学位論文要旨



No 214624
著者(漢字) 植木,信秀
著者(英字)
著者(カナ) ウエキ,ノブヒデ
標題(和) 核移行型の新規なヒトタンパク質遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 214624
報告番号 乙14624
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14624号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 助教授 吉田,稔
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨

 真核細胞核は、遺伝情報発現や細胞周期をはじめ、数多くの生命現象において中心的な役割を果たしている。従って、これらの様々な核内イベントを調節するための核内因子が数多く存在すると考えられている。これまで数多くの核内因子が同定、解析されているものの、核内イベントの一部を説明するにすぎない。実際、核内因子の異常に起因すると考えられる疾患例が数多く知られている。しかしながら、10万個以上と推定されているヒト遺伝子の中に存在する核内因子遺伝子群を、ゲノム全体から選択的かつ網羅的にクローニングするための特別な方法は見出されていなかった。本論文では、まず核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法の確立を試みた。次に、本法を用いることで新規ヒト核タンパク質遺伝子群を単離、その機能の解析を行った。本論は5章より構成されている。

 第1章は、研究の背景と目的を述べた緒論から構成される。第2章では核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法に関する開発検討結果を述べた。真核生物で高度に保存されている核輸送機構に着目し、酵母を利用した簡便なアッセイ法である「核輸送シグナルトラップ法」の開発を試みた。まず既知の核移行型と非核移行型タンパク質遺伝子を用いた検証により、核移行シグナル依存的なレポーター遺伝子の発現を確認した。次いで、実際にヒト胎児脳由来cDNAライブラリーをスクリーニングし、得られた遺伝子をデータベース解析した結果、調べた288クローンについては172(60%)が新規遺伝子、97(34%)が既知遺伝子であった。既知遺伝子については66(68%)が様々な核タンパク質であることが判明し、新規遺伝子の一部について、培養細胞に蛍光標識タンパク質との融合タンパク質を発現させて実際の細胞内局在を観察したところ、12/16(75%)が明確な核移行活性を示した。これらの結果は、「核輸送シグナルトラップ法」が新規核移行型タンパク質遺伝子を効率良く取得するために非常に有効であることを示すものであった。更に、既知核移行シグナルを持たない新規核タンパク質候補も4クローン見出され、新たな核移行シグナル存在の可能性が示唆された。

 第3章では、前章のスクリーニングから見出された新規ヒト核タンパク質の遺伝子クローニングと染色体マッピング解析の結果を述べた。解析する過程で他のグループの発表から、LIMホメオドメイン転写因子コファクターのhCLIM-1およびhCLIM-2、活性型Stat3の阻害因子hPIAS3、アンドロジェン受容体ARのコアクチベータ-ARA54と判明した。更に個々の遺伝子座を調べたところ、hCLIM-1とhCLIM-2は、それぞれヒト染色体4p15および10q24-q25領域に、hPIAS3は1q21領域に、ARA54は5q23.3-q31.1領域に位置した。このうちhCLIM-2が存在する10q24-q25領域は、先天性異常の手足分裂異常症SHFM3の原因領域内に位置し、Pax2やHox11などの発生過程で重要な機能を担う遺伝子群と連鎖していること、またhPIAS3が位置する1q21領域が、造血系を含む多くの癌において最も頻繁に異常が認められる領域と一致していることを明らかにした。

 第4章では、第2章のスクリーニングにより見出された機能未知の新規ヒト核タンパク貿hNOLP1遺伝子について、アイソフォーム含めた遺伝子クローニングとアイソフォーム間の機能的差異に着目し、発現組織、核内局在、細胞周期に対する影響の点から観察した結果を述べた。データベースからは全くホモロジーが認められなかったhNOLP1-aおよび短いアイソフォームhNOLP1-bの全長遺伝子クローニングに成功した。hNOLP1-bはhNOLP1-aのC末端側内部領域に64アミノ酸残基の欠失が起こったものであった。正常組織の胎児脳、成人脳、精巣では主にhNOLP1-a遺伝子が発現していること、肺小細胞癌細胞株(NCI-H69)では主にhNOLP1-b遺伝子が発現していることを見出した。hNOLP1-bで欠失している領域内に核小体移行シグナルを同定したが、hNOLP1-a、bは共に核質に凝集体状に蓄積し、両者の核内局在に顕著な差異は認められなかった。hNOLP1の機能解析の過程で、p53との共発現によりhNOLP1-aが有意にp53を核内に引き留め、p53の安定性を顕著に促進すること、hNOLP1-bはp53の核外移行を阻害しないことを見出した。一方、細胞周期に対する影響では、hNOLP1-aのみに有意なG1停止の傾向が認められた。以上の結果から、hNOLP1-bで欠失している核小体移行シグナルを含む64アミノ酸残基依存的に、hNOLP1-aがp53の安定性に寄与し、p53経路を介した細胞周期の停止を促進する可能性が考えられた。またこれらの知見は、hNOLP1-aの癌仰制遺伝子としての機能の可能性を強く示唆するものであった。

 第5章の総合討論は論文全体の総括で、核移行型タンパク質の網羅的クローニング方法のポストゲノム解析における有用性を中心に今後の展望について考察した。

 以上、本論文は核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法を確立し、更に本法によりクローニングされた新規なヒト核タンパク質遺伝子に関して分子生物学的な解析を行ったものである。本知見は、真核生物の遺伝子機能研究領域全般において貴重なものであり、今後、多方面における応用展開が期待される。

審査要旨

 真核細胞核は、遺伝情報発現や細胞周期をはじめ、数多くの生命現象において中心的な役割を果たしている。従って、これらの様々な核内イベントを調節するための核内因子が無数に存在すると考えられている。これまで数多くの核内因子が同定、解析されているものの、核内イベントの一部を説明するにすぎない。実際、核内因子の異常に起因すると考えられる原因不明な疾患例が数多く知られている。しかしながら、10万個以上と推定されているヒト遺伝子の中に存在する核内因子遺伝子群を、ゲノム全体から選択的かつ網羅的にクローニングするための特別な方法は見出されていなかった。本論文では、まず核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法の確立を試みている。次に、本法を用いることで新規ヒト核タンパク質遺伝子群を単離、その機能の解析を行ったものである。本論は5章より構成されている。

 第1章は、研究の背景と目的を述べた緒論から構成される。第2章では核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法に関する開発検討結果が述べられている。真核生物で高度に保存されている核輸送機構に着目し、酵母を利用した簡便なアッセイ法である「核輸送シグナルトラップ法」の開発を試みた。まず既知の核移行型と非核移行型タンパク質遺伝子を用いた検証により、核移行シグナル依存的なレポーター遺伝子の発現を確認した。次いで、実際にヒト胎児脳由来cDNAライブラリーをスクリーニングし、得られた遺伝子をデータベース解析した結果、調べた288クローンについては172(60%)が新規遺伝子、97(34%)が既知遺伝子であった。既知遺伝子については66(68%)が様々な核タンパク質であることが判明した。新規遺伝子の一部について、培養細胞に蛍光標識タンパク質との融合タンパク質を発現させて実際の細胞内局在を観察したところ、12/16(75%)が明確な核移行活性を示した。これらの結果は、「核輸送シグナルトラップ法」が新規核移行型タンパク質遺伝子を効率良く取得するために非常に有効であることを示すものであった。更に、既知核移行シグナルを持たない新規核タンパク質候補も4クローン見出され、新たな核移行シグナル存在の可能性が示唆された。

 第3章では、前章のスクリーニングから見出された新規ヒト核タンパク質の遺伝子クローニングと染色体マッピング解析の結果が述べられている。解析する過程で他のグループの発表から、LIMホメオドメイン転写因子コファクターのhCLIM-1およびhCLIM-2、活性型Stat3の阻害因子hPIAS3、アンドロジェン受容体ARのコアクチベーターARA54と判明した。更に個々の遺伝子座を調べたところ、hCLIM-1とhCLIM-2は、それぞれヒト染色体4p15および10q24-q25領域に、hPIAS3は1q21領域に、ARAS4は5q23.3-q31.1領域に位置した。このうちhCLIM-2が存在する10q24-q25領域は、先天性異常の手足分裂異常症SHFM3の原因領域内に位置し,Pax2やHox11などの発生過程で重要な機能を担う遺伝子群と連鎖していること、またhPIAS3が位置する1q21須域が、造血系を含む多くの癌において最も頻繁に異常が認められる領域と一致していることを明らかにした。

 第4章では、第2章のスクリーニングにより見出された機能未知の新規ヒト核タンパク質hNOLP1遺伝子について、アイソフォーム含めた遺伝子クローニングとアイソフォーム間の機能的差異に着目し、発現組織、核内局在、細胞周期に対する影響の点から観察した結果が述べられている。データベースからは全くホモロジーが認められなかったhNOLP1-aおよび短いアイソフォームhNOLP1-bの全長遺伝子クローニングに成功した。hNOLP1-bはhNOLP1-aのC末端側内部領域に64アミノ酸残基の欠失が起こったものであった。正常組織の胎児脳、成人脳、精巣では主にhNOLP1-a遺伝子が発現していること、肺小細胞癌細胞株(NCI-H69)では主にhNOLP1-b遺伝子が発現していることを見出した。hNOLP1-bで欠失している領域内に核小体移行シグナルを同定したが、hNOLP1-a、bは共に核質に凝集体状に蓄積し、両者の核内局在に顕著な差異は認められなかった。hNOLP1の機能解析の過程で、p53との共発現によりhNOLP1-aが有意にp53を核内に引き留め、p53の安定性を顕著に促進すること、hNOLP1-bはp53の核外移行を阻害しないことを見出した。一方、細胞周期に対する影響では、hNOLP1-aのみに有意なG1停止の傾向が認められた。以上の結果から、hNOLP1-bで欠失している核小体移行シグナルを含む64アミノ酸残基依存的に、hNOLP1-aがp53の安定性に奇与し、p53経路を介した細胞周期の停止を促進する可能性が考えられた。またこれらの知見は、hNOLP1-aの癌抑制遺伝子としての機能の可能性を強く示唆するものであった。

 第5章の総合討論は論文全体の総括で、核移行型タンパク質の網羅的クローニング方法のポストゲノム解析における有用性を中心に今後の展望について考察されている。

 以上、本論文は核移行型タンパク質遺伝子の網羅的クローニング方法を確立し、更に本法によりクローニングされた新規なヒト核タンパク質遺伝子に関して分子生物学的な解析を行ったものである。本知見は、真核生物の遺伝子機能研究領域全般において貴重なものであり、学術応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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