学位論文要旨



No 214639
著者(漢字) 橋本,州史
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,クニフミ
標題(和) 船体構造の設計荷重設定技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 214639
報告番号 乙14639
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14639号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 助教授 吉成,仁志
内容要旨

 船体構造設計における強度評価は,波浪中での構造応答を正しく把握することが基本になる。このための入力条件となる設計荷重について,比較計算用の扱いを脱して合理的な設定を行うために,耐航性研究の成果の織り込みが成されてきているが,波浪荷重推定の構造設計法における位置付けが必ずしも明確でなかったため,設計手法としては多くの課題を残している。

 船体構造強度評価技術は,主として梁理論による経験的許容応力設計手法から,構造の疲労破壊・脆性破壊・座屈・崩壊等の破壊現象を正しく捉え限界状態を定量的に評価する手法へと進みつつあり,設計段階での大規模構造解析も一般化して来ている。構造設計としては,このような状況のもとで,伝統的強度評価手法から脱して,「荷重設定-構造応答解析-強度評価」の連携による合理的手法を創出できる環境を迎えつつあり,設計荷重の精度を向上させ,その位置付けを明確にすることが特に大きな課題となっている。

 本論文では、船体構造の強度評価精密化のために実施した設計荷重設定技術に関する研究を下記内容について纒めた。

(1)設計荷重の設定および高精度化

 船体構造設計は,実績に基づく強度確保から明確な仕様化(どの程度の強度確保がなされるか。疲労寿命をどのレベルに設定するか等)へ移りつつある。この中において,波浪荷重推定精度は構造応答推定・強度評価の精度にダイレクトに影響するものであるため,高精度化の試みが継続的に行われているが,各々の荷重要素の推定精度向上のみでなく,構造応答評価の入力条件としての設計荷重の精度向上が重要である。

 本論文においては,構造強度評価における設計荷重設定の重要性と課題,設計荷重設定高精度化の位置付けを纏めた。さらに,現在広く用いられているストリップ法での波浪荷重推定精度が低下する超浅喫水幅広船に対して,3次元影響補正法を提案し、水槽試験による検証を経て実用手法とした。

(2)複合荷重評価

 船体構造に作用する変動荷重の最も大きな特徴は,複数の動的荷重が位相差を持って作用する点にある。このことは,波浪荷重推定計算の開発および設計適用が進んだ1970年代以来,構造設計分野における荷重評価の最重要課題であり,汎用手法の開発が強く望まれていた。本論文では,このような複合荷重を精度良く評価するための手法として,全船一体荷重応力解析法(EILAM:Entire-ship Integrated Load-stress Analysis Method)と,これを実用的に簡略化した手法である離散化解析法(DISAM:DIScrete Analysis Method)を提案し,手法の精度を確認した上で実用化への道を開いた。このうち,離散化解析法は波浪中の船体運動や各波浪荷重の推定計算を船体構造解析と組み合わせて,各構造応答を応答関数として取り扱うものである。このため,波浪中の船体構造各部の統計解析を含む構造応答推定を波浪荷重推定計算と連結して行うことが可能である。この結果,構造応答の長期頻度分布や最大応答値等を精度良く求めて疲労強度解析等の強度評価へ繋げることが容易となった。

 離散化解析法は,次のように一般化することができ,離散化荷重変換係数を介して,波浪荷重と構造応答が連結する。

 

 本論文では,63,000DWTのばら積み船を対象とした全船一体荷重応力解析により複合荷重に対する構造応答の詳細を確認し,この結果を用いて離散化解析法(DISAM)の開発を行った。DISAMは,あらゆる構造要素への適用が可能である。ここでは,その適用例として,VLCCの大骨構造とサイドロンジに対する解析結果を纏め,構造設計における考察を示した。

(3)構造設計における複合荷重簡易設定法

 複合荷重評価を船体構造設計全般,特に構造計画へ広く適用してゆくためには,複合荷重解析法自体の開発および精度向上と並行して,本質的な要素をパラメータとした設計式(簡易式)を作成し,設計段階での多くのケーススタディのために提供することが求められる。

 本論文では,VLCCのサイドロンジおよびD/H VLCC大骨構造を対象として,離散化解析(DISAM)を直接行わなくても,これに準ずる精度で複合荷重による構造応答推定が出来る簡易設計式を開発し,代表的な船体構造部材では充分な推定精度を持つことを示した。簡易設計式は,数種の代表荷重に対する構造応答を各代表荷重間の相関係数を用いて重ねあわせるものであり,計算ケース数を大幅に絞ることができる特徴を持つ。さらに,その応答推定値は詳細解析によって得られたワイプル形状係数を用いて疲労強度解析へ連結できる。サイドロンジに対する簡易設計式のフローを離散化解析法と対比して,図1に示す。

図1 複合荷重による構造応答推定のための簡易設計式サイドロンジに対するもの;説明本文参照
(4)構造設計における衝撃荷重設定法

 衝撃荷重は変動荷重とは異なる性状を持ち,船体構造設計荷重設定のためには,ばらつきの大きな荷重の評価手法や構造応答を含めた強度判定等において衝撃荷重に特有な取り扱いが必要になる。本論文では,船体構造へ作用する代表的衝撃荷重として,大フレアー船の船首部衝撃荷重と倉内液体貨物のスロッシング荷重に対する設計荷重設定法を開発した。

 まず,大フレアー船の船首衝撃荷重については,海面を長波長波+短波長波の重畳波で近似して衝撃水圧の発生機構および構造応答をモデル化し,波浪中船体運動推定計算と連結できる手法を提案した。次に,スロッシング荷重については,蓄積された信頼性の高い既存の実験データを用いて荷重の性質についての考察を行った上で,これらの実験データと波浪中船体運動推定計算を重ねあわせて設計荷重推定を行う手法を提案し,適用例を示した。

審査要旨

 船体構造設計における強度評価は、波浪中での船体構造応答を正しく評価することが基本であり、このためには設計荷重の設定を合理的に行うことが必要である。船舶の耐航性研究の進歩に伴い、個々の波浪荷重の推定精度は着実に向上してきたが、これら波浪荷重推定の構造設計における位置付けは必ずしも明確でなく、設計手法として多くの課題が残されていた。すなわち、船体構造の設計荷重は比較強度計算のために対象構造部材別に設定され、波浪荷重研究の成果が十分に活用されず、経験と実績に基づく荷重設定が重用されてきた。一方、経験と実績に乏しい新形式船の構造設計においては、就中、波浪荷重推定手法の成果を構造応答解析および構造強度評価に直接結びつけることにより、強度評価の精密化を図ることが要請されている。

 本論文はこのような工学的背景から、船体構造強度評価の精密化のための設計荷重設定技術に関する研究をまとめたもので、本文は5章から構成されている。

 第1章「序章」では、本論文の目的とその背景となる船体構造設計における設計荷重設定の位置付けを述べ、本論文を特徴付ける次の視点を明確にした。

 (1)構造応答形態に配慮した設計荷重の設定

 (2)設計荷重設定技術の構造設計における主要技術としての体系化

 (3)実海面での波浪中挙動推定の精度向上と就航実績による検証

 第2章「設計荷重の設定および高精度化」では、設計荷重の現状を明らかにするとともに、設計荷重の高精度化のための課題をまとめている。とくに、設計荷重は各々の強度評価項目に対して要求される精度も大きく異なることもあり、強度評価項目を正しく反映したものであるべきことを示している。また、設計荷重の高精度化には各々の荷重要素の推定精度向上のみならず、構造応答推定の入力条件の精度向上が重要であることを示した。さらに、現在のストリップ法による荷重推定の精度確保が困難な、超浅喫水幅広船の縦波浪荷重推定を改善するため、三次元影響補正係数を導入した改良計算法を提案し、その有効であることを示した。

 第3章「複合荷重評価」は、波浪中における船体構造各部の応答推定において最大の課題であった、複数荷重の重畳(以下、複合荷重と略称する)の取り扱いについて論じたものである。複合荷重を精度良く評価する手法として、船体運動および波浪荷重の計算によって得られた波浪変動圧および加速度による慣性力を全船有限要素解析モデルの接点加重の同時刻分布として負荷し解析する全船一体荷重応力解析法(以下、EILAM法と略称)と、これを実用的に簡略化した離散化解析法(以下、DISAM法と略称)を提案し、これらの手法の精度を確認するとともに、その実用性の検証を行っている。

 EILAM法は複合荷重による構造応答の詳細を調べるのに有効であるが、解析に膨大な時間を要するという難点がある。これを克服するため提案されたのがDISAM法である。この方法では、想定荷重を多数の単位荷重の組み合わせに分離し、荷重の同時刻分布をこれらの単位荷重の線形重ね合わせで表現し構造応答を求める手法である。この方法によれば、EILAM法に比較し、計算ケースを約2桁減ずることが可能である。DISAM法を適用した例として、大型タンカーの大骨構造およびサイドロンジの構造応答解析を紹介し、その有効性を示した。

 第4章「構造設計における複合荷重簡易設定法」は、前章で述べたDISAM法による離散化解析をさらに簡易化する手法を展開している。簡易設定法は、いくつかの代表荷重に対する応答を各代表荷重間の相関係数を用いて重ね合わせる手法であり、これにより、さらに計算ケースを大幅に減らすことができる。具体的な検証例として、前章で取り上げた大型タンカーの大骨構造とサイドロンジの構造応答の解析結果を、DISAM法による離散化解析結果と比較検討し、その実用的な有効性を示した。

 第5章「構造設計における衝撃荷重設定法」は、前章までの検討対象であった変動荷重とは異なるアプローチが必要な衝撃荷重の設計荷重設定法について述べている。具体的には、大きな船首フレアーを有する船体外面に加わる船首部衝撃荷重と液体貨物運搬船のタンク内面に加わるスロッシング衝撃圧に関する設計荷重設定法をまとめている。衝撃荷重は類似の海象条件、航行条件等であっても、船体に作用する荷重の大きさがばらつくという特徴があり、設計荷重値の設定が難しい分野である。

 本論文では、船首部衝撃荷重は、海面を長波長波と短波長波の重畳波で近似し、衝撃水圧の発生機構と構造応答をモデル化と波浪中船体運動の推定計算値を結びつけて荷重推定を行う方法を提案している。また、スロッシング荷重については、蓄積された信頼性の高い実験データと波浪中船体運動の推定結果をあわせて荷重推定を行う方法を提案した。両方法とも、実際の船体構造設計に適用され、その有効性が検証されつつある。

 第6章は「総括」で、船体構造設計者としての本論文提出者が、波浪荷重推定・構造解析および構造強度評価の両分野に長年関与してきた経験から、耐航性研究分野と構造強度研究および構造設計分野を結びつける強度評価精密化を目標として行ってきた前章までの研究内容をまとめている。

 現在、船体構造設計は従来の実績ベースの強度確保から、どの程度の強度確保がなされるか疲労寿命をどのレベルに設定するかなどの明確な仕様化が強く求められる段階に移行しつつある。また、わが国の造船界には構造設計技術に一層のブレークスルーが期待されている現在、海洋波浪環境における船体構造応答を正しく把握することが不可欠である。本論文12波浪中の船体構造応答を精度良く推定し、構造強度判定に供しやすい形で設計荷重設定法を提案したものである。その一部はすでに、標準的な波浪荷重・構造応答解析法として多くの検討例が蓄積されつつあり、この分野の学術の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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