学位論文要旨



No 214657
著者(漢字) 喜安,千弥
著者(英字)
著者(カナ) キヤス,センヤ
標題(和) 高次元データからの目的指向型特徴抽出とその応用
標題(洋)
報告番号 214657
報告番号 乙14657
学位授与日 2000.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14657号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 助教授 駒木,文保
内容要旨

 センサを通して得られるデータは,近年ますます大量かつ高次元になっている.これは,センサの分解能向上と,それにともなうチャネル数の増加,多数のセンサによる同時観測,観測頻度の増加などに起因している.高次元のデータから有益な情報を得るためにはデータの適切な処理が必要である.しかし,従来の比較的低次元のデータを対象とした処理アルゴリズムを高次元データに直接適用することは,処理時間からみて困難であるだけでなく,精度の良い結果を与えない.高次元データの処理においては,まず目的とする有益な情報のみを圧縮して取り出す過程として,特徴抽出が重要である.

 計測には本来,それぞれ具体的な目的や意図が存在する.目的とする結果を高精度に得るためには,抽出する特徴も計測の目的に対して十分な情報を含んだものでなければならない.ところが,従来の特徴抽出方法は,計測の目的・意図という観点から見た場合,必ずしも適切な情報が抽出されるとは限らなかった.

 本論文は,特徴抽出の過程に計測の目的・意図を明示的に導入して,高次元データから目的に応じた適切な情報を抽出する方法を示し,その効果を明らかにしたものである.

 第1章「序論」では,高次元データの処理における特徴抽出の重要性を指摘し,特徴抽出の処理に計測の目的・意図を明示的に導入するという本研究の目的およびその意義を述べた.

 第2章「目的を考慮する高次元データからの特徴抽出」では,目的指向型特徴抽出の原理とその特徴を述べた.まず,従来の特徴抽出法について検討し,高次元データの処理に適用した場合の問題点を示した.経験的・発見的な方法,特徴選択法,主成分分析や正準分析などの多変量解析の手法をそのまま適用する方法などがあるが,いずれも目的に対して適切な情報が得られる保証はなく,十分な精度が期待できない.また,探索的な特徴選択には多くの処理時間を要し,対象の変動や観測条件の変化などに対応できない.ここでは,明示的に与えた計測の目的に対して,最適な特徴を抽出する方法の考え方を示した.定性的な情報を抽出する場合(カテゴリ分類,対象の識別)と,定量的な情報を抽出する場合(濃度計測)について,以下の原理で特徴を抽出する.

 分類を目的とした特徴抽出においては,全クラスをひとつ以上の目的クラスとそれ以外のクラスに分け,目的クラスの分類精度を少数の特徴を用いてできるだけ向上させる.分離すべきクラス間を定義し,それらのすべてが十分な精度で分離できるまで,2クラス間の分離に最適な特徴をクラス間距離の小さい順に逐次的に追加していく.この方法を,定量的な情報抽出にも拡張する.目的物質の濃度範囲[A〜B]に対して高精度な定量を目的とするとき,濃度Aと濃度Bのサンプルの集合をクラスA,クラスBと定義する.目的物質以外の濃度変化やノイズの影響をすべてクラス内のばらつきと考えると,目的物質を高精度に定量する特徴は,クラス内のばらつきを基準としてクラス間の分離が最大になる特徴である.これは,クラスAB間の距離が最大になるように特徴を抽出することに対応する.

 第3章「定性的な情報の抽出を目的とする特徴抽出」では,カテゴリ分類を目的とする特徴抽出の具体的なアルゴリズムを示し,分類において従来多く用いられる正準分析や特徴選択と比較して,本方法の特徴を示した.また,いくつかの対象への具体的な応用を通して,方法の有効性を明らかにした.

 実験室内でイメージングスペクトロメーターを用いて得られた高次元分光データの分類実験の結果を示し,現実のデータに対する有効性を示した.また,航空機搭載型のイメージングスペクトロメーター(AVIRIS)で得られた高次元分光画像へ適用した結果を示し,実際のリモートセンシングにおける高次元分光データに対して有効であることを示した.さらに,リモートセンシングで時系列に得られた多重分光画像を高次元データとして扱い,5時期のLandsatデータを対象としたカテゴリ分類への応用例を示した.最後に,時系列信号への応用として,心電図データにおける異常識別に適用した実験結果について述べた.

 第4章「定量的な情報の抽出を目的とする特徴抽出」では,濃度定量を目的とする特徴抽出について述べた.まず,定量的な情報の抽出を目的とした場合の,特徴空間の構成と特徴の抽出方法を検討し,濃度定量における特徴抽出の手順を示した.

 イメージングスペクトロメーターを用いて得られた分光透過率のデータにもとづき,1試料溶液の濃度定量の実験結果を示した.つぎに,リモートセンシングにおける定量解析への応用として,海洋のクロロフィル濃度の定量方法を検討し,クロロフィル,懸濁物質,溶存有機物の3種の物質が混合した対象から,クロロフィルのみの濃度を精度良く定量する方法を示した.シミュレーションでその効果を確認し,従来の2波長法と比較して,共存する物質の影響を大幅に低減できる可能性を明らかにした.

 第5章「画素の適応的カテゴリ分解」では,要素スペクトルの適応的な推定による画素のカテゴリ分解の方法について述べた.カテゴリ分解は,画素にひとつ以上のカテゴリを割り当て,画素内に存在するカテゴリの比率を推定しようとするものである.カテゴリ分解を正しくおこなうには,各カテゴリの要素スペクトルを正しく知る必要がある.しかし,教師データが目的とする領域のスペクトルの特性を必ずしも代表していない場合には,大きな誤差を生じる可能性がある.ここでは,対象データ自身から要素スペクトルを推定しつつ,カテゴリ分解をおこなう方法を示した.観測データを特徴空間で表現した後,それらが画素内の面積比を係数とした要素スペクトルの線形結合で表されるように,最適な要素スペクトルを推定する.分光センサのルッキング角に応じて画像中のカテゴリのスペクトル特性が変化する場合においても,従来のカテゴリ分解のような大きな誤差が生じないことをシミュレーション実験で示した.

 第6章「結論」では,論文の内容を概括し,結論をまとめた.

審査要旨

 センサを通して得られるデータは,近年ますます大量かつ高次元になっている.これは,センサの高分解能化と,多数のセンサによる同時観測や,観測頻度の増加などに起因している.高次元のデータに対して,従来の比較的低次元のデータを対象とした処理アルゴリズムを直接適用することは,処理時間が膨大になるばかりでなく,精度の良い結果が得られないという問題がある.効率の意味でも高次元データの処理には特徴抽出が重要である.

 本論文は,計測には本来目的や意図が存在することに着目し,目的を達成するのに必要なデータだけを抽出して利用するという視点を基本とする特徴抽出について論じている.従来の特徴抽出法は,このような目的や意図を取り込むことを想定したものではなかった.ここでは,特徴抽出の過程に計測の目的・意図を陽に導入し,高次元データから目的に応じて,定性的あるいは定量的な情報を得るための新たな特徴抽出法を示し,さらにその方法を幾つかの事例に適用して,効率と精度の両面で本特徴抽出法の有効性を明らかにしている.

 第1章は「序論」で,高次元データの処理における特徴抽出の重要性を指摘し,特徴抽出の処理に計測の目的・意図を明示的に導入するという本研究の目的およびその意義を述べている.

 第2章「目的を考慮する高次元データからの特徴抽出」では,目的指向型特徴抽出の原理とその特徴を述べるとともに,従来の特徴抽出法との比較を行い,従来の経験的・発見的な方法や,特徴選択法,多変量解析の手法は,ここでの目的には合致しないことを指摘している.

 さらに,陽に与えた計測の目的に対応する特徴を抽出する方法の手順を提示している.この手順は,低次元化し,正規化した特徴空間においては,カテゴリー間の分離度が,両カテゴリーの特徴空間での中心間の距離に対応させられることに基づいており,定性的な情報と定量的な情報のいずれを抽出する場合にも適用できることを示している.

 第3章は「定性的な情報の抽出を目的とする特徴抽出」と題し,最初に,カテゴリ分類を目的とする特徴抽出の具体的なアルゴリズムを示し,分類において従来多く用いられる正準分析や特徴選択と比較して,少数の特徴で目的とする対象を高い精度で分類できることを示すとともに,他の方法が評価基準としている平均精度についても,他の方法と同等かそれ以上の結果が得られることを示している.高次元スペクトルデータに適用して有効性を明らかにするとともに,次元をスペクトルから時間に拡張しても同じ方法が適用でき,有効な手法であることを示している.

 高次スペクトルデータとしては,実験室用イメージングスベクトロメーターによるデータの他,航空機搭載用のイメージングスベクトロメーター(AVIRIS)で実際に得られた高次元分光画像をも用いている.次元の時間軸への拡張の例として,時系列的に得られた多重分光画像(5時期のLandsatデータ)を用い,さらに,時間軸のみの高次元データとして,時系列データ(心電図データによる異常識別)に適用し,有効性を確認している.

 第4章は「定量的な情報の抽出を目的とする特徴抽出」で,濃度を推定するための特徴抽出法について述べ,定量的な情報の抽出を目的とした場合の特徴抽出の手順を示している.

 この方法を,イメージングスベクトロメーターを用いて得た分光透過率のデータや,モデルから計算で求めた海洋の分光反射率のデータから,クロロフィルなど特定の物質の濃度を推定する問題に適用し,その有効性を確認している.従来の経験的,発見的な方法による推定法に比べ,推定法それ自体が系統的に導かれ,さらに,着目する物質以外の物質による影響を大幅に低減できるという特長があることを指摘している.

 第5章は「画素の適応的カテゴリ分解」と題し,要素スペクトルの適応的な推定による画素のカテゴリ分解の方法について述べている.カテゴリ分解は,1画素内に存在するカテゴリの面積比率を推定するものである.従来は要素成分とその特性が既知としているのに対し,本論文では,対象データ自身から,特徴空間で最適な要素スベクトルを推定してカテゴリ分解を行う方法を示している.分光センサのルッキング角で実効的なスペクトル特性が変化する場合を想定したシミュレーションで,従来の方法より精度の高い結果の得られることを示している.

 第6章「結論」では,得られた結果を纏め,残された課題について述べている.

 以上要するに,本論文は,近年益々その量が増え続けているデータから,有用な情報を少ないデータで得るための特徴抽出法に計測や処理の目的を陽に取り込んだ新しい方法を提示し,定性的な情報ならびに定量的な情報のいずれを得るのにも有効であることを示したもので,計測工学,情報工学上の貢献が大きい.よって,博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク