1.cPLA2の即時的調節(1)cPLA2のリン酸化 マウス骨髄由来マスト細胞をIgE/抗原で刺激すると、一過的にcPLA2活性が上昇した。[32P]リン酸でラベルしたマスト細胞をIgE/抗原で刺激し、細胞ライゼートを抗cPLA2抗体で免疫沈降し電気泳動で分離後、オートラジオグラフィー解析した結果、cPLA2活性上昇と並行してcPLA2がリン酸化されることを見いだした。
(2)cPLA2の細胞内トランスロケーション 細胞内Ca2+濃度を上昇させる刺激によって、cPLA2は刺激に伴い形質膜ではなく核周辺膜に移行することが知られている。そこで、cPLA2を強制発現したヒト胎児腎由来細胞株293を材料に用いて、蛍光抗体染色法によりcPLA2の細胞内分布を検討した。無刺激細胞ではcPLA2は細胞質全体に分布していたが、A23187で刺激した細胞では核周辺部に強い蛍光が観察された。cPLA2のリン酸化はこのような細胞内移行に必須ではないことが報告されており、他の要因の関与を考える必要がある。そこで、私はこのcPLA2の核周辺部への特異的移行にcPLA2と相互作用する細胞内因子が関与することを想定し、本因子の同定を以下試みた。
(3)Far-Western法によるcPLA2相互作用タンパク質(P60)の検出 各種細胞ライゼートをSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で分離後、ニトロセルロース膜に転写した。この膜にグルタチオン-s-トランスフェラーゼ(GST)融合cPLA2を1%スキムミルク存在下添加した後、洗浄し抗GST抗体によるイムノブロッティングを行い、cPLA2相互作用タンパク質を検索した。ラット腹腔マクロファージ、マウス骨芽細胞株MC3T3-E1細胞を試料として用いた結果、両細胞ともに、コントロールとしてGSTを添加した場合に明確なバンドは検出されなかったが、GST-cPLA2を添加した場合にのみ分子量約60kDaのタンパク質(P60)が検出された。また、GSTとは異なるtagであるT7 peptideを融合したcPLA2をプローブとしてFar-Western解析を行った場合にも、MC3T3-E1細胞、ラット線維芽細胞株3Y1細胞を用いた場合にP60が検出された。
次に、本結合に必要なcPLA2の部位を調べた。まず、cPLA2のN末端に存在するC2ドメインに注目した。C2ドメインを完全に含むGST-cPLA2(1-138)を作製し、Far-Western解析を行った。その結果、全長のcPLA2を用いた場合と同様にP60と結合することが観察された。さらに、結合部位の詳細な解析を試みた。cPLA2のC2ドメインのC末端側を削ったGST-cPLA2(1-81)にはGST-cPLA2(1-138)よりは弱いものの有意な結合が観察された。しかし、さらにN末端を削ったGST-cPLA2(36-81)やGST-cPLA2(1-35)には結合性が検出されなかった。過剰量のtagを持たないcPLA2の添加実験を行った。バキュロウイルス発現系を用いて調製したリコンビナントcPLA2をFar-Western解析の反応系に添加した結果、P60のバンドは著しく減少した。以上の結果から、P60はcPLA2のC2ドメインに結合することが示された。
C2ドメインはCa2+依存的にリン脂質と結合する機能単位として知られている。そこで、本結合へのCa2+の影響を検討した。まず、Ca2+キレート剤であるEDTAの影響を検討した。Far-Western解析の反応系に5mM EDTAを添加するとP60のバンドは検出されなくなった。次に、最近報告されたcPLA2の立体構造解析に基づき、Ca2+との結合に直接関与するアミノ酸である43番目と93番目のAspを両方ともAsnに置換した変異体をプローブとして用いてFar-Western解析を行った。その結果、P60のバンドは検出されなかった。これらの解析から、cPLA2とP60の結合にはCa2+が必要であることが考えられた。
(4)cPLA2相互作用タンパク質(P60)の同定 P60の細胞内分布を調べるために3Y1細胞を分画した。まず、3Y1細胞を1%NP-40で処理し、細胞質画分と核画分を遠心分離した。核画分を高濃度の塩で処理し、クロマチン画分と核マトリクス画分に分画し、それぞれの画分をFar-Western解析した。その結果、P60の大部分は核マトリクス画分に存在することがわかった。そこで、核マトリクス画分を電気泳動で分離後染色し、P60に相当するバンドを切り出し、消化酵素としてリジルエンドペプチダーゼを用いたクリーブランド法によるペプチドマッピングを行った。2つのペプチド断片のN末端アミノ酸を解読し、3Y1細胞より調製したcDNAを鋳型にdegenerate PCRを行った。得られたcDNA断片の配列を解読し、遺伝子データベース検索した結果、細胞骨格系の中間径フィラメントの主要構成成分であるビメンチンであることがわかった。実際に解読した2つのペプチド断片のアミノ酸配列がラットビメンチンの配列中に存在していたため、P60はビメンチンであると結論した。
(5)cPLA2とビメンチンの結合の解析 ヒト副腎皮質癌由来SW13細胞には、自然発生的にビメンチンを発現していない亜株が存在する。そこで、ビメンチン発現株と非発現株のライゼートをFar-Western解析あるいは抗ビメンチン抗体によるイムノブロットを行った結果、ビメンチン非発現株にはcPLA2結合タンパク質及びビメンチンが共に検出されなかったのに対し、ビメンチン発現株に両方の解析で同様に検出された。従って、Far-Western法により検出された分子量60kDaのcPLA2結合タンパク質はビメンチンであることが示された。
溶液中でのcPLA2とビメンチンの結合を調べた。あらかじめGST-cPLA2(1-138)を結合したグルタチオンビーズを作製し、Ca2+存在下あるいは非存在下でリコンビナントビメンチンとインキュベートした後、ビーズに結合したタンパク質をグルタチオンで溶出し、抗ビメンチン抗体でイムノブロット解析した。その結果、Ca2+存在下でのみビメンチンの結合が検出された。従って、溶液中でもcPLA2とビメンチンはCa2+依存的に結合することがわかった。
cPLA2とビメンチンが細胞内でも結合し得るか検討した。cPLA2強制発現293細胞を材料に用いて、無刺激細胞とCa2+イオノフォア刺激細胞を免疫染色した後、両タンパク質の局在を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。cPLA2はFITCの緑の蛍光で、ビメンチンはCy3の赤の蛍光で染色し、両者が局在が一致した場合黄色の像で表現される。無刺激細胞ではcPLA2とビメンチンの分布はあまり一致していなかったが、A23187で刺激した細胞では黄色の像を示す細胞が数多く観察された。従って、細胞内でもCa2+濃度上昇に伴って、cPLA2とビメンチンが結合する可能性が考えられた。
(6)本結合の生理的機能の解析 本結合のアラキドン酸代謝への関与を調べるため以下の検討を行った。
ビメンチン非発現SW13細胞にビメンチンcDNAを導入し、ビメンチンを強制発現した細胞株を樹立した。本細胞株と親株細胞をあらかじめ[3H]アラキドン酸でラベルし、Ca2+イオノフォア刺激により上清に遊離されるアラキドン酸量を比較検討した。その結果、ビメンチン発現細胞は親株細胞に比べて約2倍のアラキドン酸遊離を示した。つまり、細胞からのCa2+依存的なアラキドン酸遊離はビメンチンが存在すると効率良く進行したことから、細胞内でのcPLA2/ビメンチン相互作用が機能的に必要であることを示唆している。
次に、ビメンチン側のcPLA2結合部位を検討した。ビメンチンは構造上3つのドメイン(中央部の繊維状構造をとるのに必須なロッドドメイン、N末端のヘッドドメイン、C末端のテイルドメイン)に分けられる。大腸菌を用いてビメンチンの各ドメインのみのリコンビナントタンパク質を作製し、Far-Western解析によるcPLA2との結合を検討した。その結果、ビメンチンのヘッドドメインとのみcPLA2は結合することがわかった。そこで、ビメンチンを構成的に発現している3Y1細胞にビメンチンのヘッドメインを過剰発現させた細胞株(3Y1-vim(1-125))を樹立した。本細胞株をCa2+イオノフォアで刺激したときのアラキドン酸遊離およびPGE2産生を親株細胞と比較した。その結果、ビメンチンヘッドドメイン過剰発現細胞では親株細胞と比較して両反応とも有意に減少するdominant negative効果が観察された。以上の結果から、cPLA2とビメンチンの結合がアラキドン酸代謝の正常な進行に関与することが考えられた。