序論 蛋白質リン酸化は、プロテインキナーゼ及びホスファターゼの綿密な連携により制御されている。一般に広い基質特異性を示すこれらのシグナル伝達因子に特異性を与える制御として、セカンドメッセンジャーによるアロステリックな活性制御の他に、基質が局在する細胞内微小環境へシグナル伝達因子をターゲッティングする空間的制御も重要であることが知られてきている。このようなターゲッティングの一部は、シグナル伝達因子と結合し、かつ特異的な細胞内局在をするアシカリングプロテインと呼ばれる蛋白質を介して行われる。
我々の研究室においてクローニングされたプロテインキナーゼPKNは、カルボキシル(C)末端側の触媒領域はプロテインキナーゼC(PKC)と高い相同性を示すが、アミノ(N)末端側は全く異なる構造を持つ。N末端側にはPKNのアイソフォーム間及び種間で保存された領域が存在すること、また、アポトーシス刺激によるプロテオリシスで触媒領域が遊離され恒常的な活性を示すことなどから、N末端側が重要な制御領域として働いていると考えられる。そこでこの領域の特異的結合蛋白質を得ることを目的として、酵母two-hybrid systemによりヒト脳cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。
本研究では、得られたクローンの一つについて全長cDNAをクローニングし、そのコードする蛋白質CG-NAP(centrosome and Golgi localized PKN-associated protein)が分子量約450kDaの巨大蛋白質で、中心体(centrosome)、中央体(midbody)末端、及びゴルジ装置(Golgi apparatus)に局在し、PKNのみならず複数のシグナル伝達因子と特異的に結合する新規アシカリングプロテインであることを明らかにした。また、CG-NAPはPKCとも結合し、その成熟化の過程に関与している可能性も見出した。
本論1.CG-NAPのcDNAクローニング PKNのN末端領域をbaitとしたtwo-hybrid screeningで得られたクローン#2-43は、コードするペプチドがPKNと特異的に結合することが確認された。そこで全長cDNAをクローニングしたところ、11.7kbで3899アミノ酸からなる新規巨大蛋白質(推定分子量約450kDa)をコードしていた。この蛋白質を後述する解析結果をもとにCG-NAPと命名した。ノーザンブロットよりCG-NAPはほぼすべての臓器で低レベルの発現が認められた。CG-NAP断片に対する特異抗体を用いたイムノブロットで、HeLa細胞及び発現ベクターを導入したCOS細胞の抽出液から約450kDaのバンドが検出された。これらの結果よりCG-NAPは実際に巨大蛋白質として細胞内に存在することが確認された。
2.CG-NAPの細胞内局在 特異抗体を用いてCG-NAPの細胞内局在を調べたところ、-tubulinとの2重染色から中心体、及び中央体末端へ局在することが分かった。また、ゴルジマーカー蛋白質との2重染色、及びゴルジ装置を破壊する薬剤を用いた解析からゴルジ装置へも局在することが確かめられた。以上より、CG-NAPはすべての細胞周期で中心体、分裂終期及び細胞質分裂期で中央体の末端、間期ではゴルジ装置に局在することが明らかになった。
CG-NAP欠失変異体の細胞内局在の解析より、C末端側約300アミノ酸の領域で中心体に局在することが明らかになった。その配列は中心体蛋白質kendrinのC末端側と高い相同性を示し、中心体局在シグナルである可能性が示唆された。ゴルジ装置への局在を示す領域は異なっていた。
3.CG-NAPと種々のシグナル伝達分子との結合 1)PKN PKNは全長CG-NAPとも細胞内で結合することが確かめられた。また、一部のPKNは中心体に検出されその局在にCG-NAPが関わる可能性が示唆された。
2)Aキナーゼ(PKA) CG-NAPにはPKAの調節サブユニットRIIのアシカリングプロテインであるAKAP120と高い相同性を示す領域があり、RII結合モチーフも2か所見つかった。それぞれを含む断片はRIIと結合し、また内在性のCG-NAPとRIIの結合もHeLa細胞で確かめられた。細胞内局在を調べたところ、RIIにはCG-NAPと酷似した局在を示すものがあり、CG-NAPがRII(さらにはPKA)の局在を司っていることが示唆された。
3)プロテインホスファターゼPP2A PP2AのBサブユニットの一つPR130は、PKNをbaitとした酵母two-hybrid screeningで検出され、また発現させたCOS7細胞からPKNと共に免疫沈降された。しかし、in vitroでPR130とPKNの直接の結合は観察されなかったのでCG-NAPを介している可能性を考えて実験を行ったところ、PR130はCG-NAPと結合した。PP2AはA、C(触媒)、Bサブユニットが結合した3量体をとる。PR130を発現させたCOS7細胞において、内在性のCサブユニットはCG-NAPともPR130とも共に免疫沈降され、PP2Aの3量体ホロ酵素がPR130を介してCG-NAPと結合していることが示唆された。
4)プロテインホスファターゼPP1 CG-NAP配列上にシグナル伝達因子の結合配列を検索したところ、PP1の結合モチーフR/KVXFが見つかった。そこを含む断片及び全長CG-NAPは内在性のPP1と共に免疫沈降され、CG-NAPはPP1とも結合することが明らかになった。
4.CG-NAP上におけるPKCの成熟化 PKCはゴルジ装置への局在に関する報告が幾つかなされていたので、CG-NAPとの結合を検討したところ、その成熟化の過程で結合する可能性を見出した。PKCファミリーは、リン酸化による成熟化とセカンドメッセンジャーによる活性化の2段階の制御を受けていると考えられている。しかし、PKCの成熟化の詳細は分かっていなかった。
1)CG-NAPとPKCの結合 COS7細胞で発現させたPKCはCG-NAPと共に免疫沈降された。抽出液中のPKCはシングルバンドであるが、CG-NAPと共沈されたものは2本で移動度の速い分子種が加わっていた。抽出液中にわずかに含まれるこの分子種がより効率よくCG-NAPと結合すると考えられた。この分子種はキナーゼ活性を失ったK437M変異体と同じ移動度を示し、同変異体も効率よくCG-NAPと共沈された。PKCの結合領域は触媒領域内であった。
2)移動度の速いPKC分子種の解析 パルス・チェイス実験から、新たに合成されたPKCは移動度が速く、時間の経過と共に遅い方にシフトすることが明らかになった。また、移動度の遅い分子種はホスファターゼ処理により速い方へシフトしK437変異体と同じ移動度になった。PKCファミリーで保存されているリン酸化部位部位の一つSer729に対する抗リン酸化ペプチド抗体でイムノブロットしたところ、移動度の速い分子種は反応しなかった。以上より移動度の速い分子種は新たに合成され、またほとんどリン酸化を受けていない中間体であると考えられた。
3)PKCのリン酸化状態とCG-NAPとの結合 全長PKCはCG-NAPとin vitroで結合したが、ホスファターゼ処理すると結合が強まった。一方、リン酸化されていないPKC触媒領域断片はCG-NAPと結合したが、PKCによりリン酸化させると結合が弱まった。また、Ser729をリン酸化をミミックするAspに換えると結合が低下した。以上より、PKCはリン酸化レベルの低い分子種がCG-NAPと結合し、リン酸化されるとアフィニティーが低下することが確認された。
4)CG-NAPと結合するPKC分子種の細胞内局在と活性 PKCのアミノ酸置換変異体を用いた解析から、CG-NAPと結合する分子種は内在性CG-NAPと共にゴルジ装置に局在しキナーゼ活性を持たず、逆に結合の弱い分子種は細胞質に局在し、セカンドメッセンジャーによる活性化を受けてキナーゼ活性を示すことが明らかになった。
これらの結果から次のモデルが考えられる。新たに合成されたPKCはゴルジ装置に局在するCG-NAPに結合し、そこでおそらく他のPKCと同様にPDK1によるリン酸化を受け、次いで他のサイトがリン酸化される。リン酸化され成熟化したPKCはCG-NAPから解離し、セカンドメッセンジャーによる活性化を受け得る分子として細胞内に再分布する。
結論 CG-NAPはプロテインキナーゼPKNの結合蛋白質としてクローニングされた分子量約450kDaのコイルドコイル構造に富む新規な巨大蛋白質である。CG-NAPはすべての細胞周期において中心体、細胞分裂終期から細胞質分裂期において中央体末端、また、間期においてゴルジ装置に局在する。CG-NAPはPKNのみならず複数のプロテインキナーゼ(PKA,PKC)及びプロテインホスファターゼ(PP1,PP2A)とも結合するマルチアンカリングプロテインである。結合するシグナル伝達因子の機能制御に関わる例として、ゴルジ装置においてPKCのリン酸化による成熟化の場をCG-NAPが提供している可能性を見出した。
CG-NAPは中心体、中央体末端、及びゴルジ装置において、結合するシグナル伝達因子各々の局在及び基質や制御蛋白質へのアクセスを制御していると考えられる。さらに、複数のシグナル伝達系の下流において、それらのシグナル伝達因子の相互作用の場を提供する可能性、共通の基質のリン酸化レベル維持に関わる可能性、あるいはCG-NAP自体が基質となりリン酸化に伴う構造変化が引き起こされる可能性など考えられる。今後CG-NAP及び結合するシグナル伝達因子の解析を進めることにより、中心体、中央体、ゴルジ装置という細胞周期等においてダイナミックな変動を起こすオルガネラの機能制御機構の解明につながると期待される。