学位論文要旨



No 214642
著者(漢字) 田中,幹夫
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ミキオ
標題(和) 交通機関におけるユーザーIDベースの料金徴収方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 214642
報告番号 乙14642
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14642号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 大量交通輸送機関(鉄道、バス、自動車、航空機等)の発展、多様化・複雑化、利用者の拡大に伴ない、その利用料金徴収に要するコスト(要員、時間、設備等)も急激に増大している。この状況への対応が不適切ならば、利用者からの立場では、煩わしさの増大、利便性の低下を招き、交通事業者からの立場では業務運営費用の増大、サービス低下による競争力喪失、という問題を招く。このような大量交通輸送機関の登場した初期には、利用料金徴収は全くの人手により、紙製の「切符」を発行して使用する事で行われてきた。その後、利用者の急激な増大により、逐次、機械化、標準化、省力化、そして自動化が進められてきている。近年は、情報処理技術、通信技術が急進展している。通信ネットワークの高速化と信頼性の向上、データベースの大容量化と処理時間の高速化、情報処理装置の超小型化、等の動きは著しい。従来においては性能的、コスト的にみて、定性的に非現実的と考えられていた方式を採用する事の可能性も生まれてきている。1980年代後半からは、このように高度に発展した情報処理・通信技術を適用して、利用者から見て利便性が格段に向上し、交通事業者からみても付加サービスや、各種の情報収集が可能な方式の試使用、実用化が始まっている。ICカードによる電子切符、電子定期券等の開発、試行は、その代表例である。

 これらのシステムを実現するために近年導入されている方式は、前記ICカードのような、一般にデータキャリヤと称される小型のデータ処理/記憶装置を、旅客、自動車等の交通機関利用者に携帯させ、その装置とのデータ交換により実現するものである。この方式は、データ交換を非接触(電波等により)に行う方式も登場している事から急速に普及しつつある。但し、この方法はデータキャリヤの高度なデータ処理機能に依存するものであり、利用者側に携帯させる装置のコスト低減や、利用者側の各種負担の抜本的軽減に関しては限界がある(図1)。

 これに対し、当論文では、このようなデータキャリヤの高度な能力に依存しない全く別な方式として、「ユーザーIDベースの料金徴収方式」を提案している。この方式は利用者に対しては、そのIDとなる情報のみを負担させ、そのIDによって全ての処理を交通事業者のシステム側にて実現するものである(図2)。この方式は交通事業者側にて実現するシステムに機能的、コスト的な負担が大きいと考えられ、解決すべき課題は大きい。特に利用者の退場処理の処理時間が最も厳しい機能要件となり、実現方法の検討、性能やコストの解析が必要になる。しかしデータキャリヤが、そのIDを与えるのみの機能となる事から、その面での機能的、コスト的な有利性を備えている。更には、認識技術を適用してデータキャリヤの省略等、現行方式の延長上では不可能な優れたサービスを実現する可能性を持っている。

図表[図1 利用者自身が情報を携帯する方式] / [図2 交通機関の提供者が情報をデータベース内に保持する方式]

 この「ユーザーIDベースの料金徴収方式」の実現のために、まず当論文では利用者移動の定量化のための「利用者移動のモデル化」を行う。これによって、利用者の交通ネットワーク内での各ノードでの存在確率、退出確率が導かれる。このモデルを前提として、システムの具体的な実現方式二種類(「データ複製配置方式」、「データ移動方式」)を提案する。「データ複製配置方式」は、利用者退出時処理において所要の性能を得るために、必要なデータの複製を交通ネットワーク上に分散配置してデータアクセス時間の向上、退出時処理時間の短縮を図るものである。「データ移動方式」は、交通ネットワーク内の予想される利用者の移動に合わせて、料金徴収に必要なデータを移動して配置する方式である。必要データを、データ参照の発生する箇所(利用者の退出の起きる箇所)の極力近傍へ移動する事によりデータアクセス性能の向上を図ろうというものである。

 この両者の方式について各々性能やコストの解析を行う。そして現実の交通機関に適用評価した結果や、交通機関の輸送特性との関係を論じる。また、両方式の比較、応用としての両者の組合せ手法等も論じる。これらの結果により、「ユーザーIDベースの料金徴収方式」を実現するシステムの定量的解析、評価の一手法が明らかとなり、システム構築面で解決すべき条件、課題が明確化された。そして将来的に自動料金徴収方式の一つの選択肢としての可能性が示された。

審査要旨

 本論文は,交通機関におけるユーザーIDベースの料金徴収方式に関する研究と題し,9章から成る。

 第1章「序論」では,研究の背景として料金徴収の煩わしさやコストを削減すべきことを示すとともに,用語の定義と本論文の内容の要約を行っている。

 第2章「交通機関における料金徴収」では,これまでの各国・各種交通機関での料金徴収の経緯を整理し,法的な位置づけを述べるとともに,料金設定と徴収に関する多くの方式を整理・比較し,交通ネットワークが複雑になるにつれて,料金設定も複雑化し,それに対応可能で煩わしくない徴収方式開発の必要性を述べている。

 第3章「自動料金徴収方式」では,最近の鉄道,航空,高速道路での自動料金徴収方式の開発に触れ,従来の切符の代わりとなるデータキャリアの技術動向と,自動化に際しての主な目的とから,これまで開発の中心となってきたデータキャリアに料金徴収に関する大部分の情報をため込む方式と並んで,データキャリアへの負担を軽くできる方式の開発も必要であることを示して,本研究の動機を明確にした。

 第4章はデータキャリアの負担を軽くするために「ユーザーIDベースの料金徴収方式」を提案し,その意義や特徴,課題を述べた章で,交通事業者側のシステムが複雑になり,コストが増大する可能性はあるものの,ユーザーが携帯するデータキャリアの負担は軽く,将来は顔や指紋などで識別できれば,省略も可能という特徴があるため,両者をともに開発する意義があることを述べている。また,本方式の弱点がコストが高くなりがちなことから,コストの要因を分析しシステム側が持つべきメモリ量,検索時間,データ転送コストを退出時の処理時間制約の中でバランス良く設計すべきことを示している。

 第5章は「交通機関利用者の移動モデル」と題し,徴収すべき料金算出のもとになる利用をモデル化して,各種の料金徴収方式やその実現方法に対する定量的比較ができるようにしたものである。利用者の駅等のノードでの乗継ぎをパラメータで示し,ノード間の移動やネットワークからの退出を確率で示すマルコフ過程モデルを基本に,移動時間を考慮した利用者移動拡張モデルを構築して比較に用いることにするとともに,実システムとの対比によりモデル自体の妥当性も示している。

 第6章はユーザーID利用方式の一つとしての「データ複製配置方式」を述べた章で,利用者がネットワークから退出する際にシステム側が参照すべきデータを,退出する確率の高い位置・時刻に複製して持たせる方式である。データ量が増える代わりに,退出時に参照すべきデータがそこに存在する確率(ヒット率)は高くなる。この方式でのコストの主なものは,実際に複製データを配置するセル(場所・時刻に関する複製配置の最小単位)の数であり,これを実効コストとして,必要ヒット率を満足する実効コスト最小の具体的配置方法を,輸送特性との関連で示すことに成功した。

 第7章はユーザーID利用方式のもう一つの方式としての「データ移動方式」を示した章で,1個あるいは少数個のデータを退出確率の高いノードに移動させ,退出に際しては近傍間の高速通信により処理時間制約を満たそうとするものである。ここでのコストは退出に際しての通信距離を隣接2ノード間であるリンクの数で表し,これを輸送特性との関連で最適に配置する具体的移動方式を示すことに成功している。

 第8章は「システム実現方式の比較と応用」と題し,現実的観点からの前2章の比較を行って,適用に際しての両章方式の組み合わせをも含めた方式選定の考え方の整理をし,さらに途中で利用者の所在を補足してコストを低減させることなども含めて,本論文の発展の可能性を示している。

 9章は「結論」であり,全体の成果を取りまとめている。

 以上これを要するに,本論文は交通機関の利用料金徴収方式に関して,これまで開発されてきた利用者が携帯するデータキャリアにほとんど全ての情報を記録する方式とは異なり,利用者を特定するだけの機能にしてシステム側で情報を持ち利用終了に際して参照すべき情報を移動または複製配置することによって,同じ機能を実現する新しい方式を提案し,ネットワークの規模や輸送特性に応じて従来方式との使い分けを可能とする基礎を確立したものであって,交通システム工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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