学位論文要旨



No 214614
著者(漢字) 吉川,一朗
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,イチロウ
標題(和) 極端紫外光望遠鏡を用いた地球近傍低温ヘリウムイオンの撮像に関する研究
標題(洋) Cold Helium Ion Distribution near the Earth Observed by an Extreme Ultraviolet Scanner onboard Planet-B
報告番号 214614
報告番号 乙14614
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14614号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 助教授 中村,正人
 東京大学 助教授 林,幹治
 宇宙科学研究所 教授 向井,利典
 宇宙科学研究所 助教授 前沢,洌
内容要旨

 地球電離圏のさらに外側に磁力線沿ってプラズマの密度が高い領域が存在することは1960年代にVLF波伝搬の観測により明らかにされた。VLF波の通過してきた領域の電子密度を分散関係より推定すると地球赤道面では平均的に4倍半径程遠くにこの領域の境界がある。この境界の内側をプラズマ圏と呼び、境界域をプラズマポーズと呼ぶ。1970年代以降には、人工衛星による直接観測によりプラズマ圏の平均的な描像が確認され、さらにその温度やイオン組成も明らかになってきた。現在、我々の理解しているプラズマ圏とは、太陽風が運んでくる磁力線と結合することのない閉じた磁力線によりそのプラズマ密度を保ち、磁気圏全体の対流と地球の自転による対流パターンの重ね合せによりその大局的な形状が決定される領域であると考えられている。

 プラズマ圏の様子を明らかにする試みは光学観測からも行われた。これらは主に、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンによって散乱された太陽光(波長30.4nm)を検出する観測であり、1980年代初頭までロケット及びアポロソユース計画を含む低高度衛星を使って行われた。高度の制約から観測はすべてプラズマ圏の内側から外側に測定装置を向け、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンの総和を見るものであった。当時の観測器の能力はS/N比または波長分解能、空間分解能に制約はあったが、観測された結果はVLF波伝搬の観測や人工衛星による観測から得られた結果は非常に良く一致していた。

 しかし、近年、静止軌道衛星(軌道半径6.6Re(Earth Radius))やGeotail衛星(10Re以遠)の観測から、これまでのプラズマ圏に関する知識では理解できない現象が報告されている。それは、地球から遠く離れたこれらの衛星でも、プラズマ圏起源と考えられる高密低温な粒子が観測されるということである。統計的な研究から、地球の夕方側で頻繁に観測され、Kp(地磁気活動度)にはほとんど依存しないことが解ってきた。このプラズマがどのようにして運ばれたのか、また本当にプラズマ圏起源なのかを調査するのには、従来のような衛星の軌道に沿った観測では非常に困難である。

 この問題を解決するために近年議論されている研究手法は、プラズマ圏をその外側から光学観測し大局的な形状変化を連続的に観測するという方法である。これは1970年代に行われた光学観測と同じように、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンが散乱する太陽共鳴散乱光を検出する方法であるが、プラズマ圏全体の時間変貌を連続的に追うには、当時よりも高い検出効率を有する観測器が必要となる。この研究の前半では、多層膜反射鏡と呼ばれる光学素子を利用し、高い検出効率を有する極端紫外望遠鏡の製作を行った。研究の後半では、この望遠鏡を衛星に搭載し、地球近傍に存在するプラズマの光学観測を行い、その流出量を導き出した。

 観測機器概要:火星探査衛星PLANET-8に搭載きれた極端紫外光望遠鏡(XUV:Extreme Ultraviolet scanner)の断面図を図1に示す。この望遠鏡は直入射望遠鏡であり、集光に必要な反射鏡及び、波長選択に必要な金属薄膜フィルタ、光の検出の為に使用するMCP(マイクロチャネルプレート)から構成されている。反射鏡の表面にはモリブデンとシリコンの多層膜コーティングを施しており、Hell(30.4nm)に関して高い反射率を有する(図2参照)。検出器自体には空間分解能を有しないため、衛星のスピンと衛星が軌道に沿って移動することによって生じる視線方向の移動によって2次元像を得る。この観測器は火星のヘリウムガス及び、惑星間空間のヘリウムガスとヘリウムイオンにも観測の重点を置いている。その為Hell(30.4nm)及びHel(58.4nm:ヘリウムガスの共鳴散乱線)を効率良く検出する様、金属薄膜フィルタを製作し、2つのチャンネルで測光が可能な構造とした。2つのチャンネルの感度を図3に示す。

図表図1:多層膜鏡の反射率特性。反射率のピークが30.4nmにくる様に設計されている。 / 図2:極端紫外光望遠鏡の断面図。波長の選択は反射鏡と金属薄膜フィルターで行う。

 最初の撮像観測:プラズマ圏の撮像観測の結果を図4に示す。カラースケールはヘリウムイオンからの共鳴散乱光強度、およびそこから計算されるヘリウムイオンのコラム密度をあらわしている。コラム密度は太陽極端紫外光の強度をF10.7の値から推定して計算した。また図には地球およびその周りに予想される双極子磁場の磁力線を地方時6時および12時に関してL=4および6〈Lは磁力線が赤道面を通るときの地球からの距離を地球半径であらわしたもの)に関してプロットしてある。地衛星運用・観測器の制限から、撮像観測は地球の夕方側のみの観測となった。観測開始の24時間前から観測終了までのKpは0+〜3と非常に静穏な状態であり、惑星間空間磁場(IMF)は非常に強い朝側向き(Casel)、夕側向き(Case2)の方向性を持っていた。極軌道衛星あけぼのによる観測結果から、観測当日のプラズマポーズの位置はL=4であるということが解っている。XUVによる撮像観測から、以下のことが明らかになった。

 1.プラズマ圏ポーズ内側のヘリウムイオンの分布は従来の拡散平衡モデルで説明できる。

 2.プラズマポーズの外側に定常的に存在するプラズマが見られた。この存在量は、1日間に電離圏から注入されるプラズマで説明できる量である。

 3.プラズマポーズの外側に、高いプラズマ密度を持つ磁力管が存在し、そのプラズマが流出している現象を観測した。静止軌道衛星による粒子観測やモデル計算の結果から、その流出量は1.4×1025ions/sec(CASE1)9.3×1023ions/sec(CASE2)と算出した。2つの数値の違いはプラズマ圏の飽和状態の違いから生じたものと解釈できる。これらの値は、最近、粒子観測の統計結果から導きだされたプラズマ圏からの粒子の流出量とほぼ一致することが解り、地磁気活動度が低いときにも、プラズマ圏の粒子がその外側に流出していることを光学観測の方面から証明したことになる。

図3:極端紫外光望遠鏡に備わった2つのチャンネルの感度。一方はHe IIとHe Iの両方を検出し、他方はHe IIだけを主に検出するように設計されている。図4:2回の撮像観測のサマリー。説明本文参照。
審査要旨

 本論文は8章からなり、第1章では本研究の背景をまとめている。第2章では新たに開発した極端紫外光学系による地球プラズマ圏の内側からの観測を目的としたロケット実験について述べ、第3章では火星探査機「のぞみ」搭載に向けた測器の開発とその較正を記述している。第4章では、火星へ旅発つ前の地球近傍軌道にあったのぞみ衛星から、世界に先駆けて成功した地球プラズマ圏の外からの撮像結果を詳述している。第5章ではプラズマ圏のモテルを構築して得られた観測結果と比較することにより、おもにプラズマ圏およびその近傍のプラズマ分布を議論している。また、第6章ではプラズマ圏からはなれた領域に見られた、高密低温プラズマの起源について考察している。第7章では将来の対象であるプラズマシート撮像の可能性について展望し、第8章で全体をまとめている。さらに、追補では数年後の対象である火星でのヘリウム原子・イオンの観測について考察している。

 地球電離圏の外側にプラズマの密度の高い領域が存在することは1960年代にVLF電波伝搬の観測により知られていた。VLF波の通過してきた領域の電子密度分布を分散関係から推定すると、赤道面では4地球半径程度の距離にこの領域の境界面があり、その内側をプラズマ圏、境界面をプラズマポーズと呼ぶ。1970年代には人工衛星による直接観測によりプラズマ圏の平均的な描像が確立された。現在、我々の理解しているプラズマ圏は、太陽風が運んでくる磁力線と結合することのない閉じた磁力線によりそのプラズマ密度を保ち、磁気圏全体の対流と地球の自転による対流パターンの重ね合わせによりその大局的な形状が決定される。

 プラズマ圏に存在するヘリウムイオンによって共鳴散乱される波長30.4nmの太陽光を検出して、プラズマ圏の様子を明らかにしようとする試みは、1980年代初頭まで主にロケットと低軌道衛星によって行われた。しかし、それらはすべてプラズマ圏を内側から観測し、ヘリウムイオンの総量を測定するものだった。当時の測器の能力は信号/雑音比・波長分解能・空間分解能に制約はあったが、これらの観測結果はVLF電波伝搬や衛星での粒子観測から得られるものとよく一致していた。

 しかし近年、静止軌道衛星(軌道半径6.6地球半径)やジオテイル衛星(同10地球半径以上)など高軌道衛星による観測により、これまでのプラズマ圏に関する知識では理解できない現象が報告されている。それは、このような地球から遠く離れた衛星で、プラズマ圏起源と考えられる高密低温の粒子群が観測されるということである。この現象は夕方側で頻繁に観測され、地磁気活動度にはあまり依存しない。このプラズマがどのようにして運ばれてきたのか、また本当にプラズマ圏起源なのかを知るには従来のような衛星上での測定のみでは困難である。

 この問題を解決するためにはプラズマ圏をその外側から光学遠隔観測して大局的な形状変化を連続的に観測することが有効と考えられる。このアイデアに基づき、本研究では多層膜反射鏡を用いた波長30.4nmに高検出効率を有する極端紫外結像系を開発し、それを衛星に搭載して地球近傍プラズマの光学観測を行い、その流出の様子を画像として捕らえることに世界で初めて成功した。この撮像観測から以下のことが明らかになった。

 1.プラズマ圏内のヘリウムイオン分布は従来の拡散平衡モデルで説明できる。

 2.プラズマポーズの外側にプラズマが定常的に存在し、その量は電離圏から注入されるプラズマで説明できる。

 3.プラズマポーズの外側に見られるプラズマ流出現象は地磁気活動度が低い時でも起きており、その流出量は他の衛星による粒子観測の統計から導き出されたものとおおむね一致する。

 以上の結果はいずれも極めて斬新な知見であり、本研究は磁気圏物理学に新たな展望を拓いたといえる。

 本論文の第2-6章は中村正人博士等との共同研究であるが、いずれの場合もその多くの部分が論文提出者の創意、工夫と努力によるものと判断する。

 以上に示したように、本研究は地球惑星物理学、とくに磁気圏物理学の進展に輝ける貢献を為しており、提出論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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