審査要旨 | | 本論文は,交通機関におけるユーザーIDベースの料金徴収方式に関する研究と題し,9章から成る。 第1章「序論」では,研究の背景として料金徴収の煩わしさやコストを削減すべきことを示すとともに,用語の定義と本論文の内容の要約を行っている。 第2章「交通機関における料金徴収」では,これまでの各国・各種交通機関での料金徴収の経緯を整理し,法的な位置づけを述べるとともに,料金設定と徴収に関する多くの方式を整理・比較し,交通ネットワークが複雑になるにつれて,料金設定も複雑化し,それに対応可能で煩わしくない徴収方式開発の必要性を述べている。 第3章「自動料金徴収方式」では,最近の鉄道,航空,高速道路での自動料金徴収方式の開発に触れ,従来の切符の代わりとなるデータキャリアの技術動向と,自動化に際しての主な目的とから,これまで開発の中心となってきたデータキャリアに料金徴収に関する大部分の情報をため込む方式と並んで,データキャリアへの負担を軽くできる方式の開発も必要であることを示して,本研究の動機を明確にした。 第4章はデータキャリアの負担を軽くするために「ユーザーIDベースの料金徴収方式」を提案し,その意義や特徴,課題を述べた章で,交通事業者側のシステムが複雑になり,コストが増大する可能性はあるものの,ユーザーが携帯するデータキャリアの負担は軽く,将来は顔や指紋などで識別できれば,省略も可能という特徴があるため,両者をともに開発する意義があることを述べている。また,本方式の弱点がコストが高くなりがちなことから,コストの要因を分析しシステム側が持つべきメモリ量,検索時間,データ転送コストを退出時の処理時間制約の中でバランス良く設計すべきことを示している。 第5章は「交通機関利用者の移動モデル」と題し,徴収すべき料金算出のもとになる利用をモデル化して,各種の料金徴収方式やその実現方法に対する定量的比較ができるようにしたものである。利用者の駅等のノードでの乗継ぎをパラメータで示し,ノード間の移動やネットワークからの退出を確率で示すマルコフ過程モデルを基本に,移動時間を考慮した利用者移動拡張モデルを構築して比較に用いることにするとともに,実システムとの対比によりモデル自体の妥当性も示している。 第6章はユーザーID利用方式の一つとしての「データ複製配置方式」を述べた章で,利用者がネットワークから退出する際にシステム側が参照すべきデータを,退出する確率の高い位置・時刻に複製して持たせる方式である。データ量が増える代わりに,退出時に参照すべきデータがそこに存在する確率(ヒット率)は高くなる。この方式でのコストの主なものは,実際に複製データを配置するセル(場所・時刻に関する複製配置の最小単位)の数であり,これを実効コストとして,必要ヒット率を満足する実効コスト最小の具体的配置方法を,輸送特性との関連で示すことに成功した。 第7章はユーザーID利用方式のもう一つの方式としての「データ移動方式」を示した章で,1個あるいは少数個のデータを退出確率の高いノードに移動させ,退出に際しては近傍間の高速通信により処理時間制約を満たそうとするものである。ここでのコストは退出に際しての通信距離を隣接2ノード間であるリンクの数で表し,これを輸送特性との関連で最適に配置する具体的移動方式を示すことに成功している。 第8章は「システム実現方式の比較と応用」と題し,現実的観点からの前2章の比較を行って,適用に際しての両章方式の組み合わせをも含めた方式選定の考え方の整理をし,さらに途中で利用者の所在を補足してコストを低減させることなども含めて,本論文の発展の可能性を示している。 9章は「結論」であり,全体の成果を取りまとめている。 以上これを要するに,本論文は交通機関の利用料金徴収方式に関して,これまで開発されてきた利用者が携帯するデータキャリアにほとんど全ての情報を記録する方式とは異なり,利用者を特定するだけの機能にしてシステム側で情報を持ち利用終了に際して参照すべき情報を移動または複製配置することによって,同じ機能を実現する新しい方式を提案し,ネットワークの規模や輸送特性に応じて従来方式との使い分けを可能とする基礎を確立したものであって,交通システム工学上貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |