学位論文要旨



No 214619
著者(漢字) 江崎,雄治
著者(英字)
著者(カナ) エサキ,ユウジ
標題(和) 人口還流現象に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 214619
報告番号 乙14619
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14619号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 教授 米倉,伸之
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 大森,博雄
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
内容要旨

 本研究においては、社会的関心がきわめて大きい現象であるにも関わらず、数値的裏付けを伴った検証がきわめて不十分であったわが国の人口「Uターン」現象について、長野・宮崎両県出身者に対する独自調査を基にその実態解明を試み、さらにこの現象の発生メカニズムを考察した。

 具体的には第1次ベビーブーム世代、そしてそれと10年前後する世代の計3世代を考察の対象とし、長野県内12校、宮崎県内6校の高等学校の男子卒業生に対して、基本属性のほか居住経歴、移住理由や移住前後の生活条件等を尋ねる調査を行い、その分析の結果以下のような知見を得るに至った。

 まず「Uターン」者を調査対象として抽出することの困難さから、これまではっきりとした数値が提示されていたとは必ずしも言い難い「Uターン」者の人数およびその変化について、本研究における調査結果を基に検討したところ、長野・宮崎両県とも三大都市圏にいったん他出した者のうち「Uターン」する者の割合は世代とともに増加傾向にあることがわかった(表1)。すなわち出身者の「Uターン」傾向はこの間着実に強まったと言うことができる。ただし、「Uターン」者の内訳をみると大学在学中のみ三大都市圏で過ごし、卒業後すぐに帰還する「学卒Uターン」者が増加し、他出先において勤務経験がある「転職(勤)Uターン」者は減少する傾向にある。

表1 三大都市圏へいったん他出した者の「Uターン」率

 また本研究では、「Uターン」者の市町村単位での帰還先が把握困難であったことから生じた、「Uターン」「Jターン」論争とでも言うべき問題に対しても検証を試みた。これはつまり出身県に帰還する移住者が、自らの出身市町村に帰還するのか、それとも県庁所在都市などの県内中心都市に「Jターン」するのか、といった点に関する結論が得られないままであったことであるが、本研究における分析の結果、両県において帰還者の大勢は自らの出身市町村に帰還していること、その傾向は世代とともに強まっていることが明らかとなった。中山間地域の過疎、一方で県内中心都市の成長という対照的な状況の中で、既存の論考においては出身市町村への帰還者よりも「Jターン」者を多く見積もるものが多かったが、これについては、県内の周辺市町村から中心都市への直接の移動者が中心都市の人口増加に寄与していたことが見落とされ、さも多くの「Jターン」者が県内中心都市に帰還し、それのみが中心都市の成長に寄与していたものと解釈されたためではないかと考えられる。事実本研究の分析から、上述の県内直接移動者の数は「Jターン」者と比べても見劣りしない数であったことが確かめられ、以上のような仮説が裏付けられた。

 ただし長野・宮崎の両県出身者を比べた場合、宮崎県出身者の方がやや宮崎市への「Jターン」傾向が強いことがわかった。とくに長野県においてはほとんど存在しなかった三大都市圏以外からの帰還者を加えた場合、宮崎市の方が長野市に比べ「Jターン」者の数が明らかに多くなる。一方国勢調査報告より戦後における両市の人口変化をみると、宮崎市は長野市に比べより大きな成長を遂げたことがわかる。また宮崎市においては社会増加率がより大きく、転入者全体に占める県外からの移住者の割合も大きいことから、宮崎市においては「Jターン」者がより多かった分、長野市に比べて人口がより大きく増加したと推測することができる。

 次に「Uターン」者(あるいは他出先残留者)の属性、帰還にあたっての「きっかけ」および「障害」、そして帰還前後での生活条件の変化等を分析することによって、どのような人が「Uターン」する傾向が強いがなどを検討し、それらを通じて「Uターン」の発生メカニズムについて考察した。

 まず、既存研究においても言及されてきたように、本研究においても学歴や続柄の違いによって「Uターン」傾向に差があることが確がめられた。つまり高学歴者においては他出者全体に占める「Uターン」者数はより少なく、また長男は次三男等に比べてより帰還確率が高い。そして本研究においてはさらに、妻の出身地がより大きな影響を与えることが明らかとなった。すなわち、出身県が同じである女性と結婚した者は、他県出身の女性と結婚した者よりも、より「Uターン」する傾向が強い。

 また「Uターン」者に対し、帰還の際に「きっかけ」および「障害」となったことは何かと尋ねたところ、まず「きっかけ」については「親の面倒をみるため」であったとする者が非常に多く、逆に「Uターン」の「障害」として多くの帰還者が挙げたのが長野・宮崎両県での職の不足や収入の低下であった。これらは彼らの実際の収入変化など、帰還前後の客観的な状況を分析することによって裏付けられた。

 一方、「Uターン」が行われる時期について分析を行ったところ、最初の就職から数年以内に帰還する者が大半であることがわかった(図1)。これは「Uターン」移住の多くが、大都市圏での生活開始後比較的早い段階で実行されることを示している。

図1 三大都市圏からの「Uターン」者の帰還時期横軸の年数は、最初の就職から「Uターン」までの経過年数を表す。

 以上のことから、わが国地方圏出身男性の「Uターン」移動については、世帯主である出身男性が家族生活全般に関する将来像を検討した上で、いわば総合的なライフスタイル選択の結果として行うものととらえることはあまりふさわしくないと言える。むしろ、地方圏出身者のみならず大都市圏出身者にも、就職後数年以内にかなりの高確率において訪れるような仕事上の最初の転機において、単身や夫婦2人世帯であるなど比較的制約が少ない地方圏出身者が持ちうる、職業生活上の選択肢の一つとして「Uターン」移住をとらえることが、より適切であると考えられる。

 このような「Uターン」者像は、「豊かな自然、ゆとりある住環境、人情味あふれる隣人関係」を求めて帰還するといった、これまで「Uターン」者に対して与えられがちであったソフトなイメージとはやや相容れないものである。そこで長野県出身の「Uターン」者と三大都市圏残留者の居住条件と居住環境評価を実際に比較したところ、長野県の生活条件は住宅の広さやコスト、通勤時間など多くの点で良好であるにもかかわらず、生活環境全般に関する満足度の水準は三大都市圏残留者のそれとほとんど同程度であり、具体的には両者間の差は別に分析した大都市圏内の住宅地の間にみられる差よりもかなり小さいことがわかった。このように「Uターン」によって生活環境に対する満足感にあまり向上がみられないことが確かめられたことで、「『Uターン』とはすなわち『豊かな生活環境を求めての帰還』である」とする解釈は、現象の総体のごく一部を捉えたものに過ぎないと判断することができる。

審査要旨

 地理学において人口現象に関する研究蓄積は多いが、その中で、もっとも地理学の独自性を発揮できる領域は、人口移動現象と、それが地域人口の分布変動にもたらすインパクトの究明である。地方圏出身者の還流移動、いわゆる「Uターン」移動は、地方圏においては人口維持の可否を左右し、地域システムの存続を展望する上できわめて重要な要因である。しかしながら既存データからは当該現象を適切に把握することはほぼ不可能であるため、独自調査に基づく実証分析が待たれていたが、わが国においては、データ収集上の困難さもあって、人口還流現象の実態把握は大きく立ち遅れていたと言える。本研究は標本抽出による質問紙調査によって還流移動の量およびその推移を把握し、さらに、その発生メカニズムの解明を試みたものである。

 本論文は5章からなる。

 第I章では、地理学および関連諸分野における人口還流現象に関する研究を整理し、本研究における課題の明確化を行っている。具体的には、地方圏出身者の居住経歴を直接調査し、そのデータを世代ごとに比較することによって帰還志向の趨勢の検討を行うべきであることを論じた。

 第II章では、長野県内の高等学校を、戦後の3つの時期に卒業した男性に対して行った質問紙調査の分析結果から、以下のような知見を得た。

 まず三大都市圏にいったん他出した者のうち帰還する者の割合は世代とともに増加傾向にあり、出身者の帰還傾向はこの間着実に強まったことが確認された。次にいわゆる「『Uターン』『Jターン』論争」に対して直接的な検証を試みたところ既存研究における見解とは異なり、帰還者の大勢は自らの出身市町村に帰還し、『Jターン』は必ずしも卓越しないことが明らかとなった。さらに還流移動発生のメカニズムの考察のために、移動者と残留者の属性を比較検討し、高学歴者あるいは長男の帰還率が高いこと、配偶者の出身地が帰還行動に決定的な影響を及ぼすこと、および、還流移動者の大半が就職後の比較的早い段階で帰還していることが判明した。

 第III章においては第II章で確認された現象の地域的安定性を検証すべく、宮崎県において行った調査結果にもとづいて、長野県との比較検討を行った。その結果、帰還傾向の高まり、帰還者と残留者の属性の違い、帰還者の意識構造などに関し、両県でほぼ同様の状況であることが確かめられた。

 一方第IV章では、帰還移動に関する既存の論考において、良好な居住環境に対する期待が帰還行動を左右する要因として強調されてきたことの妥当性を検討するために、長野県出身の還流移動者と三大都市圏残留者の居住環境評価の比較分析を行った。その結果、帰還によって生活環境全般に関する満足度は実際にはほとんど向上していないことが確認された。

 以上をふまえた上で第V章においては還流移動の発生メカニズムを以下のように結論付けている。すなわち、地方圏出身男性の還流移動については、総合的なライフスタイル選択の結果として実行されるものととらえることは不適当であり、むしろ就職後数年以内にかなりの高確率で発生する職業上の最初の転機において、地方圏出身者が持ちうる職業生活上の選択肢の一つとして解釈することがより適切であると考えられる。

 本研究は、大量の地方出身者の居住経歴データを独自に収集、分析することにより、これまでの人口移動研究では見解が分かれていた人口還流移動現象の存在とそのメカニズムに関して最終的な結論に到達した画期的な研究であり、人口地理学に対して多大な貢献をなしたものとして評価できる。

 なお本論文第II章、第III章の主要部分および第I章の一部は荒井良雄、川口太郎両名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって現地調査、およびその結果の分析、検証等を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文の提出者江崎雄治に対し、博士(理学)を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク