疾患である、ブルーム症候群やウェルナー症候群の原因遺伝子(BLM,WRN)がそれぞれRecQヘリカーゼであることが相次いで明らかにされたことから、RecQヘリカーゼと染色体の保持機構との関連が注目されるようになった。ヒトには、RECQL,BLM,WRNの3種のRecQヘリカーゼが既に知られているが、これらの他にもファミリー遺伝子が存在し、予想される新規遺伝子の機能もまた染色体の保持に関与し、その欠損が遺伝病の原因となる可能性も考えられた。

 新規遺伝子の単離は、GenBankのデータベース上に登録されているヒトEST(expressed sequence tag)の中から、RecQ型のヘリカーゼドメインに相同性の高いアミノ酸配列をもつものを検索し、その配列に基づいたPCR反応を用いて行い、2種の新規遺伝子RECQL4,RECQL5を得た。これらは、それぞれ1208、410アミノ酸からなるタンパク質をコードしており、約300アミノ酸のヘリカーゼドメインは、他のファミリー遺伝子と同様に分子の中央に位置し、アミノ酸配列の相同性は、他のファミリー分子と同程度の約40%であった。ヘリカーゼドメイン以外の構造は、他のファミリー分子とは大きく異なっていた。また、組織・臓器における遺伝子発現様式や、細胞周期における遺伝子発現の変動は、それぞれ特異性を示した。これらの結果は、各遺伝子の機能が時間的、空間的に異なることを示唆している。ヒトには合計で5種類のRecQファミリー遺伝子が存在することとなったが、線虫には4種、大腸菌や酵母などの単細胞生物にはそれぞれ1分子種ずつしか存在しないことから、生物進化や多細胞化に伴う器官・組織分化に対応したRecQファミリー遺伝子の機能の多様化を反映しているものと考えられる。

ロスモンド・トムソン症候群におけるRECQL4遺伝子の変異解析

 新規遺伝子RECQL4の欠損によって、BLM,WRNと同様に染色体不安定性を伴った疾患が起こるとすれば、類似の症状を示すことが予想された。そこで、臨床症状の特徴から遺伝性疾患を検索したところ、ウェルナー症候群と同様に早期老化症に分類される疾患の中から、臨床症状がブルーム症候群やウェルナー症候群に類似しており、染色体不安定性を伴い、癌多発であるという点で、ロスモンド・トムソン症候群(RTS)が候補にあがった。RTSは、希な劣性遺伝性の皮膚疾患で、皮膚の萎縮、色素沈着、毛細血管拡張症、白内障、脱毛症、先天性の骨異常、生殖器官の萎縮などの症状がある。また、発癌が高頻度で、骨肉腫、扁平上皮癌が多い。また、患者細胞では、8番染色体のトリソミーなどの染色体異常が報告されている。

 RTS患者におけるRECQL4遺伝子の変異解析を行ったところ、8人中4人に遺伝子変異が見つかり、更にその内の2患者家系で、変異が遺伝的に両親から由来するものであることがわかった。これらの実験結果は、RECQL4がロスモンド・トムソン症の原因遺伝子であることを明らかにしている。残る4人の患者に関しては、RECQL,RECQL5を含む類似の遺伝子に変異がある可能性や、RECQL4の機能や制御に関わる遺伝子に変異がある可能性が考えられる。

 RecQヘリカーゼの欠損による疾患発症のメカニズムはまだ明らかではないが、酵母の相同遺伝子を用いた組換え頻度の実験系において、BLM,WRN,RECQL4はいずれも組換え抑制の機能を持つことがわかった。この結果から、疾患発症はRecQヘリカーゼの欠損により、不適切な組換えを抑制できなくなり、染色体異常が起こることが共通した原因となっている可能性が示唆される。

 本研究は、BLM,WRNに次いで第3番目にRECQL4がヒトの染色体不安定性疾患であるRTSの原因遺伝子であることを明らかにし、これらファミリー遺伝子の機能の生物学的重要性を強調した。また、RTSの発症機序の分子レベルでの解析を可能にするものであり、ファミリー遺伝子機能の解析、更にRecQヘリカーゼが関与するDNA修復機構の解析に貢献することが期待される。ヒトの疾患の原因遺伝子を同定し、臨床と基礎をつなぐ研究であり、博士(薬学)の学位を授与するのに十分値する論文である。

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