本研究論文で学位申請者は、「自己免疫疾患全身性エリテマトーデス自然発症マウスにおける胸腺微小環境構造体の異常」と題し、免疫異常疾患を生じる遺伝的な背景を持つが異常を生じる機構が遺伝子のレベルでは明らかでない多種類のマウスを材料に、胸腺における形態的な異常の発生と免疫疾患の病態との関連を明らかにした。免疫異常が、リンパ球ではなくTリンパ球の分化と成熟の場である胸腺を形成するリンパ球以外の細胞に注目した点に、この研究の高いオリジナリティーがある。これら胸腺上皮細胞やマクロファージなどの胸腺間質細胞群は細胞外マトリクスを含む構造体を形成しているが、胸腺組織に対して作製した多様な特異性を有するモノクロナル抗体を巧みに利用して、これらの構造(胸腺内微小環境構造)の変化を明らかにした。論文の全体は、General Introduction、General Discussion以外に1-4章から成り、各々の章が独立した内容を持つ。第1章では種々の自己免疫疾患発症マウスを用いて胸腺の構造異常を追求し、第2章では、遺伝的免疫不全マウス及び加齢マウスにおける胸腺の微小環境構造の変化を明らかにし、第3章では、自己免疫疾患が種々の経過をたどるNZBマウスの交配系を用いて、病態と胸腺の構造異常発生との関係を追求し、第4章では、NZBマウスの戻し交配系を用いた胸腺の構造異常に関連する遺伝子座の解析を行った。 第1章では、種々の自己反応性抗体を産生し、多臓器不全に至る自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)が発症する過程で、胸腺内微小環境の構造を規定している細胞群の形態、数、分布などに異常があることを明確に示すことを目指した。胸腺微小環境構造体、特に皮質上皮細胞ネットワークの崩れと髄質上皮細胞クラスターの萎縮と異形化という特徴的異常はSLEマウスに共通であり、胸腺微小環境構造体に変化が起こっている可能性が示された。Tリンパ球を選別するポジティブセレクションあるいはネガティブセレクションは胸腺上皮細胞との接触により行われることから、SLEマウスの胸腺微小環境構造体、特に上皮細胞の変化が正常なTリンパ球の成熟分化に大きな影響を及ぼす可能性が示唆かれた。 第2章では、免疫不全を含む種々の免疫異常を引き起こすモデルマウス及び正常系統の加齢マウスにおける胸腺微小環境構造の変化を比較検討した。疾病は発現しないが自己抗体を産生するSM/Jマウス、インスリン依存型ヒトI型糖尿病の自然発症モデルであるNOD/Ltzマウス、リンパ節自然欠損のあるALY/NscJcl-aly/alyマウス、免疫不全を呈するNOD-scidマウス、及びヒト免疫不全病モスイートン病の自然発症モデルであるC57BL/6J-Hcphme/Hcphmeマウスの胸腺微小環境構造体では、胸腺上皮細胞の異形化やネットワークの崩れ、種々の抗体の染色性の低下を示した。胸腺萎縮が見られるが、遺伝的背景や免疫異常のタイプによって胸腺徴小環境構造の変化は異なっていた。また、加齢マウスでは加齢に伴い胸腺萎縮、房の退縮及び脂肪体化が顕著であった。 第3章では、SLEマウスの胸腺微小環境構造体の異常とSLE発症の関連を明らかにするため、B/WF1マウスにNZWを交配して得られた戻し交配マウスにおける、主要な胸腺微小環境構造体の変化である胸腺上皮細胞の形態異常とSLEの特徴的症状である抗2本鎖DNA抗体産生及び尿蛋白漏出との相関を検討した。抗二本鎖DNA抗体陽性であった41例のマウス全例で胸腺上皮細胞の形態異常が認められ、尿蛋白陽性であったマウス50例の内47例が胸腺上皮細胞の形態異常が示された。以上の結果より、胸腺上皮細胞の形態異常が重篤であるほど、SLEの特徴的症状である抗二本鎖DNA抗体あるいは尿蛋白が高値であるという正の相関関係を示し、胸腺上皮細胞構造体の異常とSLE症状が相関することが示された。 第4章では、胸腺微小環境構造体の異常に関連する遺伝子座の検索のためにB/WF1マウスにNZWを交配して得られた戻し交配マウスを用いた関連遺伝子座の解析を行った。SLE発症と判定された時点、または12カ月齢で非発症と判定された時点で肝臓を摘出し、組織よりDNAを抽出して関連遺伝子の一本鎖DNA高次構造多型(SSCP)解析を行った。その結果、胸腺微小環境構造体の異常、尿蛋白あるいは抗DNA抗体に関連する遺伝子座が認められた。例えば、胸腺髄質の上皮細胞の異常は第4染色体D4Mit343に関連した。一方、抗DNA抗体価は2値4.5でNZWマウス第7染色体との関連が示された。 以上の結果から、自己免疫疾患SLEのモデルマウスでは胸腺微小環境構造を形成している上皮細胞とそのマトリクスの形態、数、分布に異常が見られ、それらの形態学的変化は自己免疫マウスに共通の変化であり、SLE症状である尿蛋白や抗DNA抗体と相関していることが明確に示された。また、胸腺微小環境構造体の異常がNZBマウスの第1染色体に関連している可能性が示された。 以上の研究は免疫生物学及び免疫病理学の領域で重要な進歩をもたらすものであり、本研究を遂行した学位申請者は博士(薬学)の学位を得るに値すると判断した。 |