学位論文要旨



No 214615
著者(漢字) 川島,正行
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,マサユキ
標題(和) スコールライン型対流システムの周期的変動に関する数値的研究
標題(洋)
報告番号 214615
報告番号 乙14615
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14615号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岬,正紀
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 新野,宏
内容要旨

 雲が組織化されて生じたクラウドクラスター内部には特に強い対流雲が組織化された数10km程度のメソスケールの対流性降水セル(以下メソスケールセルとする)が発達し、強い降水をもたらす。メソスケールセルはしばしば数時間の周期で発生、消滅を繰り返すことが観測やYamasaki(1983)他の数値実験から報告されている。メソスケールセルの周期的発達のメカニズムとしては、たとえば、Yamasaki(1984)ではメソ対流が発達すると強い降水の蒸発と荷重により地表付近の冷気外出流(outflow)が強まり、その結果下層の収束域が既存のメソ対流から遠く離れることでメソスケールセルが衰退し、新たな雲システムができると論じている。

 しかし、降水系の変動を考える上で重要な非断熱加熱とその変動は,降水の蒸発によるものよりも,雲内での水蒸気の凝結に伴うもの、すなわち雲底下ではなく上空のメソスケールセルの中で最大であり、下層のoutflowが降水の蒸発と荷重によって駆動されているのではなく、雲内の加熱に対する大気の応答として駆動されるケースも考えられる。本研究では2次元の雲解像モデルを中心としてスコールライン型降水系の数値実験を行い、特にメソスケールセルの励起する重力波の役割に着目して周期的変動が生じるメカニズムについて調べた。

 これまでの研究で、積乱雲中の雲微物理過程,すなわち雲粒,雨粒などの水粒子の生成がメソ対流系の構造と進化に本質的な影響を与えることが認識されてきた。逆に、こうした雲微物理過程の存在がメソ対流系のメカニズムの理解を複雑にしている要因の1つでもあった。

 そこで、モデル中で雲から雨への変換速度を大きくした実験,逆に小さくした実験を行ったが、降水系の変動周期には殆んど変化は見られなかった。また、降水の荷重の効果を無くした実験,下層における雨水の蒸発量を時間的に一定としてモデルを駆動した実験でもに、顕著な数時間周期の変動が見られ,周期的にメソスケールセルが発達した。

 環境の風の鉛直シアがメソ対流システムの構造を決める上で重要な役割を果たすことが多くの研究で指摘されている。そこで下層の環境風の鉛直シアを変えた実験を行い,降水系の変動に対する環境風の鉛直シアの効果についても調べた。その結果,鉛直シアが十分弱い場合、あるいは十分強い場合はそれぞれFovell and Ogura(1989)によるスコールラインの数値実験で見られたマルチセル型、Weak evolution型の準走常な降水系が生じたが、その間のシアの範囲では後方に大きく傾いたメソスケールセルが4時間程度の時間間隔で発生し、強い降水が生じた。また、この範囲では下層のシアが強くなるとメソスケールセルの傾きが大きくなり、変動の周期も長くなることが確認された。

 メソスケールセルの成熟時には対流圏下層から上層までつながった強い加熱がパルス的に生じ、振幅の大きな内部重力波が励起された。その直後にセルは冷気外出流と一般風との収束により生じた定在的な下層の雲から切離され、その後システムの後方に移動してやがて消滅した。また、メンスケールセルの鉛直軸からの傾きの大きさにほぼ比例して、降水系の変動周期は長くなった。

 各種物理量の時間変動の解析から、下層の雲から切離されたメソスケールセルと、その周囲の擾乱は内部重力波の構造をもつことが示された。また、メソスケールセルの加熱を単純化して得られた熱源に対する線形応答実験の結果から、後方に傾いた加熱が起ると、対流圏の中〜上層では、加熱の傾きにほぼ一致した等位相面の傾きをもつ複数の上昇,下降域からなる内部重力波が励起されることが示された。すなわち、加熱の傾きが大きくなるほど,励起される重力波の周期は長くなった。対流圏下層では加熱に対する応答として、やはり後方に傾いた強い下降域が形成され,その一部は地表面での反射により降水系の前方へ伝播する重力波となった。下層での波の伝播に伴う風速場の変動周期もやはり降水系の傾きに比例して長くなった。

 メソスケールセルによる後方へ傾いた強い加熱が起ると,中〜上層のセルの手前側には下降域ができ、さらにその手前には上昇域が形成された。この擾乱が後方に伝播し、新に作られた上昇域が下層〜中層の背の低い雲の上に差し掛かると、雲が発達してメソスケールセルが生じることが示唆された。また、メソスケールセルを生じない,下層のシアか弱い場で生じたマルチセル型の降水系に対し,モデル内の上層で人工的に作った内部重力波を当てることで、背の低いセルがやはりメソスケールセルに発達することが確認された。以上の数値実験で得られた結果から、メソスケールセルの周期的発達のメカニズムは以下のように説明される。

 後方に傾いたメンスケールセルによる強い加熱が生じると、その傾きに応じた等位相面をもつ内部重力波が励起される。下層では加熱に対する応答としてoutflowが強まり、メソスケールセルは定常な下層の収束域から切離される。するとセル内の凝結加熱が減少し、セルとその周囲の下降流、上昇流は後方に傾いた等位相面を持つ内部重力波の波列となって後方に伝播する。

 この擾乱の下降流が下層の雲の上空にある間は、積乱雲の発達は抑制され、降水系は複数の積乱雲からなるマルチセル型の構造を呈する。擾乱がさらに後方へ伝播し、上昇流の位相が下層の雲の上空に到達すると、雲が発達を始め、再びメソスケールセルが形成される。このメカニズムの妥当性は、周期がメソスケールセルの鉛直軸からの傾きにほぼ比例すること、後方へ向う上空の環境風を強くすると,ドップラーシフトの効果により降水系の変動周期が短くなることからも裏付けされる。

 他に3次元の数値モデルを用いた実験でも2時間程度の周期でスケールの大きなセルの発達が見られた。これは3次元の系では、セルの周囲を回り込む流れが許されるため2次元の場合よりセルがより直立し、励起される重力波の周期も短くなるためであると考えられる。また、3次元の系では,ライン方向に並んだ雲の組織化により、メンスケールセルが生しるという相違点が見られた。

審査要旨

 スコールライン型の対流システム(以下SL)は、熱帯海洋上だけでなく、大陸上(とくに北米大陸上)でも非常に頻繁に観測される。したがって、SLは、最も重要な気象現象の一つとして、これまでに非常に多くの研究がなされてきた。SLが形成、維持される条件として、環境風の鉛直分布や、雨滴が落下して蒸発することによって形成されるコールドプール(地表面付近の冷気塊)、そこに吹き込む暖湿な空気などの重要性はこれまでの研究によってよく知られている。また、対流システムにはいくつかのタイプがあって、代表的なものとしては、多重セル型と準定常的な単一セル型の対流システムが知られている。数値モデルを用いた研究では、コールドプールが顕著な大陸上の対流システムを論じたものが多く、多重セル型と単一セル型の発生条件や振舞いに研究の焦点があてられてきた。

 一方、数少ない研究として、熱帯海洋上の比較的湿潤な大気中で起こるSLや熱帯低気圧の発生、発達過程においては、組織化した対流は、多重セル型ではあるが数時間程度またはそれ以上の時間スケールをもって変動することを示した研究がある。この時間スケールの存在は1950年代のメソ現象(雷雲など)に関する観測的研究や、下層が湿潤な梅雨萌線に伴う対流においても見い出されているが、数値モデルを用いた研究は、そのような時間スケールが多くの現象で重要な意味をもつものとして論じられ、また、そのメカニズムは、コールドプールに伴う冷気外出流と外からの流入の相対的な強さに着目して説明されてきた。

 本研究は、対流システムのうち下層の風のアップシアー側に傾いたタイプの対流の時間的変動を論じたものであるが、下層があまり湿っていなくてコールドプールに伴う水平温度差が5K程度で対流の傾きも大きく、上で述べた2つの場合の中間の状況を扱っている点が特徴である。2次元モデルによる数値実験では、下層が非常に乾いていてコールドプールが顕著な場合に生ずる多重セル型と単一セル型は、下層シアーがそれぞれ弱い場合と強い場合にあらわれ、適度な強さのシアーに対しては、多重セル型と単一セル型を交互に繰り返すタイプの周期的変動が見い出された。この結果は、下層が湿潤な場合に多重セル型の対流が時間的変動をすることを論じた過去の研究とも考え合わせると、2つの状況の間をつないで統一的な理解に導く重要な結果である。

 本研究で論文提出者が最も強調している点は、周期的変動が生ずるメカニズムを、メソスケール対流が励起する重力波の役割に着目して説明しようとした点である。すなわち、下層風のアップシアー側に傾いたメソスケール対流に伴う熱の放出によって、その傾きと同じような等位相面をもった重力波が励起される。下層では、雨水の蒸発に伴う冷気外出流の重要性というよりは、上層での熱に対する応答として冷気外出流が強まる。一方、中上層の雲は、下層の雲(収束域)から切離されて上昇流が弱まり、熱の放出が少なくなるが、このとき対流雲や雲外での運動は、上述のような傾いた内部重力波の波列となってアップシアー側に伝播する。この重力波に伴う上昇流が下層の雲の上空にきた時に下層の雲は成長を始め、再びメソスケールの対流が形成される。

 このメカニズムの妥当性を裏付けるものとして、論文では、メソスケール対流の周期が対流の傾きにほぼ比例すること、すなわち、重力波の傾きと周期の線形的な関係がメソスケール対流に対しても成り立つことや、下層風のアップシアー側へ向かう上層風が強いほど、ドップラーシフトの効果によって周期が短かくなること等をあげている。

 これらの結果のほかに、本研究は、下層での雨水の蒸発量を一定とした仮想的な場合でも周期的変動が得られること、周期は蒸発量が変動する現実的な場合と同じであること、雲水から雨水への変換率の違いは周期にほとんど影響を与えないこと、氷相の効果を考慮すると周期が少し短かくなること、2次元モデルの場合と比べて3次元モデルでは周期は短かくなるが、このことは、環境風が対流システムの周りをまわることによって対流の傾きが小さくなり、傾きと周期の関係についての上の結果と整合的であること等を論じている。

 以上のように本研究は、スコールライン型対流システムの性質について重要な知見を得たものとして、また、これまでになかった見方でメカニズムを考察した優れた研究であり、博士(理学)を授与できると認める。

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