学位論文要旨



No 214640
著者(漢字) 中島,伸治
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,シンジ
標題(和) 二次元静止翼から発生する離散周波数騒音の研究
標題(洋)
報告番号 214640
報告番号 乙14640
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14640号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨

 乱れの小さな層流ジェットの中に設置した静止翼(NACA0012翼)は、ある条件下で狭い周波数帯域に卓越した騒音レベルを持つ離散周波数騒音を発生する.この騒音の卓越周波数はジェットの平均風速に対して0.8乗に比例して増加するが、ある風速になると周波数がジャンプし、階段状に変化することが知られている.従来の研究によれば、翼面上での不安定な境界層と翼後縁で発生した音波のフィードバックループの形成が、その発生機構と考えられているが、じょう乱の発達位置や音場から受ける初期じょう乱の影響など不明な点が多く、これを理論と実験の両面から明らかにした研究は無いようである.離散周波数騒音は騒音レベルが非常に大きく、また流体騒音の代表的な問題でもあるため、この発生原因を明らかにすることは工業上・学術上の観点から重要である.

 図1に著者が提案する発生モデルを示す.負圧面側の不安定な境界層全体に音波による撹乱が影響する点や従来の研究では考慮されていなかった後流中の不安定な流れの影響を含む点が従来の研究と異なる.このモデルに基づき以下の(1)〜(5)を検討した.

図1 離散周波数騒音の発生現象モデルのブロック線図

 (1)主流速度10〜20m/sの範囲で、吹き出し速度15m/sのときの乱れ度0.2%、暗騒音41dBの無響風洞を開発した.主流の乱れ度や吹き出した気流による騒音は小さく、熱線プローブを用いて音波の粒子速度や不安定波によるじょう乱の計測が可能である.これにより、本論の実験装置により発生する離散周波数騒音の特性を計測した.その結果、図2に示すように、1次の卓越周波数が連続的に変化する場合、周波数は主流速度の0.8〜0.95乗に比例し、主流速度や迎え角の変化によって不連続的に周波数がジャンプする現象が捉えられ、従来の研究と類似する結果を得た.

図2 卓越周波数成分と主流速度の関係(実験結果)

 (2)翼面上の不安定境界層の存在を確認するため、騒音発生時に、翼に向けて外部スピーカから騒音を放射した.翼面上の境界層に入力した音波の粒子速度よりも大きなじょう乱が計測され、じょう乱の大きさは後縁部に向かって増加する傾向を持ち、負圧面側の方が圧力面側と比較してじょう乱は大きくなった.この結果から翼面上の不安定な境界層を確認し、その成長率を求めた.

 (3)離散周波数騒音発生時に、翼面上のじょう乱の強度分布と翼から発生する基準音波に対するじょう乱の位相分布を実験的に解明するデータ処理法についで述べると共に、これを用いて境界層中のじょう乱の発生状況を明らかにした.この結果、負圧面側での乱れ度は、翼前縁から69%位置から増加し、翼後縁へ向かって増加する.また、その位相分布から乱れ度は主流方向に向かって移流する.圧力面側でも乱れ度は翼後方へ向かって増大するが、位相分布から上流側へ向かって乱れが移流することが判明した.さらに、計測されたじょう乱の位相と大きさを用いて、時刻歴に発達するじょう乱を再現した結果、負圧面上に乱れの領域が2波長存在することが明らかとなり、乱れの生成と移流を把握することができた.圧力面側では、翼前縁へ向かう疑似音波が再現できた.

 (4)フィードバックループの存在を確認するために、本章では、翼負圧面側の卓越周波数成分に対し、位相遅れを持たせて翼後縁部を加振し、離散周波数騒音の変化を調べた.じょう乱が与える後縁部の圧力変動に対して、逆位相で翼後縁部を加振したとき騒音は低減し、後縁よりも上流にある境界層中の速度変動自体も約1/2となった.これにより、離散周波数騒音が疑似音波と翼面上の境界層不安定によって形成されるフィードバックループによることを実験的に示した.

 (5)音波が境界層を強制加振する不安定問題の定式化および著者によって開発された一般的な差分解法、実験から得られた移流速度を仮定し、計算されたじょう乱の分布を用いて、後縁から放射される音の大きさを算出する方法、離散周波数騒音の伝達関数を求める方法を示した.これらの解法により、一般の圧縮性を持つ流れの空間発展型の不安定性を非同次方程式として解くことを可能とし、音波による不安定波の励起、後流中での不安定波の励起、後縁を加振した際の騒音低減効果を計算可能とした.

 解析により、以下のことが分かった.音波によって励起される境界層中のじょう乱は、負圧面側では音波による粒子速度よりも大きく成長し、その大きさや分布は実験結果と定量的にほぼ一致する.音波に対する位相遅れについても定量的に実験と良く一致する.翼面上のじょう乱の大きさを主流速度の0.1倍以下として、フィードバックループの伝達関数を調べた結果、卓越した周波数成分を持つ伝達関数を得ることが分かった.また、図3に示すように、主流速度の影響を境界層排除厚さの変化として卓越周波数成分の変化を調べた結果、ピーク周波数の全体は主流速度の1.5乗に比例するが、限られた流速範囲では1.2乗に比例し、そのズレが大きい領域で、周波数の移動が発生することを解析から得た.

図3 主流速度と卓越周波数成分の関係(解析結果)

 本論で行った解析では、後流の速度変動量や主流に対する卓越周波数の依存性など実験と一致しないものもあるが、提案したモデルにより、実験と解析から得られた離散周波数騒音の特徴の多くを説明でき、その現象が従来言われていた翼面上の境界層不安定と音場の干渉だけでなく、翼面から流出する渦によって後流中の不安定波が励起され、その騒音発生に大きく寄与していることが推察できた.

審査要旨

 工学修士 中島伸治 提出の論文は「二次元静止翼から発生する離散周波数騒音の研究」と題し、8章より成っている。

 流体機械の羽根車から空気力学的に発生する騒音にはいくつかの種類があるが、本論文が対象とする騒音は、乱れの少ない流れの中に置かれた翼からある条件下で狭い周波数帯に放射される離散周波数騒音である。この騒音は広帯域騒音よりも大きくなることがあり、発電用風車や家庭用ファンなどにおいて重要であるが、これまでその発生機構について明確な説明が得られていなかった。

 本論文で著者は、この現象に対して新たなモデルを提案し、実験と理論解析を通じてこれを検証することを試み、もって騒音発生機構の解明に大きく寄与することに成功した。

 第1章は「序論」であり、研究対象とする離散周波数騒音に対する従来の研究を概観し、音の周波数が流速とともに高くなるものの、ある流速で階段的跳躍が起こることなど音の特徴的な性質を述べている。さらに、これまでに提案されていたモデルに対し著者の主張するモデルが、翼負圧面側の不安定波だけでなく、その影響によって励起される後流の不安定波を考慮する点に大きな特徴があることを説明し、本研究の展開方針を述べている。

 第2章は「流れの乱れと騒音が同時に計測できる実験装置の開発」と題し、乱れの少ない低騒音風洞と、供試翼や実験装置の概要について述べている。吹出し速度15m/sのときの乱れ度0.2%、暗騒音41dBの無響風洞により、熱線プローブを用いて音波の粒子速度や不安定波による擾乱の計測が可能であるとしている。

 第3章は「騒音と翼面上のじょう乱の特性」と題し、NACA0012翼からの離散周波数騒音の発生状況を明らかにしている。離散周波数騒音は卓越した周波数成分を持ち、1次の卓越周波数は迎え角や主流速度の変化に対して不連続的に変化すること、音の指向性は双極子型であること、などを確認している。また、翼周りの流れが音波の影響を受けることを明らかにするため、外部スピーカから翼に向けて騒音を放射し、翼面上に発達する擾乱の変化を調査している。その結果、外部音波は翼面上の不安定な流れ場に発生する擾乱に影響を与え、下流に向かって増幅させ得ること、またこの現象は卓越周波数成分以外の周波数帯でも確認できること、などを明らかにしている。

 第4章は「翼面上のじょう乱と位相特性の把握」と題している。翼面上で計測される速度擾乱には流れの不安定性によるものと音波によるものが混在している。本章では熱線プローブの出力信号と、基準となる遠距離場での音波のマイクロフォンの出力信号のクロススペクトルに対して平均操作を行なう手法により、両者を分離している。その結果、負圧面側では主流速度のほぼ半分の位相速度で下流に向かって擾乱が移流すること、一方圧力面側では、翼後縁から前縁に向かう疑似音波の存在を仮定することにより位相変化が説明できること、などが明らかになっている。

 第5章「振動する後縁が騒音に与える影響の把握」は、翼負圧面上で発達した擾乱が後縁に移流して騒音を発生するとの立場を、能動制御の手法によって検証することを試みたものである。翼負圧面側の卓越周波数成分について、位相遅れを持たせて翼後縁部を加振することにより離散周波数騒音を最大7dB低減できること、また、逆位相で翼後縁部を加振したとき、境界層中の速度変動自体も約半分に減ること、などを確認している。

 第6章は「解析理論と数値解法」と題し、本論文で提案しているモデルの理論的側面を述べている。まず、実験的に得られた2章の翼周り平均速度分布と4章での音場の大きさを用い、翼面上および後流中の平均速度分布から、発生する非定常擾乱分布を数値的に求める。次に、この擾乱分布から後縁で発生する音場の大きさを求め、得られた音場の大きさと最初に与えた音場の大きさの比から伝達関数を算出する。さらに、この伝達関数からフィードバックループを構成する伝達関数を求めることによって卓越周波数成分の発生の有無を確認するのである。

 第7章は「解析結果と実験結果の比較」と題し、前章の手法による結果と実験で得られた結果の比較検討を行なっている。擾乱の空間的成長率や波長について両者の結果は20%の精度で合致すること、翼周りの乱れ分布や位相遅れの計算結果も実験結果とほぼ一致すること、後流中の擾乱の分布も定性的に実験と一致すること、などを確認している。また、フィードバックループの伝達関数から、卓越した周波数成分を持つ領域が複数個存在することを確認し、これが離散周波数騒音の発生や、周波数の跳躍的変化を示唆するものとしている。

 第8章は「結論」で本研究で得られた結果を要約している。

 以上を要するに、本論文は二次元翼から発生する離散周波数騒音に対し、実験による詳細な計測と新たに提案したモデルに基く解析により、従来定性的に議論されていた現象の諸側面をある程度定量的に説明することに成功すると同時に、騒音発生に対する後流中に励起される不安定波の影響の重要性を指摘したものであり、工学上貢献するところが大きい。

 よって著者の論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク