学位論文要旨



No 214608
著者(漢字) 東,佐由美
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシ,サユミ
標題(和) ラット頭蓋冠由来初代培養骨芽細胞のインターロイキン-1刺激によるプロスタグランジンE2産生反応の解析
標題(洋)
報告番号 214608
報告番号 乙14608
学位授与日 2000.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14608号
研究科
専攻
論文審査委員 (主査): 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 武藤,誠
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨

 [序] 骨は硬組織であると同時に常に破壊(骨吸収)と新生(骨形成)を活発に行っている生体のカルシウム濃度調節を司る主要な器官である。骨形成とは、骨芽細胞が分泌した骨基質タンパク質にリン酸カルシウムが沈着して形成された骨基質が増大していく現象をさす。一方、骨吸収とは、破骨細胞がプロテアーゼや酸を分泌して骨基質を融解する現象である。骨形成に比べて骨吸収が亢進し骨基質の量(いわゆる骨量)が減少した病態が骨粗髭症である。その機序としては、インターロイキン(IL)-1などの骨吸収刺激因子が骨芽細胞に作用して、骨組織における主要なアラキドン酸代謝物であり破骨細胞の分化誘導作用を示すプロスタグランジン(PG)E2産生をきたす事が指摘されている。従って、骨代謝におけるPGE2の生理学的役割や骨芽細胞におけるPGE2産生系の生化学的解析は、各種の骨代謝関連疾患の発症機序を明らかにする上で非常に重要な課題といえる。しかしながら、これまで行われてきた骨芽細胞のPGE2に関する研究のほぼ全てが未成熟な骨芽細胞である増殖期の初代培養細胞あるいは株化細胞を用いて行われており、実際に骨髄で圧倒的多数を占める石灰化を来した成熟骨芽細胞を用いた研究はほとんどなされていなかった。そこで、培養皿の中で生理的状態に近い成熟骨芽細胞の培養系を確立し、PGE2産生能の変化とその機序の解明を行い、各種骨関連疾患におけるアラキドン酸カスケード反応の生物学的役割の解明を目指した。

1.ラット頭蓋冠由来初代培養を用いた成熟骨芽細胞培養系の確立

 ラット頭蓋冠(頭頂骨)から約95%の純度で採取した初代培養骨芽細胞を調製し、石灰化を誘導する刺激として-グリセロリン酸とアスコルビン酸を添加して培養し、コンフルエントに達した細胞を「day0細胞」と、さらに培地交換のみを繰り返しながら21日間培養した細胞を「day21細胞」とそれぞれ命名し用いた。Day21細胞については骨芽細胞の成熟化の指標である石灰化の亢進と骨芽細胞特異的分化マーカー発現が供陽性である事を確認した。つまり、本培養条件を用いることによって、石灰化を伴う成熟骨芽細胞(day21細胞)の試験管内培養系が確立できたと考えた。

2.骨芽細胞の成熟に伴うPGE2産生系の変化2-1.IL-1刺激に伴うPGE2産生量の変化

 幼若骨芽細胞(day0細胞)と成熟骨芽細胞(day21細胞)をそれぞれ、IL-1で刺激しPGE2産生の経時変化を詳細に検討した。Day0細胞は刺激後6-10時間でピークに達しその後ほとんど変化しなかったが、day21細胞では6時間でday0細胞と同程度のPGE2産生を示したのち、72時間後では1240±291(ng/ml)に達した(図1)。これは、day0細胞の6時間におけるピーク値(0.89±0.21ng/ml)の約1000倍量に相当した。これまでの研究報告では、各種細胞が刺激に応答して産生したPGE2量は全てng/mlオーダーであったことに比較して、この産生量は著しく高値であった。

図1.IL-1刺激によるPGE2産生反応の変化
2-2.アラキドン酸代謝系酵素群の解析

 背景: PGE2は、膜リン脂質からのアラキドン酸の遊離反応に始まり、PGH2を経てPGE2に代謝される。Day21細胞における高PGE2産生能の機序を解明する目的で、各段階の酵素群を以下に解析した。

 PLA2:第1段階の膜リン脂質からアラキドン酸を遊離させる反応を担うPLA2について、その活性とタンパク発現の経時変化を検討した。少なくとも14種類のサブタイプが存在するPLA2のうち、アラキドン酸代謝に関与することが知られている、細胞質PLA2(cPLA2)と分泌型PLA2(sPLA2)活性を分別定量した。その結果、day0およびday21細胞ともに、IL-1刺激によりsPLA2とcPLA2の両活性がともに上昇し、その経時変化の様子はほぼ同じであったが、その比活性はday21細胞のほうが約3倍と高値になった。また、阻害剤の検討から両酵素ともPGE2産生に関与するものと結論した。

 外因性のアラキドン酸のPGE2への変換活性(cyclooxygenaseおよびPGE2synthase):次に、細胞培養液に添加したアラキドン酸のPGE2への変換活性の変化を検討した。day0細胞の変換活性はIL-1刺激後6時間をピークにして一過性の上昇を示したのに対し、day21細胞では刺激後72時間まで経時的に上昇し、それぞれの変化の様式はPGE2産生の変化にほぼ相関した。本変換活性は、cyclooxygenase(COX:アラキドン酸からPGH2)とPGE synthase(PGH2からPGE2)の2段階を反映するものの、PGE synthase活性の絶対値はday0細胞とday21細胞ではほぼ同等であったことから、COX活性を強く反映すると考えられた。次にCOXの発現を遺伝子レベルとタンパク質レベルで解析した。その結果、常在型酵素であるCOX-1は両細胞でほとんど変動しなかったのに対し、誘導型酵素であるCOX-2はIL-1刺激に伴ってday0細胞では一過性に6時間に認められ、day21細胞では、72時間までその発現が増加し続けた。さらに、COX-2の関与は、COX-2選択的阻害剤がPGE2産生はほぼ完全に抑制された事からも確認された。つまり、両細胞でのPGE2産生にCOX-2が関与することが強く示唆された。

 まとめ:以上から、著しい高PGE2産生能を示したday21細胞では、PLA2活性が亢進してアラキドン酸供給が増加し、さらにIL-1刺激後72時間にわたり持続的に高値を保っているCOX-2によって効率よくPGH2に代謝され、PGE synthase活性でPGE2になるという、アラキドン酸カスケードが協調的に作用していると予想された。

3.PGE2産生増強因子解明の試み

 骨基質中には骨代謝を調節する様々な骨代謝調節因子が存在する。特に成熟骨芽細胞自身がが合成し、骨基質中に分泌し、骨芽細胞の機能を修飾する因子としてはtransforming growth factor-、fibroblast growth factor、bone morphogenetic proteinなどがあり、いずれも硫酸化多糖と結合して骨基質中に存在することが知られている。そこで、前章までの解析で明らかになったday21細胞で観察される効率のよいアラキドン酸代謝酵素系の発現誘導に関係する因子が、培養中に細胞の周辺に構築された骨基質様の細胞外マトリックスに局所的に蓄積されて作用した可能性を想定して解析を行った。

 具体的にはday21細胞のライゼートを調製してday0細胞に添加し、IL-1の刺激有無でPGE2産生を調べた。その結果、成熟骨芽細胞には幼若骨芽細胞のPGE2産生を増強する因子が存在していた。この因子は細胞外基質にあり、NaClで可溶化される熱不安定な因子であったが、骨芽細胞に作用してCOX-2発現を持続的に誘導することによってPGE2産生亢進の一因となっていると考えられた(図2)。

図2.Day0細胞でのPGE2産生の経時変化
総括

 本研究により、石灰化を来すような成熟骨芽細胞がPGE2の供給源としてきわめて大きな位置を占める可能性が強く示唆された。今後、本因子の詳細な解析により種々の骨疾患における位置付けが明らかにされるとともに、特定がなされることによって新規治療薬の可能性が示されるものと期待される。

審査要旨

 IL-1刺激により骨芽細胞においてPGE2産生が促進されることが知られている。PGE2は破骨細胞の分化を誘導するので各種骨代謝関連疾患への関わりが疑われている。これまで骨芽細胞のPGE2産生に関する研究は専ら未成熟骨芽細胞である増殖期細胞を用いて行われてきた。実際の骨髄で圧倒的多数をしめているのは石灰化をはたした成熟骨芽細胞である。本研究は成熟骨芽細胞におけるPG代謝系を調べることで、より生理的条件に近い知見を得ようとしたものである。

ラット頭蓋冠由来初代培養細胞を用いた成熟骨芽細胞培養系確立

 ラット頭蓋冠から95%の純度で初代培養骨芽細胞を調整し、-グリセロリン酸とアスコルビン酸を添加して培養、コンフルエントに達した細胞は幼若骨芽細胞の様子を示した。以後この細胞を"培養幼若骨芽細胞"として使用した。一方、この細胞をさらに培地交換のみを繰り返して21日間培養すると石灰化が進み骨芽細胞特異的分化マーカー発現が認められるようになった。この細胞は形態的に、又細胞化学的に成熟骨芽細胞と見なせることが分かり,以後この細胞を"成熟骨芽細胞"として使用した。

IL-1刺激骨芽細胞におけるPGE2産生の亢進

 幼若骨芽細胞と成熟骨芽細胞をそれぞれIL-1で刺激し、PGE2産生を時間を追って検討した。いずれの細胞も刺激後6〜10時間で産生量がピークに達した。幼若細胞ではこれ以上の変化は認められなかったが、成熟細胞ではさらに培養を続けると再度産生量が上昇し、72時間後にはPGE2量は6時間後の1000倍にも達した。従来の検討は幼若細胞における極めて微弱な反応を見ていたことになる。IL-1刺激成熟骨芽細胞におけるPGE2産生亢進のメカニズムを解明するために、ホスホリパーゼA2、シクロオキシゲナーゼI(COX-1)、シクロオキシゲナーゼII(COX-2)の活性を検討した。幼若細胞,成熟細胞いずれでもIL-1刺激により細胞質ホスホリパーゼA2活性(cPLA2活性)が亢進したが、比活性では成熟細胞のほうが3倍以上幼若細胞より高かった。COX-1活性には変動は認められず、COX-2の発現は幼若,成熟いずれも刺激後6時間まで上昇するが、成熟細胞でのみさらに72時間まで上昇を続けることも分かった。COX-2阻害剤でPGE2産生が完全に抑制されたことから骨芽細胞中でのプロスタグランジン産生への本酵素の重要性が示された。

成熟細胞が分泌するPGE2産生増強因子

 成熟骨芽細胞のライゼートを調整して、幼若骨芽細胞に添加して培養の後、PGE2産生を調べたところ、産生が著しく亢進していた。ライゼート中に幼若細胞におけるPGE2産生をうながす活性があることが分かり、さらに調べた結果この因子は細胞外基質(硫酸化多糖)に結合して存在する熱不安定な分子であることが判明した。

 本研究において石灰化をきたすような成熟骨芽細胞がPGE2供給源として大きな位置を占めることが示された。この細胞自身のPGE2産生が亢進しているのみならず、幼若細胞にも働きかけPGE2産生を促す活性もあることが明らかになった。骨に関する生理学、病態生化学の発展に寄与するところがあり博士(薬学)に値すると判定された。

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