-アリール置換アミノ酸は様々な薬理活性を有する化合物の合成に用いられる重要な合成中間体である。しかしながら、既存の合成法は、工程数が長く、芳香環の置換様式も限定されている。本論文は、免疫、炎症系に作用する新規治療薬の創製を目的として設計したアリールピリダジノン誘導体の合成に、共通合成中間体として-アリール置換アミノ酸を利用しようと試み、その効率的合成法の開発を意図したことを端緒としている。 複素芳香環を含む各種-アリール置換アミノ酸誘導体の合成には、アスパラギン酸無水物と各種芳香族化合物とのFriedel-Crafts反応、ついで生成するケトンをメチレン体へ還元する経路が、光学活性体を合成する場合を考えると最も効率的である。しかし、この還元は、既存のWolff-Kishner還元、Clemmensen還元、接触還元、いずれの場合にも芳香環上のハロゲン等の電子吸引性置換基、カルボン酸の存在により、目的とするメチレン体を満足に得ることはできなかった。そこで、他の還元法では観察されない官能基選択性が達成される緩和な還元法であるシラン還元を検討することとしたが、既知のケトンからメチレンへの標準的シラン還元法では芳香環上のハロゲン等の電子吸引性置換基が存在する場合の適用ができない。種々の反応条件の検討の結果、TiCl4を用い、in situでTMSエステルを形成して還元反応を行うと、芳香環に電子吸引基を有する基質でも目的とするメチレン体を高収率で得ることに成功した。本法はチオフエン、インドール等の複素芳香環にも適用が可能であり、また、光学活性な-アリール置換アミノ酸の合成に適用してもラセミ化を伴うことなく、目的とする光学活性な化合物を高収率で与える汎用性の高い還元法である。 上記の還元反応は若干の反応条件の修飾、すなわち、PhMe2SiHを用いて反応を-78℃で行うと、より副反応の進行し易い-アリール置換アミノ酸の合成にも応用できることを明らかにし、グルタミン酸無水物と各種芳香族化合物とのFriedel,Crafts反応、ついで生成するケトンをメチレン体へ還元する光学活性-アリール置換アミノ酸誘導体の合成法をも確立した。 本還元法は、さらにTMSOTfを添加することにより、一般にシラン還元に対してはinertとされるエステルをエーテルへと還元できる反応に拡張することができた。この反応は1級アルコールのエステルに適用した場合に高収率で対応するエーテルが得られる。また、ハロゲン、ニトロ基、メトキシ基、インドール環は本反応に対しinertであり、二級、三級カルボン酸のエステルの場合も高収率でそれぞれ対応するエーテルが得られた。さらにラクトンからも良好な収率で対応する環状エーテルが得られる等、特徴ある還元法である。 本論文では、以上の知見を応用して、当初の目的であったピリダジノンをカルボン酸の等価体として用いる分子設計の基本概念に基づいたアリールピリダジノン誘導体、およびチエノベンズイミダゾール誘導体を合成し、その薬理学的性質を探索している。ピリダジノン誘導体に関して、WKYラットでの腎炎モデルにおける抗蛋白尿作用を検討し、イミダゾール含有化合物に非常に強い抗蛋白尿作用が見出された。チエノベンズイミダゾール誘導体に関しても、プロトンポンプ阻害活性の検討の結果、既存の薬剤SK&F-96067より強い胃酸分泌抑制作用を有する化合物を見い出している。 本研究は、従来の還元では環化反応などの副反応により合成が困難であった、-アリール置換アミノ酸が簡便に合成できるTiCl4を用いる新しいシラン還元法を開発したものであり、合成化学上の幅広い応用が期待できる。また、実際にアリールピリダジノン誘導体、およびチエノベンズイミダゾール誘導体の合成に応用し、薬理活性評価により、本還元法が医薬創製においても実用的価値をもつことをも示している。 以上、谷藤道久の研究成果は、有機化学、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに十分なものと認めた。 |