地球電離圏のさらに外側に磁力線沿ってプラズマの密度が高い領域が存在することは1960年代にVLF波伝搬の観測により明らかにされた。VLF波の通過してきた領域の電子密度を分散関係より推定すると地球赤道面では平均的に4倍半径程遠くにこの領域の境界がある。この境界の内側をプラズマ圏と呼び、境界域をプラズマポーズと呼ぶ。1970年代以降には、人工衛星による直接観測によりプラズマ圏の平均的な描像が確認され、さらにその温度やイオン組成も明らかになってきた。現在、我々の理解しているプラズマ圏とは、太陽風が運んでくる磁力線と結合することのない閉じた磁力線によりそのプラズマ密度を保ち、磁気圏全体の対流と地球の自転による対流パターンの重ね合せによりその大局的な形状が決定される領域であると考えられている。 プラズマ圏の様子を明らかにする試みは光学観測からも行われた。これらは主に、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンによって散乱された太陽光(波長30.4nm)を検出する観測であり、1980年代初頭までロケット及びアポロソユース計画を含む低高度衛星を使って行われた。高度の制約から観測はすべてプラズマ圏の内側から外側に測定装置を向け、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンの総和を見るものであった。当時の観測器の能力はS/N比または波長分解能、空間分解能に制約はあったが、観測された結果はVLF波伝搬の観測や人工衛星による観測から得られた結果は非常に良く一致していた。 しかし、近年、静止軌道衛星(軌道半径6.6Re(Earth Radius))やGeotail衛星(10Re以遠)の観測から、これまでのプラズマ圏に関する知識では理解できない現象が報告されている。それは、地球から遠く離れたこれらの衛星でも、プラズマ圏起源と考えられる高密低温な粒子が観測されるということである。統計的な研究から、地球の夕方側で頻繁に観測され、Kp(地磁気活動度)にはほとんど依存しないことが解ってきた。このプラズマがどのようにして運ばれたのか、また本当にプラズマ圏起源なのかを調査するのには、従来のような衛星の軌道に沿った観測では非常に困難である。 この問題を解決するために近年議論されている研究手法は、プラズマ圏をその外側から光学観測し大局的な形状変化を連続的に観測するという方法である。これは1970年代に行われた光学観測と同じように、プラズマ圏に存在するヘリウムイオンが散乱する太陽共鳴散乱光を検出する方法であるが、プラズマ圏全体の時間変貌を連続的に追うには、当時よりも高い検出効率を有する観測器が必要となる。この研究の前半では、多層膜反射鏡と呼ばれる光学素子を利用し、高い検出効率を有する極端紫外望遠鏡の製作を行った。研究の後半では、この望遠鏡を衛星に搭載し、地球近傍に存在するプラズマの光学観測を行い、その流出量を導き出した。 観測機器概要:火星探査衛星PLANET-8に搭載きれた極端紫外光望遠鏡(XUV:Extreme Ultraviolet scanner)の断面図を図1に示す。この望遠鏡は直入射望遠鏡であり、集光に必要な反射鏡及び、波長選択に必要な金属薄膜フィルタ、光の検出の為に使用するMCP(マイクロチャネルプレート)から構成されている。反射鏡の表面にはモリブデンとシリコンの多層膜コーティングを施しており、Hell(30.4nm)に関して高い反射率を有する(図2参照)。検出器自体には空間分解能を有しないため、衛星のスピンと衛星が軌道に沿って移動することによって生じる視線方向の移動によって2次元像を得る。この観測器は火星のヘリウムガス及び、惑星間空間のヘリウムガスとヘリウムイオンにも観測の重点を置いている。その為Hell(30.4nm)及びHel(58.4nm:ヘリウムガスの共鳴散乱線)を効率良く検出する様、金属薄膜フィルタを製作し、2つのチャンネルで測光が可能な構造とした。2つのチャンネルの感度を図3に示す。 図表図1:多層膜鏡の反射率特性。反射率のピークが30.4nmにくる様に設計されている。 / 図2:極端紫外光望遠鏡の断面図。波長の選択は反射鏡と金属薄膜フィルターで行う。 最初の撮像観測:プラズマ圏の撮像観測の結果を図4に示す。カラースケールはヘリウムイオンからの共鳴散乱光強度、およびそこから計算されるヘリウムイオンのコラム密度をあらわしている。コラム密度は太陽極端紫外光の強度をF10.7の値から推定して計算した。また図には地球およびその周りに予想される双極子磁場の磁力線を地方時6時および12時に関してL=4および6〈Lは磁力線が赤道面を通るときの地球からの距離を地球半径であらわしたもの)に関してプロットしてある。地衛星運用・観測器の制限から、撮像観測は地球の夕方側のみの観測となった。観測開始の24時間前から観測終了までのKpは0+〜3と非常に静穏な状態であり、惑星間空間磁場(IMF)は非常に強い朝側向き(Casel)、夕側向き(Case2)の方向性を持っていた。極軌道衛星あけぼのによる観測結果から、観測当日のプラズマポーズの位置はL=4であるということが解っている。XUVによる撮像観測から、以下のことが明らかになった。 1.プラズマ圏ポーズ内側のヘリウムイオンの分布は従来の拡散平衡モデルで説明できる。 2.プラズマポーズの外側に定常的に存在するプラズマが見られた。この存在量は、1日間に電離圏から注入されるプラズマで説明できる量である。 3.プラズマポーズの外側に、高いプラズマ密度を持つ磁力管が存在し、そのプラズマが流出している現象を観測した。静止軌道衛星による粒子観測やモデル計算の結果から、その流出量は1.4×1025ions/sec(CASE1)9.3×1023ions/sec(CASE2)と算出した。2つの数値の違いはプラズマ圏の飽和状態の違いから生じたものと解釈できる。これらの値は、最近、粒子観測の統計結果から導きだされたプラズマ圏からの粒子の流出量とほぼ一致することが解り、地磁気活動度が低いときにも、プラズマ圏の粒子がその外側に流出していることを光学観測の方面から証明したことになる。 図3:極端紫外光望遠鏡に備わった2つのチャンネルの感度。一方はHe IIとHe Iの両方を検出し、他方はHe IIだけを主に検出するように設計されている。図4:2回の撮像観測のサマリー。説明本文参照。 |