学位論文要旨



No 214648
著者(漢字) 日向,文明
著者(英字)
著者(カナ) ヒウガ,フミアキ
標題(和) 高速GaAs集積回路用FET閾値電圧の制御法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214648
報告番号 乙14648
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14648号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 高度情報化社会の実現に向けて、電気通信技術の変革が進展している。特に、マルチメディア情報を通信するための大容量光ファイバ伝送と、モバイルコンピューティングを支えるワイヤレス通信の進展が著しい。本論文は、これらの分野を支えている高速GaAs集積回路に関し、実用レベルの集積回路実現を目的に、基本素子MESFET(Metal-Semiconductor Field Effect Transistor)閾値電圧の絶対値と均一性の制御について研究した結果をまとめた。半絶縁性GaAs基板にSiイオンを注入して能動層を形成するタイプのMESFETでは、研究を開始した1983年時点で大きな問題となっていた、閾値電圧が基板内の転位の影響を受けて大きく変動する現象について、変動の機構を解明し制御法を確立した。1980年代後半から本格的な導入が始まった、極薄層を積層したエピタキシャル成長ウエハを用いるヘテロ構造MESFETについては、ウエハの構造と電気特性を非破壊で評価し、これらの評価値からMESFETの閾値電圧を予測する手法を確立した。

 基板内転位効果の機構解明には、結晶やイオン注入能動層のキャリア濃度を直接測定できる微小ホール素子を考案し導入した。Si注入能動層について、ホール効果測定後、微小ホール素子評価領域のフォトルミネッセンス測定とC-V測定を行い、転位周囲での特性変化に関するデータを集積し、以下を明確にした。

 1)閾値電圧変動の原因は、転位を中心とする半径75m内の領域で起こるキャリア濃度上昇である。

 2)キャリア濃度上昇は、転位周囲で結晶がAs過剰であるため、注入したSiがAs格子位置に置換されにくいために起こる。

 以上の結果をもとに、結晶基板表面にV族元素を注入してV族リッチとし、両性元素であるSiがIII族元素であるGaの格子位置に置換される確率を上昇させて、Siの活性化率を上昇・均一化するV族元素注入法を考案した。SiN膜を用いた800℃の活性化熱処理では1018/cm3の燐の共注入が有効であり、図1に示すようにキャリア濃度は1.4倍に上昇し、その基板内変動は1/2.5に低下した。この手法をFET製作に適用し、3インチ径基板全面の閾値電圧標準偏差として無添加基板で29mV、無添加・熱処理基板で22mVを実現した。これらは、In添加により低転位密度化した基板の結果(23mV)とほぼ同等である。さらに、8mm角での標準偏差はそれぞれ19mV、14mVであり、当初目標として掲げた、10万個以上のFETを集積して製作する16kbスタティックメモリ用の均一性(標準偏差15mV以下)が無添加・熱処理基板に適用することで実現できることを確認した。

図1 燐共注入によるシートキャリア濃度分布変化(燐注入濃度1018/cm3、基板は2インチ径無添加GaAs)

 非破壊閾値電圧予測の検討は、チャネルに1018/cm3台の高濃度Siを添加したInGaAs、ゲート障壁層にInGaPを用い、ソースとドレインをSi注入で形成するInGaP/InGaAsヘテロ構造MESFETを対象として行った。デバイス用ウエハの構造は、InGaP(20nm)/GaAs(5nm)/InGaP(10nm)/n+InGaAs(12nm)/GaAsである。表面InGaP層は保護膜で、プロセス進行と共にウエハ最表面層がnmオーダでエッチングされることを勘案して付加した。この層はゲート金属堆積直前に除去し、閾値電圧を決定するゲートとチャネル間距離を一定に保つ。InGaPに続くGaAs薄膜はゲート金属とInGaPが熱処理中に反応することを抑止するために挿入した。構造評価は、X線回折によってInGaAsのIn組成を決定した後に、各薄膜の層厚を分光エリプソメトリで解析する手法を考案した。パラメータ増加による誤差増大の抑止が可能となり、評価結果はTEM評価結果と10%以内の誤差で一致した。InGaAsチャネルのキャリア濃度は、うず電流を利用したシート抵抗と移動度の測定より導出し、非破壊での決定を実現した。以上の評価値をもとに以下の3項を勘案して、理論式に則って閾値電圧を計算するプログラムを作成した。

 1)プロセス進行に伴うウエハ最表面層の膜厚減少

 2)各層間の界面準位

 3)ゲート下の歪みに応じたInGaAsチャネル内のキャリア濃度の熱処理変化

 このプログラムによる予測結果と実測値は、図2に示すように、ゲート長0.12mの実デバイス用FETについて±100mVの誤差で一致する。従来報告されている閾値電圧予測は、一定のデバイス構造で得られるウエハ評価値と閾値電圧との相関データをもとに行うのが一般的である。本手法は理論式に則って計算しているため、デバイス構造を変えたり、あるいは、結晶成長過程で設計と異なるウエハとなった場合でも、閾値電圧予測が可能となる。

図2 閾値電圧VTの計算結果と実測結果の相関
審査要旨

 本研究は「高速GaAs集積回路用FET閾値電圧の制御法に関する研究」と題し、全5章からなる。GaAsは高い移動度を持つ半導体であり、半絶縁性基板結晶が得られるためにシリコンよりも高速な集積回路を作成するにのに適した物質であることが1970年代以来明らかになってきており、ディジタル信号処理、通信等における次世代技術として注目されていた。本研究が開始された1980年台前半に最も実現性が高い技術はイオン打ち込み法によるGaAsショットキーゲート電界効果トランジスタ(MESFET)集積回路であったが、トランジスタスイッチの閾値電圧がウエーハ面内で変動することが見出され、実用化への最大の難点とみなされるようになっていた。

 第1章は「序論」であり、研究の背景、特に上記の問題を説明するとともに、対象となるMESFETの基本動作理論を要約し、また基板結晶中の転位の分布と閾値電圧の相関が見出された事実を出発点に、集積回路用GaAs基板結晶の構造と電気的特性を非破壊で評価する方法を開発し、均一化の方法を探索することを本研究の目的としている。

 第2章は「閾値電圧変動の機構解明」と題し、ウエーハ面内での閾値電圧変動の主原因の一つとして考えられる転位の影響を調べるために、ショットキーゲート付ホール素子を2次元的に配列したテストウエーハを作成し、シートキャリア密度およびFET動作閾値の分布測定をおこない、エッチピットの分布図との相関を調べている。実験結果の解析によって転位の周囲約75mの領域で能動層キャリア密度上昇が起こっていることを明らかにした。その原因として転位近傍でAs空孔とGaAs空孔の比が減少し、GaサイトのSiドナー形成が促進されるためと解釈している。熱力学的考察から導かれる深い準位EL2の密度とキャリア密度の正の相関が実験的に確認され、本解釈の妥当性が強められた。

 第3章は「共注入による閾値均一化」と題し、前章の推測に基づいて試作された無転位結晶に対してホール効果マッピングの基礎測定を行い、キャリア密度が均一化されていることを確かめた。ただし無転位領域はインゴット中央部14mm程度に限定されているのが欠点であった。この問題を解決するため新たにシリコン(Si)と燐(P)を同時にイオン注入する方法を提案した。すなわちV族元素である燐(P)を3種類の加速エネルギーで空間的に均一密度となるように打ち込むと、活性化熱処理の際に高濃度のGa空格子点が形成される。この領域にSiを注入することによってSiは選択的にGa格十点を占有してドナーとなるため、キャリア濃度が高められる(活性化率の増大)。実際にこの処理を施した試料についてキャリア密度分布の測定を行い、高い活性化率を確認した。評価用FETを多数作り込んだ試料ウエーファについて閾値の2次元分布を測定すると、共注入した試料では共注入しない試料に比し、均一性の顕著な向上が確認できた。

 第4章は「ヘテロ接合MESFETの非破壊閾値電圧予測」と題し、近年実用化が始まっているヘテロ構造FET集積回路用の結晶を非接触で評価する方法の開発について述べている。本研究の対象としたInGaAs/InGaP組成の高ドープ薄膜チャンネルFET(DMT)に関し、閾値の分布を正確に予測するには膜厚および電気的特性の空間分布を非接触で測定しなければならない。これらの測定データに基づき、推定した閾値の分布が実際の分布と一致すれば、閾値均一性のモニタリングが可能となる。積層ウエーハの構造を評価するために分光エリプソメトリ法とx線回折ロシキングカーブ法の測定を組合わせた。これによって各層の厚さを10%以内の誤差で評価できた。次に電気的性質を非接触で評価するために渦電流測定系を設計・製作した。その2次元分布データからトランジスタの閾値分布の予測を行い実験値と比較したところ良好な一致が確認された。

 第5章は「結論」であり、得られた成果をまとめている。

 以上のように、本研究は情報通信および情報処理分野への応用が進められているGaAs系高速集積回路においてトランジスタスイッチの閾値電圧が空間的に不均一となる困難を解決するため、基礎物性諸量の面内分布測定を組合わせることによって不均一性の原因を推定し、次いで活性化率を高めることを狙って燐とシリコンの共注入法を提案し、実際にその有効性を確認するとともに、ヘテロ構造FET集積回路用の積層エピタキシアル結晶について非接触評価法を提案し、閾値分布を精度良く推定することを可能にしたもので、電子工学、ことに高速集積エレクトロニクスに貢献するところが多大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク