本論文は膜リン脂質からの脂質性メディエータの産生を介して各種疾患との関連が推測される分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)の特異的阻害薬創製の試みならびに病態モデル動物をもちいた薬効評価から成り立っている。 IIA型PLA2特異的阻害薬の創製 最初により効率的に創薬研究を行う目的でin vitroにおけるロボットを利用したスクリーニング系を構築した。酵素反応の安定化、基質の存在状態の安定化をはかるための条件設定、クロモジェニック基質の利用などにより、ロボットによる多量ランダムスクリーニングを可能にした。さらにsIIA型酵素選択性を加味してスクリーニングするためホスファチジルグリセロールを基質とした二次スクリーニング系を開発した。 塩野義研究所で従来から見出していた微生物由来阻害物質チエロシンBを出発化合物として各種誘導体の合成を行い、スクリーニング系にかけることで、ヒトIIA型PLA2に高い阻害活性を有する化合物を得ることに成功した。しかしながら、高活性を維持するためには芳香環6個が必須であり、医薬品創製に適当な溶解性改善を達成するには至らなかった。 そこでさらに数十万におよぶ化合物のロボットによる大量スクリーニングを行い、強い阻害作用を有するインドール化合物を見出した。そこでインドールと同じ非局在化10電子構造を有するインドリジン骨格に注目して様様の誘導体の合成を試みた。そのうちには化学的に安定で強い阻害活性を有する競合阻害剤も発見できた。それら化合物中、ラットにおいて経口吸収性のよかった新規化合物について病態モデル動物を用いた高次評価を実施した。 炎症性腸疾患モデルにおけるIIA型PLA2阻害薬の薬効評価 炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、以下IBD)は成因不明の疾患で、厚生省特定疾患(難病)指定を受けている。治療薬としてはステロイドなどが使用されているが寛解の維持は困難である。最近IBD患者の腸病変部においてIIA型PLA2の高発現が報告されたことよりこの酵素の関与が疑われた。そこでIBDの疾患モデルである硫酸デキストランナトリウム誘発潰瘍性大腸炎をラットに作成し、IIA酵素の関与を調べ阻害薬の抑制効果を調べた。その結果糜爛発生部位である大腸下部に強いIIA酵素の免疫染色が認められた。In vitroで強いIIA酵素阻害活性を示したインドリジン化合物について病態改善効果を見たところ、糜爛、大腸萎縮いずれに対してもプレゾニゾロンと同程度に改善効果が認められた。この時正常時の12倍のPLA2活性を示す大腸組織酵素活性は本処理によって完全に抑制されていた。 本研究において効率のよいsPLA2阻害薬のin vitroスクリーニング系が構築され、インドリジン誘導体に強い酵素活性阻害作用、および炎症性腸疾患改善作用が見出された。難病治療への糸口となる研究であり学位(薬学)に値すると判定した。 |