学位論文要旨



No 214654
著者(漢字) 前田,章
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,アキラ
標題(和) 間接画像計測における画像再構成の高精度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 214654
報告番号 乙14654
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14654号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 客員教授 出口,光一郎
内容要旨

 画像計測技術はさまざまな分野で普及が進んでおり、特に医療における画像診断装置、製造業における品質管理・不良診断装置、リモートセンシングによる地球環境モニタリングなどの実用化例では、現代社会において欠かせない技術としてその地位を確立している。本研究では、画像計測技術の中でも間接画像計測と呼ばれる手法を対象とする。カメラで代表される通常の画像計測が、2次元以上の空間に分布した何らかの物理量を直接的に値の配列として計測するのに対して、間接画像計測では、空間の各点の物理量に関する情報を部分的に含むデータを収集し、収集したデータ群から情報処理手段を介して画像情報を得る。

 間接画像計測における対象画像データと収集データの関係は、次の積分方程式の形で書かれることが多い:

 fは計測対象としている画像データ、gは収集されたデータであり、積分核であるkは、対象画像データと収集データの関係を表現したものである。xとyはそれぞれのデータ空間の座標であり、たとえば位置座標と時間座標のようにそれぞれ全く異なる座標空間であってもよい。収集データgから画像データfを得る処理は、式(1)の積分方程式を解くことであり、一般的に画像再生、画像復元、または画像再構成などと呼ばれる。したがって、間接画像計測では、データ収集と画像再構成が組となって全体の計測系を構成することになる。

 

 間接画像計測技術では、再構成画像の高精度化が重要な課題である。収集されたデータは式(1)による変換の過程でさまざまな歪や雑音の影響を受けており、このデータからいかに忠実に原画像の情報を復元(再構成)するかが問題になる。

 本研究は、ディジタル画像処理技術を用いて間接画像計測における再構成画像を高精度化する手法に関し、間接画像計測技術を利用したシステムの代表的な例としてMRI(Magnetic Resonance Imager、磁気共鳴画像診断装置)とSAR(Synthetic Aperture Radar、合成開ロレーダ)を具体的に取り上げて論じるものである。

 間接画像計測における画像再構成処理にはアナログ方式とディジタル方式がある。航空機搭載SARなどでは当初アナログ方式が用いられていた。これはディジタル処理による画像再構成に膨大な計算リソースを必要とするためであったが、計算機の高速化と記憶装置の大容量化が進んだ結果、現在ではディジタル処理で行うのが主流になっている。ディジタル処理による画像再構成処理の本質的なインパクトは、画像再構成手法を独立した情報処理手段としてデータ収集手法から分離して考えることができるという点にある。たとえば航空機搭載SARの光学系画像処理では、データ収集中のセンサ姿勢変動などの歪要因を補正することは事実上不可能である。また時間的に強度の変化する傾斜磁場を用いた超高速MRI画像計測法では、画像再構成方法を前提にしてデータ収集法(傾斜磁場制御方法)を設計していた。これらの方法や考え方ではデータ収集手法と画像再構成手法が密接に結びついており、データ収集時に発生するさまざまな歪に柔軟に対応する補正処理は困難であった。

 間接画像計測による画像再構成を式(1)の求解ととらえ、かつディジタル処理の柔軟性を活用することにより、さまざまな歪の補正が可能になる。画像再構成時の情報処理で歪の補正が可能になることから、センサ系の制約を緩和することにより装置の低コスト化が図れるというメリットも生じる。

 間接画像計測における再構成画像高精度化に関する従来の研究は、大きく次の2つに分類される:

 (1)画像再構成に必要なパラメータの推定

 (2)対象知識を活用した原画像情報の推定

 前者にはMRIにおける静磁場歪の推定手法、SARにおける衛星位置・姿勢データの推定に関する研究などが含まれ、また後者にはVLBI(Very Long Baseline Interferometer)におけるCLEANアルゴリズムやエントロピー最大化法などがある。

 本研究で扱うのは、ディジタル画像処理の柔軟性を活用して、計測系に本質的に含まれる各種の歪が再構成画像に与える影響を分析し、その影響を除去するための一般的な方法論である。特に再構成画像上の点像応答関数の振る舞いを調べることにより、歪の性質やその補正方法、また補正限界を明らかにする手法を示す。本研究で例として取り上げるMRIや衛星搭載SARは、最初からディジタル処理による画像再構成を前提に設計されており、上記の方法論を適用することによって、その具体的効果を示すことが本研究の目的である。これを従来の研究と比較すると、本研究は(1)や(2)のような手法を前提にした上で、さらに高度な歪の補正処理を行うことにより再構成画像の高精度化をはかるものといえる。

 MRIやSARでは、データ収集時にさまざまな歪が発生する。これらの歪は、画像再構成処理の結果、再構成画像上でアーチファクト・分解能の劣化などの画質低下として現れることが多い。特にこの2つの例では、現実の装置で発生する一般的な歪以外に、本質的に避けることができない歪が存在することを示し、これらの歪が再構成画像に与える影響を明らかにした上で、その補正方法を提案する。

 MRIに関しては、データ収集時間の短縮化が高精度化とは別の重要な課題となっており、このために時間変動傾斜磁場を用いた方法が提案・実用化されている。間接画像計測手法としてのMRIは、式(1)における積分核k(,)を位相項exp[-2iy・x]としたものに対応し、収集データg()は対象画像データf()を空間周波数領域で測定したものになる。特に時間変動傾斜磁場を用いたMRIでは、時刻tを間接パラメータとして(t)を制御し、画像再構成に必要なデータを空間周波数領域で収集することになっている。

 時間変動傾斜磁場を用いたMRI画像計測法で、たとえば多次元FFTによる画像再構成法を用いる場合、(t)は空間周波数領域で直交格子上に分布していなければならず、傾斜磁場強度を精密に制御する必要があるなど、データ収集方法に制約が大きい。またこれらの方法では、静磁場歪・傾斜磁場波形誤差・計測対象の動きなどの影響を補正することは困難であった。

 本研究はこの課題に対する解を与えるとともに、MRI画像計測法に対して新しくかつ統一的な視点を与える。すなわち、空間周波数領域でのデータ収集方法を決定する傾斜磁場強度変動パターンに対し、任意の傾斜磁場変動パターンに対応できる画像再構成手法を定式化することにより、データ収集方法と画像再構成方法を明確に分離して議論するための理論的な基盤を与える。この画像再構成法を用いることにより、データ収集法設計における自由度を向上させると同時に、ハードウェアに要求される制約を大きく緩和することによりコストを低減させることが可能になる。さらに、静磁場歪などの各種歪要因が再構成画像に与える影響を正確に分析し、かつそれらの影響を除去する画像再構成アルゴリズムを設計することができるようになる。

 本論文では具体的に静磁場歪・化学シフト・血流による動きの影響を調べ、上記で定式化した画像再構成手法を用いてその影響を除去する方法を示す。これらの議論は本論文で提案した画像再構成手法を用いることによって可能になるものであるが、この画像再構成法はその特別な場合として多次元FFTや逆投影法による画像再構成法を含むので、これらの画像再構成法を前提にしたMRI画像計測法でも同様の議論を展開することができる。

 MRIに関するこれらの成果は、超高速MRI画像計測実現のための理論的な基盤を与えるものであり、今後のMRI装置と画像計測法の開発における強力な指針となることが期待できる。

 SARに関しては、式(1)の積分核は第0近以においてk(,)k(-)と書くことができ、いわゆるコンボリューション変換の式になる。したがって式(1)の逆変換である画像再構成はマッチトフィルタやデコンボリューションと呼ばれる処理になる。

 しかしながら衛星搭載SARに関しては、衛星と地表との相対的な動きの影響から、積分核が明確な位置依存性をもつ。再構成された複素数値をもつ画像データには、この位置依存性の結果として、本質的に除去することができない位相歪が存在することを本研究で示す。SARでは収集データに含まれる情報量を最大限正確に画像化するために、画素間の補間処理により再構成複素画像データのサンプリング周波数を増加させる方法が提案されているが、この位相歪の存在により、通常行われる位置非依存の補間処理ではアーチファクトによる画質劣化が必然的に生じることが示される。

 本研究では、この位相歪の性質を明らかにした上で、具体的な補正方式を提案することにより、再構成に要する処理時間を大幅に増大させることなく高精度なSAR画像を再構成する手法を示す。これまでSARに関して位相歪に言及した研究はなく、特に複素位相を利用した画像処理手法において考慮すべき問題点の一端を明らかにしたものといえる。

 今後さまざまな分野で間接画像計測技術の実用化が進むに連れて、歪要因の分析とその補正方式の開発がますます重要になる。MRIとSARを具体例にして展開した本研究の成果が間接画像計測技術の実用化推進の一助となることを期待する。

審査要旨

 空間の各点の物理量に関する情報を部分的に含むデータ群から,ディジタル画像処理によって対象に関する情報を得る間接画像計測の手法は,医療診断やリモートセンシングの分野を初めとして広く活用されている.間接画像計測では,収集したデータから対象に関する情報をいかに精度よく再構成(復元)するかが重要な問題である.これに対する従来の研究には,収集データ自身から画像再構成に必要なパラメータを推定する手法や,対象に関する事前知識を用いて推定精度を向上させるものがある.しかし,従来は,対象自身の性質やセンサ系の特性に起因して収集データ上に発生する歪が再構成画像に与える影響を分析し,ディジタル情報処理によってその影響を補正するための統一的な方法は十分議論されていない.

 本論文では,間接画像計測における再構成画像上での点像応答関数の振舞いを明らかにするというアプローチを用いて,ディジタル処理による画像再構成の高精度化を行うための新しい方法を述べている.この方法を適用する代表的な例として,磁気共鳴画像診断装置MRI(Magnetic Resonance Imager)と衛星搭載合成開ロレーダSAR(Synthetic Aperture Radar)を取り上げ,この方法による歪補正の手法とその効果を具体的に示している.

 論文は6章より構成されている.

 第1章は「序論」で,間接画像計測における画像再構成処理の高精度化に関する従来の研究を整理し,本論文の目的とアプローチの方法を述べている.

 第2章「時間変動傾斜磁場によるMRI高精度画像再構成法」では,従来提案されている手法の拡張として,任意の傾斜磁場強度変動パターンに対応できるMRI面像再構成手法,著者のいう「重みつき相関法」を提案している.この方法を用いれば,傾斜磁場制御に自白度が増え,制御精度に対するハードウェア上の制約を大幅に緩和することができる.装置と計測手法の双方に対する設計の自由度を拡大させられるため装置を簡便化でき,コストを低減できるという利点がある.重みつき相関法は,再構成画像と収集データが線形の関係にあり,かつ点像応答関数が位置不変であるという自然な条件だけから導かれることも示している.つまり,この方法は2次元フーリエ変換法や逆投影法を特殊な場合として含んだ一般的な画像再構成手法であり,さらにMRIにおけるデータ収集方法と画像再構成方法を分離して議論できる新たな視点を提供するものである.

 本章の後半では,提案した重みつき相関法を用いて,静磁場強度の非一様性が再構成画像に与える影響を明らかにし,具体的な補正法を示すとともに,補正限界についての理論的な上限を与えている.また静磁場強度の非一様性以外に再構成画像の精度低下の原因となる化学シフト・計測対象の動き・横緩和時間効果についても重みつき相関法の立場から検討を加えている.さらに,3次元画像計測への応用やS/N比,再構成に要する演算量についても考察し,重みつき相関法がもつ性質を明らかにしている.

 第3章は「時間変動傾斜磁場によるMRI化学シフトアーチファクト抑制アルゴリズム」と題し,重みつき相関法を用いて複数の化学シフト成分画像を分離する方法を提示している.まず,時間的に強度が変化する傾斜磁場を用いた超高速MRI画像計測の場合,化学シフトによる共鳴周波数ずれの影響は再構成画像のぼけとなって現れることから,これが無視できない問題であることを指摘している.MRI化学シフト成分画像を分離するという処理は,光学顕微鏡における3次元画像処理と類似していることを示した上で,系のコヒーレント性に起因するMRI固有の問題が存在することを明らかにし,この問題を解決する方法として,原画像が実数でかつ非負であるという制約条件を用いることにより,反復推定法で化学シフト成分画像が精度よく分離できることを計算機シミュレーションによって示している.

 第4章「超高速MRI画像計測法における動きの影響の考察と流速測定への適用」では,データ収集中の計測対象の動きが再構成画像に与える影響について検討している.特に臨床上有用な血流速度の測定を例にして,時間的に強度が変動する傾斜磁場を用いた超高速MRIとTOF(Time-of-Flight)法を組み合わせ,かつ計測対象の動きの影響を重みつき相関法によって補正する手法を提案している.

 第5章「位相補正による合成開ロレーダ高画質画像再構成方式」では,衛星搭載SARを例として,その画像再構成の高精度化について述べている.ここではSARの再構成画像は複素数であり,従来はあまり考慮されていなかった位相部分に歪が存在することを指摘している.この位相歪の原因を考察し,その中でも特に系の伝達関数が位置依存性をもつことから,本質的に除去できない位相歪が存在することを示している.この位相歪が再構成画像の補間処理に影響を与え,補間後の画像上にアーチファクトを発生させることを,衛星SEASATに搭載されたSARで得られたデータを用いて示し,この歪を補正する方法として,非定常複素カーネルを用いた補間処理方法を提案し,上記実データに適用して良好な結果が得られることを実証している.

 第6章は「結論」で,本論文の主たる成果をまとめるとともに,本方式の実システム適用への展望と,残された課題について述べている.

 以上要するに,本論文は,磁気共鳴画像診断装置MRIと合成開口レーダSARなどの間接画像計測における画像再構成の性能を点像分布関数で統一的に扱い,対象(特に超高速MRI)の条件や観測システムに基づく再構成画像に生じる歪みを表現し,その補正法と効果を提示したもので,計測工学上の貢献が大きい.博士(工学)の学位論文として合格と判定した.

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