学位論文要旨



No 214603
著者(漢字) 手代木,功
著者(英字)
著者(カナ) テシロギ,イサオ
標題(和) ホスホリパーゼA2阻害薬の創製と病態モデル動物を用いた薬効評価
標題(洋)
報告番号 214603
報告番号 乙14603
学位授与日 2000.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14603号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 1.序論

 ホスホリパーゼA2(PLA2)は、生体膜の主要構成成分であるグリセロリン脂質のsn-2位にエステル結合する脂肪酸を特異的に水解する酵素の総称である。本研究において膜リン脂質からの脂質メディエーターの産生を介して、各種疾患との関与が推測されるsPLA2の特異的な阻害薬創製ならびに病態モデル動物を用いた薬効評価を行った。sPLA2は細胞外に分泌される低分子量(13〜15KDa)のPLA2の総称であるが、IIA型のPLA2は多くの細胞において、TNFやIL-1等の炎症性サイトカインによって強い発現誘導がみられ、敗血症、膵炎、関節リウマチ、炎症性大腸疾患などへの関与が予測されている。

2.IIA型PLA2特異的阻害薬の創製1)チエロシンB3誘導体の合成

 シオノギ研究所において、微生物発酵液由来のPLA2阻害物質の探索研究を行った結果、カビより一連のチエロシン関連化合物を見出した。この中で、チエロシンB3はヒトIIA型PLA2に対して強い阻害活性を示したが、微量成分である為、発酵液からの大量精製が困難であり、かつ溶解性が低い等の欠点を有しており、医薬品創製の観点からは物性の最適化を含めた合成的検討が必要とされた。そこで、チエロシンB3の構造を基に式Aで示される化合物群の合成を計画し、図4〜7に従ってこれらチエロシンB3誘導体の合成を行い、ラット及びヒトIIA型PLA2、ヒトIB型PLA2に対する阻害活性を測定した。これらの化合物の中には、ヒトIIA型PLA2に対してチエロシンB3と同等の阻害活性を有するものもあったが、高活性には6個の芳香環が必要であり、分子量の低減や溶解性の改善を達成するには至らなかった。そこで次に、より効率的に創薬研究を行う目的でin vitroにおけるscreening系の最適化を行った。

2)in vitro screening系の検討

 PLA2阻害薬の評価において最も問題となるのは、基質であるリン脂質の量的なバランス及び物理化学的性状である。今までの報告には、リポコルチンを始めとして基質に直接作用することにより見かけの酵素阻害活性を示す、非特異的阻害剤が多く見られる。これらの問題点の改善策として、(1)酵素反応を安定化させるために高い基質濃度を用いること(2)基質の存在状態を安定化させるために界面活性剤との混合ミセル状態にする等の工夫が重要である。また、高次評価のためには薬理検体や生体サンプルのPLA2活性測定法も検討する必要がある。

 それらを総合的に考慮し、本研究ではin vitro screening系として次のフローを設定した。

2-1)クロモジェニック法

 本法については、基本的に既報のDennis等の方法に準じて条件設定を行った。

 基質には1mM diheptanoyl thiophosphatidyl cholineを用い、0.3mM Triton X-100との混合ミセルとした。本法は96穴プレートを用いたロボットによる大量ランダムscreeningを可能とし、1次スクリーニングに適用した。

2-2)PC/DOC法

 基質には1mM 1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphocholineを用い、3mM sodium deoxycholateとの混合ミセルとし、活性の測定は、Tojoらの方法に準じた。本法は先のクロモジェニック法で阻害活性の認められた化合物に対して2次スクリーニングとして用いた。

2-3)PG/Chol法

 基質には1mM 1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphoglycerolを用いて、2mMのコール酸ナトリウム(Chol)との混合ミセルとし、活性の測定はTojoらの方法に準じた。本法は、IIA型PLA2を前2法より50-100倍高い検出感度で測定でき、しかもsPLA2以外の活性を検出する頻度が比較的少ないため、生体サンプルや薬理検体のPLA2活性測定に用いた。

2-4)インドリジン誘導体の合成

 数十万に及ぶ化合物のロボットによる大量スクリーニングにより、IIA型PLA2阻害作用を有するインドール化合物が見出された。そこでインドールと同じ非局在化10電子構造を持つインドリジン骨格に着目し、インドール化合物と同等かそれ以上の活性効果を期待して誘導体の合成を行った。

 筆者は、インドリジン誘導体のヒトIIA型PLA2に対する阻害活性を測定し、これらの化合物が化学的に安定で、かつ幾つかの化合物は非常に強い阻害活性を示すことを見出した。また、その過程において合成された化合物がヒトIIA型PLA2との共結晶X線構造解析の結果、酵素の活性部位と相互作用していることも明らかにされた。

 これらの結果を基に、動物モデルにおけるインドリジン誘導体の効果を調べるために、特に秀れた阻害活性を示した化合物を選択し、ラットにおいて経口吸収性の優れるメチルエステル(以下化合物27)について、以下の病態モデル動物を用いた高次評価を行った。

3.炎症性腸疾患モデルにおけるIIA型PLA2阻害薬の薬効評価1)背景

 炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、以下IBD)は、数十年におよぶ多面的な研究にも拘わらず成因は不明であり、難治例が多いため厚生省特定疾患(難病)指定を受けている。治療薬としてはプレドニゾロン(ステロイド)、スルファサラジン(SASP)、メサラジン(5-ASA)が使用されているが、これらの薬剤をもってしても寛解の維持は難しく、寛解・再燃を繰り返す。

 近年、IBD患者血清中にIIA型PLA2が高濃度に存在しており、血清中PLA2濃度とIBDの重症度の間に相関がみられること、またIBD患者の腸の病変部においてIIA型PLA2の高発現がmRNAおよび蛋白レベルで報告され、IIA型PLA2のIBDへの関与が強く示唆されている。

 そこでIBDの疾患モデルとして汎用されている硫酸デキストランナトリウム(DSS)誘発潰瘍性大腸炎をラットに作成し、本モデルの病態形成におけるIIA型PLA2の関与について調べるとともに、IIA型PLA2阻害薬である化合物27の効果を検討した。

2)潰瘍性大腸炎モデルの作製

 大腸(結腸および直腸)は、薬物投与開始14日後に摘出し、大腸の長さを測った後、びらん領域の面積を測定した。

3)PLA2活性測定

 PLA2活性は3%のDSS飲水開始6日後からびらんが発生する大腸下部でのみ上昇し始め22〜25日後には17〜19倍に上昇した。びらんがほとんど認められない大腸上部ではいずれの時点でもPLA2活性の有意な上昇は認められなかった。

4)ラットIIA型PLA2の免疫組織化学

 びらん発主部位である大腸下部に強い免疫染色が認められ、陽性反応の強さの順序は粘膜固有層=粘膜筋板≧粘膜下層の血管=粘膜下層>吸収上皮細胞の順であった。IIA型PLA2免疫陽性反応の特異性を確認するために、隣接薄切標本を用いてIB型PLA2の免疫組織化学を行ったが、いずれの標本においても陽性反応は全く認められなかった。

5)PLA2阻害薬による病態改善

 化合物27は、びらん面積、大腸萎縮のいずれに対してもそれぞれ62%(p<0.01)および33%(p<0.01)の有意な改善を示し、現在最も有効な治療薬と考えられるプレドニゾロンと同程度であった。また、大腸組織中のPLA2活性は、正常ラットの12倍に増加していたが、この増加は阻害薬によってほぼ完全に阻害された。一方、プレドニゾロンはPLA2活性に影響を及ぼさず、化合物27とは異なる作用機作である可能性が示唆された。大腸炎により増加したPLA2活性がIIA型PLA2に由来するか否か確認する為に、試料にEDTA、抗ラットIIA型PLA2抗体を試験管内で添加した。その結果、PLA2活性は5mM EDTAで4.5%、抗体で19.2%まで減少したことから、PLA2活性の大部分はIIA型に由来することが確認されたが、それ以外のPLA2の関与も示された。以上により、本モデルの病態形成にIIA型PLA2が大きく関与していること、さらにIIA型PLA2阻害薬が新規のIBD治療薬となる可能性が強く示唆された。

4.結語

 1.特異的かつ強力なヒトIIA型PLA2阻害薬を創製すべく、in vitro screening法について最適化を行い、阻害薬の創製を効率的に行うことに成功した。

 2.チエロシン関連化合物群の中でヒトIIA型PLA2に対して強い阻害活性を示したチエロシンB3の誘導体を合成したが、分子量の低減や溶解性の改善が達成できず、インドリジン誘導体で高次の動物病態モデルでの評価を行った。

 3.IIA型PLA2の関与が大きいとされる炎症性腸疾患のモデルをラットで作成し、その組織病変部位においてIIA型PLA2の発現の著しい亢進を発見した。このモデルでインドリジン誘導体化合物27は、びらん面積、大腸萎縮のいずれに対しても有意な改善作用を示した。

 今後は、体内動態、組織移行性の見地から異なる基本骨格を有する化合物群の創製や、異なる疾患への適用、或いはsPLA2ファミリーとしてのV型X型に対する特異性のあるもの等の検索を継続し、sPLA2阻害を通しての新規抗炎症剤の探索を推進したいと考えている。

審査要旨

 本論文は膜リン脂質からの脂質性メディエータの産生を介して各種疾患との関連が推測される分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)の特異的阻害薬創製の試みならびに病態モデル動物をもちいた薬効評価から成り立っている。

 IIA型PLA2特異的阻害薬の創製

 最初により効率的に創薬研究を行う目的でin vitroにおけるロボットを利用したスクリーニング系を構築した。酵素反応の安定化、基質の存在状態の安定化をはかるための条件設定、クロモジェニック基質の利用などにより、ロボットによる多量ランダムスクリーニングを可能にした。さらにsIIA型酵素選択性を加味してスクリーニングするためホスファチジルグリセロールを基質とした二次スクリーニング系を開発した。

 塩野義研究所で従来から見出していた微生物由来阻害物質チエロシンBを出発化合物として各種誘導体の合成を行い、スクリーニング系にかけることで、ヒトIIA型PLA2に高い阻害活性を有する化合物を得ることに成功した。しかしながら、高活性を維持するためには芳香環6個が必須であり、医薬品創製に適当な溶解性改善を達成するには至らなかった。

 そこでさらに数十万におよぶ化合物のロボットによる大量スクリーニングを行い、強い阻害作用を有するインドール化合物を見出した。そこでインドールと同じ非局在化10電子構造を有するインドリジン骨格に注目して様様の誘導体の合成を試みた。そのうちには化学的に安定で強い阻害活性を有する競合阻害剤も発見できた。それら化合物中、ラットにおいて経口吸収性のよかった新規化合物について病態モデル動物を用いた高次評価を実施した。

 炎症性腸疾患モデルにおけるIIA型PLA2阻害薬の薬効評価

 炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、以下IBD)は成因不明の疾患で、厚生省特定疾患(難病)指定を受けている。治療薬としてはステロイドなどが使用されているが寛解の維持は困難である。最近IBD患者の腸病変部においてIIA型PLA2の高発現が報告されたことよりこの酵素の関与が疑われた。そこでIBDの疾患モデルである硫酸デキストランナトリウム誘発潰瘍性大腸炎をラットに作成し、IIA酵素の関与を調べ阻害薬の抑制効果を調べた。その結果糜爛発生部位である大腸下部に強いIIA酵素の免疫染色が認められた。In vitroで強いIIA酵素阻害活性を示したインドリジン化合物について病態改善効果を見たところ、糜爛、大腸萎縮いずれに対してもプレゾニゾロンと同程度に改善効果が認められた。この時正常時の12倍のPLA2活性を示す大腸組織酵素活性は本処理によって完全に抑制されていた。

 本研究において効率のよいsPLA2阻害薬のin vitroスクリーニング系が構築され、インドリジン誘導体に強い酵素活性阻害作用、および炎症性腸疾患改善作用が見出された。難病治療への糸口となる研究であり学位(薬学)に値すると判定した。

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