学位論文要旨



No 214635
著者(漢字) 伊香賀,俊治
著者(英字)
著者(カナ) イカガ,トシハル
標題(和) 建築物のライフサイクルアセスメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 214635
報告番号 乙14635
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14635号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 早稲田大学 教授 木村,建一
内容要旨

 住宅および業務ビル用の資材製造・建設・改修・運用に関わる建築関連のCO2排出量は、我が国のCO2排出総量の3分の1を占めると推計される。気候変動枠組条約京都会議で合意したCO2等の温室効果ガス排出量の削減目標を達成するためにも建築分野が果たすべき役割は大きい。

 建築物の設計の良否が、その後数十年にわたって環境に大きな影響を及ぼし続けるだけに、設計段階のライフサイクルアセスメント(LCA)が重要である。ところが、建築物は基本的に一品生産であり、もっぱら大量生産品を念頭に作られた非常に手間のかかるLCAを建築物に導入するためには、設計者が自らできる実用的なLCA手法を整備・普及させていく必要がある。建築物の設計・資材製造・流通・工事・運用・維持管理・改修・廃棄処分に至るライフサイクル各段階で、あらゆる産業から多種多様な製品・サービスが投入されているが、これらすべての産業に遡ったLCAを実用的に行うことは不可能に近い。その代替手段として、あらゆる産業間の経済取引を網羅する産業連関表を応用したLCAデータベースの研究開発がいくつかの研究機関で取り組まれてきた。しかし、それら既存のデータベースは、公表されているデータ項目や境界条件が部分的で、建築物の評価に使いやすい形にデータ処理されていないなどの問題があった。

 このような背景から本研究では、建築物のライフサイクルアセスメントを実施するために必要な環境負荷データベースと、設計段階における評価を主眼とし、設計者自らが実行できる実用的な手法を開発することを研究目的とした。

 なお、本論文に示す筆者の研究成果のうち、CO2排出量に関するデータベースと評価手法については、既に、建設大臣官房官庁営繕部のグリーン庁舎計画指針を補う運用ツールに位置付けられ、国の官庁施設だけではなく、広く地方公共団体や民間の建築物を設計する際の地球温暖化防止対策の検討に活用されている。また、CO2以外の各種環境負荷まで拡張し、各種用途の建築物のライフサイクルアセスメント(LCA)手法については、日本建築学会のLCA指針案に位置付けられ、磁気ディスク付きの出版物として、データベースとソフトウエアを公開し、社会還元を行っている。

 本論文の各章の構成と内容は以下の通りである。

 第1章では、序論として建築物のライフサイクルアセスメントに関する研究の必要性と既往の研究、本研究の目的を述べた。

 第2章では、産業連関表を利用した各種境界条件別の環境負荷原単位を提案した。我が国の経済活動を網羅した産業連関表を応用し、建築資材・機器製造産業やサービス産業など約500項目について、エネルギー消費、CO2,SOX、NOX排出原単位を、国内分/海外分、消費支出分/固定資本形成分、生産段階分/流通段階分/最終消費段階分などのさまざまな境界条件別に分析し、データベース化した。

 第3章では、建築工事の建物用途別・構造別環境負荷原単位を提案した。建設部門分析用産業連関表を利用して、27細目の建物用途別・構造別環境負荷原単位を排出起原別内訳付きで算出した。これにより資機材製造および流通段階までの環境負荷を1とした時の、それ以外の環境負荷の割合を係数化し、工事現場段階における環境負荷を簡易的に計上する方法を示した。

 第4章では、建築設備の建物用途別・規模別環境負荷原単位を提案した。設備の詳細仕様が決まっていない設計初期段階に、実用的なLCAを実施するために、工事実績統計及び産業連関表等の各種統計データを利用して、店舗、学校、病院、ホテル、集合住宅などの電気・空調・衛生・昇降機設備のライフサイクル環境負荷原単位を整備した。

 第5章では、ISO14040規格を踏まえ、設計段階用の簡易LCA手法を提案した。

 設計段階に設計者自らが、建物のライフサイクル全体を視野に入れた環境配慮設計の代替案を検討する際のLCA手法を提案したもので、構工法、設備システムなどの部分は大胆に簡略化している。事務所、店舗、ホテル、学校、病院等の地球温暖化、オゾン層破壊、酸性化、健康障害、エネルギー資源枯渇等の環境影響と共に経済性も検討できる。

 第6章では、以上の研究成果に基づき、建築物の環境負荷削減対策を評価した。モデル事務所の検討例では、省エネルギー、長寿命化、エコマテリアル、適正処理により、標準的な設計に比べ、同等な室内環境の快適性を損なうことなく、LCCO2を30%削減し得ることを、オゾン層破壊、酸性化、健康障害、エネルギー資源枯渇の削減量と共に示した。さらに、筆者が環境設備設計を担当した自然エネルギーを複合利用した研究所と自然換気システムを有する超高層大学校舎の環境負荷削減対策についても評価した。

 第7章では、我が国の建築分野全体としての環境負荷削減対策を評価した。人口推計、欧米水準並みまで増大するとした国民1人当たりの建築延床面積、建物の寿命実態、毎年度の着工床面積、改修工事周期、建物運用時CO2原単位、産業連関分析に基づく建設時CO2原単位等により、建築関連CO2排出量を2050年度まで予測した。現状のままでは2010年度のCO2排出量は1990年度に比べて16%増大するとの推計結果を得、京都議定書の温室効果ガス削減目標、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が提唱するCO2長期削減目標を達成するための各種の対策シナリオを示した。

 第8章では、各章の結論を総括し、今後の課題を示した。

審査要旨

 本論文は、建築物のライフサイクル各段階における環境負荷を設計段階に予測するためのデータベースと評価手法を開発・提案し、その有効性を確認したものである。

 建築物には、設計から資材製造、流通、工事、運用、維持管理、改修、廃棄処分に至る建築物のライフサイクル各段階において、あらゆる産業から多種多様な製品とサービスが投入されるため、これらすべての産業に遡ったライフサイクルアセスメントを行うことが困難であった。一方、我が国のCO2排出量の3分の1が建築関連のものであり、気候変動枠組条約京都会議で合意したCO2等の温室効果ガス排出量の削減目標を達成する上で、建築分野が果すべき責任は重く、建築物の環境負荷を的確に予測する手法の実用化が求められてきた。

 このような背景から本論文は、以下に示す通り、前半の第2章から第4章において、環境負荷データベースを提案し、後半の第5章から第7章において、評価手法の提案と有効性の確認を行っている。

 第1章では、序論として研究の背景、既往の研究、研究の目的を述べている。

 第2章では、産業連関表を利用した各種境界別の環境負荷原単位を提案している。我が国の経済活動を網羅した産業連関表等に基づき、建築資材製造産業やサービス産業など約500項目について、エネルギー消費、CO2、SOX、NOX排出原単位を、国内分/海外分、消費支出分/固定資本形成分、生産段階分/流通段階分/最終消費段階分などの各種境界別に分析したデータベースを提案している。

 第3章では、建築工事の建物用途別・構造別環境負荷原単位を提案している。建設部門分析用産業連関表に基づき、27細目の建物用途別・構造別環境負荷原単位を排出起原別内訳付きで算出し、資材製造および流通段階までの環境負荷を1とした時の、それ以外の環境負荷の割合を係数化し、工事現場段階における環境負荷を簡易に計上する方法を示している。

 第4章では、設備工事の建物用途別・規模別環境負荷原単位を提案している。設備の仕様が決まっていない設計初期段階に実用的な評価を行うため、工事実績統計及び産業連関表等の各種統計データを利用して、店舗、学校、病院、ホテル、集合住宅などの電気・空調・衛生・昇降機設備のライフサイクル環境負荷原単位をデータベース化している。

 第5章では、建築物のライフサイクル全体を視野に入れた設計代替案を設計者自身が検討できる評価手法を、IS014040規格を踏まえて提案している。事務所、店舗、ホテル、学校、病院等の建築設計案に対して、地球温暖化、オゾン層破壊、酸性化、健康障害、エネルギー資源枯渇等の環境影響と共に経済性が検討できるものとなっている。

 第6章では、第5章で提案した評価手法を3種類の建築物に適用し、その有効性を確認している。事務所ビルの評価では、省エネルギー化、長寿命化、エコマテリアル採用、適正処理により、標準的な設計に比べ、室内環境の快適性を損なうことなく、地球温暖化の原因物質を30%軽減し得ることを、オゾン層破壊、酸性化、健康障害、エネルギー資源枯渇の軽減量と共に示している。さらに、著者が環境設備設計を担当し、運用実績を分析した自然エネルギー複合利用型の研究所と自然換気システムを有する超高層大学校舎を対象として環境負荷削減対策の評価を行い、評価手法の有効性を確認している。

 第7章では、我が国の建築分野全体としての環境負荷削減対策を評価している。将来推計人口、欧米水準まで増大するとした国民1人当たりの建築延床面積、建物の寿命実態、毎年度の着工床面積、改修工事周期等により、建築関連のCO2排出量を2050年度まで予測している。現状のままでは2010年度のCO2排出量は1990年度に比べて16%増大するとの推計結果を示し、京都議定書の温室効果ガス削減目標、気候変動に関する政府間パネルが提唱するCO2長期削減目標を達成するための各種の対策シナリオを示している。

 第8章では、各章の結論を総括し、今後の課題を示している。

 以上を要約するに、本論文は、建築物のライフサイクル各段階の環境負荷を予測するために、産業連関表と各種の工事実績統計に基づく環境負荷データベースを開発すると共に、地球温暖化、オゾン層破壊、酸性化、健康障害、エネルギー資源枯渇等の環境影響を評価する手法を提案したものである。本論文は、建築物の環境負荷評価において新たな分野を開拓するとともに、重要かつ有益な知見を数多く示しており、建築分野における環境負荷削減対策の推進および建築環境工学の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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