学位論文要旨



No 214636
著者(漢字) 大場,亨
著者(英字)
著者(カナ) オオバ,トオル
標題(和) 都市計画業務及び都市解析に地理情報システム(GIS)を応用する際に問題となるエラーへの対処方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214636
報告番号 乙14636
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14636号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 1.本研究の目的

 地図データ化した建築確認申請や家屋課税台帳を地方公共団体が公開しない一方で、多くの地図データが販売されるようになった。多くの種類の地理情報を取得、保存、管理、加工、解析、表示することができる地理情報システム(GIS)と市販の地図データを用いて、様々な事実が明らかにされつつある。

 しかし幾つかの問題が発生している。その一つは、建築基準法上の建築面積や延べ面積との差異の程度が明らかにされないまま、市販の地図データ上での図上計測によってこれらが推定され、他の主題の地図データと合わせて分析が行われていることである。また一つは、別個に作成された複数の地図データをオーバーレイした際に生じる重複片ポリゴン(スリバーポリゴン)の問題である。本来一致すべきラインデータが複数の地図データ間でずれているとき、現実には存在しない情報の組み合わせを有する重複片ポリゴンが発生する。

 そこで次の事項を明らかにすることを本稿の目的とする。

 (1)地方公共団体が作成した図形データが有する位置の差の分布と程度

 (2)オーバーレイ操作の際に指定するしきい距離の最適値

 (3)オーバーレイ結果における重複片ポリゴンと非重複片ポリゴンとを判別する方法

 (4)多くのレイヤーをオーバーレイして得た結果に、図形データが有する位置の差が及ぼす影響の程度の検討

2.1つのレイヤーの図形データの精度に関する考察

 第2章では、縮尺1:2500の都市計画図から市川市が作成した建築物ポリゴンデータいう1つのレイヤーの線データの位置について考察した。図上計測による建築面積Diと建築基準法上の建築面積Aiとの差及び比から建築面積差Riと建築面積商qi、建物線差liを算出した。建築物を図化する際の全体的な傾向を除去するため、自然対数変換した建築面積商logeqiを従属変数とする繰り返し測度の分散分析では、各用途地域群のlogeqiの平均値からlogeqiの全平均を減じた各用途地域群の主効果を、建物線差liを外的基準とする数量化I類分析では基準化カテゴリー数量を、ポリゴン周長piを共変量とし建物線差liを従属変数とする一元配置共分散分析では、回帰係数によって調整された建物線差の平均値adj.lの主効果を、それぞれ算出して考察した。

 これらの分析から、用途地域高度地区・建築物主要用途・構造・ポリゴン周長による軒先の長さの大小、建築物の概形化に起因する図上計測による建築面積Diと建築基準法上の建築面積Aiとの差、総描に起因するそれらの差、デジタイズの際に発生するそれらの差の図郭毎の偏りは確かに存在するように思われた。しかし数量化I類分析において重相関係数はあまり大きくはなく、本稿で採用したアイテムによっては説明されない誤差が建物線差liの多くの部分を占めていると考えられた。また多くの建築物主要用途で建物線差liの度数分布が正規分布に近似されたことから、多くの図郭で図上計測した結果を一つにして分析対象とする場合であって、少なくとも建築物主要用途別に層別するのであれば、各群の建物線差liの度数分布にランダム性と正規性を仮定しても、分析上の問題はほとんどないと思われた。

 ポリゴンデータを形成するラインデータの位置から建築基準法上の建築面積の算定根拠となる線が存在する位置までの距離の信頼区間をエプシロン帯と考えた。エプシロン距離を決定するために、2つの方法を示した。その1つは、建築物主要用途毎に得られた建物線差liの平均値と分散s2から、正規分布を仮定した建物線差liの信頼区間を算出することでエプシロン距離を決定する方法である。もう1つは、一元配置共分散分析の結果に基づいて、建築物主要用途、普通堅牢建物区分、ポリゴン周長piによって各建築物毎に、建物線差liの信頼区間を算出することでエプシロン距離を決定する方法である。エプシロン帯を用いて建築面積や建ぺい率、建物間の空隙について考察することが可能となることを示した。あわせて建築物ポリゴンデータから図上計測した建築面積と建築確認申請ポイントデータ由来の建築基準法上の建築面積との差から、建築確認申請ポイントデータの位置エラーを検出する方法を考察した。

3.2つのレイヤーの図形データが有する相対的な差とオーバーレイ時の重複片ポリゴンの判別方法

 第3章では2つのレイヤー間の位置エラーに起因する重複片ポリゴン問題について検討した。座標一致作業前のレイヤーに対するオーバーレイの結果がより高い信頼性を有するようにするため、エプシロンモデルではない二つの方法を本稿は検討した。

 第一の方法として、オーバーレイ結果における面積感受性指標Sにしきい距離の大きさが与える影響を検討した。ここでは重複片ポリゴンの面積としきい距離による非生成ポリゴンの面積の和を面積感受性指標Sとした。面積感受性指標Sの予想最小値が図郭全体の面積に占める割合は0.5パーセントであり、この程度の誤差を許容できるときには、しきい距離を設定する方法は有益である。しかししきい距離を大きくするにつれて重複片ポリゴンの面積が減少する一方でしきい距離による非生成ポリゴンの面積が増加するため、面積感受性指標Sが0になることはない。つまり完全に信頼を置くことができる結果をこの方法のみによって得ることはできない。

 第二の方法として、しきい距離を最小に設定して座標一致作業前のレイヤーをオーバーレイし、生成されたポリゴンを重複片ポリゴンと非重複片ポリゴンとに判別する方法を検討した。しきい距離を最小に設定するため、この第二の方法ではしきい距離による非生成ポリゴンは生じない。第二の方法では、誤判別となったポリゴンの面積の和を面積感受性指標Sとした。面積感受性指標Sが図郭全体の面積に占める割合は、線形判別分析では0.8パーセントであり、ロジスティック回帰分析では0.6パーセントであった。いずれも第一の方法による面積感受性指標Sの予想最小値が図郭全体の面積に占める割合である0.5パーセントと大差はない。この程度の誤差を許容できるときには、この第二の方法も有益である。第3章では、第二の方法を応用した座標一致作業の手法についても言及した。

4.多くのレイヤーを用いての都市解析におけるエラー伝播の分析

 第4章では、第2章において作成した建築確認申請ポイントデータに、建築計画概要書から調査した各建築物の敷地面積や延べ面積などの属性を追加した。建築基準法上の建築面積と地上階数の積Aifiから建築基準法上の延べ面積Tiを予測する式と、図上計測による建築面積Diと地上階数fiから建築基準法上の延べ面積Tiを予測する式を導いた。さらに建築確認申請ポイントデータに用途地域高度地区ポリゴンデータをオーバーレイし、各建築物の位置の都市計画決定による容積率最高限度Miの属性を取得した。建築基準法上の延べ面積の予測値Tiと都市計画決定による容積率最高限度Miから建築基準法上の延べ面積による容積率充足率の予測値OTiを算出した。

 第3章の手法により用途地域高度地区ポリゴンデータとの座標一致作業を施した土地区画整理事業施行区域ポリゴンデータを建築確認申請ポイントデータにオーバーレイしたり、各建築物から最寄り幹線道路や鉄道駅までの直線距離を算出したりして、これらが各建築物の容積率充足率に与える影響を数量化I類分析により検討した。あわせて図上計測から予測した建築基準法上の延べ面積による容積率充足率の予測値の観測値に対する残差(OTi-OTi)の平均値を0であるとみなして、その分散s2が数量化I類分析の結果に及ぼす影響について考察した。

 このほか多くの都市計画上の知見を得ることができた。

 次の事項については制度上期待されるとおりであった。すなわち第1種住居専用地域内の住宅または共同住宅の容積率充足率はその他の住居系用途地域内のそれよりも大きいこと、住居地域内では第1種高度地区内よりも第2種高度地区内の方が住宅または共同住宅の容積率充足率が大きいこと、商業施設の近隣商業地域高度地区なし、商業地域高度地区なしカテゴリーの基準化カテゴリー数量が正の値を示したことなどである。

 一方問題点として次の事項が明らかになった。都市計画決定による容積率最高限度よりも容積率最高限度が逓減されるにもかかわらず、指定基準を超える幅員の位置指定道路の築造はあまり行われていないと考えられた。逓減分岐幅員未満である道路を前面道路とすることができる用途地域内では、前面道路が逓減分岐幅員以上であるために逓減率が0である建築物と、前面道路の幅員が狭いために逓減率が大きい建築物とに二極化していた。高容積の建築物の立地を期待して都市計画決定されている路線式用途地域は、現実には容積率充足率を小さくするように影響していると考えられた。制度上では高度地区による北側斜線制限や道路斜線制限との関係から敷地面積が広いものほど大きい容積率充足率を実現することができるが、現実には住宅では敷地面積が広いものほど基準化カテゴリー数量が減少していた。

審査要旨

 本論文は、地理情報システム(GIS)を利用して都市解析を行なうときに生じる各種のエラーに対して、いかに対処するかという方法を研究した論文である。

 第1章は、本論文の研究目的の位置付けが既存論文を基になされている。第2章では、市川市の縮尺1:2500の都市計画図から作成された建築物ポリゴンデータが分析対象として取り上げられている。まず、建築物ポリゴンデータにより図上計測した建築面積と、建築計画概要書から調査した建築基準法上の建築面積面積とを比較し、前者から後者を推定する式が導出されている。次に、建築物ポリゴンデータの境界線データと建築基準法上の建築面積の算定根拠となる線との距離を推定し、両者の線の差に関して数量化I類分析や一元配置共分散分析を行い、用途地域高度地区・建築物主要用途・構造・ポリゴン周長による軒先の長さの大小、建築物の概形化に起因する図上計測による建築面積と建築基準法上の建築面積との差、総描に起因するそれらの差、デジタイズの際に発生するそれらの差の図郭毎の偏りが実証的に示されている。その結果から、多くの建築物主要用途で両者の線の差の度数分布が正規分布で近似することができること、数量化I類分析の残差の大きさから、多くの図郭で図上計測した結果一つにして分析対象とする場合であって、かつ少なくとも建築物主要用途別に層別するのであれば、各群の両者の線の差の度数分布にランダム性と正規性を仮定しても分析上の問題はほとんど生じないということが示されている。さらにこの正規性を利用して、建築基準法上の建築面積の算定根拠となる線の存在する範囲を建築物ポリゴンデータの境界線データの位置から定める方法が示され、これにより建築面積や建ぺい率、建物間の空隙について推測することが可能となることが示されている。

 第3章では、市川市の用途地域レイヤーと住居表示街区レイヤーという2つのレイヤー間の位置エラーに起因する重複片ポリゴンが分析対象として取り上げられている。まず、オーバーレイ結果における重複片ポリゴンの面積としきい距離による非生成ポリゴンの面積の和が、オーバーレイ時に指定するしきい距離と2次の関係にあることが示されている。この面積の和の予想最小値が図郭全体の面積に占める割合は0.5パーセントであり、この程度の誤差を許容できるときには、しきい距離を設定する方法は有益であることが示されている。

 次に、しきい距離を最小に設定して座標一致作業前のレイヤーをオーバーレイし、生成されたポリゴンを重複片ポリゴンと非重複片ポリゴンとに判別する方法が示されている。この方法では、誤判別となったポリゴンの面積が図郭全体の面積に占める割合は、線形判別分析では0.8パーセントであり、ロジスティック回帰分析では0.6パーセントであることが示されている。この程度の誤差を許容できるときには、この方法でも有益であることが示されている。

 第4章では、多くのレイヤーとGISを用いて分析した結果に対して、元データに内包されていた誤差が与える影響の度合いが分析されている。

 まず図上計測による建築面積と地上階数との積を延べ面積と仮定すると、特に共同住宅や併用共同住宅の堅牢建物で、建築基準法上の延べ面積よりも過大に仮定することになることが示されている。その上で回帰分析により図上計測による建築面積と地上階数から建築基準法上の延べ面積を予測する式が導出されている。この延べ面積の予測値から算出した容積率充足率の予測値と、実際の建築基準法上の延べ面積から算出した容積率充足率の観測値との残差の分散が示されている。

 さらに容積率充足率の予測値または観測値を外的基準として、用途地域、高度地区、路線式用途地域、敷地面積、前面道路の種別及び幅員、最寄りの鉄道駅への距離、最寄りの幹線道路への距離が容積率充足率に与える影響が数量化I類分析により実証的に分析されている。容積率充足率の予測値を外的基準とした場合と観測地を外的基準にした場合との分析結果の差に、先の回帰式による容積充足率の予測値残差の分散がもたらす影響が明らかにされ、予測値を外的基準としたときの分析結果の解釈で留意すべき点が述べられている。

 また都市計画上の知見として、第1種住居専用地域内の住宅または共同住宅の容積率充足率はその他の住居系用途地域内のそれよりも大きいこと、住居地域内では第1種高度地区内よりも第2種高度地区内の方が住宅または共同住宅の容積率充足率が大きいこと、容積率充足率を小さくするように路線式用途地域は影響していること、住宅では敷地面積が広いものほど容積率充足率が小さいことなどが明らかにされている。

 以上のように、本論文は、都市計画上のGISによる都市解析の問題を解明した先駆的な研究であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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