豚の口蓋帆扁桃(扁桃)における放線菌症様病変は古くから知られている病変で、本病巣内に菌形態の異なった2種類の糸状菌が別々に存在していることがJohneによって指摘されている。近年になり、豚の扁桃からTonsillophilus suis(T.suis)およびActinomyces sp.が分離され、韓国のBakらによってT.suisが豚扁桃の放線菌症様病変の原因菌であることが確かめられたが、Actinomycesの病原性については未確認のままである。扁挑より分離されたActinomyces sp.は、Grasserが豚の乳房放線菌症の乳房から分離したActinomyces suisのphenotypeおよび化学的性状と一致することから、同一菌種である可能性が高く、豚の乳房放線菌症との関連が示唆されている。 本研究の目的は、第1に、T.suis感染による豚扁桃病変とActinomyces sp.(A.suis)感染による豚扁桃病変の性状を明らかにすること、第2に、豚扁桃における病巣の分布と豚の発育段階におけるこれら2種の菌の感染状況を明らかにすること、第3に、A.suisと豚の乳房放線菌症との関連を明らかにすること、および、第4に、T.suisおよびA.suisを実験動物に接種し、その病原性を確認することである。 1)豚扁桃におけるT.suisおよびA.suis感染による放線菌症様病変 野外材料として、千葉県内の屠畜場で得られた肥育豚47例および廃用母豚10例を用い、T.suisおよびA.suis感染病変を検索した。 肉眼所見では、これらの豚の扁桃割面に硫黄顆粒を伴う多くの場合直径1mm程度の黄白色結節が認められ、T.suisとA.suisによる肉眼病変の区別はできなかった。また、扁桃陰窩には、しばしば植物性線維や豚の被毛片が迷入していた。 病理組織学的にT.suisおよびA.suis感染病変はともに扁桃陰窩膿瘍として認められたが、T.suisによる病変は実質に侵入し、菌塊周囲に変性した好中球の堆積を伴う膿形成性肉芽腫を特徴としていた。病巣中のT.suisは4種類の菌要素(1.塊茎体、2.先端に球状体もしくは亜球状体を伴った葉状体、3.葉状体周囲に放射状に群がる微小菌糸および4.塊茎体周囲から放出される遊走子)によって構成されていた。これらの菌要素の電顕観察では、塊茎体の各室に数個の胞子を含有し、葉状体は2層の細胞壁からなり、その細胞質に石灰沈着を伴っていた。葉状体周囲には鞭毛を有する鞭毛性菌糸が群がり、周辺域では多数の螺旋状菌糸がみられた。T.suisの棍棒体は大型で、中心に変性した葉状体を含んで放射状に広がった箒のような構造を示した。一方、A.suisは念珠状に連鎖した球菌もしくは桿菌および縮毛状に発育した比較的短い菌糸で構成され、電顕観察ではA.bovisに類似していた。A.suisの棍棒体は中心に細長い菌糸を含み、T.suisの様に箒状構造をとらず、さらに小型であった。両菌種の抗血清を用いた免疫染色の結果、ヘテロ同士の菌種間で染色力価に明らかな差が認められた。従って、光顕的に、T.suisの菌要素および棍棒体構造によって、A.suisによる病変との鑑別が可能であり、さらに、後述する免疫組織化学的検索によって、T.suisによる病変とは異なったA.suisによる病変の存在が明らかになった。 2)豚扁桃におけるT.suisおよびA.suis感染病巣の発生状況 豚の扁桃におけるT.suisおよびA.suis感染病巣は比較的広い範囲に分布し、なかでも硬口蓋側から後鼻孔側にかけての前域および中間域に多い傾向がみられた。肥育豚と廃用母豚における菌の保有状況から、若齢豚ではA.suis感染が先行し、成豚になるに従ってT.suis感染が優勢になる傾向がみられた。また、T.suis感染病巣に関しては、陰窩膿瘍は肥育豚および廃用母豚に認められ、肉芽腫は廃用母豚で観察された。 今回の検索で、T.suisおよびA.suisによる豚の扁桃放線菌症様病変は豚の品種とは無関係に比較的高頻度に認められ、また、カナダ、ドイツ、アメリカ、韓国およびタイでも観察されていることから、世界的にみてもごく普通に分布しているものと考えられる。 T.suis病変の19.2%に、また、A.suis病変の40.0%に植物性線維あるいは豚の被毛片の迷入がみられた。これらの異物は、採食時に扁桃陰窩に迷入し、陰窩上皮細胞および実質に傷をつけ、この刺激が口腔内に常在している両菌の扁桃放線菌症様病変の形成機構に関与しているものと考えられる。 3)自然感染例におけるA.suisの免疫組織化学的検索 北海道の一食肉衛生検査所で摘発された豚の肉芽腫性乳腺炎に認められた糸状菌が、豚扁桃陰窩膿瘍の原因菌であるA.suisと同一の放線菌であるかどうかを確認するため、今まで知られている豚から分離された7種類のActinomycesのうち強い交差反応が確認されたA.hyovaginalis、A.naeslundiiおよびA.viscosusの菌株を用いたA.suis 101の吸収血清を作製し、これらの病変について免疫組織化学的検索を実施した。その結果、T.suis病変を除く扁桃陰窩膿瘍にみられた糸状菌および肉芽腫性乳腺炎に認められた糸状菌は、いずれもA.suis 101抗原と同一力価で陽性となった。このことから、A.suisと豚の乳房放線菌症との関連が強く示唆された。 4)T.suisおよびA.suisの感染実験 T.suisおよびA.suisの病原性を調べる目的で感染実験を実施した。T.suisについては、マウス、ラットおよびモルモットを用い、病変を経時的に観察した。マウスの皮内および腹腔内接種試験では、棍棒体を伴った膿瘍および膿形成性肉芽腫を特徴とする病変が認められ、自然感染例で観察された豚扁桃におけるT.suis病変が再現された。ただし、感染実験では、T.suisの菌要素は塊茎体、葉状体および胞子で構成されており、自然例のT.suisの菌要素とは一致しなかった。 一方、A.suisについては、BALB/c、SSおよびddYマウスならびにモルモットを用い、豚扁桃および仔豚の関節炎から分離されたA.suisのラフ型株をこれらの動物の腹腔内に接種した。さらに、SPFの繁殖用母豚1頭を用い、乳腺内に扁桃分離株を接種した。その結果、3系統のマウスはA.suisに対して感受性を示し、死亡したマウスを含め、腹腔内および胸腔内の漿膜面に多数の膿瘍が形成された。ddYマウスにおける経時的観察では、初期病変は典型的なActinomycotic abscessであった。日数の経過とともに、病変は活性化したマクロファージおよび多核巨細胞の出現を伴う肉芽腫(膿形成性肉芽腫)に進展した。マウスにおけるA.suis病変には棍棒体は認められなかったが、菌塊内および活性化したマクロファージの細胞質内に、抗マウスIgG血清を用いた免疫染色で陽性となる針状の結晶物が多数存在していた。このように、A.suisはマウスに対してA.israelii、A.naeslundiiおよびA.viscosusに匹敵する病原性を持っていることが示された。また、感染母豚に肉芽腫性乳腺炎が認められたことから、A.suisは豚に乳房放線菌症を起こすことが立証された。 本研究の結果、豚の扁桃放線菌症様病変はT.suisおよびA.suisの感染によって惹起されること、および、A.suisは野外例における豚の肉芽腫性乳腺炎にも関与していることが明らかになった。本研究の成果は、今後これらの病態の制御法を考えていく上で極めて有用である。 |