学位論文要旨



No 214646
著者(漢字) 荻原,正明
著者(英字)
著者(カナ) オギハラ,マサアキ
標題(和) 微小重力下で高温加熱可能な格子状静電4重極による球体閉じ込め方式の研究
標題(洋)
報告番号 214646
報告番号 乙14646
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14646号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 1.はじめに

 宇宙空間の微小重力環境を利用した種々の実験が計画され、一部実施もされている。これらの実験は目的に応じて、それぞれ固有の実験方式、装置構成が要請されている。実験計画の中には、材料を無容器で空間に浮遊・溶融し、新材料を創製する無容器処理材実験がある。微小重力環境は物体の浮遊が可能とはいえ、この実験を実施するためには、物体を定位置で浮遊・溶融可能な加熱系を備えた浮遊制御が要請される。制御のための力は、導電体、誘電体、いずれに対しても力が作用する電気力を基本とする。ただ、本研究以前、適用していた制御力は、直流電界のみであった。しかし,直流電界のみでは、電磁気学のアーンショウの定理が示すように、荷電体を安定なつりあい保つことはできないのは明らかである。

 本研究は、無容器処理実験に対応可能な浮遊制御を提案し、計算機シミュレーションおよび微小重力実験により対応か安濃名制御であることを明らかにし、直流電界単独適用の欠点を解決した浮遊制御方式についてまとめた結果である。

2.研究目的

 微小重力環境で導電体、誘電体球を空間に閉じ込めた状態で加熱・溶融可能な機能を備えた電気力を適用した制御を確立し、無容器処理実験からの要請を満たし、宇宙材料実験に寄与する。

3.研究課題

 高温加熱可能な浮遊制御の基本概念を提案し、その概念により研究目的が達成できることを、計算機シミュレーションおよび実験的により検証する。

 無容器処理実験に要請される数値目標は、直径10mmの球体を空間に閉じ込め制御し、かつ3kW以下の電力で2,000℃以上の達成である。

4.高温加熱可能な浮遊制御の基本概念および研究対象球体

 直流電界と帯電球間のクーロン反発力による浮遊に加え、交流2次元4重極電界による荷電体の閉じ込め力を付加した、直・交流電界による浮遊制御方式と、4重極を格子電極構造とすることで、熱線が遮蔽される面積を減少させ、熱利用率を向上させる方式を組み合わせた基本概念を提案した。研究対象球体は.これまでの研究対象と比電荷Q/Mにより比較すると、次の通り、従来より1オーダ小さい領域を対象としている。

 

5.高温可能な浮遊電極構成と電界分布関数および試料温度変化を与える式

 図1は、提案した格子電極と対向する1組の球電極の組み合わせ電極系である。

 球電極と格子電極の電界E(Ex,Ey,Ez)は、次の関数で与えることができる。

 (1)球電極(球電位を1個の電荷Qで表す)

 

 (2)格子電極(格子の電位を1本の線電荷で表す)

 

 Uoc:電位位.N:4重極の1電極あたりの格子数(N≧4、偶数).x、y:格子電極面の座標.z:球電極方向の座標.d:2球電極間の中央から計った電荷の位置.k:4重極の数.i:k番目の4重極おけるi番目の格子.0真空誘電率.

 (3)試料の温度変化を与える式

 物体の温度Tsの時間変化は次式で表すことができる。

 

 ただし、H:熱源のエネルギー.Hs:試料に入射するエネルギー.s:試料密度.Vs:試料体積.Cps:試料定容比熱.s:試料の熱吸収率.s:試料の輻射率.F:形態係数.S:試料.E:電極.2字連なった記号、例えばSE:試料から電極を見た方向を意味する。

6.安定浮遊と高温度の達成の計算機シミュレーション結果

 試料を球体とし、(3)、(4)、(5)式を適用し、格子電極内および球電極間での運動を追跡する。運動方程式は、次式で与えることができる。

 

 ただし、Mは球体質量、は雰囲気ガスの粘性係数、Rは球体半径、rは球体の位置ベクトル、Qは球体の電荷である。

 図2は、格子数N=8(格子電極数=5本)、格子電圧Uoc=10kV(実効値)、周波数50H、直径10mm、質量8.8mgの条件での運動である。安定浮遊点である原点に向かう運動を示し、格子電極系の制御により、安定浮遊が達成できることが、確認できた。なお、球電極間の運動は減衰を伴う単振動であった。その他、球体に外乱が作用した場合の、閉じ込め制御についても、間歇電圧制御を提案しその効果を検証した。

 高温度の達成は、電極を反射鏡で覆い、反射熱の再利用した構成を提案した。図3は、試料をアルミナ(R=5mm、ss=3.92g/cm3,Cps=0.116J/cm・s・deg,ss=0.3)、格子電極をタングステン(直径=2mm,ss=0.03)、ミラー反射率=85%とした場合のシミュレーション結果で、投入電力153Wで、熱照射後、約1分で2,100℃が得られることがわかった。利用可能電力の約1/20の電力で、アルミナの溶融が可能な、高温度発生が達成された。

7.微小重力環境における実験結果

 浮遊、溶融実験は約10-3g(g:重力加速度)環境で実施し、次の結果が得られた。

 (1)図4(1)に、直径12mm質量130mgの球体の浮遊を示す。格子電極面での浮遊 を確認した。

 (2)図4(2)は、ガラス試料の溶融を確認した結果である。図中、溶融の部分は、形状が球形(a)であるのに対し、未溶融部分は形状が角状(b)であるのが認められる。

 以上、研究課題である微小重力環境での、球体閉じ込め、および試料溶融の課題を確認できた。

図表図1:加熱系をもつ浮遊制御系 / 図2:運動シミュレーション / 図3:試料温度Tsと電極温度Tの時間変化(電力=153W) / 図4(1):浮上球 / 図4(2):ガラス溶融
8.結論

 微小重力下における無容器処理実験に、直流電界と交流4重極電界の組み合わせ電界と適用した格子状静電4重極閉じ込め方式が有効であることを明らかにした。

審査要旨

 本論文は、「微小重力で高温加熱可能な格子状静電四重極による球体閉じこめ方式の研究」と題し、宇宙空間などの微小重力環境下において無容器状態のままで材料を溶融結晶化させる実験などを行う上で必要不可欠な、高温加熱可能な浮遊装置を静電気制御技術によって実現すべく行われた基礎研究をまとめたものであって、全体で7章から構成されている。

 第1章は、「宇宙環境利用の材料実験と静電浮揚」と題する序論である。本研究の背景として宇宙空間での微小重力実験に要求される諸要素を検討し、微小重力下において加熱できる支持方式として格子状の四重極を用いた交流電圧支持方式と、直流電界による反発保持を組み合わせた静電制御支持方式を提案するに至るまでの経緯を詳細に記述し、その後の研究方向を検討した結果がまとめられている。

 第2章は、「浮遊制御系の電位および電界計数」と題し、保持すべき球体の運動を議論する上で必要不可欠な四重極配置における電位分布を実形状に即して重ね合わせを用いて計算し、更に、その結果を利用し、それを微分することによって電界分布までもを求めるプログラムを完成させ、いくつかの例について計算した結果を示している。また、垂直方向の閉じこめ力を発生させるために導入された2つの球電極によって通常の四重極での電位分布とは大幅に異なるでんいぶんぷとなることなどを明らかにしている。なお、この球電極の電位は、各電極をそれぞれ1つの点電荷で置換した程度の近似モデルで計算しても電位分布が必要な場所での計算誤差は3%以下であることを明らかにし、以後、この簡略化した電位分布計算でよいことを確認した。

 第3章は、「浮遊制御空間での帯電球体運動の計算機シミュレーション」である。帯電粒子の挙動を流体の粘性を考慮した運動方程式を元に、第2章で求めた電位分布を考慮して解き、現実の帯電粒子の運動を計算機シミュレーションによって求めた結果を示している。これによって、浮遊安定条件を明確にした。

 第4章は、「外乱が作用した場合の球体の運動と浮遊位置制御」と題し、宇宙で発生しうると思われる外乱が、帯電粒子の運動に及ぼす影響を粒子の運動をシミュレーションすることによって解析した結果を報告している。外乱の影響の規模は、3種類程度に大別されること、外乱に対する新たな制御方式として間歇電圧制御方式と称する方式を提案している。これは、外乱が発生して粒子の位置がおかしくなると、それを検出して電極系全体に直流電圧を印加することで急速に愛乱を収束させることができると結論している。

 第5章では、「安定浮遊と高温加熱の同時達成を可能とする浮遊制御」と題し、輻射か熱によって2,000度C以上まで加熱可能な静電浮揚装置をシミュレーションによって検討した結果をまとめてある。加熱効果をあげるために、四重極を細い電極棒の集合体に分割し、電極の太さ、本数などの効果を検討している。太い1電極を5本以上の細い電極で代用した場合、電位分布の変化は、20%以下であること、加熱に必要な電力は10分の1程度まで減少できることなどを明らかにしている。

 第6章は、新たに提案している装置の性能を実験的に検証した結果を示したもので、「浮遊および溶融実験」のタイトルがついている。地上実験では、1電極を5本の格子電極で代用したシステムにおいて浮遊が確認されている。真空実験では、加熱するとほぼ1万秒で発泡スチロールの球が蒸発することなどを明らかにしている。また、短時間ではあるが、自由落下によって作られた微小重力下での実験も行い、直径が12mmの粒子の浮遊に成功した例を紹介している。

 第7章「結論」では、これまでの研究の背景と結果とを再度まとめ、軸方向には直流電界により、また、水平方向には交流四重極閉じこめ方式を用いた静電四重極閉じこめ方式によって微小重力下での浮遊・加熱が可能であることをまとめている。

 以上を要するに、本論文は、宇宙空間等の微小重力環境の下に、無容器状態のままで試料をその中心部に閉じ込め、溶融加熱等の処理を実現できる方式として、交流四重極方式と直流電界方式を組み合わせた静電気制御方式による多導体格子状電極系を提案し、その制御性能を計算機シミュレーションによって検討し、更に、その有効性を実験的にも証明したもので、今後の無重力材料実験の進歩に寄与し、静電気工学の進展に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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