本研究は「1.55m帯量子井戸レーザの歪補償による高速化とフェムト秒領域光パルス圧縮に関する研究」と題し、全6章からなる。 次世代のテラビット級超高速光通信システムや光ミリ波融合通信システムの構築ならびにその評価・制御において光源となる半導体レーザの高速変調および半導体レーザにおける超短パルス発生技術はキーテクノロジーであるが、在来の半導体レーザでは不十分であった。 第1章は序論であり、半導体レーザ高速化技術の進展、なかんずく利得スイッチ法による超短光パルス発生の進歩を展望し、従来不十分であった特性を改善するには物質設計に立ち戻って系統的な検討を行い、新たな技術開発を進めることが重要であると指摘し、本研究の目的としている。 第2章は「半導体レーザ高速化のための量子井戸構造の設計」と題し、半導体レーザの高速化においてボトルネックとなっていたキャリア輸送効果を抑制して直接変調応答帯域を広くするには、従来型の量子井戸構造では正孔の蓄積が障害となるのに対し、歪補償InGaAlAs/InGaAsP量子井戸構造ではこの障害が取除ける可能性のあることに着目し、詳しく理論的,実験的な検討を行った結果について述べている。本組成についてバンド構造計算を実行し、正孔に対するポテンシアル障壁が下げられることが明らかにされたが、これは輸送効果の抑制に役立ち、半導体レーザの高速化をもたらすと予言している。 第3章は「InGaAlAs障壁層歪補償量子井戸レーザによる30GHz動作」と題し、実際に本構造について結晶成長を試み、半導体レーザを作製し、その小信号直接変調特性を測定している。波長1.55ミクロン帯では世界最高の3dBカットオフ周波数である30GHzが達成された。これらにより、バンド構造設計手法を用いて価電子帯の波動関数を制御することが半導体レーザ特性の顕著な向上へのブレークスルーとなることを実証した。 第4章は「高速半導体レーザを用いた利得スイッチ光パルス発生」と題し、高利得、広い帯域の半導体レーザのパルス動作における不安定現象について詳しく検討している。すなわち広帯域半導体レーザでは非線形応答性が強まり、カオス効果が出現しやすくなることが見出された。実際、歪補償量子井戸レーザの利得スイッチ動作において高い出現率でカオスないしカオスに至る不規則動作が生じる様子を観測し、カオス理論によってその特徴が良く整理できた。ただしこの現象は高速レーザの利用の観点からは障害となる。半導体レーザ共振器への外部光注入を行って緩和振動周波数およびそのダンピング周波数を制御すればカオス発生の条件を制御できることを予想し、実験によってその有効性を確認している。 第5章は「利得スイッチ光パルスのファイバー非線形現象を用いた20fsパルス発生」と題し、高速光システムの高時間分解計測に必要なフェムト秒領域超短光パルスを半導体レーザから発生させる方法について研究している。発振波長1.5m帯の量子井戸半導体を利得スイッチさせることによってピコ秒光パルスが発生するが、これをさらに圧縮するために従来から検討されている多段ファイバー非線形パルス圧縮技術について詳細な検討を加え、最適な組合わせ法を探索した。特に光パルス圧縮過程で生じるペデスタル成分を主パルスから分離するために、ファイバー光増幅器中での利得と分散、圧縮用ファイバーの分散値やラマン効果などに注目して圧縮系を構築し、従来の世界記録であった65フェムト秒を超える20フェムト秒の超短光パルスを達成した。 第6章は「結言」であり、得られた成果とまとめるとともに今後の課題と展望に言及している。 以上のように、本研究は半導体レーザの高速化の障害となっていたキャリア輸送への障壁を取り去るバンド構造を理論的に探索し、それに合致する歪補償量子井戸結晶を用いて半導体レーザを作製することによって、波長1.5m帯では世界最高の変調帯域である30GHzを得るとともに、それに伴うカオス不安定性の観測およびその抑圧法の提案を行い、また光ファイバーの非線形特性と分散特性の精密な設計によって20フェムト秒パルスを実現するなど、電子工学、特に超高速半導体光エレクトロニクスに貢献するところが多大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |