学位論文要旨



No 214625
著者(漢字) 國上,敏浩
著者(英字)
著者(カナ) クニガミ,トシヒロ
標題(和) 微生物由来の神経細胞保護物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 214625
報告番号 乙14625
学位授与日 2000.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14625号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 脳血栓、脳塞栓、脳出血および一過性心停止などによって引き起こされる虚血性脳疾患は、血液灌流量の低下によって神経細胞が脱落し、その損傷程度によって高次機能障害が誘発される重篤な疾患である。虚血性神経細胞死の発生機序として、グルタミン酸による異常興奮説、シスチン取り込み阻害説、および一酸化窒素(NO)による細胞障害説などが提唱されている。脳虚血や頭部損傷後、傷害部およびその周辺部ではグルタミン酸の細胞外濃度が著しく上昇し、これらのグルタミン酸カスケードが活性化される。これにより、細胞内Ca2+の蓄積、プロテアーゼの活性化、一酸化窒素(NO)や活性酸素の産生および膜脂質の過酸化など、多くのプロセスが誘発され、結果的に神経細胞が死に至ると考えられている。このように、グルタミン酸による神経細胞死には、サブタイプが異なる複数のグルタミン酸レセプターおよびアミノ酸交換輸送系が関与すると考えられているが、最終的にはいずれの経路を介しても活性酸素等のフリーラジカルの産生による細胞内過酸化物の蓄積に収束する。従って、細胞内で生じるフリーラジカルを消去することにより、あらゆる刺激で惹起された神経細胞壊死を抑制することが可能であると考えられる。

 そこで、筆者はグルタミン酸-シスチンのアミノ酸輸送系が存在し、グルタミン酸毒性および酸素ストレスに対して高い感受性を示す、マウス神経芽細胞腫と初代ラット網膜神経細胞との神経系ハイブリドーマであるN18-RE-105細胞を用いてグルタミン酸毒性抑制物質の探索を行った。本細胞の有するアミノ酸交換輸送系は、細胞内のグルタミン酸を排出するとともに、生体内還元物質グルタチオンの前駆体となるシスチンを細胞内に取り込む働きをしている。したがって、グルタミン酸処理によりこのアミノ酸輸送系が阻害を受けると、細胞内グルタチオン量が低下し酸化ストレスにより細胞が死に至る。この評価系を用いて、土壌分離菌約2000株の培養濾液および菌体アセトン抽出物を対象に神経細胞保護物質のスクリーニングを行った結果、新規物質lavanduquinocin、4-demethoxymichigazone、およびaestivophoenin A、BおよびCを発見した。本論文は、これらの新規化合物について、その生産菌、醗酵生産、単離精製、構造解析および生物活性について述べたものである。

1.Lavanduquinocinに関する研究

 

 Streptomyces viridochromogenes 2942-SVS3株が生産するlavanduquinocinは、オルトキノンおよびカルバゾール骨格をクロモフォアとして有する化合物である。Lavanduquinocinは、N18-RE-105細胞におけるグルタミン酸毒性に対して、EC50値15.5nMで細胞保護作用を示した。また、同様に細胞内グルタチオンの低下をもたらすグルタチオン合成酵素阻害剤ブチオニンスルフオキシミンによる細胞死に対しても、EC50値8.9nMで細胞保護作用を示した。これらの結果から、lavanduquinocinは酸化還元状態の均衡が崩れた細胞内で、グルタチオンにかわって過剰のラジカルを補足することによって細胞を保護しているものと考えられた。またその活性発現作用機序は、生体内のチトクロームP450レダクターゼのような還元酵素により分子内のキノンがヒドロキノンに変換され、これがラジカル補足作用を示すことで細胞保護作用を発現すると考えられた。

 さらにlavanduquinocinは、複数のイオンチャネル型グルタミン酸レセプターが発現しているラット海馬神経細胞においても、25nMの濃度でグルタミン酸による細胞死を完全に抑制することが判明した。また、100nMにおける海馬神経細胞の生存率は、グルタミン酸無処理群と比較しても大きく上回るものであった。LavanduquinocinがN18-RE-105細胞にて観察されるグルタチオン低下による神経細胞死を抑制することだけにとどまらず、複数のグルタミン酸応答を再現したこのモデルにおいてもその有効性を示したことは、脳虚血疾患をはじめとするグルタミン酸との因果関係が指摘されている様々な疾患への適応の可能性をさらに広げるものでり、新しい治療薬あるいはそのリード化合物となることが期待される。

2.4-Demethoxymichigazoneに関する研究

 

 Streptomyces halstedii 2832-SVS6株の生産する4-demethoxymichigazoneおよびmichiguzoneが、N18-RE-105細胞におけるグルタミン酸毒性を抑制することを発見した。Michigazoneは、1975年にWolfらがmitomycin生産菌が生産する新規phenoxazone骨格色素として報告した化合物である。4-Demethoxymichigazoneは、1977年にAchenbachらのmichigazone合成に関する報告の中で、その中間体として合成されているが、天然物からの単離はこの研究がはじめてのものである。

 4-Demethoxymichigazoneおよびmichigazoneは、N18-RE-105細胞におけるグルタミン酸毒性をそれぞれEC50値57.1nM、17.6nMで抑制した。ある種のphenoxazone骨格からなる化合物が抗酸化活性を示すことが報告されていることから、4-demethoxymichigazoneも抗酸化活性により神経細胞を保護していると考えられる。

3.Aestivophoenin A、B、Cおよび誘導体に関する研究

 

 Streptomyces purpeofuscus 2887-SVS2株の生産するaestivophoenin A、BおよびCは、ラムノースおよびフェナジン環を有する化合物であり、N18-RE-105細胞おけるグルタミン酸毒性をそれぞれ15.0、6.2および20.2nMと極めて低い濃度で抑制した。N18-RE-105細胞おけるグルタミン酸毒性を最も強く抑制したaestivophoenin Bを用いて様々な生物活性を検討した。Aestivophoenin Bはラット海馬神経細胞においても、グルタミン酸による細胞死を完全に抑制することが判明した。また、200nM添加における海馬神経細胞の生存率は、163,1%とグルタミン酸無処理群よりも高いものであった。Aestivophoenin Bの動物レベルでの活性を検討するため、KCN誘導低酸素毒性によるマウス個体死実験を行った。KCNによる細胞毒性は、ミトコンドリア内のチトクロームオキシダーゼが阻害されることにより電子伝達系での酸素利用が制限され、エネルギー(ATP)産生が停止することにより発現する。Aestivophoenin Bは同モデルにおいて、KCNによるマウス個体死よりマウスを生存させた。このKCN誘導による全身性の重篤なエネルギー障害を抑制したことから、aestivophoenin Bは虚血脳でみられる脳代謝機能の低下に対しても効果を示すと考えられる。

 Aestivophoeninの作用機序に関する研究は、天然物であるaestivophoenin Bおよび同等の細胞保護作用を有する類縁の合成化合物を用いて行った。Aestivophoenin Bは、NMDA、AMPAおよびカイニン酸などのイオンチャンネル型グルタミン酸受容体に対する結合試験において全く親和性を示さなかった。また、ジヒドロフェナジン誘導体NDD96215(aestivophoenin Aのアグリコンのエステル体)は、グルタミン酸アンタゴニストであるMK-801やCGS19755と同等、あるいはそれら以上強く神経細胞保護作用を示した。

 Aestivophoeninを形成するフェナジン骨格は、ラジカルスカベンジャーとして報告されているbenthocyanin A、B、C、benthophoeninおよびphenazoviridinと類似しており、これらの化合物と同じ機構で活性を発現しているものと考えられた。Aestivophoeninはラット肝ミクロソームの脂質過酸化、グルタミン酸による海馬神経細胞におけるラジカル産生およびリポキシゲナーゼ活性を阻害することから、抗酸化活性により神経細胞保護作用を発現すると考えられる。

 本研究により見出したlavanduquinocin、4-demethoxymichigazone、およびaestivophoenin A、BおよびCは、いずれも抗酸化作用を有する新規化合物であり、その薬理的な特徴から虚血性脳疾患を対象とした脳保護剤として、あるいは酸素ラジカルが関与する種々の疾患治療剤として、創製上のリード化合物になりうる化合物である。今後、各疾患動物モデルを用いた試験を実施することにより、有効性および安全性が確認され、新しい医薬品の開発に貢献できることを大いに期待したい。

審査要旨

 虚血性脳疾患における神経細胞死は、最終的には活性酸素等のフリーラジカルの産生および細胞内過酸化物の蓄積という共通過程を経て起こると考えられる。本論文はこのような細胞死を抑えるために、グルタミン酸毒性および酸化ストレスに対して高い感受性をもつ神経細胞を用いて、微生物二次代謝産物から神経細胞保護物質の探索を行い、新規化合物lavanduquinocin、4-demethoxymichigazone、aestivophoenin A、B、Cを発見し、その単離と横造解析を行い、生物活性の機構を明らかにしたものであり、5章からなる。

 序論では、本研究の背景、意義、および研究結果の概略について述べている。

 第1章は神経細胞保護物質のスクリーニングに用いた神経細胞腫、N18-RE-105細胞の特徴およびアッセイ系の確立について説明している。

 第2章はStreptomyces viridochromogenes 2942-SVS3株が生産するlavanduquinocinについて論じている。Lavanduquinocinは、N18-RE-105細胞に対するグルタミン酸毒性をEC50値15.5nMで抑制した。また、lavanduquinocinは、複数のイオンチャネル型グルタミン酸レセプターが発現しているラット海馬神経細胞においても、25nMの濃度でグルタミン酸による細胞死を完全に抑制した。

 第3章はStreptomyces halstediiが生産する4-demethoxymichigazoneについてまとめたものである。4-Demethoxymichigazoneは、合成中間体としては報告されているが、天然からの単離は本研究がはじめてある。本物質は抗酸化作用を示し、N18-RE-105細胞におけるグルタミン酸毒性をEC50値57.1nMで抑制した。

 214625f04.gif

 第4章ではStreptomyces purpeofuscus 2887-SVS2株の生産するaestivophoenin A、B、Cとその類縁合成化合物について述べている。Aestivophoenin A、B、Cは、N18-RE-105細胞おけるグルタミン酸毒性をそれぞれ15.0、6.2および20.2nMで抑制した。Aestivophoenin Bはラット海馬神経細胞においても、グルタミン酸による細胞死を完全に抑制し、マウスKCN低酸素致死モデル(in vivo)においても有効性を示した。Aestivophoenin類の作用機序に関する研究は、aestivophoenin Bおよび類縁の合成化合物を用いて行った。Aestivophoenin Bは、各種イオンチャンネル型グルタミン酸受容体には全く親和性を示さなかった。Aestivophoeninはラット肝ミクロソームの脂質過酸化、グルタミン酸による海馬神経細胞におけるラジカル産生およびリポキシゲナーゼ活性を阻害することから、抗酸化作用により神経細胞保護作用を発現すると考えられる。

 214625f05.gif

 第5章は本論文で行った実験について詳細に説明した実験項である。

 以上、本論文は神経細胞におけるグルタミン酸毒性を抑制するlavanduquinocin、4-demethoxymichigazone、aestivophoenin A、B、Cを単離精製し、構造解析を行い、その生物活性を明らかにしたものであって、学術上、応用上、寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

UTokyo Repositoryリンク