学位論文要旨



No 214652
著者(漢字) 内田,和人
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,カズト
標題(和) 強磁場・高圧環境を用いたGaP/AlPヘテロ構造の励起子に関する研究
標題(洋)
報告番号 214652
報告番号 乙14652
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14652号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 長田,俊人
内容要旨 1.序論

 半導体ヘテロ構造は、電子、正孔の運動を制御する、いわゆるバンド・エンジニアリングの典型的手法であり、これまでに数々の新物質と、多彩な物性を生み出してきた。そしてGaAs/AlGaAsヘテロ構造の強磁場下二次元電子系での分数量子ホール効果といった、これまでの枠組みでは説明できない現象も発見されている。発光ダイオードや半導体レーザーなどの発光素子への応用では、直接遷移型半導体を用いた数多くのヘテロ構造デバイスが研究、実用化されている。さらに近年、間接遷移型半導体のみで構成された半導体ヘテロ構造を新たな発光材料に利用する試みがなされ、母体結晶の性質からかけ離れた新しい物性の可能性が期待されている。本来、光学遷移が禁制である間接遷移型半導体の発光効率を上げるためには、pn接合、量子井戸構造など、電子と正孔を空間的に接近させ、再結合確率をあげる方法と、超格子という新たな周期構造を人工的に導入し、電子帯の折り返し効果によってk空間での直接遷移を実現させる方法があり、いくつかの材料系で研究されている。なかでもGaP/AlPヘテロ構造は理論的に扱いやすい格子整合系であり、短周期超格子の形成によって、可視光領域において、これまでの間接遷移型半導体の常識を越える強い発光が観測されている。この発光が電子帯の折り返し効果によるものであるかどうかは、まだ結論が出ていない。またSiGe/Si系と同様の隣接閉じこめ構造からも、超格子構造を上回る強い発光が観測されたことから、発光メカニズムの解明が待たれている。

 GaP/AlP短周期超格子は、価電子帯の頂上がGaPの点にあり、伝導帯の底がAlPのX点にある、実空間、波数空間ともに電子と正孔が空間分離した間接遷移型の半導体である。そしてGaPとAlPの層数の和が偶数の超格子を形成した場合、プリュアン帯域の折り返し効果によりAlPのX点が点に折り返される。しかし、この折り返し効果を受けるのは超格子面に垂直な方向であるXZ点だけであり、X点にそのままとどまっているXXY点(超格子面に平行)よりもXZ点のエネルギーの方が低い場合にk空間での直接遷移型へ変換することになる(図1)。有効質量近似では、超格子ポテンシャルによって質量の重くなったXZ点の方が、XXY点よりもエネルギーが低くなる。しかしXx-Xy混成がXXY点のエネルギーを下げる効果も考えられ、伝導帯の最下端がXZ点になるのか、それともXXY点になるのかは、未解決の問題である。そして、ブリュアン帯域の折り返し効果が、どの程度発光に寄与するのかについても、明らかになっていない。

図1

 遷移型を決める伝導帯X点の電子有効質量は異方性が強く、磁場によって、バンド端近傍の電子状態が大きく変わることになれば、発光スペクトルに劇的な変化が期待できる。通常、半導体中の励起子に磁場を加えると、サイクロトロン運動によって、磁場に垂直な面内の励起子波動関数が収縮し、束縛エネルギーや振動子強度の増大をもたらす。しかし、タイプII超格子の場合、電子と正孔が空間的に分離しており、そのような状況下での励起子に磁場を加えた実験例はほとんどなく、それ自体、大変興味深い。さらに、超格子面に垂直に一軸応力を加えると、-XZ遷移エネルギーは低エネルギー側へ、それとは対照的に-XXY遷移エネルギーは高エネルギー側ヘシフトすることが知られている。発光スペクトルの圧力依存性を調べれば、どちらのX点からの発光が、明らかになる可能性がある。GaP/AlP隣接閉じこめ構造からの強い発光は、その起源を超格子構造に求める考え方を否定するものであり、磁場と高圧のもとでの発光スペクトルの変化が、超格子とどのような違いを見せるのが、GaP/AlPヘテロ構造の発光のメカニズムを解明するうえで重要である。

 本研究は、GaP/AlP系ヘテロ構造(超格子、隣接閉じこめ構造、単一量子井戸)に、磁場と高圧を独立に、あるいは二つの環境を同時に作用させたときの励起子発光の測定を行い、バンド端の電子状態、および強い発光のメカニズムを調べることを目的とする。

2.試料と実験方法

 測定に用いた試料は、GaP/AlP超格子、AlGaP/GaP/AlGaP量子井戸、AlGaP/AlP/AlGaP量子井戸、及びAlGaP/GaP/AlP/AlGaP隣接閉じこめ構造であり、すべて東京大学先端科学技術研究センターの白木研究室によって、GSMBE法で作製された。ここで、AlGaP/GaP/AlGaP量子井戸は、正孔のみGaP層に局在しており、AlGaP/AlP/AlGaP単一量子井戸は、電子のみAlP層に局在している。また、隣接閉じこめ構造は、AlGaPを障壁層とし、電子がAlP層に、正孔が隣接したGaP層に局在している。

 磁場の発生には非破壊型パルスマグネットを用い、約45Tまでの強磁場下での発光スペクトルの測定を行った。励起光源にはArイオンレーザーの351nmを用い、OMAで検出した。OMAは、検出器にCCDを用いており、光信号によって蓄えられた電荷を次のピクセルへと移動させるシフトレジスタ機能を応用して、パルス磁場で刻々と変化する光スペクトルを連続的に記録することが可能である。また、分光器からの縦長の光を直にCCD面に結像させ、約12msのパルス磁場の頂上でOMAのゲートを1msだけ開けることにより、誤差±1.5%以内の均一な磁場下での光学測定を行うこともできる。この場合、パルス強磁場発生のごく短い時間においても、高精度の測定が可能である。

 定常磁場下での静水圧発生法として、クランプ式のダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)とピストン・シリンダー式圧力セルが知られている.しかし、DACをパルス強磁場下で使用した場合、ガスケットの渦電流による発熱で、試料の温度上昇は避けられない.それに対して、ピストン・シリンダー式圧力セルはテフロンで作られた容器の中に圧力媒体と試料を入れ、蓋をして、金属製シリンダーの内部に挿入し、超硬合金製のピストンで加圧して高圧を発生させる方法で、主に定常磁場下での電気的測定に用いられている.我々は、この技術を応用し、パルス強磁場下で使用できるサファイア窓を持つ光学測定用圧力セルの開発を行った。さらに、パルス強磁場中で使用出来る一軸応力発生用のクランプセルも独自に開発し、強磁場(45T)、高圧(1.6GPaまでの静水圧・一軸性応力)、低温(4.2K)という多重環境下での発光測定を行った。

3.磁場による効果

 図2に、ひとつの基板上に周期の異なる超格子を4種類連続して成長させた多重の超格子(4,4)、(5,5)、(6,6)、(7,7)の磁気発光スペクトルを示す。超格子の層数に依存して、4種類の超格子からの発光が、明瞭に分離されている。そして、超格子面に垂直に磁場を加えた場合(ファラデー配置)、(7,7)超格子を除く、すべての発光ピークが、磁場の増加とともに急激に減衰し、低エネルギーシフトしているのが分かる。これに対して、超格子面に平行に磁場を加えた場合(フォークト配置)は、発光強度はむしろ増加傾向にあり、発光エネルギー位置は、若干低エネルギー側ヘシフトするという結果が得られた。ファラデー配置における発光スペクトルの磁場依存性は、これまでのタイプI超格子の励起子発光の振る舞いとは全く逆であり、特異である。(7,7)超格子からの発光は、弱磁場領域までは、似たような振る舞いを見せるが、より強磁場領域では、発光強度の増大と、高エネルギーシフトを示した。この強磁場領域の振る舞いは、タイプI半導体の励起子とよく似ている。それに対して、(3,3)超格子からの発光は大きな磁場依存性は観測されなかった。また、また、隣接閉じこめ構造でも、ファラデー配置における急激な発光強度の減少と低エネルギーシフトが観測され、この特異な磁場依存性が、ヘテロ界面の性質と関わっていることを示している。さらに、この磁場依存性が温度を上げることによって、抑制される現象も観測された。

図2
4.圧力による効果

 図3に多重に成長させた超格子(4,4)、(5,4)、(6,4)、(7,4)の超格子面に垂直な方向に一軸応力を加えたときの発光スペクトルを示す。(4,4)を除く3つの超格子からの発光は、圧力を加えるとともに、低エネルギー側へと、ほぼ直線的にシフトしていく。それに対して、(4,4)超格子からの発光は、最初、高エネルギー側ヘシフトした後、次第に他の超格子と同じく低エネルギーシフトへと推移していった。図中にKobayashiらによって計算された(4,4)超格子の-Xz-XXY遷移エネルギーの一軸応力依存性を点線で示している。高圧力側での依存性は、計算された-Xz遷移エネルギーの結果と非常によく一致しており、一軸応力によってXXY-Xz交差が起きていることがわかる。交差していると思われる圧力領域あたりから、発光強度も3倍ほど増大している。また、(3,3)超格子からは同じくXXY-Xz交差による120倍を超える発光強度の急激な増大を観測した。量子井戸、隣接閉じこめ構造についても同様の圧力実験を行い、バンド端の電子状態をそれぞれ特定した。

図3
5.磁場と圧力の効果

 一軸圧力下でヘテロ界面に垂直に磁場を加えると、発光強度の減小が抑制される傾向にあることがわかった。この圧力領域では、価電子帯の上端が重い正孔から軽い正孔へ、移り変わっていることが予想されており、超格子面内では、軽い正孔の波動関数は重い正孔のそれよりも、広がりが小さいことが知られており、磁場による効果が相対的に小さくなっているのではないかと、考えられる。また、特異な磁場依存性を示さなかった(3,3)超格子に一軸性応力を加えてXXY-Xz交差を起こし、-Xz発光にすると、同様の急激な発光強度の減少を示すことがわかった。

6.結論

 強磁場、低温において、GaP/AlPヘテロ構造(超格子、単一量子井戸、隣接閉じこめ構造)からの発光スペクトルの測定を行った。その結果、ヘテロ界面に垂直に磁場を加えると、発光強度が急激に減小し、発光ピークエネルギーが低エネルギーシフトを起こすことが分かった。また、発光スペクトルの励起強度依存性および温度依存性を測定し、ヘテロ界面の揺らぎに伴うポテンシャル揺動に束縛された励起子からの発光であることを示した。そして、自由励起子状態と予想される温度での磁気発光スペクトルを測定し、磁場依存性が温度に大きく影響されることを確かめた。このことから、界面に垂直に磁場を加えたときに起こる発光強度の急激な減少は、電子(あるいは電子と正孔)が界面の揺らぎによるポテンシャル揺動に束縛された励起子局在状態において、界面に平行な成分の電子・正孔の波動関数がサイクロトロン運動により収縮し、重なり積分が小さくなることにより、振動子強度及び再結合確率が低下するためであると考えられ、磁場によるキャリア局在と表現できる。また、この特異な磁場依存性は、-Xz発光の場合に起こることがわかった。この現象はキャリアのde Broglie波長、励起子ボーア半径、サイクロトロン半径、界面の揺らぎの大きさ、あるいは活性化エネルギー等に敏感であることが予想されることから、タイプII半導体ヘテロ界面の状態を知るひとつの有力な方法となるかもしれない。

 発光スペクトルの応力依存性から、ほぼGaP/AlP(4,4)超格子を境界として、それよりも長周期では伝導帯下端がXz点、短周期の(3,3)超格子ではXxy点になっていることを明らかにした。また、(3,3)、(4,4)超格子において、圧力誘起Xxy-Xz交差に伴う急激な発光強度の増大を観測した。これは、GaP/AlP系ヘテロ構造の準直接遷移型への変換の必要条件(すなわち伝導帯下端が折り返されたX点であるということ)が満たされていることを確かめた最初の実験である。しかし、交差の前後で、発光ピークがゆるやかなエネルギーシフトを示しており、このことは、発光に対する準直接遷移型への変換効果がそれほど大きくないことを示している。また、ブリュアン帯域の折り返しが起こると予想される周期の超格子と、そうでない超格子との発光強度の違いはたいしてなく、さらに、隣接閉じこめ構造がもっとも量子効率の高い発光を示すということからも、ヘテロ界面の揺らぎに伴うポテンシャル揺動がk選択則を乱し、本来禁制遷移である電子・正孔の再結合を促し、発光を増大させているものと考えられ、界面付近での励起子局在効果が、発光に支配的であることを示唆している。

審査要旨

 半導体量子ヘテロ構造は発光素子、光検出器など新しい光学素子として応用上きわめて重要であり、近年盛んに研究が行われている。従来の光学素子は直接遷移型半導体であるGaAsを基本にするものが主流であったが、最近Si/SiGeやGaP/AlPなどの間接遷移型半導体を用いた素子が非常に強い発光を示すことが見出され注目を集めている。間接遷移型でありながらなぜ強い発光を生じるかという問題は興味深い問題であるが、その機構の詳細については未だに明らかにされていない。

 本論文は、「強磁場・高圧環境を用いたGaP/AlPヘテロ構造の励起子に関する研究」と題し、GaP/AlP超格子及び量子井戸に強磁場および高圧を加え、その下での光学測定を手段として発光機構について行った研究をまとめたものである。

 第1章「序論」では、本研究の背景、目的、方法、論文の概要などが述べられている。

 第2章「GaP/AlPヘテロ構造」では、本研究の対象であるGaP/AlPヘテロ構造についての予備知識、および従来の研究報告がまとめられている。

 第3章「半導体ヘテロ構造の光学的性質と磁場及び圧力の効果」では、磁場や圧力の下で半導体ヘテロ構造の示す一般的性質が簡潔にまとめられている。

 第4章「試料と実験方法」では実験に用いた試料、45Tに及ぶ長時間パルス強磁場の発生方法、1.6GPaに及ぶ高圧(静水圧、及び一軸性圧力)の発生方法、及びその下での光学測定技術が詳しく述べられている。本研究では、パルス強磁場下でも使用することのできる光学測定用高圧装置を新たに開発したこと、及びCCDを用いて1回のパルス磁場によってすべてのスペクトルの得られる時間分解スペクトロメータを開発したことが実験技術の上での一つの特徴になっている。

 第5章、第6章、第7章は本論文の中心をなすもので、本研究で得られた実験結果とその考察が議論されている。

 第5章「磁場依存性」は強磁場下での磁気光学スペクトルに関するものである。種々の周期の短周期超格子や単一量子井戸の試料について励起子の磁気フォトルミネッセンスの測定を行い、磁場を結晶の成長方向(2次元面に垂直)に加えた場合には、発光強度が著しく低下し、ピーク位置がレッドシフトを示すことが見出された。この現象は周期が(4,4)以上のすべての超格子や単一量子井戸について観測され、磁場を成長方向に垂直に加えた場合には見られないことがわかった。励起光強度依存性や温度依存性を調べることにより、この発光が束縛励起子からの発光であることが明らかにされた。そしてヘテロ界面の揺らぎによるポテンシャルの不均一性が励起子の局在化を招き発光強度を増加させていると結論している。

 第6章「圧力依存性」では、静水圧及び一軸性圧力に対する依存性が述べられている。一軸性圧力の下でのスペクトルにおいて、周期(3,3)、(4,4)の超格子では圧力誘起Xxy-Xz交差に伴う急激な発光強度の増大が見出され、これより、(4,4)周期を境にしてそれよりも長周期では伝導帯の最下点がXz点にあり、短周期ではXxy点にあることが明らかにされた。またGaPおよびAlPがそれぞれ相手側に挟まれた単一量子井戸についても、Xx点、Xxy点の上下関係によって説明される圧力依存性が見出されている。

 第7章「磁場と圧力の効果」では、磁場と圧力を同時に加えたときのスペクトルが論じられている。磁場による発光強度の減少は、一軸性圧力を加えることによりかなり抑制されることが見出された。この結果は圧力によって価電子帯の性質が重い正孔的な状態から軽い正孔的な状態に変化するためであるとして説明されている。

 第8章「結論」では、以上の研究の結論が要約されている。

 以上を要するに、本研究は間接遷移型GaP/AlPヘテロ構造について強磁場及び高圧を加えたときのフォトルミネッセンススペクトルの測定から、発光の機構について多くの新しい知見を見出したものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51145