学位論文要旨



No 214641
著者(漢字) 清水,幸夫
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ユキオ
標題(和) 飛行用MPDアークジェットの研究
標題(洋)
報告番号 214641
報告番号 乙14641
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14641号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨

 宇宙推進用の電気推進機は、現在、比推力が3,000〜6,000秒の作動領域にあるイオンエンジンと比推力が500〜800秒程度の作動領域にある直流アークジェットの研究・開発が進み、実用化技術としてほぼ確立されている。また、近年ロシアが開発し米国の提携で急速に進出してきた比推力が1,500〜2,000秒のホール・スラスタは実用化への試みが注目されるが、不安定性に技術的な疑問が残るところである。他方、近未来で魅力的な、比推力領域1,000〜2,000秒の作動領域では前述のホールスラスタの他MPDアークジェットあるいはPPT(パルス・プラズマ・スラスタ)が候補となる。MPDアークジェットの利点は推薬種類を選ばないことや推薬種と電流を組み合わせて1,000〜3,000秒の比推力領域を自由に選べる点である。近未来の月低軌道探査や地球周回長時間運用、すなわちVが数km/sでは、推進機の比推力が2,000秒を越えても極端に大きなペイロード利得が生じない。したがって、当面のミッションでは電気推進の比推力としては1,000秒前後のエンジンが有利である。

 本研究の目的は、我が国初の回収衛星、宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)の飛行試験を機に、1)従来のMPDアークジェットの放電・加速部を改良・開発し、飛行実験用放電・加速部の設計、製作、試験を行うこと、である。加えてSFUプロジェクトに先立ってSEPACプロジェクト以来行ってきた、2)MPDアークジェットシステム用コンポーネントの改良、を行い、そして、3)飛行実験用MPDアークジェットシステムの開発を行い、4)飛行実験、および飛行後解析よりシステム性能を評価し、立証する、ことにある。研究の主目的は1)にあるが、その実証に2)〜4)が裏付けとなっている。特に、本論文の第3章で行った解析、第4章で行った実験室モデルの実験成果の比較を繰り返し行いながら第5章に記述したMPDアークジェットの飛行モデルの設計に反映し実証したことである。

 MPDアークジェットの開発初期段階において、放電電極、特に陰極の付け根部分に放電が集中し、放電・加速部の耐久性を上げる研究が必要となった。そこで放電部形状を変化させて各形状の性能を計測した。使用した放電部形状は、陽極断面形状が陰極と平行なストレート型陽極(S)、コンバージング・ダイバージング型陽極(C/D)、ダイバージング型陽極(D)である。こうして放電形状の変化に伴う電極耐久性を上げるとともに、推進剤の種類によっても放電パータンが大きく違うことも新たに分かってきた。コンバージング・ダイバーシング型陽極もダイバージング型陽極も、どちらも準一次元解析から電流集中を緩和することが期待された。準一次元チャンネル流れの解析は、1)流れは定常で、準一次元電極間流れである、2)ホール効果を除く、3)電離過程を含まない、4)プラズマはコールドである、すなわち圧力項を省く、6)プラズマの初期速度はゼロである、と仮定し、質量保存則、運動方程式、誘導方程式、オームの法則から基礎方程式を成立させ、無次元化して解析を進めた。こうして無次元化された長さ方向に対する電流分布を求めると、1)磁気レイノルズ数 Rmの増大とともに電極の付け根と先端の極めて狭い領域に電流集中が起こり、電極の中央部ではほとんど電流は流れ込まない、2)従来用いられてきた平行電極形状をもつ電極よりも、陽極出口をノズル形状に取ったほうが電流集中を緩和し、高い効率を示す、3)逆に、入り口から下流でノズル状に拡がり、さらに出口に向かってすぼまった形状(ダイバージング・コンバージング:D/C)を有する電極形状では効率が悪くなる、ことが示唆された。

 飛行用MPDアークジェットの放電・加速部の形状は、こうしてより推進効率の良い放電加速部を求めたことにより、ダイバージング型(ノズル)陽極を基本とし、実用化に有利な分子気体推進剤を用いることとなった。1,000秒から1,500秒程度の比較的低い比推力領域では、MPDアークジェットの推力は熱電子加速も電磁加速と同程度有効である。他方、アーク放電は元来スポット化する傾向が強く、加熱、加速が局所化されて軸対称性が損なわれる恐れがある。そこで、放電スポット化はやむ無しとして、強制的に複数スポットの放電になるように周方向に陽極の分割を行い放電を一様化することとした。実験した範囲の分割数まででは、分割の数は多ければ多いほどその効果が大きいことも分かった。さらに放電・加速部に絶縁ノズルを付加することにより、より大きく推進性能の向上を得ることができた。分割陽極型放電部に絶縁ノズルを付加したことにより大きな相乗的な推進性能の向上を得られた事は次の様に説明することができる。水素化合物系推進剤を用いると、放電室内の電流分布がいわゆる吹き出し状になり陽極前縁に電流が集中することが知られている。MPDアークジェットの推力はピンチ力と吹き払い力により発生するが、従来の放電室形状では吹き出し電流による半径外向きの電磁力で得られた運動量はそのまま散逸してしまう。他方、本研究の放電・加速部の様な形状にすることで今まで回収できなかった半径外方向へのプラズマ流れの運動量を絶縁材ノズルにより軸方向の流れのそれに変換できる。以上の実験により低比推力領域ではMPDアークジェットの電極形状は周方向分割数を多くし、かつ陽極面積を狭く絞り放電上流に配置し、さらに絶縁材ノズルを付加することで推進性能を著しく向上出来ることが分かった。最終的に、16分割し放電室内陽極面積を小さくした陽極を上流部に配置し、放電室形状をノズル形状として絶縁ノズルを取り付けることで推進効率を27%まで高めた独創的な放電・加速部を完成させた。

 ここで前述の準一次元解析の前提から、この電極形状の変化に伴う実際の放電電流の下流自由空間への張り出しを考慮する必要が生じ、あらたに解析を行った。これは、陽極面積(寸法)をどこまで広くとればよいのかを故意に放電が自由空間で起こるとした解析から知るため、即ち、その寸法が、1)アーク放電、電磁流体の振る舞いからどう決まるかを知れば、2)電極などへの熱負荷に耐えられるよう表面積を決めることができ、一般的設計指針を与えることになる。そのための手法として無次元化された電力について解析を行った。全電力に対して最小仕事の原理を導入し、流れ場全体について巨視的に解析した。全電力は加速電力(ピンチ力、吹き払い力、膨張力に要するパワ)とジュール損失の和であり、代表的なジュール損失で無次元化し電流の広がりを代表する長さを仮定して電力を求めた。こうして得られたピンチ力、吹き払い力、膨張力に費やされる電力は単調増加関数で、ジュール損失のみが極小値を持つことが分かった。以上の結果、1)陽極内径を基準とした放電・加速領域の広がりの投入電力依存性、即ち、磁気レイノルズ数Rm依存性は弱く、MPDアークジェットの寸法は一般に熱負荷に耐える様放電部の内表面積を決定すればよいこと、2)SFU用のEPEX(電気推進実験)/MPDアークジェット設計の根拠となった放電・加速領域の実測、短陰極、絶縁ノズルの効果が妥当であったこと、が分かった。

 MPDアークジェットとしては過去に数回の宇宙実験の実績があるが、MPPスラスタ・システムとしてヒドラジンを推進剤とすること、繰り返し周波数1Hz以上でプラズマ噴射を行うことは世界で初の試みとなった。結果としてヒドラジン分解ガスをフィードバック制御によりガス・バルスとして放電に同期させて繰り返し供給するシステム、自動シーケンスにより充電および放電を繰り返すシステムはそれぞれ設計通りに動作することが確認された。軌道上でのプラズマ噴射回数は4万バルス以上に達し、ミス・ファイアは0.3%以下と好成績であった。軌道上ではEPEXのプラズマ噴射がSFUの姿勢に外乱を与えることによりその発生インパルスを計測した。また、ヒドラジンの分解ガスを一旦二次タンクに貯蔵し、二次タンクの圧力減少から推進剤消費率を計測することにより放電中の比推力を算定した。EPEXがプラズマ噴射を行い推力を発生すると、SFUの+Y軸周りに外乱が生じたことになりSFUの姿勢制御系(NGC)の制御量変化から推力が算定できる。算定の結果、SFUが地球を半周回する昼の間に行った放電回数はおよそ2,400回でEPEXが発生したインパルスは3.6mN・秒で地上試験で得られた値と一致した。推力と推薬消費量から算定した1kW級アーク放電の換算比推力はピーク値で1,100秒であった。それらの値はいずれも当初地上試験で得られた値と一致していることが確認された。

 本研究で得た結論は、従前の平行断面電極形状のMPDアークジェット放電・加速部を改良して、16分割し放電室内陽極面積を小さくした陽極を上流部に配置し、放電室形状をノズル形状として絶縁ノズルを取り付けた独創的な放電・加速部で今までに無い1,000秒程度の比推力領域で推進効率27%の高い性能を得た。また、この放電・加速部を基に飛行用の放電・加速部の設計、製作、試験を行った。加えて実験結果を考慮した放電・加速部の準一次元電磁流体解析、および自由空間における放電領域広がりの近似解から、陽極形状はストレート形状よりダイバージング形状が有利であること、現状の電力作動領域では陰極半径と陽極内半径比を2程度としたSFU搭載用MPDアークジェットの放電・加速部形状はこの解析から妥当であることなど、形状、寸法に関する設計指針を得た。さらに、宇宙機搭載のために必要なMPDアークジェット用コンポーネント、即ち放電・加速部のみならず高速電磁弁などの推薬供給系やパルス整形回路など電源部の改良、開発を行い実際の宇宙飛行用であるSFU搭載用EPEX/MPDアークジェット・システムの開発に反映させ、飛行試験において地上試験で得た推進性能を立証したことである。

審査要旨

 工学士清水幸夫提出の論文は、「飛行用MPDアークジェットの研究」と題し、本文6章および付録3項から構成されている。

 MPDアークジェットは、円環状陽極と棒状陰極を持ち、放電部に大電流を流し電流担体であるプラズマにローレンツカが働く事で排出方向に加速し推力を得る宇宙用推進機である。電磁加速が支配的な領域では空力加速は無視できるが、比較的低い比推力領域では空力加速力も無視できない。宇宙推進用の電気推進機は、現在、比推力が3,000-6,000秒の作動領域にあるイオンエンジンと、比推力が500-800秒程度の作動領域にある直流アークジェットの研究・開発が進み、実用化技術としてほぼ確立されている。また、近年ロシアが開発し米国の提携で急速に進出してきた比推力が1,500-2,000秒のホールスラスタは、実用化への試みが注目されるが、放電プラズマの不安定性に技術的な疑問が残るところである。他方、近未来で魅力的な比推力領域1,000-2,000秒の作動領域では前述のホールスラスタの他MPDアークジェットあるいはPPT(パルス型プラズマスラスタ)が有力候補となる。MPDアークジェットの利点は他にも推薬種類を選ばないことや推薬種と電流を組み合わせて1,000-3,000秒の比推力領域を自由に選べる点にある。近未来の月低軌道探査や地球周回長時間運用、すなわち速度増分が数km/sのミッションでは、推進機の比推力が2,000秒を越えても極端に大きなペイロード利得が生じない。したがって、このような背景から本論文は比推力1,000秒付近の作動領域に最適化するように宇宙飛行用のMPDアークジェット、特に放電・加速部に独自の工夫を施した飛行用MPDアークジェットを設計し開発実験を行った。また、実験に並行して、最小エネルギーの原理に基づいた、放電加速部の電磁流体解析を行い、その結果を実験で得られた結果と比較している。

 第1章は緒論である。MPDアークジェットの研究の経緯、基本原理、特徴、および今までに行われたMPDアークジェットの飛行実績を紹介しており、本研究の意義と目的を述べている。

 第2章では、MPDアークジェットシステム開発の経緯と試験装置について述べている。はじめに、実験室で行われたMPDアークジェットの放電部と宇宙飛行用放電加速部開発について記述しており、また、放電部以外のコンポーネントの研究、改良、および実験方法について述べている。スペースシャトルを用いたSEPAC計画の放電部陰極の付け根部分に放電が集中し放電加速部の耐久性を上げる研究が必要となった経験から、放電部形状を変化させ、陽極断面形状を陰極と平行なストレート型陽極、コンバージング・ダイバージング型陽極、ダイバージング型陽極を設計製作して各形状の推進性能の比較検討を行っている。筆者はその結果から本研究の比推力領域ではダイバージング型陽極形状が最適であると判断している。

 第3章はプラズマ流の解析で、MPDアークジェットの実験結果を考慮した放電・加速部の準一次元電磁流体解析、および加速部下流の自由空間加速解析から、電極形状と寸法に関する設計指針を述べている。準一次元チャンネル流れによる解析では、電極の付け根と先端の極めて狭い領域に電流集中が起こることから、陽極出口をノズル形状にして電流集中を緩和して高い推進効率が得られることを導いている。さらに、実際に水素分子ガスを推薬に含む放電は放電部から電流が下流へ吹き出すことから、放電が自由空間で発生することを前提とし、全電力に対して最小エネルギーの原理を導入した流れ場全体についての巨視的解析を行っている。解析の結果、電力は電極寸法に対して単調増加関数で、ジュール損失のみが極小値を持ち、放電・加速領域の広がりの投入電力依存性、即ち、磁気レイノルズ数依存性は弱く、MPDアークジェットの寸法は一般に熱負荷に耐える様放電部の内表面積を決定すればよいとしている。

 第4章は新しい飛行用MPDアークジェットの放電・加速部の開発試験の結果で、比較的低い比推力領域では空力加速も電磁加速と同程度有効で、また、強制的に複数スポットの放電になるよう周方向に陽極の分割を行い放電を一様化し、さらに放電・加速部に絶縁ノズルを付加することにより、更なる推進性能の向上が得られた。最終的に、周方向に16分割し、放電室内陽極面積を小さくした陽極を上流部に配置し、その下流に電気的に絶縁されたノズルを取り付けることで推進効率を27%まで高めた。

 第5章は宇宙機搭載用放電・加速部の設計、製作、試験について記述している。搭載対象となったSFU衛星が地球を半周回する昼の間におよそ2,400回の放電により発生した推力インパルスは3.6mN・秒で、地上試験で得られた値と一致している。推力と推薬消費量から算定した1kW級アーク放電の換算比推力はピーク値で1,100秒で、これらの値はいずれも当初地上試験で得られた値と一致していることを確認し、飛行試験によって地上試験で得られた結果が正確であったことを物語っている。

 第6章は結論であり、本論文の総括を行っている。

 以上要するに、本論文は飛行用MPDアークジェットに関する実験的および解析的な研究を行い、本研究から得られた成果は、推進性能の向上と電極寸法に関する設計指針を与えたのみならず、実践的に飛行試験を行うことで地上試験での結果の妥当性を立証したものであり、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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