2.リン脂質ハイドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(PHGPx)の組換え発現が及ぼすロイコトリエン代謝への影響 5-HPETEを代謝し、ロイコトリエン酸生を調節できるグルタチオンペルオキシダーゼとして、膜中の脂質ペルオキシドも代謝でき、核膜にも存在するPHGPxを考え、組換え発現することとした。
得られた組換え細胞について、PHGPxの局在性を確認したところ、核に局在していることが解った。そこで、この細胞を用いて、ロイコトリエン産生能を検討したところ、PHGPx高発現によってロイコトリエン産生が著しく抑制されていることを見い出した。このロイコトリエン産生能の低下は、基質であるグルタチオンを細胞内から除くことによって解除される。したがって、PHGPxの酵素活性によるものであることが確認された。宿主に用いたRBL-2H3細胞は、高発現させたPHGPxに比べても、はるかに高い細胞質グルタチオンペルオキシダーゼ(cGPx)を有している。しかし対照の細胞からグルタチオンを除いてもロイコトリエン産生能は変化しなかった。このことは、ロイコトリエン産生の調節にはcGPxの寄与はほとんどなく、PHGPxが特異的にロイコトリエン酸生を調節していると考えられた。
そこで、PHGPxの高発現が、ロイコトリエン生合成経路のどの部分に作用してロイコトリエン産生能の低下を引き起こしているのかを検討した。まず、最初にホスホリパーゼA2によるアラキドン酸の切り出しを検討したが、変化は認められなかった。次に、アラキドン酸からの代謝物をHPLCで分離して、PHGPxの高発現による代謝経路の変化を測定した。その結果、PHGPx高発現細胞では、以外にも5-HPETEから5-HETEへの代謝の増加は認められず、すべてのロイコトリエン代謝物の産生が低下していることが明らかになった。5-リポキシゲナーゼや、その活性を助けるFLAPタンパク質の発現量についても差はない。このことから、PHGPxの高発現によってアラキドン酸から酸素2原子が付加して5-HPETEを生成する、5-リポキシゲナーゼ活性そのものを抑制したと結論される。
その原因として、5-リポキシゲナーゼの活性化因子としての脂肪酸ハイドロペルオキシドをPHGPxが制御している可能性が考えられる。そこで、まずPHGPxの高発現による細胞内ハイドロペルオキシド量の変化を、ハイドロペルオキシドによって蛍光を発する色素を指標に、フローサイトメトリーにより検討した。PHGPx高発現細胞では、刺激を受けても細胞内ハイドロペルオキシドレベルは低く保たれていた。細胞内のハイドロペルオキシドレベルは、少量の脂肪酸ハイドロペルオキシドを添加することで、対照の細胞のレベルまで回復させることができる。そこで、12-HPETEを添加して、PHGPx高発現細胞のロイコトリエン産生能に変化があるか検討した。その結果、12-HPETEを少量添加することによって、ロイコトリエン産生能は回復した。この効果は、12-HETEにはなく、また12-HPETEは5-リポキシゲナーゼの基質にはならないことから、細胞内の脂肪酸ハイドロペルオキシドレベルの回復によるものと考えられる。
以上の結果から、5-HPETEなどの脂肪酸ハイドロペルオキシドやそれを代謝するPHGPxが、5-リポキシゲナーゼの調節因子として働くことが明らかになった。5-リポキシゲナーゼは、活性化に当たってその活性中心のヘム鉄が2+から3+に酸化される。脂肪酸ハイドロペルオキシドの作用機序として、この活性中心に酸化シグナルとして働いている可能性が強い。