工学修士 中島伸治 提出の論文は「二次元静止翼から発生する離散周波数騒音の研究」と題し、8章より成っている。 流体機械の羽根車から空気力学的に発生する騒音にはいくつかの種類があるが、本論文が対象とする騒音は、乱れの少ない流れの中に置かれた翼からある条件下で狭い周波数帯に放射される離散周波数騒音である。この騒音は広帯域騒音よりも大きくなることがあり、発電用風車や家庭用ファンなどにおいて重要であるが、これまでその発生機構について明確な説明が得られていなかった。 本論文で著者は、この現象に対して新たなモデルを提案し、実験と理論解析を通じてこれを検証することを試み、もって騒音発生機構の解明に大きく寄与することに成功した。 第1章は「序論」であり、研究対象とする離散周波数騒音に対する従来の研究を概観し、音の周波数が流速とともに高くなるものの、ある流速で階段的跳躍が起こることなど音の特徴的な性質を述べている。さらに、これまでに提案されていたモデルに対し著者の主張するモデルが、翼負圧面側の不安定波だけでなく、その影響によって励起される後流の不安定波を考慮する点に大きな特徴があることを説明し、本研究の展開方針を述べている。 第2章は「流れの乱れと騒音が同時に計測できる実験装置の開発」と題し、乱れの少ない低騒音風洞と、供試翼や実験装置の概要について述べている。吹出し速度15m/sのときの乱れ度0.2%、暗騒音41dBの無響風洞により、熱線プローブを用いて音波の粒子速度や不安定波による擾乱の計測が可能であるとしている。 第3章は「騒音と翼面上のじょう乱の特性」と題し、NACA0012翼からの離散周波数騒音の発生状況を明らかにしている。離散周波数騒音は卓越した周波数成分を持ち、1次の卓越周波数は迎え角や主流速度の変化に対して不連続的に変化すること、音の指向性は双極子型であること、などを確認している。また、翼周りの流れが音波の影響を受けることを明らかにするため、外部スピーカから翼に向けて騒音を放射し、翼面上に発達する擾乱の変化を調査している。その結果、外部音波は翼面上の不安定な流れ場に発生する擾乱に影響を与え、下流に向かって増幅させ得ること、またこの現象は卓越周波数成分以外の周波数帯でも確認できること、などを明らかにしている。 第4章は「翼面上のじょう乱と位相特性の把握」と題している。翼面上で計測される速度擾乱には流れの不安定性によるものと音波によるものが混在している。本章では熱線プローブの出力信号と、基準となる遠距離場での音波のマイクロフォンの出力信号のクロススペクトルに対して平均操作を行なう手法により、両者を分離している。その結果、負圧面側では主流速度のほぼ半分の位相速度で下流に向かって擾乱が移流すること、一方圧力面側では、翼後縁から前縁に向かう疑似音波の存在を仮定することにより位相変化が説明できること、などが明らかになっている。 第5章「振動する後縁が騒音に与える影響の把握」は、翼負圧面上で発達した擾乱が後縁に移流して騒音を発生するとの立場を、能動制御の手法によって検証することを試みたものである。翼負圧面側の卓越周波数成分について、位相遅れを持たせて翼後縁部を加振することにより離散周波数騒音を最大7dB低減できること、また、逆位相で翼後縁部を加振したとき、境界層中の速度変動自体も約半分に減ること、などを確認している。 第6章は「解析理論と数値解法」と題し、本論文で提案しているモデルの理論的側面を述べている。まず、実験的に得られた2章の翼周り平均速度分布と4章での音場の大きさを用い、翼面上および後流中の平均速度分布から、発生する非定常擾乱分布を数値的に求める。次に、この擾乱分布から後縁で発生する音場の大きさを求め、得られた音場の大きさと最初に与えた音場の大きさの比から伝達関数を算出する。さらに、この伝達関数からフィードバックループを構成する伝達関数を求めることによって卓越周波数成分の発生の有無を確認するのである。 第7章は「解析結果と実験結果の比較」と題し、前章の手法による結果と実験で得られた結果の比較検討を行なっている。擾乱の空間的成長率や波長について両者の結果は20%の精度で合致すること、翼周りの乱れ分布や位相遅れの計算結果も実験結果とほぼ一致すること、後流中の擾乱の分布も定性的に実験と一致すること、などを確認している。また、フィードバックループの伝達関数から、卓越した周波数成分を持つ領域が複数個存在することを確認し、これが離散周波数騒音の発生や、周波数の跳躍的変化を示唆するものとしている。 第8章は「結論」で本研究で得られた結果を要約している。 以上を要するに、本論文は二次元翼から発生する離散周波数騒音に対し、実験による詳細な計測と新たに提案したモデルに基く解析により、従来定性的に議論されていた現象の諸側面をある程度定量的に説明することに成功すると同時に、騒音発生に対する後流中に励起される不安定波の影響の重要性を指摘したものであり、工学上貢献するところが大きい。 よって著者の論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |