本論文は、「亜硝酸塩系防錆剤による塩化物含有コンクリート中の鉄筋防食手法に関する研究」と題し、海砂を用いるなどによってコンクリート中に塩化物を含有した鉄筋コンクリート構造物において鉄筋腐食が進行しつつある場合、特に腐食の初期段階にある鉄筋に対して防錆剤である亜硝酸塩溶液をコンクリート表面から注入または含浸させることにより、コンクリートをはつりとることなく有効に内部の鉄筋を防錆する手法について研究したものである。 従来、海砂使用などにより鉄筋が腐食し始めた鉄筋コンクリート構造物に対する鉄筋防食補修では、鉄筋露出部やかぶりコンクリートに大きなひびわれが生じている部分については、コンクリートを除去して鉄筋をはつり出し、錆落としや防食処理を施した後断面修復する、など直接的な手法がとられる。しかし、これらの部分に隣接する腐食がより初期的段階にある部分、あるいは腐食が初期段階であってコンクリート表面にごく微細なひびわれしか生じていなかったり、未だ変状が現れていない部分などは、なんら根本的な防食処置が施されることなく表面塗装仕上のみですまされ、数年を経ない内に腐食が進行して再度大がかりな補修を必要とするような例が多い。しかし、一方でこのような部分まですべてかぶりコンクリートをはつりとるような補修は構造躯体コンクリート断面に損傷を与えることにもなり、容易に実施することができないのが実状である。 本研究は、このような微細ひび割れ部や未だ変状が表面に現れていない部分に対し、防錆剤を注入したり含浸させることにより、大規模なはつりや断面修復を必要とすることなく、塩分を含有するコンクリート中の鉄筋の防食を行い、例えば海砂を使用した鉄筋コンクリート構造物の耐久性向上を図る工法を開発しようとしたもので、次の未解決の課題を明らかにする事を中心に研究しでいる。 (1)コンクリート中の塩化物イオン量に対応する防錆剤の所要含浸量 (2)防錆剤の濃度分布が鉄筋の腐食抑制効果に及ぼす影響 (3)所要量の防錆剤を有効に浸透・含浸させる方法 論文は、10章で構成されている。 第1章「序論」は、研究の背景・目的・方法を述べている。 第2章「塩害の実態と補修の現状」は、昭和40年代から使用され始めた海砂の使用実態、未洗浄海砂使用による鉄筋腐食被害問題、鉄筋腐食被害に対する補修工法の状況などを概観した。 第3章「塩化物イオンを含むコンクリート中での鉄筋腐食と防食」は、この問題の既往の知識をまとめたもので、特にこの研究で対象としている亜硝酸塩系防錆剤の効果について言及している。 第4章「水溶液による鉄筋の腐食抑制に必要な亜硝酸イオン量の検討」では、亜硝酸塩系防錆剤の墓本的な性能を確認するため、塩化物イオン量、pHを変化させた溶液中での防錆剤の腐食抑制性能について実験し、腐食抑制に必要な亜硝酸・塩化物イオンモル比をpHの領域ごとに明らかにした。 第5章「コンクリートによる鉄筋の腐食抑制に必要な亜硝酸イオン量の検討」では、上記の水溶液中での防錆性能と同様にコンクリート中での亜硝酸塩の防錆性能を実験的に確認し、コンクリート中の塩化物イオン濃度に対応する防錆に必要な亜硝酸イオンモル比を明らかにしている。すなわち、塩化物イオン濃度をCl(kg/m3)とすると、鉄筋の腐食の進行を許容出来るレベル以下に抑制するための亜硝酸イオンの塩化物イオンに対する有効モル比Mefは、 であり、腐食を完全に抑制するためには、塩化物イオン濃度に係わらず、Mefは1.0以上が必要であるとしている。 第6章「鉄筋の腐食抑制効果に及ぼす亜硝酸イオンの偏在の影響」は、実際の補修工事において生じることが考えられる亜硝酸イオンのコンクリート中での偏在が腐食抑制効果に及ぼす影響を明らかにするため、人工的に亜硝酸イオンを偏在させた試験体の促進腐食試験を行い、マクロセル作用を生じさせない条件を明らかにしている。 第7章「亜硝酸イオンの浸透・拡散性」では、防食すべき鉄筋の近傍での所要亜硝酸イオン濃度を確保するためのイオンの浸透・拡散挙動およびイオンが鉄筋近傍からコンクリート中に拡散して鉄筋近傍での濃度低下をもたらす状況を実験的に明らかにした。特に本研究で新しく提案しているひびわれからの低圧注入工法による鉄筋近傍への亜硝酸イオンの供給およびそのコンクリート中への拡散状況を明らかにし、その有効性を確認している。 第8章「鉄筋コンクリート試験体における亜硝酸塩含浸工法の鉄筋防食効果」では、鉄筋を一定程度腐食させた小型の鉄筋コンクリート試験体を用い、以上検討した亜硝酸塩系防錆剤の注入・含侵による鉄筋防食方法と通常行われている一般的な補修工法によって処置した後、促進腐食試験を行って比較検討し、コンクリート表面からの防錆剤の低圧注入工法および含浸工法の有効性を確認した。 第9章[模擬部材試験体による亜硝酸塩系防錆剤含浸工法の鉄筋防食効果」では、実際の構造部材を模擬した大型試験体を用い、実際の構造物において見られるような、種々の段階の腐食による変状が混在する状況における防錆剤注入・含侵等の防食補修方法の有効性と必要な条件を3年間の屋外暴露試験によって確認している。これらの結果に基づき、最終的に、塩害による鉄筋腐食を生じている鉄筋コンクリート構造物に対し、その部分部分の腐食の進行程度に応じて断面修復、防錆剤注入、防錆剤含浸などの工法を組み合わせて適用する実用的かつ有効な補修戦略を提示している。 第10章「結論」は、研究を総括し、得られた成果をまとめている。 以上を要するに、本研究は、海砂使用等により鉄筋腐食が生じている鉄筋コンクリート構造物の防食補修について、亜硝酸塩系防錆剤を用いた手法を系統的・実証的に研究し、防錆剤低圧注入工法および含浸工法を中心とする実用的な補修戦略を提案して塩害鉄筋コンクリート構造物の耐久性の維持および延命のための有効な手段を提供したものであって、コンクリート工学の発展に大きく寄与するものである。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |