学位論文要旨



No 214600
著者(漢字) 谷藤,道久
著者(英字)
著者(カナ) ヤトウ,ミチヒサ
標題(和) シラン-四塩化チタンによるカルボニル化合物の還元とその応用
標題(洋)
報告番号 214600
報告番号 乙14600
学位授与日 2000.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14600号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 樋口,恒彦
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 筆者は、免疫、炎症系に作用する新規治療薬の創製を目的とし、TXA2受容体拮抗薬であるSulotroban、RamatrobanやTXA2合成酵素阻害剤として上市されているOzagrelをテンプレートとして、アリールピリダジノン誘導体をデザインし、その薬理学的性質の探索を計画した.これらの化合物はいずれも、-アリール置換アミノ酸を共通中間体とし、芳香環上のクロロ基の置換位置の違いを利用して合成可能であると考えられる.従って、芳香環部分を種々変換した誘導体合成を効率良く行うためには、-アリール置換アミノ酸の簡便な合成法の確立が必須と考えられる.-アリール置換アミノ酸は様々な薬理活性を有する化合物の合成に用いられる重要な合成中間体であるが、すでに報告されている合成法は、工程数が長く、芳香環の置換様式も限定されていて実用的ではない.筆者は、芳香族ケトン(1)のメチレン体(4)への還元による合成法が最も簡便な方法と考え、各種芳香族ケトンをメチレン体へ変換する、汎用性のある還元法を開発することを目的とし研究に着手した(Figure 1).

Figure 1.-Aryl Substituted Amino Acids as New Pharmaceutical Synthons.

 まずはじめに、化合物1aのWolff-Kishner還元、Clemmensen還元、接触還元によるメチレン体(4a)への変換を試みたところ、いずれの場合にも目的とする4aを満足に得ることはできなかった.シラン還元は緩和な反応で、他の還元法では観察されない官能基選択性が達成される優れた反応である.シラン還元による-アリール置換アミノ酸の合成がNordlanderらによって報告されているが、収率よく目的とする-アリール置換アミノ酸を得ることができるのは、芳香環に電子供与基を持つ基質に限られ、実用的反応とは言えない.そこで筆者は、従来のシラン還元の問題点を解決し、芳香族ケトン(I)からあるいは-アリール置換アミノ酸(II)を導く汎用性の高い新規シラン還元法の開発を目指し検討を行うこととした(Figure 2)

Figure 2.Synthesis of -or -Aryl Substituted Amino acids by Silane Reduction.1.-アリール置換アミノ酸類の合成

 芳香環に電子吸引基を有するケトン(1a)の還元を従来のシラン還元法で行うと、ラクトン体を得るのみで、目的とするメチレン体(4a)は全く得られない.よりoxophilicityの高いTiCl4を用いて1aの還元を検討したところ、in situでTMSエステル(3a)を形成して還元反応を行うと、芳香環に電子吸引基を有する基質でも目的とする還元体(4a)を88%という好収率で得ることができた.次に、種々芳香族ケトンの還元を検討した.芳香環部分がフェニル(1b)、メトキシフェニル(1c)の場合はもとよりチオフェン(1d、1e)、インドール(1f)などの複素環を有するケトンの場合も高収率で目的とするメチレン体(4)を得ることができた.また、この時芳香環上のハロゲン置換基はいずれの場合も脱離することはなかった(Table 1).

Table 1.Reduction of Aromatic ketones(1)with Et3SiH-TiCl4.

 本反応は光学活性な-アリール置換アミノ酸の合成にも適応可能である.即ち、光学活性なケトン(1a)の還元を同様の条件で行うと、ラセミ化を伴うことなく、目的とする光学活性な化合物(4a)を高収率で得ることができた.

2.-アリール置換アミノ酸類の合成

 化合物(11a)の還元をTFA中Et3SiHを用いた従来のシラン還元法で行うと、主生成物として環化生成物(13a)が得られ、目的とする-アリール置換アミノ酸(12a)の生成はごくわずかであった.TiCl4を用いた先の条件で同様の反応を行うと、目的物(12a)が主生成物となるものの、環化生成物との比は3/1で反応の選択性は必ずしも高くない.そこで、各種ヒドロシランを用いて反応を検討したところ、過剰量のPhMe2SiHを用いて反応を-78℃で行うと98/2という非常に高い選択性で12aが得られることを見出した(Table 2).

Table 2.Reduction of Aromatic Ketones(11)with PhMe2SiH-TiCl4.

 最適条件下いくつかの芳香族ケトンの還元を検討した.いずれの場合も、非常に高い収率および選択性で目的とする化合物(12)が得られ、芳香環上のハロゲン置換基は脱離することなく、複素環を有する基質にも適用できる.さらに、本反応は光学活性な-アリール置換アミノ酸の合成にも応用可能である.

3.シランによる新しいエステルの還元法

 TiCl4に対して2倍モル量のTMSOTfを添加することにより、一般にシラン還元に対してはinertとされるエステルをエーテルへと還元できることを見出した.この反応は、イソプロピルなどの嵩高いエステルには適用できないが、1級アルコールのエステルに適用した場合には、高収率で対応するエーテルが得られた.また、ハロゲン、ニトロ基、メトキシ基は本反応に対しinertであり、インドールを含む基質にも適応可能であった.二級、三級カルボン酸のエステルの場合も高収率でそれぞれ対応するエーテルが得られた.さらにラクトンからも良好な収率で対応する環状エーテルが得られた.

4.-アリール置換アミノ酸類を用いた創薬

 TiCl4を用いる新規シラン還元法により効率的合成が可能となった、芳香環上にハロゲン置換基を有する-アリール置換アミノ酸(4)からアリールピリダジノン誘導体(19-28)およびチエノベンズイミダゾール誘導体(29-32)を合成し、その薬理学的性質を探索した.ピリダジノン誘導体(19-28)に関して、WKYラットへのnephrotoxic serumの投与によって惹起される腎炎モデルにおける抗蛋白尿作用を検討したところ、イミダゾール型誘導体(24)に非常に強い抗蛋白尿作用が見出された(Figure 3).チエノベンズイミダゾール誘導体(29-32)に関して、プロトンポンプ阻害活性を検討したところ、化合物(29c)、(29h)、(29i)に、すでに可逆的プロトンポンプ阻害剤として知られているSK&F・96067よりもi.d.投与で強い胃酸分泌抑制作用があることが見出された(Table 3)

図表Figure 3.Effects of pyridazinone derivatives (19-28)on urinary protein exctetion on day 8 in nephrotonic serum nephrites in WKY rets / Table 3.Gastric (H-/K-)-ATPase inhibitory Activities of 29-32
5.まとめ

 筆者が見い出したTiCl4を用いる新しいシラン還元法は、1)従来のシラン還元では困難であった電子吸引基やアミノ酸残基を含む芳香族ケトンのメチレン体への還元を収率良く達成する、2)TMSOTfの添加により、一般的にシラン還元に対してinertとされるエステルを対応するエーテルへと収率よく変換する、という特徴を有する有機合成上非常に有用な反応である.本反応により、これまで環化反応などの副反応により合成が困難であった-アリール置換アミノ酸が簡便に合成できることを示した.また、-アリール置換アミノ酸から導かれるピリダジノン誘導体(24)に抗蛋白尿作用を、また、ベンゾチオフェン誘導体(29)に可逆的プロトンポンプ阻害活性を見出すことにより、本還元法が医薬創製においても実用的価値をもつことを示した.

審査要旨

 -アリール置換アミノ酸は様々な薬理活性を有する化合物の合成に用いられる重要な合成中間体である。しかしながら、既存の合成法は、工程数が長く、芳香環の置換様式も限定されている。本論文は、免疫、炎症系に作用する新規治療薬の創製を目的として設計したアリールピリダジノン誘導体の合成に、共通合成中間体として-アリール置換アミノ酸を利用しようと試み、その効率的合成法の開発を意図したことを端緒としている。

 複素芳香環を含む各種-アリール置換アミノ酸誘導体の合成には、アスパラギン酸無水物と各種芳香族化合物とのFriedel-Crafts反応、ついで生成するケトンをメチレン体へ還元する経路が、光学活性体を合成する場合を考えると最も効率的である。しかし、この還元は、既存のWolff-Kishner還元、Clemmensen還元、接触還元、いずれの場合にも芳香環上のハロゲン等の電子吸引性置換基、カルボン酸の存在により、目的とするメチレン体を満足に得ることはできなかった。そこで、他の還元法では観察されない官能基選択性が達成される緩和な還元法であるシラン還元を検討することとしたが、既知のケトンからメチレンへの標準的シラン還元法では芳香環上のハロゲン等の電子吸引性置換基が存在する場合の適用ができない。種々の反応条件の検討の結果、TiCl4を用い、in situでTMSエステルを形成して還元反応を行うと、芳香環に電子吸引基を有する基質でも目的とするメチレン体を高収率で得ることに成功した。本法はチオフエン、インドール等の複素芳香環にも適用が可能であり、また、光学活性な-アリール置換アミノ酸の合成に適用してもラセミ化を伴うことなく、目的とする光学活性な化合物を高収率で与える汎用性の高い還元法である。

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 上記の還元反応は若干の反応条件の修飾、すなわち、PhMe2SiHを用いて反応を-78℃で行うと、より副反応の進行し易い-アリール置換アミノ酸の合成にも応用できることを明らかにし、グルタミン酸無水物と各種芳香族化合物とのFriedel,Crafts反応、ついで生成するケトンをメチレン体へ還元する光学活性-アリール置換アミノ酸誘導体の合成法をも確立した。

 本還元法は、さらにTMSOTfを添加することにより、一般にシラン還元に対してはinertとされるエステルをエーテルへと還元できる反応に拡張することができた。この反応は1級アルコールのエステルに適用した場合に高収率で対応するエーテルが得られる。また、ハロゲン、ニトロ基、メトキシ基、インドール環は本反応に対しinertであり、二級、三級カルボン酸のエステルの場合も高収率でそれぞれ対応するエーテルが得られた。さらにラクトンからも良好な収率で対応する環状エーテルが得られる等、特徴ある還元法である。

 本論文では、以上の知見を応用して、当初の目的であったピリダジノンをカルボン酸の等価体として用いる分子設計の基本概念に基づいたアリールピリダジノン誘導体、およびチエノベンズイミダゾール誘導体を合成し、その薬理学的性質を探索している。ピリダジノン誘導体に関して、WKYラットでの腎炎モデルにおける抗蛋白尿作用を検討し、イミダゾール含有化合物に非常に強い抗蛋白尿作用が見出された。チエノベンズイミダゾール誘導体に関しても、プロトンポンプ阻害活性の検討の結果、既存の薬剤SK&F-96067より強い胃酸分泌抑制作用を有する化合物を見い出している。

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 本研究は、従来の還元では環化反応などの副反応により合成が困難であった-アリール置換アミノ酸が簡便に合成できるTiCl4を用いる新しいシラン還元法を開発したものであり、合成化学上の幅広い応用が期待できる。また、実際にアリールピリダジノン誘導体、およびチエノベンズイミダゾール誘導体の合成に応用し、薬理活性評価により、本還元法が医薬創製においても実用的価値をもつことをも示している。

 以上、谷藤道久の研究成果は、有機化学、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに十分なものと認めた。

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