学位論文要旨



No 214631
著者(漢字) 越智,士郎
著者(英字)
著者(カナ) オチ,シロウ
標題(和) リモートセンシングデータを用いたアジア主要河川流域における土地利用変化と生産力の推定
標題(洋)
報告番号 214631
報告番号 乙14631
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14631号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村井,俊治
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 清水,英範
内容要旨

 本研究は、アジア主要河川流域における純一次生産力推定し、さらに純一次生産力から推定される食料生産力によって収容可能な人口を流域毎に求めたものである。

 1999年7月に60億人となった世界人口は、2100年には121億人に達すると推定されている。増え続ける人口を養うためにはそれに見合う食料増産は不可欠であるが、人口を支えるための食料を、どこで、どのように確保するかは深刻な食料問題である。一般に食料生産の増大は、耕地面積の拡大と土地生産性の向上によって支えられる。耕地面積の増大は1960年以降その伸びがほとんど見られず、むしろ現在の耕地を維持できるかが懸念されている。一方、1960年以降の食料生産の増大を支えてきた土地生産性の伸びは、近年報告されている地球規模の環境変化、例えば土壤劣化や水資源の不足などの影響で、その見通しは必ずしも明るくない。農地拡大の可能性と、土地生産性向上の可能性の両者を考慮し、持続可能な土地利用を目指した食料生産の方策が求められている。

 こうした背景をふまえ、流域システムをひとつの持続可能な食料生産活動の単位と考え、流域の生産力を評価するため、次の3項目を研究の目的とした。

 (1)アジアの主要河川流域の純一次生産量およびその変動の把握

 (2)アジアの主要河川流域の穀物生産力の推定

 (3)将来の土地利用の変化を考慮し、アジアの主要河川流域の穀物生産量を推定した上での、流域の収容可能人口の推定

 アジアの主要河川としては、アムール川、黄河、揚子江、西河、紅河、メコン川、チャオプラヤ川、イラワディ川、サルヴィン川、ブラーマプトラ川、ガンジス川、インダス川の12河川を取り上げる。この12河川流域(アムール川流域は一部ロシアであるが)は大陸アジア(中国、北朝鮮、韓国、ベトナム、タイ、カンボジア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、バングラデシュ、インド、パキスタン、ネパール、ブータン)の面積の約70%、人口の50%を占め、これらの河川流域を分析することで、大陸アジアの土地利用の特徴、生産力の分布を特徴づけることができると考えられる。

 本研究は7章より構成される。

 第1章は序論であり、研究の背景、研究の目的、論文の構成、本論文で用いられる用語の定義について記述される。

 第2章においては、本研究で利用するデータについて解説する。本研究では、他より入手できたデータを加工、処理することで、各種分析を行っている。ここでは、他より入手したデータを一次データと定義し、その諸元を明らかにしている。一次データとして(1)河道網、(2)国境線、(3)土地被覆、(4)植生指標、(5)光合成有効放射量、(6)農業統計、および(7)人口を取り上げる。

 第3章では、本研究が対象とする12流域の抽出および流域の人口収容量の分析に用いる落水線モデルについて、その作成方法を述べる。落水線モデルは、数値標高データを用いて流域をモデル化するために利用される。落水線モデルを数値標高データから作成する場合、既存の河道網データとの整合性が問題となる場合が多く、これまで手作業による修正作業が一般的であった。本研究では、落水線モデルが生成する擬似河道の教師データとしてDCWの河道網情報を利用し、自動的に河道網情報に準じた擬似河道が形成できるようなアルゴリズムを開発した。

 第4章では、アジアの主要河川流域の純一次生産力について、その推定方法と分析結果を述べる。植生の純一次生産力の推定手法は多くが提案されているが、本研究ではリモートセンシングデータを利用した方法が、全球での推定や土地利用の変化を考慮した動的な推定に適していると判断した。この方法は、衛星データから計算できる正規化植生指標と光合成有効放射量データを利用して、太陽エネルギーから光合成に利用される効率を考慮に入れたモデルで、従来の研究で提案されたパラメータを利用することで、全球陸域の純一次生産量を衛星データのみから推定可能である。このモデルを利用して、1982年から1993年までの全球陸域の純一次生産力の推定を行った。その結果、1982年から1993年の地球全体の年間純一次生産力は105-120ギガtonで、従来の研究から推定された数値と近い値を示した。生態系毎の純一次生産力では、森林および草地で従来の推定値に近い値を示したが、耕地の生産力で本研究の値が従来のものの約1.8倍の値を示した。従来の値が1970年代のものであり、その間に穀物生産性が約1.6倍になったことを考慮すれば、本研究で求めた推定値は妥当であり、採用した方法が適当であると断定した。1982年から1993年の純一次生産力の変動分析によって以下を考察した。(1)純一次生産力と穀物生産力には強い相関がある。(2)各大陸とも1982年から1993年にかけてNPPは増大傾向にある。中でもアジアで顕著である。(3)中国はアジアでもっとも大きなNPPをもち、その総量は、インドの約2倍、日本の約10倍である。(4)アジアで13年間にNPP総量が減少傾向にある国は、パプアニューギニア、日本、北朝鮮、韓国、ブルネイなどである。(5)地球規模で森林面積の減少が懸念されているが、NPPの点ではその影響が顕在化していない。森林が転換されると考えられる耕地も大きなNPPを持っていることに加え、耕地そのもののNPPが12年間に増大したことなどが考えられる。

 第5章では、第4章で推定された純一次生産力マップを用いて、穀物生産力を推定する手法について述べ、アジア主要河川流域の潜在的な穀物生産力を推定する.ここでは、食料生産を制限する指標として、(1)その地域にどれだけの耕地があるが(耕地面積)、(2)その耕地でどれだけの純一次生産力があるのか(土地の生産力)、(3)純一次生産量のうちどれだけを食料として利用することができるか(NPPから食料への変換率)の3つの指標を考えた。耕地拡大の可能性は、標高と斜面傾斜により耕作の適地分析を行うことで評価した。その結果、黄河、揚子江、ガンジス川、インダス川など古くから農業開発が行われてきた流域では、耕作適地のほとんどはすでに耕地として利用され、適地の中には森林がほとんど残されておらず、耕地面積拡大の可能性が低いことが明らかとなった。一方、アムール川、イラワディ川、サルヴィン川、メコン川など現在も森林が多く残されている流域では残された耕作適地も多く、今後森林は耕地化される可能性がある。土地の生産力の増大の可能性として、高生産性型と低生産性型の2つのシナリオを設定し評価した。その結果、高生産性型では、現在に比べて各流域は120-140%の生産力の向上が見込めること、低生産性型では、20%から35%程度の低下となる計算結果であった。耕地NPPから穀物への変換効率を各国別に求め、その値を作物の「収穫指数」や単収のデータと比較したところ、本研究で定義した変換率が農業の集約度を的確に示す指標であることが判明した。

 第6章では、第5章で推定された穀物生産力を利用して、アジア主要河川流域の人口収容力と穀物生産力の関係を求め、各流域について、その潜在的な人口収量力を推定した。ひとつの流域は、耕地NPPと人口収容力において、上流から下流に一定の関係を有しており、それは流域毎に固有であることが確認できた。また、各流域が揚子江並の集約的な穀物生産を行った場合の人口収容力を評価し、併せて、第5章で検討した耕地拡大の可能性、耕地NPP増大の可能性を併せて、各流域の潜在的な人口収容量を推定した。その結果、高生産性シナリオのもとでは揚子江121%、黄河130%、アムール川1004%、メコン川1389%、ガンジス川208%、ブラーマプトラ川239%、インダス川230%、サルヴィン川1085%、イラワディ川90%、、西河228%、チャオプラヤ川1169%、紅河147%の人口増加率が推定され、12流域全体では現在の238%の32億6千万人に食料供給が可能であることがわかった。

 結論として、

(1)の目的に対して

 1982年から1993年に至る年別および月別のグローバル純一次生産量(NPP)マップを衛星データを用いて作成し、IGBPの分類基準に対応した純一次生産力を明らかにした。これは、従来のデータベースを更新したのみではなく、IGBPの分類基準に従ったことから、グローバルな研究に貢献できるものといえる。

 ・アジアの主要河川流域(12河川)およびアジア各国別の土地被覆毎のNPPとその変動を分析した。このようなデータベースは従来存在していなかったので、流域別の土地利用管理に貢献するものである。

(2)の目的に対して

 ・各国別の穀物生産量(統計値)と耕地におけるNPPの関係を分析した。この分析により、穀物生産の集約性を指標化することが可能となり、NPPから穀物への変換効率を国あるいは地域毎に分析することが可能であることを明らかにした。

 ・純一次生産量から穀物生産量への変換率を求め、将来の純一次生産量の増減、変換率の増加を想定し、アジア主要流域の穀物生産力を推定した。このような推定は、衛星データの利用により定量的に年毎に行うことが可能であり、穀物生産の変動を追跡する手法を提供するものといえる。

(3)の目的に対して

 ・穀物生産力と人口収容量の関係を分析し、アジア主要流域の現在の人口収容力を評価した。このような人口収容力の評価は、流域の特性、とりわけNPPの流域累積値と人口収容力の違いを明らかにするものであり、河川流域別の持続可能性を理解するのに有用である。

 ・アジア主要流域の穀物生産ポテンシャルを評価し、高生産型と低生産型の二つのシナリオに対して将来の人口収容力を推定した。

 以上を要するに、本研究は衛星データおよびその他の数値データを駆使して、河川流域別の純一次生産量、穀物生産力を求めた上で、現在および将来の人口収容力を評価あるいは推定する手法を確立したものである。

審査要旨

 本論文は、「リモートセンシングデータを用いたアジア主要河川流域における土地利用変化と生産力の推定」に関する研究をまとめたものである。アジアの主要河川として、アムール川、黄河、揚子江、西河、紅河、メコン川、チャオプラヤ川、イラワディ川、サルヴィン川、ブラーマプトラ川、ガンジス川、インダス川の12河川をとり上げている。

 本論文は7章より構成される。

 第1章「序論」では、研究の背景、研究の目的、論文の構成、本論文で用いられる用語の定義について述べている。

 本研究の目的は、アジアの主要河川流域の純一次生産量およびその変動を捉え、その穀物生産力を推定し、さらに地域の人口収容力を推進することを目指している。

 第2章「利用データ」は、本研究で利用した、(1)河道網、(2)国境線、(3)土地被覆、(4)植生指標、(5)光合成有効放射量、(6)農業統計、および(7)人口に関するデータについて解説している。

 第3章「落水線モデルの開発」では、本研究が対象とする12流域の抽出および流域の人口収容量の分析に用いる落水線モデルについて、その作成方法を述べている。落水線モデルが生成する擬似河道の教師データとしてDCWの河道網情報を利用し、自動的に河道網情報に準じた擬似河道が形成されるアルゴリズムを開発した。

 第4章「アジア主要河川流域の純一次生産力の推定および分析」では、純一次生産力の推定方法について検証し、対象流域に対して純一次生産力の分析を行った。正規化植生指標(NDVI)と光合成有効放射量(PAR)という2つの衛星データを使って求めた全球陸域の純一次生産力は従来研究の値とも類似しており、純一次生産力を衛星データのみから推定する手法の有効性を示した。また、このモデルを利用して1982年から1993年までの全球陸域の純一次生産力の推定を行い、特に研究対象流域の純一次生産力の経年的な変動を分析している。

 第5章「アジア主要流域における穀物生産力に係わる3指標の推定」では、純一次生産力から穀物生産力を推定する手法について述べ、潜在的な穀物生産力を推定した。食料生産を制限する指標として、(1)耕地面積、(2)土地の生産力、(3)純一次生産量から穀物への変換率の3つを考え、それぞれについて各流域での現状を分析している。

 第6章「アジア主要河川流域の人口収容力に関する分析」では、アジア主要河川流域の人口収容力と穀物生産力の関係を求め、各流域について、その潜在的な人口収量力を推定した。ひとつの流域は上流から下流にいたるまで耕地NPPと人口収容力の比が一定となる関係を有していることを明らかにし、第5章で検討した耕地拡大の可能性、耕地NPP増大の可能性を考慮し、各流域の潜在的な人口収容量を試算した。

 第7章は「結論」である。本研究の成果としては、次の通りである。

 ・1982年から1993年に至る年別および月別のグローバル純一次生産量(NPP)マップを衛星データを用いて作成し、IGBPの分類基準に対応した純一次生産力を明らかにした。

 ・アジアの主要河川流域(12河川)およびアジア各国別の土地被覆毎のNPPとその変動を分析した。このようなデータベースは従来存在していなかったので、流域別の土地利用管理に貢献するものである。

 ・各国別の穀物生産量(統計値)と耕地におけるNPPの関係を分析した。この分析により、穀物生産の集約性を指標化することが可能となり、NPPから穀物への変換効率を国あるいは地域毎に分析することが可能であることを明らかにした。

 ・純一次生産量から穀物生産量への変換率を求め、将来の純一次生産量の増減、変換率の増加を想定し、アジア主要流域の穀物生産力を推定した。このような推定は、衛星データの利用により定量的に年毎に行うことが可能であり、穀物生産の変動を追跡する手法を提供するものといえる。

 ・穀物生産力と人口収容量の関係を分析し、アジア主要流域の現在の人口収容力を評価した。このような人口収容力の評価は、流域の特性、とりわけNPPの流域累積値と人口収容力の違いを明らかにするものであり、河川流域別の持続可能性を理解するのに有用である。

 以上を要するに本研究は衛星データおよびその他の数値データを駆使して、河川流域別の純一次生産量、穀物生産力を求めた上で、現在および将来の人口収容力を評価あるいは推定する手法を確立したものであり、持続可能な地球環境を考慮する上で新しい知見を明らかにしたものであり、本論文の工学的貢献は大であると認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格として認められる。

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