学位論文要旨



No 214633
著者(漢字) 早川,光敬
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,ミツタカ
標題(和) 水を分割添加するコンクリートの練混ぜ技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 214633
報告番号 乙14633
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14633号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 1970年代前半までは、コンクリートを製造する時に、材料のミキサへの投入順序を変えても、各材料が均一になるように混ぜられていれば、コンクリートの性質は基本的には変化しないものと考えられていた。これに対し、表面水をもった細骨材とセメントを練り混ぜた後、表面水分を補正した投入水を加えて再度練り混ぜて製造したモルタルの流動性やブリーディングなどの性質が、もとの細骨材の表面水の大きさによって変化することを見いだした。このことは、最終的に構成する材料の比率が同じでも、製造方法により、できたものの性質が変わってくることを示している。この製造方法は表面水に相当する水を1回目の水、残りの投入水を2回目の水として、水の添加を2回に分けた練混ぜ方法といえる。このように水の添加を二回に分けた練混ぜ方法を分割練混ぜと呼ぶことにした。

 分割練混ぜでコンクリートを製造する際、一次と二次の投入水の割合により、製造されたコンクリートのブリーディングや圧縮強度が変化する。そして一次と二次の水の比率を適切に選ぶとコンクリートの圧縮強度が高くなる。この分割練混ぜ効果を発見した当時、圧縮強度が増加するのは、骨材が水セメント比の小さなセメントペーストと一旦練混ぜられることで、骨材とマトリックスであるセメントペーストの付着が改善されるためと考えていた。これがSECモデルの考え方である。しかし、骨材とマトリックスの付着が改善されることを確認した研究はない。

 本研究は分割練混ぜで圧縮強度が増大する機構を検討し、圧縮強度の増大効果が得られる条件をあきらかにすることを目的に行った。特に、分割練混ぜで製造したコンクリートの骨材とマトリックスの界面に着目し、骨材周辺のマトリックスの組織の違い、骨材とマトリックスの付着性状をあきらかにしようとした。さらにこのことから圧縮強度の増大効果が得られる条件をあきらかにし、品質改善効果の大きい分割練混ぜ方法を確立して、建設工事で用いられるコンクリートの品質を高めることを目指して研究を行うことにした。

 はじめにセメントペーストにおける分割練混ぜの特性を検討した。セメントと投入水の一部とを練り混ぜ、これに残りの投入水を加えて再度練り混ぜてセメントペーストを製造する実験を行い、分割練混ぜの効果に与える一次の水セメント比、一次練混ぜ時間、混和剤の添加方法、セメントの種類の影響をあきらかにした。その主なことは、普通ポルトランドセメントを用いた時はブリーディングを最小にする一次の水セメント比が24%程度であること、一次練混ぜ時間を長くするとブリーディング低減効果も大きくなること、AE減水剤および高性能減水剤は添加時期が遅いと流動性が大きくなり、ブリーディングも増えること、混合セメントより普通ポルトランドセメントのほうが分割練混ぜ効果が大きいことなどである。

 次にモルタルおよびコンクリートにおける分割練混ぜの特性を検討した。骨材の投入時期を変えた実験を行い、一次練混ぜ前に骨材を投入する方法によるものは、一次練混ぜ終了後に骨材を投入する場合に比べて、圧縮強度が高くなることをあきらかにした。

 つづいて、分割練混ぜによりコンクリートの圧縮強度が増加する原因を説明するモデルとして、SECモデルとGEMモデルをとりあげ、検討した。GEMモデルは田沢らによって提唱されたモデルで、強度増加の原因を分割練混ぜによるブリーディングの減少で骨材下面の欠陥が減少するためというモデルであり、これを裏付ける実験結果も公表されている。しかしながら、骨材の投入順序による強度の差を説明するのに適したモデルとはなっていない。SECモデルは先に述べたように、一次練混ぜによる骨材とマトリックスの付着性状の改善により強度増加がもたらされるというものであり、この骨材の投入順序による効果の差をよく説明できる。しかし、粗骨材が一次練混ぜ時から存在する分割練混ぜ方法により、骨材とマトリックスの付着性状が改善されることを示す直接的なデータがこれまでに得られているわけでない。このため実際の骨材界面の組織と付着性状について検討していくことにした。

 はじめに文献調査により、骨材とマトリックスの付着性状および骨材周辺のマトリックスの組織はコンクリートの圧縮強度に明確に影響を与えることを示した。ついで岩石とセメントペーストによる試験体でX線回折法による分析および押し抜き付着試験を行なった。X線回折法による分析では、岩石の表面をあらかじめ水セメント比の小さいセメントペーストにまぶした場合、通常の場合に比べて岩石付近のセメントペーストの水酸化カルシウムの結晶の配向度が小さくなり、配向度が最大を示す位置が岩石に近くなることをあきらかにした。配向度が小さいということは、結晶の方向が一定でなく、欠陥となりにくいことを示していると考えられ、あらかじめ水セメント比の小さいセメントペーストにまぶした場合、岩石近くの組織が改善されているものといえる。セメントペースト中に打ち込んだ岩石の押し抜き試験では、岩石の表面をあらかじめ水セメント比の小さいセメントペーストにまぶした場合、通常の場合に比べて押し抜き付着強度が大きくなることを示した。この傾向は、水セメント比が大きいほど、また岩石表面が平滑なものより粗な場合の方が明瞭であった。このようなことから、本論文では、実際に分割練混ぜでコンクリートの圧縮強度が増加するのは、分割練混ぜによるブリーディングの減少による骨材下面の欠陥の減少と、一次練混ぜによる骨材とマトリックスの付着性状の改善の両者の効果とするのが妥当であるとした。

 つづいて、品質改善効果の大きい分割練混ぜ方法を確立するために、改善効果が大きくなる条件を検討した。一次練混ぜを骨材を含めて行なう分割練混ぜでモルタルを製造する場合、セメント種類、骨材の表面水率、一次水と骨材をあらかじめ練り混ぜる方法、骨材の粒度、骨材中の微粒分の量、および混和剤が与える影響を調査した。その結果、一次練混ぜを骨材を含めて行なう分割練混ぜでモルタルの製造する場合、結合材として普通ポルトランドセメントを用いた場合にブリーディングの減少効果が最も大きく、ついでフライアッシュ、中庸熱、高炉の順に小さくなることがわかった。またセメントに対する細骨材の比率が大きくなるとブリーディングを最小にする一次の水セメント比は大きくなる。この大きくなる割合は、砂セメント比の2倍の数値程度である(例えばブリーディングを最小にする一次の水セメント比が24%の時に[24+2×(S/C)]%となる)ことを示した。また、細骨材の粒度が小さくなるとブリーディングを最小にする一次の水セメント比が大きくなること、細骨材の微粒分量が大きくなるとブリーディングを最小にする一次の水セメント比が大きくなることなどがあきらかになった。

 さらに、これまでの検討結果をふまえ、品質の安定化および改善効果の大きいコンクリートの分割練混ぜ方法を提示した。これは、一次練混ぜは骨材を含めて行なうこと、また一次の水セメント比はセメントペーストの分割練混ぜでブリーディングを最小にする一次の水セメント比を基準に、これを骨材量および粒度に応じた量大きくする方法である。

 提案した品質改善効果の大きい練混ぜ方法の応用例として鋼繊維補強コンクリートについて検討を行なった。モルタルと鋼繊維の付着試験を行い、鋼繊維をあらかじめ水セメント比の小さいセメントペーストにまぶすことで、付着強度が大きくなることを示した。この試験では、モルタルを分割練混ぜで製造した方が、従来法によるものより付着強度が大きくなった。ただし、付着強度の大きくなる割合については、モルタルの練混ぜ方法より、鋼繊維をセメントペーストにまぶす処理の有無の影響の方が大きかった。鋼繊維補強コンクリートの製造試験では、分割練混ぜ方法を用いると、曲げ強度、曲げタフネスが大きくなることをあきらかにした。さらに、分割練混ぜ方法でも、鋼繊維を一次練混ぜから入れたものは、二次練混ぜ以降に入れたものに比べ、油げ強度、曲げタフネスが大きくなることを示した。一次練混ぜ時に鋼繊維が存在する分割練混ぜでコンクリートを製造した場合、従来法で製造したものに比べ、材齢4週で、曲げ強度は鋼繊維の混入量1.0%の時7%、2.0%の時20%増加した。また曲げタフネスは混入量1.0%の時7%、2.0%の時22%、せん断強度は混入量1.0%の時15%、2.0%の時5%増加した。このことから提案した練混ぜ方法は鋼繊維補強コンクリートの品質改善に効果があることがわかる。

 最後に提案した練混ぜ方法を建設工事に適用し、その効果を検証した。地上3階、地下1階、延べ床面積2,633m2の事務所ビルの建設に、提案した分割線混ぜ方法によるコンクリートを用いた。コンクリートの全打設量は2,510m3で、このうち1,900m3を分割練混ぜ方法によるコンクリートを用い、残りの610m3は従来法で製造したコンクリートを打ち込んだ。その結果、分割練混ぜによるコンクリートは従来法によるものと比べて圧縮強度で16%増大し、ブリーディングは44%減少した。この他、ホテルの建設工事への適用例も示し、実際の工事に提案した分割練混ぜ方法を採用することで、コンクリートの品質を改善できることを示した。

審査要旨

 本論文は、「水を分割添加するコンクリートの練混ぜ技術に関する研究」と題し、コンクリート練混ぜ時に、最初に少量の水を加えて練り混ぜ、その後に残りの水を加えて最終的な練混ぜを行う、いわゆる分割練混ぜにより、コンクリートのブリーディングが減少し、圧縮強度が増大するなど、コンクリートの品質が改善される現象の原因を解明し、使用材料やコンクリート調合などの要因がこの品質改善効果に及ぼす影響を明確にすることにより、品質改善効果が最大に発揮される分割練混ぜ方法を確立することを目的に行った研究である。

 論文は、9章で構成されている。

 第1章「序論」は、研究の背景、目的等を述べている。研究の主題である分割練混ぜ方法は、筆者らがプレパックトコンクリート用充填モルタルの研究を行う過程で発見し、その後コンクリートの練混ぜにも応用されてきた方法であるが、練混ぜ水を分割添加することによりコンクリートの性質が変化する現象の原因が充分に解明されておらず、最適な方法も確立していないことから、これを解明して品質改善効果の大きい分割練混ぜ方法を確立し、コンクリートの品質改善に寄与せしめることを目的とするとしている。

 第2章「本研究にいたる経緯」では、プレパックトコンクリート用充填モルタルの研究において、適当な表面水を持つ骨材とセメントを先に練り混ぜ、その後所定量の水を加えて練り混ぜる練混ぜ方法がモルタルのレオロジー的性質に大きな影響を与え、ブリーディングを減少させ、また圧縮強度を増大させる効果を持つ事を発見した経緯、これを骨材に適度の表面水を持たせるようにまず一次投入水を加えて練り混ぜたあと、所定量の練混ぜ水量になるよう二次投入水を加える分割練混ぜ方法としてコンクリートに応用し、同じ効果が得られることを発見した経緯、さらにこのような効果が骨材を含まない系(セメントペースト)においても生じることを発見した経緯を述べ、さらにその後行われるようになったこの効果に関する他の研究者・研究機関の研究を概説している。この方法はSECコンクリートと称され、コンクリート技術界の注目を集めたが、その効果の原因や最適練混ぜ方法についての解明は充分にはなされなかったことから、この研究を行うこととしたことを述べている。。

 第3章「セメントペーストにおける分割練混ぜ方法」では、骨材を含まないセメントと水だけの系における分割練混ぜ効果について、材料や練混ぜ条件を種々変化させた実験を行い、これらパラメータを変化させた時の効果を明らかにしている。

 第4章「モルタル・コンクリートにおける分割練混ぜ方法」では、水、セメントおよび骨材からなる系(モルタル、コンクリート)について、分割練混ぜの効果について検討し、一次練混ぜを骨材を含めて行う方式の方が骨材を含めないで行う方式より優れていることを確認し、その原因の説明として当時行われていたSECモデルとGEMモデルを比較検討し、いずれも説明として不十分であることを述べた。

 第5章「分割練混ぜによりコンクリートの圧縮強度が増加する機構」では、SECモデルの基本となっている骨材・セメントペースト界面性状の改質について実験的に検証する事を目的とし、分割練混ぜが骨材とセメントペースト間の遷移帯組織および付着に与える影響を電子顕微鏡による遷移帯組織の観察および骨材セメントペースト間の付着試験によって明らかにし、SECモデルで仮説的に説明されてきた要因を立証している。また、GEMモデルのブリーディング減少による品質改善効果も寄与しているとしている。

 第6章「品質改善効果の大きい分割練混ぜ方法」は、品質が安定し、分割練混ぜ効果が最大限に発揮される練混ぜ方法を確立するため、セメントの種類、骨材の粒度・微粒分量、混和剤の種類、一次水量、練混ぜ時間、その他の要因を種々変化させた場合の効果を試験し、その結果から最適な分割練混ぜ条件を定める方法を提案している。

 第7章「分割練混ぜによる界面改善効果の鋼繊維補強コンクリートへの利用」では、鋼繊維補強コンクリートの場合においても、鋼繊維を一次水投入時に他材料と共にミキサーに投入し、一次練混ぜを行うことによって、製品の曲げタフネスが改善されることを明らかにしている。

 第8章「品質改善効果の大きい分割練混ぜ方法の建設工事への適用」では、以上の研究にもとづいて提案された分割練混ぜ方法を実際の建築物の建設に応用し、その効果を確認している。

 第9章「結論」では、以上を総括し、分割練混ぜ方法の効果の原因を実証的に明らかにし、使用材料や調合など種々の条件下での最適な分割練混ぜ方法を提示している。

 以上を要するに、本研究は、充填モルタルの練混ぜ実験において発見された練混ぜ水を二度に分けて投入する分割練混ぜによるモルタル、コンクリートの品質改善効果について、その原因と各種要因の影響を解明し、それによって種々の条件下における最適な分割練混ぜ方法を提示したものであって、建設工事におけるコンクリートの品質の向上に寄与し、コンクリート工学の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54144