学位論文要旨



No 214643
著者(漢字) 平尾,裕司
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオ,ユウジ
標題(和) 磁気浮上式鉄道における高密度運転設備の設計と列車群制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 214643
報告番号 乙14643
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14643号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 地上一次式のリニアモータによる磁気浮上式鉄道の列車制御方式は、その特質から従来の鉄道と多くの点で異なったものとなる。地上コイルにき電する周波数は列車の速度と完全に同期する必要があることから、原則として1電力変換所からは1列車にしかき電できない。そのため、列車の相互の空間間隔を規制する閉そくが電力変換所間隔に対応するなど、それぞれ独立の分野であった列車制御系と電力供給系が相互に密接に関係するようになる。

 電力供給システムのコストは従来の閉そく設備に比較して高く、設備後の変更も実質的にむずかしいことから、事前に列車制御と電力供給システムの相互の関係を検討し、システム設計に反映する必要がある。

 本論文では、このような磁気浮上式鉄道における高密度運転設備の設計と列車群制御に関して、磁気浮上式鉄道ではき電設備と運転設備が独立でないために高密度運転がむずかしいことを示し、き電の自由度が高い境界制御き電方式による高密度運転実現のための改善、提案、評価を行った。その結果、列車の前後で境界区分開閉器を同時に制御して列車にき電する電力変換器を切替える制御方式とし、列車と電力変換所の空間密度から設計した電力変換所の配置をシミュレーションによって検証する手順をとることによって、磁気浮上式鉄道においても従来鉄道の運転設備の設計の概念を拡張して高密度運転が可能であることを明らかにした。

 本研究の概要は以下のとおりある。

 第1章「序論」では、研究の背景を明らかにし、研究の概要を示した。

 第2章「従来鉄道における高密度運転設備の設計と列車群制御」では、先行列車の影響を受けずに続行列車が走行できる時間間隔に関して、最も小さな値である最小運転時隔が高密度運転設備の設計における基本概念であることを示し、現行のATCや新たな移動閉そく方式による高密度運転設備の設計と評価における最小運転時隔の位置付けを明確にした。それを実際に新幹線と通勤線区の信号方式の評価に適用し、各閉そくごとの最小運転時隔と運行乱れ時の列車群の挙動特性をシミュレーションによって求め、その概念の有効性を示した。

 第3章「磁気浮上式鉄道における列車制御と高密度運転」では、磁気浮上式鉄道における閉そくを構成するき電方式について評価し、従来鉄道の高密度運転設備との相違、高密度運転のための課題について検討した。具体的には、隣接する電力変換所の境界を固定せずに電力変換所間をいくつかに分割し、境界を可変とする境界制御き電方式が、き電の自由度が大きいため局所的に2列車の間隔を極めて小さくでき高密度運転を実現するうえで有利であることを明らかにした。これは、駅近傍の電力変換所配置や臨時速度制限の発生に対しても有効に作用する。

 第4章「高密度運転における制約とその対策」では、高密度運転を実現するうえで制約となる一般駅、端末駅、速度制限区間について関係するパラメータの影響を解析し、高密度運転実現の対策について検討した。また、列車と電力変換所の空間密度によって電力変換所の配置を決定する基礎概念について述べた。一般駅近傍の電力変換所間隔は、境界制御き電方式の場合、待避があるダイヤでは35%程度、待避がないダイヤでは20%程度、すべての列車が停止する駅でも10%程度電力変換所の間隔を、き電範囲を固定するき電方式よりも延ばすことが可能である。端末駅についても、現行の新幹線と同様な平面交差がある端末駅構成としても4分の運転時隔が可能であることを明らかにした。また、端末駅の進入・進出の分岐を従来鉄道のクロッシングに相当する構造とすることができれば、端末駅では3分30の時隔も可能であることを明らかにした。速度制限区間が発生しても、境界制御き電方式ではき電範囲を変更することで影響を抑止あるいは小さくできる。

 第5章「境界区分開閉器の制御とシステム特性の検討」では、境界制御き電方式における境界区分開閉器の制御とシステム特性の解析について検討した。最初に、境界区分開閉器の制御における列車と推進コイルおよび境界区分開閉器との位置関係、き電切り替えを行ううえでの制約および制御タイミングを明らかにした。境界区分開閉の制御が可能なタイミングは、列車の駆動のために推進コイルが通電されていないときであり、そのときき電を休止している電力変換器の系の境界区分開閉器の制御が可能となる。推進コイルと列車位置との関係からの境界区分開閉器制御の遅延は、最大で速度が500km/hのときには10秒、100km/hのときには50秒に達する。

 次に、境界制御き電方式による高密度運転設備の評価を目的として、列車空間密度と電力変換所空間密度の概念を用いた解析モデルを提案し、速度制限区間の発生、列車の増発、運行乱れ時のシステム特性の解析にそれを適用した。速度制限区間が発生した場合、き電範囲を固定するき電方式ではき電範囲の25kmの区間で300km/hの速度制限が発生すれば平常時の75%に輸送力が低下するのに対し、境界制御き電方式では同様の条件下でも線区全体のき電範囲を再編成することで98%以上の輸送力が確保できる。境界制御き電方式では、局所的に列車が小さい間隔で走行しても、全体には大きな影響を及ぼさないことが説明でき、モデルの有用性を確認した。

 第6章「磁気浮上式鉄道における高密度化運転設備と列車群制御」では、筆者が開発を行ってきた磁気浮上式鉄道トラフィックシミュレータと、シミュレーションによる電力変換所配置の設計方法およびき電切り替えの評価について論じた。磁気浮上式鉄道における高密度運転設備の設計は、最小運転時隔と、列車と電力変換所の空間密度の概念を適用して行うことができるが、動的な確認も含め、最終的にはシミュレーションによって設計した高密度運転設備の検証が必要であることを示した。500km区間に11駅を均等に配置した線区モデルで、駅ごとに待避があるダイヤ(ひかりタイプ6本/時、こだまタイプ3本/時)と1つから3つの駅のみに停車して待避がないダイヤ(9.3本/時)の必要電力変換所数を14(平均間隔35.3km)と求め、シミュレーションによってその設計の妥当性を検証した。き電する電力変換器の電力変換所間での切り替えを列車の前後の境界区分開閉器を同時に制御することによって行う方式(瞬時の電力変換所間渡り)のもとでは、すべての列車が停車する駅および端末駅では他の一般駅での37.5kmよりも短い25.5kmの電力変換所間隔とすることで、計画された運転ダイヤを実現できることが確認できた。

 また、境界制御き電方式におけるき電変換所間での電力変換器の切り替えでは、列車の前後で境界区分開閉器を制御して列車にき電する電力変換器を切り替える制御の方式(瞬時の電力変換所間渡り)が、事前に境界区分開閉器を切りの状態として列車がそこを通過していくことにより列車にき電する電力変換器を切り替える方式(通常の電力変換所間渡り)より、電力変換器の切り替えが列車が境界区分開閉器の位置に到達したときに制約されないため制御上有利である。このことを高密度運転において遅延が発生した場合のシミュレーションにおいて、列車群の遅延回復特性の違いから明らかにした。

審査要旨

 本論文は,磁気浮上式鉄道における高密度運転設備の設計と列車群制御に関する研究と題し,7章から成る。

 第1章序論では,研究の背景として磁気浮上式鉄道が電力供給と位置・速度の制御とが一体化されている点で従来の鉄道とは異なることから,特に高密度運転をする際の設備と列車群制御との関係につき本研究が必要であることを述べ,併せて本論文の構成を示している。

 第2章「従来鉄道における高密度運転設備の設計と列車群制御」では,この分野で著者が行ってきた検討結果を述べるとともに,特に本論文での主要な研究項目である最小運転時隔についてその意味を整理して,複雑な最小運転時隔算出のシミュレーションアルゴリズムを示している。

 第3章「磁気浮上式鉄道における列車制御と高密度運転」では,磁気浮上式鉄道の閉塞を構成する饋電方式について評価し,従来の鉄道の高密度運転設備との相違や高密度化するための問題を整理している。この中で,隣接する電力変換所との境界を固定せずにいくつかの区間に分割し,境界を可変とする『境界制御饋電方式』が高密度運転実現のために有利であることを定量的に示した。さらに,境界区分開閉器の制御タイミングと制御変換所の渡りの制御が高密度運転を実現する上で重要であることを示している。

 第4章は『境界制御饋電方式』を採用した場合の「高密度運転における制約とその対策」をまとめた章で,一般駅での最小運転時隔に及ぼす各パラメータとその感度を求め,端末駅での制約と途中の速度制限による最小運転時隔への制約とを併せて示している。対策としては,まず電力変換所の配置の基礎概念を確立し,その上で変換所の位置に関する制約と運転ダイヤとの関係を明確にした。また,列車ダイヤとの関係では通過列車間に停車列車を配置して待避を行わないダイヤが変換所の位置の自由度の点からも有利であることを示した。

 第5章「境界区分開閉器の制御とシステム特性の検討」では,境界制御饋電方式による高密度運転設備の評価を目的として,列車の空間密度と電力変換所の空間密度の概念を導入した解析モデルを提案し,速度制限区間の発生,列車の増発,運行乱れ時などの最小運転時隔の制約が厳しくなる条件でのシステム特性を論じて,境界制御饋電方式で適切な制御を行うことにより,いずれの場合にも局所的に短い時隔での運転が可能になって,全体システムへの悪影響が少なくできることを検証した。

 第6章は「磁気浮上式鉄道における高密度化運転設備と列車群制御」と題して,上記各章での提案などを具体的な設計に反映したり,設計されたシステムのいろいろな状況での振舞いを調べて設計の妥当性を検証することを目的として著者が開発した総合的な磁気浮上式鉄道トラフィックシミュレータについて述べ,ケーススタディーとしてのシミュレーション結果を示している。これにより端末駅における列車群の動的な振舞いなど,特殊な場所や条件については,最終的にはこのシミュレータにより確認することで設計が完了できることを示している。

 磁気浮上式鉄道が最初に適用されると考えられる東京-大阪間を想定した500km区間に11駅のある線区モデルで,1時間当たり9本程度の列車を運行する場合,従来型の待避のあるダイヤでも,新たに提案する待避のないダイヤでも,必要最小の変換所数は14となり,その平均間隔35.3kmに対して,全ての列車が停車する途中駅と端末駅ではその間隔を縮小すべきこと,その間隔を25.5kmとすることでどちらのダイヤにも対応可能であること,その場合の境界区分開閉器の制御タイミングなども求められ,全体システムの検証ができたとしている。

 第7章は結論であり,全体の成果を取りまとめている。

 以上これを要するに,本論文は列車の位置・速度等を制御する電力変換器が地上に設置される磁気浮上式鉄道で,高密度な列車運行を可能にする電力変換所・饋電区分開閉器などの設備の設計法を確立し,併せて列車ダイヤとの関係,境界制御饋電方式を導入すべきこと,境界区分開閉器の望ましい切替えタイミングを明らかにし,これらを総合して設計を検証する磁気浮上式鉄道トラフィックシミュレータを開発して,磁気浮上式鉄道の電力供給・運転システムの設計法を確立したものであって,電気鉄道工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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