学位論文要旨



No 214645
著者(漢字) クリスティーン,クレメンツ
著者(英字) Christine,Klemenz
著者(カナ) クリスティーン,クレメンツ
標題(和) 高温超伝導体YBCO、NdBCOの液相エピタキシー
標題(洋) LIQUID-PHASE EPITAXY OF YBCO AND NdBCO HIGH-TEMPERATURE SUPERCONDUCTORS
報告番号 214645
報告番号 乙14645
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14645号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 YBa2Cu3(YBCO),NdBa2Cu3(NdBCO)高温超伝導体のエピタキシャル膜を、チョクラルスキー法で育成した種々のペロブスカイト型基板上に、液相エピタキシャル法にて成長させ、巨視的な大きさのステップ(マクロステップ)の発達したYBCO、NdBCOのLPE層の形成を達成することができた。最平坦な表面は、非常に低い過飽和度の条件下、すなわち、結果的に精密な過飽和度の制御が必要となる条件下でのみおこりうるFrank van der Merwe(FVM)成長モード(層成長モード)から得られると期待される。ほぼ平衡な条件(LPE成長)下では、基板の格子定数のミスフィット、ミスオリエンテイション、化学的な安定性が成長膜の形態を支配する。したがって、本研究では、それらを重点的に調べた。本研究により、高品質の膜を得るための成長パラメータを決定し、トンネルデバイス技術に必要な極度に平坦なYBCOの表面を達成するための条件と要求される事柄をきめることができた。さらに、123系銅酸化物の気相成長とLPE成長における達成可能な表面平坦度の限界を議論し、将来の展望を述べた。

 第1章は序論であり、従来の研究と本研究の目的と意義を述べた。

 第2章では、状態図と溶解度に関する研究を述べた。

 RE-Ba-Cu-O系の相関係の情報は、溶液からのYBCOとNdBCOの成長にとって基本的に重要である。異なる著者らにより報告された初晶結晶化領域の研究や初期の結晶成長実験をよりどころとし、BaOを31mol%含んだBaO/CuOの組成を溶媒(self-flux)として選択した。溶解度曲線は、溶液上面での結晶の生成と溶解を観察することにより決定した。溶解熱は、YBCOでは1000℃で34.7Kcal/molであり、融解エントロピーの理論値と良く一致し、NdBCOでは1060℃で28.1Kcalであると見積もられた。

 第3章では基板結晶の成長と成長結晶の評価に関し述べた。

 LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3の結晶をCzochralski法により成長させた。成長後、結晶の方位を決定し、切断及び研磨を行った。

 ほぼ平衡な成長条件(LPE成長)下では、基板とのミスフィットとミスオリエンテーションは、成長した膜の形態に大きく影響する。したがって、それらは、決定的に重要なパラメータである。報告されている格子定数は大きくばらついているので、サファイアを内部標準として用い、我々の基板とYBCO結晶の精密高温X-線測定を行った。この測定により基板と成長層のミスフィットの程度を精密に評価することができた。

 第4章では、液相エピタキシャル法(LPE)によるYBCOとNdBCO層の成長と酸化につき述べた。

 LPEでは過飽和度の精密な制御が要求されるので、成長装置の大幅な改善が必要となる。そのため精度の高い温度計測システムを構築し、くわしい温度分布を測定した。本装置により短時間で酸化するための条件が得られた。又、LPE層だけでなく、基礎研究用のバルクYBCO及びNdBCOを成長することができた。

 LPE成長を可能にするもう一つの重要な要素はBaCuO2/CuOフラックスによるルツボの溶解をいかに制御するかという点である。溶解が起こるとルツボの成分がフラックスの組成を変えるため温度-溶解度曲線の勾配が変化する。そこでAl2O3,ZrO2,Y2O3のルツボを用い、各々の溶解速度を求めた。この結果からZrO2ルツボに対しては低冷却速度によるリニアークーリングが、Y2O3ルツボに対してはステップクーリングが適していることがわかった。NdBCOに対しては新にNd2O3ルツボを開発し使用した。

 第5章では、LPE膜の物性と、欠陥の構造について議論した。交流磁化率測定を行ったところ、YBCO膜は通常のTcの値を示した。一方NdBCOの膜と結晶について化学分析を行ったところ、組成はNd1.1Ba1.8Sr0.1Cu3O7±dであることがわかった。また、交流磁化率測定によると転移温度は低く、Tcは77Kであったが、これはNd:Baの比が1:2からずれたことによるものであると考えられる。膜の形態はNomarski微分干渉顕微鏡と原子間力顕微鏡(AFM)により調べた。成長丘はa-軸、および、c-軸に配向したYBCOとNdBCOのLPE膜上では多くの成長丘が観察された。

 ミスフィットにより導入されたエピタキシャル層の歪みを系統的に調べたところ、成長温度では、歪みはミスフィット転位(MD)の形成により解放されうろこと、冷却や酸化の過程では正方晶から斜方晶への相転移とa-軸とb-軸の分裂が起こるため、{110}双晶を形成することによって歪みを部分的に解放すること、残りの歪みはクラックの形成によって解放されること等がわかった。NdGaO3(110)上のa-軸、および、c-軸配向膜の膜厚とクラックの間隔を測定し、理論と比較したところ良い一致が見られた。

 第6章では、成長機構について述べた。いくつかの因子を評価し、理論との比較を行った。12Åの高さの単層ステップどうしの間隔が10mで、過冷却度がT=0.17Kのc-軸配向したYBCO膜上の成長スパイラルに対して、ステップのバンチングを避けるために許される最大のミスフィットは0.08%以下であることが示された。一方、基板のミスオリエンテーションは0.02°以下でなければならないことがわかった。NdGaO3上c-軸配向のYBCO膜について、いくつかの成長スパイラルのステップの間隔とステップの高さをAFMにて観察し、結果をCabreraとLevine(CL)の理論と比較した。バンチングしたステップの高さの総計が増加するにつれ、バンチしたステップ間隔も増すことが見いだされた。同じスパイラル群に対しては、理論から期待されるように転位の数が増すにつれステップの間隔は減少することが示された。NdGaO3(110)上に成長したYBCO層の厚みを測定し、成長時間の関数としてプロットしたところ、われわれの成長条件下では、最大成長速度は1.75m/minであることを見いだした。

 エピタキシーの駆動力、臨界核の大きさ/ステップ間隔、膜の配向に関して気相成長とLPEの比較を行った。最後に、核発生とユニットセルごとの成長に関して、可能性のある成長機構の議論を行った。

 第7章は結論で、本研究により得られた結果を総括し、本分野の今後の展望について述べた。

 以上、本論文は、液相エピタキシ法により超伝導電子デバイスに用いることの可能な超平坦表面を持つ高温超伝導体YBCOおよびNaBCO薄膜を成長させることを目的とし、基板結晶の育成、溶液-固相相図の決定、液相エピタキシャル成長機構の解明等を行ったもので、これ等の基礎研究を通じ、平坦性に優れた膜を与える液相エピタキシ技術を確立した。

 以上

審査要旨

 本論文は、液相エピタキシャル法(LPE)を用いてYBa2Cu3O7-d(YBCO),NdBa2Cu3O7-d(NdBCO)高温超伝導体の高品質単結晶薄膜を、チョクラルスキー法で育成した種々のペロブスカイト型基板を用いて成長させるための条件およびトンネルデバイス技術に必要な極度に平坦な表面を達成するための成長条件を明らかにする目的で行った研究をまとめたもので7章から成る。

 第1章は序論であり、従来の研究と本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、状態図と溶解度に関する研究を述べている。RE-Ba-Cu-O系相図の情報は,溶液からのYBCOとNdBCOの成長にとって非常に重要である。本論文提出者は異なる著者らにより報告された初晶結晶化領域の研究や初期の結晶成長実験を手がかりに、BaOを31mol%含んだBaO/CuOの組成を溶媒(self-flux)として選択し、溶解度曲線を溶液上面での結晶の生成と溶解を観察することにより決定した。溶解熱は、YBCOでは1000℃で34.7Kcal/molであり、融解エントロピーの理論値と良く一致した。また、NdBCOでは1060℃で28.1Kcalであることを示した。

 第3章では基板結晶の成長と成長結晶の評価に関し述べている。まず、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3の結晶をCzochralski法により成長させ、その後、結晶方位を決定し、切断及び研磨を行った。これを基板として用いLPEを行っているがLPEのようにほぼ平衡に近い成長条件下では、基板と成長層のミスフィットとミスオリエンテーションが、成長した膜の形態に大きく影響することを見出した。この問題を解決するため、サファイアを内部標準として用い、本研究で成長した基板とYBCO結晶の精密高温X-線測定を行い、基板と成長層のミスフィットの程度を評価した。この結果を用い、ミスフィットの精密制御を行っている。

 第4章では、LPEによるYBCOとNdBCO層の成長と酸化につき述べている。LPEでは過飽和度の精密な制御が要求されるので、従来の成長装置を大幅に改善する必要がある。そのため精度の高い温度計測システムを構築し、くわしい温度分布を測定した。本装置により短時間で酸化するための条件を得るとともに基礎研究用のバルクYBCO及びNdBCOを成長することにも成功している。

 LPE成長を可能にするもう一つの重要な要素はBaCuO2/CuOフラックスによるルツボの溶解をいかに制御するかという点である。そこでAl2O3,ZrO2,Y2O3のルツボを用い、各々の溶解速度を求めた。この結果からZrO2ルツボに対しては低冷却速度によるリニアークーリングが、Y2O3ルツボに対してはステップクーリングが適していることを示した。また、NdBCOに対しては新にNd2O3ルツボを開発し使用している。

 第5章では、LPE膜の物性と、欠陥の構造について議論している。まず,交流磁化率測定を行いYBCO膜は通常のTcの値を持つことを示した。一方NdBCOの膜と結晶について化学分析を行い、組成はNd1.1Ba1.8Sr0.1Cu3O7±dであることを明らかにした。また、交流磁化率測定によると転移温度は低く、Tcは77Kであったが、これはNd:Baの比が1:2からずれたことによるものであると結論づけている。また、ミスフィットにより導入されたエピタキシャル層の歪みを系統的に調べ、成長温度では、歪みはミスフィット転位の形成により解放されうること、冷却や酸化の過程では正方晶から斜方晶への相転移とa-軸とb-軸の分裂が起こるため、{110}双晶を形成することによって歪みを部分的に解放すること、残りの歪みはクラックの形成によって解放されること等を明らかにした。さらに、NdGaO3(110)上のa-軸、および、c-軸配向膜の膜厚とクラックの間隔を測定し、理論と比較し、良い一致を得た。

 第6章では,成長機構について述べている。NdGaO3上c-軸配向のYBCO膜について、いくつかの成長スパイラルにつきステップの間隔とステップの高さをAFMにて観察し、結果をCabreraとLevineの理論と比較した。その結果、バンチングしたステップの高さの総計が増加するにつれ、バンチしたステップ間隔も増すこと、同じスパイラル群に対しては、理論から期待されるように転位の数が増すにつれステップの間隔は減少すること等を明らかにした。また、NdGaO3(110)上に成長したYBCO層の厚みを成長時間の関数としてプロットし、本研究の成長条件下では、最大成長速度は1.75m/minであることを見いだした。さらに、エピタキシーの駆動力、臨界核の大きさ、ステップ間隔、膜の配向性に関して気相成長とLPEの比較を行い、核発生とユニットセルごとの成長に関して、成長機構の議論を行っている。

 第7章は結論で、本研究により得られた結果を総括し、本分野の今後の展望について述べている。

 以上、本論文は、液相エピタキシャル成長法により超伝導電子デバイスに用いることの可能な超平坦表面を持つ高品質高温超伝導体YBCOおよびNdBCO薄膜を成長させることを目的とし、基板結晶の育成、溶液-固相相図の決定、超平坦表面を得るための成長条件の確定、液相エピタキシャル成長機構の解明等を行い、高品質で平坦性に優れた膜を与えるための液相エピタキシャル成長技術を確立したもので電子工学に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

 以上

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