学位論文要旨



No 214616
著者(漢字) 袁,友珠
著者(英字) Youzhu,Yuan
著者(カナ) イエン,ユズ
標題(和) 金ホスフィン錯体およびクラスターを用いて調製される新規担持金触媒のキャラクタリゼーションと触媒性能
標題(洋) Characterization and Performance of Novel Supported Gold Catalysts Derived from Gold Phosphine Complexes and Clusters
報告番号 214616
報告番号 乙14616
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14616号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨

 不均一系触媒は工業的に広く用いられており、そのメカニズムを分子・原子レベルで明らかにすることは重要である。特に、不均一系触媒に特徴的な助触媒効果、粒径依存性などについては分子レベルでの理解はほとんどなされていないのが現状である。助触媒効果や粒径依存性を検討するためには、構造によって活性が大きく変化する元素を用いて検討する必要がある。金は不活性な元素であり、バルクの金は全く触媒活性を示さない。しかし、金の微粒子はCO酸化反応にきわめて高活性を示し、触媒活性の構造依存性が他の元素より大きい。また、白金やパラジウム触媒などの多くの触媒系で助触媒として用いられている。従って、金は助触媒作用や粒径依存性を活性サイト構造と関連付けて研究するのに適した元素であるといえる。そこで、本研究では、分子レベルで構造が規定された金フォスフィン錯体およびクラスターを用いて金の助触媒効果、活性の粒径依存性について分子レベルで解明することを目的とした。金の触媒作用および助触媒作用と活性構造との関連が明らかになれば、助触媒の添加などの触媒調製に関して、合理的な指針が得られると期待される。

 1.金-白金異様クラスター[(AuPPh3)6Pt(PPh3)](N03)2(1)SiO2表面に担持し、このSiO2担持Au6Ptクラスターの構造をEXAFSを用いて検討し、また、H2-D2交換、エチレン水素化およびCO酸化反応について検討した。さらにFT-IR,TPRを用いたキャラクタリゼーションを行った。担持直後、クラスターの骨格は変化せず、表面種{[(AuPPh3)6Pt(PPh3)](OSi≡)22}が得られた。EXAFSの結果から1/SiO2のクラスターの骨格は真空中400Kまで安定であり、473Kまで加熱した時にAu-PtとAu-Au(Pt)の配位数が減少し、クラスターは分解した。また、773Kまで加熱すると金の微粒子およびPt(P#)n種(P#,ホスフィン配位子;n=3-4)が得られた。TPR-EXAFSの結果から、603KでAu-PtとAu-P#の結合が完全に切断され、それに伴い、金の微粒子が生成していることが分かった。Pt-P#種は773Kにおいても存在していた。303Kにおいて1/Si02のクラスターはその骨格を保持したままH2-D2交換反応とエチレンの水素化反応に触媒活性を示した。H2-D2交換反応の反応速度(TOF)は、クラスター単独では2.0s-1であるのに対し、SiO2に担持すると29.8s-1となり、約15倍促進された。これに対し、Pt(PPh3)4/SiO2と[Au9(PPh3)8](N03)3/SiO2は上記の反応に触媒活性を示さなっかた。1/SiO2の触媒作用は六個の金原子中に埋められている白金上で起こっているのではないかということがC〇-吸着、EXAFS、パルス反応の結果から示唆される。

図1 真空中で熱処理した時の1/SiO2の構造の挙動

 2.1/SiO2のCOおよびH2吸着脱離挙動をFT-IR、TPD、EXAFSにより調べ、COおよびH2吸着状態のクラスター構造がちとのクラスター骨格と比較して変化しているかどうかを検討した。COが1/SiO2に吸着すると、COが含まれる錯体が形成され、IRの約1972cm-1に強いCOピークが観測された。吸着したCOは403K以下で脱離し、363Kに脱離ピークが覗測された。COを吸着した時Pt-Auの配位数があまり変化せず、Au-Auの配位数が少し増加することがPtL3-edgeとAuL3-edgeのEXAFSの結果によって分かった。しかし、PtL3-edgeのEXAFSのPt-Au-Pに帰属されるFourier変換のピークは急激に増加した。これはPt-Au-P結合の角度の変化による多重散乱の効果だと考えられる。COを吸着させた1/SiO2を353Kで2h真空排気処理することによって、図2に示すように吸着したCOを脱離させて元の状態へ戻すことができた。これは、このクラスターが溶液中に存在するときには構造がCO吸着-脱離過程で分解するのと異なる。1/SiO2上のH2の吸着は室温で可逆的であり、EXAFSは変化しなっかた。

図2 1/SiO2のCO吸着-脱離の挙動

 3.Au-Ptクラスターのモデルクラスター[(AuPH3)6Pt(PH3)]2+と[(AuPH3)6Pt(H2)(PH3)]2+を用いてB3LYPの計算を行なった。PPh3をPH3に置き換えて計算しているが、完全最適化のモデルクラスターの構造はクラスター(1)の結晶構造と比較して十分一致していることが計算結果から分かった。また、H2を含む錯体がH2-D2交換反応の中間体であるの可能性が高く、反応に必要な活性化エネルギーはとても小さいことも分かった。これはクラスター(1)とH2の反応が容易に可逆反応であることと一致している。PtはH2-D2交換反応の活性サイトとなっており、周りのAu原子は重要な役割を果たしていた。AuPH3は正電荷を帯びており、Ptは負電荷を帯びていて、Ptの電子が水素の*反結合性軌道に付加するというメカニズムを支持している。中心金属からH2への電子遷移は水素分子を活性化するだけではなく、クラスターの金属の動きを誘発し、Auが二番目のH2あるいはD2と結合するのを促進する作用をしている。

 4.Au(PPh3)(NO3)(2)と[Au9(PPh3)8](NO3)3(3)を沈殿直後の水酸化物M(OH)X*(*,沈殿直後;M=Fe3+、Co2+、Mn2+、Ni2+、Zn2+、Mg2+、Ti4+、Ce4+、La3+など)に担持し、空気を流しなから昇温焼成処理することにより、図3に示すように、一酸化炭素を低温で二酸化炭素に酸化する高活性触媒を開発した。その中でも特に、Mn(OH)2*あるいはCo(OH)2*に担持したもの(それぞれ2/Mn(OH)2*、2/Co(OH)2*)は203Kという低温でも一酸化炭素酸化反応の活性を示した。Fe(OH)3*あるいはTi(OH)4*に担持したもの(それぞれ2/Fe(OH)3*、2/Ti(OH)4*)は203-273Kで一酸化炭素酸化反応の活性を示しているが、同じ錯体を対応する酸化物に担持した2/Fe2Oと2/TiO2では一酸化炭素酸化反応は室温以上にならないと起こらない。TEM、XRDの解析の結果から、2/Fe(OH)3*におけるのAu粒子の直径は約2.9nmで、2/Fe2O3のものとくらべて1/10である(図4)。2/Ti(OH)4*のEXAFSの結果ではAu-Auの配位数は8-10であるに対し、2/TiO2には11.0であることから2/Ti(OH)4*のAu粒子のサイズは2/TiO2より小さいことが明らかになった。Auホスフィン錯体(2)あるいはクラスター(3)を市販の水酸化金属化合物に担持した場合、上とまったく同じ条件の低い温度では一酸化炭素酸化反応活性を示さない。これまで、金ホスフィン錯体を沈殿直後の水酸化物に担持し、低温で一酸化炭素酸化の高活性を持つ新規担持金触媒を作成られできた例は世界で初めてである。

図3 担持金触媒のCO酸化活性:●)2/Fe(OH)3*;)HAuCl4+Fe(NO3)3;○)2/dried Fe(OH)3*;■)2/Fe2O3;□)Fe(OH)3*図4 TEMの結果から金粒子径の分散図:(A)2/Fe(OH)3*;(B)2/Fe2O3

 5.金ホスフィ冫錯体(2)を沈殿直後のTi(OH)4*水酸化物あるいは市販のTiO2酸化物に担持して作成した担持金触媒の構造および触媒挙動をXRD、XPS、EXAFS、31P CP/MASNMRにより検討した。その結果、金ホスフィン錯体(2)をTi(OH)4*あるいはTiO2に担持直後、室温でAu-P結合は存在しており、空気を流しながら焼成するとTiO2上の金ホスフィ冫錯体(2)は473Kで完全に分解して金粒子を形成するが、Ti(OH)4*上の金ホスフィン錯体(2)は一部分を分解して微量の金粒子を形成しただけであった。2/Ti(OH)4*を573Kで焼成すると、金粒子またcrystalline TiO2が生成されたのをXRD、XPS、31PCP/MASNMRによって解明することができた。XRDのAu(200)回折ピークから、673Kで焼成した2/Ti(OH)4*における金粒子の直径は約30nmより小さいが、これは2/TiO2の10分の1程度である。以上の結果から、沈殿直後のTi(OH)4*と金ホスフィン錯体(2)は相互作用しながら分解反応するにより金微粒子が生成すると考えられる。673Kで焼成した2/Ti(OH)4*は273Kで一酸化炭素酸化反応に高い活性を示したが、同じ条件で作った2/TiO2では室温以上にならないと一酸化炭素酸化反応活性を示さなかった。

 以上の結果をまとめると

 1.Ptが含まれた金異核クラスター[(AuPPh3)6Pt(PPh3)](NO3)2(1)をSiO2表面に担持し、303Kにおいて1/SiO2はクラスターの骨格を保持したままH2-D2交換反応とエチレンの水素化反応を促進することを見い出した。

 2.SiO2担持Au6Ptクラスター[(AuPPh3)6Pt(PPh3)](NO3)2(1)上のCOの吸着脱離挙動を調べ、クラスターの可逆的構造変化を伴なってCO吸着脱離が起こることを見い出した。

 3.モデルクラスター[(AuPH3)6Pt(PH3)]2+と[(AuPH3)6Pt(H2)(PH3)]2+を用いてB3LYPの計算を行なった。H2を含む錯体がH2-D2交換反応の反応中間体であると推定した。

 4.金ホスフィン錯体Au(PPh3)(NO3)(2)あるいは(Au9(PPh3)8](NO3)3(3)を沈殿直後の水酸化物に担持し、低温で一酸化炭素酸化高活性を示す新規担持金触媒を作成した。

 5.沈殿直後のTi(OH)4*と金ホスフィン錯体(2)とが直接相互作用しながら分解することにより金微粒子が生成し、高分散するために高い触媒作用が得られることを見い出した。

審査要旨

 不均一系触媒は工業的に広く用いられているが、触媒性能に直結する助触媒効果、粒径依存性などについては依然、原子・分子レベルでの理解はほとんどなされていないのが現状である。これらを明らかにするためには、構造によって活性が大きく変化する元素を用いて検討することが有効である。金は不活性な元素であり、事実、バルクの金は全く触媒活性を示さないが、金微粒子はCO酸化反応に高い触媒活性を示し、活性の構造依存性が他の元素より大きい。従って、金触媒は助触媒効果や粒径依存性を活性サイト構造と関連付けて研究するのに適した系といえる。本研究では、不均一系触媒の合理的設計の指針を得る目的で、分子レベルで構造が規定された金ホスフイン錯体およびそのクラスターを用いて、新規金触媒を調製し、金触媒作用における助触媒効果と粒径効果に関する研究を行った。本論文は9章からなる。

 SiO2表面に金/白金異核クラスターを固定化し、その触媒特性を調べた。固定化金/白金クラスターは、類似の金クラスターあるいは白金錯体では見られない水素化反応やCO酸化反応に触媒作用を示すことを見いだした。また、H2やCOの吸着状態をEXAFSおよびB3LYP計算により調べて、クラスター骨格の中心Pt原子は周囲のAu原子に電子的影響を与えるのみならず、クラスター骨格の可逆的構造変化を誘起していることを明らかにした。

 さらに金単身の担持触媒を調製する目的で、金ホスフィン錯体あるいはクラスターを金前駆体として用い、一方で沈殿直後の金属水酸化物M(OH)X*(M:Fe3+,Co2+,Mn2+,Ni2+,Zn2+,Mg2+,Ti4+,Cc4+,La3+など)を酸化物前駆体として用いたところ、世界最高レベルを抜く酸化活性を持つ担持金触媒を調製することに成功した。その中でも特にAu/Mn(OH)2*とAu/Co(OH)2*は高活性で、203Kという低温においても高いCO酸化活性を示した。Au/Fe(OH)3*やAu/Ti(OH)4*もそれぞれ従来のAu/Fe3O3やAu/TiO2に比べ驚くほど高い触媒酸化活性を示した。これらの高活性金触媒では金は小さな微粒子として酸化物表面に分散している。例えば、Au/Fe(OH)3*ではAu微粒子径は約2.9nmであるのに対し、Au/Fe2O3のAu微粒子径は約10倍大きい。また、Au/Ti(OH)4*でも同様にAu/TiO2に比べAu粒子径は遥かに小さい。Auホスフイン錯体を市販の金属水酸化物や金属酸化物に担持した場合には、低温では全く活性を示さない。本研究で、金ホスフィン錯体およびクラスターを沈殿直後の水酸化物に担持して焼成することにより極めて高い酸化活性を持つ新規金触媒を開発した。

 従来の金触媒に比べ高い活性を示す要因を明らかにするために、Au/Ti(OH)4*を用いて、担持直後および焼成過程の金触媒をEXAFS,XRD、XPS、31P CP/MASNMRなどにより検討した。その結果、錯体の担持直後から焼成温度473KまではAu-P結合が保持されており、本調製法で得られる水酸化物前駆体が特異なミクロポアとメソポアを持ち、それら細孔内に金錯体前駆体が水酸化物前駆体と強い化学的相互作用により拡散、高分散されており、573K焼成により小さな金微粒子および結晶性TiO2が形成されることが分かった。本研究で開発された調製法は、金属の小さな微粒子を酸化物担体上に作成するための一般的手法となり得る。

 以上、本論文は極めて高い酸化活性を持つ新規担持金触媒の作成に成功し、その活性因子を実験と理論の両面で示したもので、物理化学、特に触媒科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験、計算を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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