学位論文要旨



No 214661
著者(漢字) 米村,正一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヨネムラ,セイイチロウ
標題(和) 大気圏と生物圏の間の一酸化炭素と水素の交換過程に関する研究
標題(洋) A Study on Exchange Processes of Carbon Monoxide and Hydrogen Molecule between the Atmosphere and the Biosphere
報告番号 214661
報告番号 乙14661
学位授与日 2000.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14661号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 植松,光夫
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 五十嵐,丈二
 東京大学 助教授 岩上,直幹
内容要旨 要旨を表示する

 温室効果関連気体であり対流圏化学で重要な役割を果たしている一酸化炭素(CO)と、大気中の反応性気体ではメタンにつぐ大気濃度を持つ水素(H2)について、生物圏(土壌、植物、バイオマス燃焼)でどのような交換過程が行われているかについての研究を行った。大気中での一酸化炭素(CO)および水素分子(H2)の濃度は、産業革命以後一貫して増加してきたと推定されている。1990年代に入ってそれらの濃度は幾分減少に転じているがその原因は解明されておらず、今後の更なる人間活動により増加することも懸念される。COは対流圏での光化学反応で中心的な役割を果たしており、温室効果気体であるメタンや対流圏オゾンと密接な関係を持つため、温室効果関連気体とよばれている。H2は、大気中で反応して水蒸気を生成し、成層圏での水蒸気の重要な起源となっている。これらの気体成分の人間活動による発生量等は比較的よく見積もられているが、生物圏での放出・吸収量はその系が複雑なために、まだよくわかっておらず、交換過程について基礎的な知見を高める必要がある。これまでCOおよびH2は類似した生成源・吸収源がリストアップされている。そこで、土壌による吸収過程、植物体の光酸化およびバイオマス燃焼による発生過程の解明を試み、その制御要因を探求した。各章の概要を以下に示す。

 1章では、CO,H2の発生源(大気中での反応、人為起源、自然源)・吸収源(大気中での反応、土壌吸収)および大気中での振舞いについてのこれまでの研究を概観し、従来の研究では取り扱われていなかった諸問題を明示し本論文で扱う問題点を提示した。

 2章では、つくばでの地上濃度測定から、陸地での大気濃度の変動特性を概観した。地上では朝夕にCOとH2の濃度増加が見られ、人間活動の影響が大きいことが示唆された。草地上の濃度勾配から微気象的方法により,土壌によるCOとH2の吸収が重要であることを示した。

 3章では、CO,H2および二酸化炭素(CO2)、炭化水素等の関連するガス成分の分析方法と土壌による吸収を測定するための手法に関しての説明を行った。土壌による吸収量を測定する方法として閉鎖式チャンバー法、通気式チャンバー法について説明を行い、長短所について述べた。

 第4章では、土壌によるCO,H2の吸収についての野外測定を近接した畑地および林地にて行い、制御要因の解明を試みた。土壌の中では、生物的な吸収過程(濃度に比例して吸収量は増大する)と非生物的な生成過程(濃度に依存しない)の双方が起きている。生成過程は、指数関数的に増大することがわかった。畑地でのCO,H2の沈着速度は、0-7×10-2,0-9×10-2cm s-1であり、表層土壌水分と反相関関係を示した。土壌水分は、土壌内でのガス移動を制御する拡散係数を大きく制御する。すなわち、表層土壌水分との負の相関関係は、CO,H2の土壌による吸収が拡散係数によって大きく制御されていることを示している。CO,H2の沈着速度は、水素の方が1.5倍程度と大きいことがわかったが、H2の分子拡散係数がCOより大きいためと考えられる。農業活動の影響は、耕起をすれば吸収速度が大きくなり、圧密下では小さくなることがわかったが、これは土壌内での拡散係数が変化するためと考えられる。また、有機物を施肥した試験では、多く施肥した区の方が5-10%程度高めの沈着速度を示した。有機物により生物活性が高まることも考えられるが、土壌構造の変化による拡散係数の増大の効果が大きいものと予想された。林地で沈着速度は、1.5-4.5×10-2、5-8×10-2cm s-1であり、畑地と同程度であったが、その変動は小さかった。林地では、もともと通気性が高く、土壌の拡散係数が大きくは変動しないためによるものと考えられる。林地では、COとH2の沈着速度の比が大きかった。これは、H2の方が分子拡散係数が大きく表層の枯葉層を通りぬけやすいためと推測された。これまでの他の研究結果等とともに検討した結果、生物吸収活性のある地点でのCO,H2のグローバルな平均的な沈着速度は、2-3.5,5-7×10-2cm s-1程度であると予想される。

 5章では、土壌によるCO,H2の吸収を機能的に理解するためのモデリングを行った。4章の結果を受けて土壌中での拡散項、生成項、吸収項のある1次元の方程式を作成し、解析的、数値的にメカニズムの解明を行った。土壌内の生成項、吸収項は実験的に推定を行った。このモデリングにより、4章での野外測定の現象をうまく説明出来ることがわかった。解析解では、土壌から発生してくる気体の場合とは異なり、土壌により吸収が行われる気体の場合は、大気から土壌への拡散係数が非常に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、局在化パラメータに対して沈着速度はmmスケールでの設定で大きな影響を受けた。すなわち数mmの土壌の状況が沈着速度に重要である。

 6章では、4章・5章でわかったことおよび海外での研究結果を総合的に活用して土壌によるCO,H2のグローバルな吸収量を推定した。拡散モデルおよびグローバルグリッドデータを用いた推定では土壌によるCO,H2の吸収量は110Tgyr-1および、70Tg yr-1程度と見積もられた。これはグローバルな消失過程の5%および75%程度である。COはこれまでの推定15%より低くなっているが、この違いはこれまでより沈着速度の評価が下がったこと、大気境界層の濃度の推定量が下がったこと等に起因するものである。H2については、これまで多くの文献で引用されていた値よりも幾分少なめであるが、同位体による推定結果より大きめの結果が得られた。吸収量の季節変化は北半球の夏に極大となるが、北半球陸域生態系が活発に吸収を行うためである。H2濃度が、北半球で秋に極小を示すこと、及び北半球は南半球より低いことは、土壌による吸収の効果が表れたものと考えられる。本研究で行われた推定法は生物的・物理的な過程をモデル化しており、地球環境変化でどう吸収量が変化するかの推定も行うことが出来る。例えば、全球的に温度が上昇すると、全球吸収量は増大すると予想された。

 第7章では、光酸化による植物体からのCO発生過程を、ガス交換を計測することにより解明を試みた。実験室でCO2濃度、酸素濃度、湿度を変化させ、葉身からのCO発生量を通気法で計測した。CO発生には、光呼吸代謝系との関係があるとの仮説も提唱されているので、C3植物である稲およびC4植物であるトウモロコシを用いた。稲とトウモロコシの間には大きな放出量の違いはなく、他の植物の報告値と大きな違いはなかった。CO放出量は光強度に比例し、酸素濃度とは正の相関関係があった。また、稲の枯葉からは生葉に比して10倍のCOが生成されていることがわかった。CO2濃度にCO放出量が依存しないことから、COの光による生成過程の光呼吸への関連は否定された。また、湿度にもCO放出量が依存しないことから、気孔コンダクタンスには制御されていないことがわかった。植物体からのCO発生は光酸化過程であることがはっきりしたが、詳しいメカニズムについて更なる研究が必要である。

 8章では、バイオマス燃焼(生物圏での燃焼過程)でのCO生成過程の解明を試みた。CO生成を植物体構成要素であるセルロースからの酸化過程の副生成物とみなした。そのために、同時に全炭化水素、炭化水素類およびCO2の測定も行った。農業廃棄物(稲藁、雑草)を燃材とし小型の燃焼炉を用いて燃焼実験を行った。15秒おきに発生したガスをサンプリングして濃度変化を調べる実験と、閉鎖空間内で燃焼させてトータルな発生量を見る実験とを行った。燃焼効率が高い場合(温度が高く炎が見られる)には、COおよび炭化水素類のCO2に対する濃度比は小さかった。燃焼効率が低い場合(温度が低く白煙の発生)、COおよび炭化水素類のCO2に対する濃度比は大きかった。また、濃度の時系列を見てみるとアルカン類に関しては炭素数が増える程相関が悪かった。これは燃焼酸化過程では徐々に炭化水素の骨格構造が壊れるためであると考えられる。燃焼過程では温度が高い程、プロセスが進みCO2まで有機物が酸化される。また、温度が低すぎると燃焼プロセス自体が進まなくなる。これらのプロセスを概観するのにCOおよびCO2は、キーパラメータとして重要なことがわかった。

 最後に9章で得られた結果の要約を行った。本論文で明らかにされた研究結果によりCO,H2の生物圏での交換過程についての理解が大いに高められた。また、他のガスの生物圏での発生・吸収メカニズムの解明にも大きく手助けになるものと考えられる。土壌による吸収要因としては拡散係数が重要であったが、これは土壌に吸収される他の気体にも同様に当てはまるものと予想される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は9章からなり、温室効果関連気体であり対流圏化学で重要な役割を果たしている一酸化炭素(CO)と、大気中の反応性気体ではメタンにつぐ大気濃度を持つ水素(H2)について、生物圏でどのような交換過程が行われているかについての研究が述べられている。

 大気中での一酸化炭素(CO)および水素分子(H2)の濃度は、産業革命以後一貫して増加してきたと推定されている。1990年代に入ってそれらの濃度は幾分減少に転じているがその原因は解明されていない。H2は、大気中で反応して水蒸気を生成するが、これは成層圏での水蒸気の重要な起源となっている。これらの気体成分の人間活動による発生量等は比較的よく見積もられているが、生物圏での放出・吸収量はその系が複雑なために、まだよくわかっていない。そこで、バイオマス燃焼および植物体の光酸化による発生過程、および土壌による吸収過程の解明を試み、その制御要因を探求した。各章の概要を以下に示す。

 1章では、CO,H2の発生源(大気中での反応、人為起源、自然源)・吸収源(大気中での反応、土壌吸収)および大気中での振舞いについてのこれまでの研究を概観し、従来の研究では取り扱われていなかった諸問題を明示し本論文で扱う問題点を提示した。

 2章では、つくばでの地上濃度測定から陸地での大気濃度を概観した。地上では朝夕にCOとH2の濃度増加が見られ、人間活動の影響が大きいことが示唆された。草地上の濃度勾配から微気象的方法により草地によるCOとH2の吸収量の推定を行い、その重要性を示した。

 3章では、CO,H2および二酸化炭素(CO2)、炭化水素等の関連するガス成分の分析方法と土壌による吸収を測定するための手法に関しての説明を行った。土壌による吸収量を測定する方法として閉鎖式チャンバー法、通気式チャンバー法および微気象的方法について説明を行い、長短所について述べた。

 4章では、土壌によるCO,H2の吸収についての野外測定を近接した畑地および林地にて行い、制御要因の解明を試みた。生成過程は、指数関数的に増大することがわかった。畑地での表層土壌水分との負の相関関係は、CO,H2の土壌による吸収が拡散係数によって大きく制御されていることを示している。これまでの他の研究結果等とともに検討した結果、生物活性のある地点でのCO,H2のグローバルな平均的な沈着速度は、2-3.5,5-7×10-2cm s-1程度であると予想される。

 5章では、土壌によるCO,H2の吸収を機能的に理解するためのモデリングを行った。解析解では、土壌から発生してくる気体の場合とは異なり、土壌により吸収が行われる気体の場合は、大気から土壌への拡散係数が非常に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、数mmの土壌の状況が沈着速度に重要である。

 6章では、土壌によるCO,H2のグローバルな吸収量を推定した。拡散モデルおよびグローバルグリッドデータを用いた推定では土壌によるCO,H2の吸収量は110Tgy-1および、70Tgyr-1程度と見積もられた。これはグローバルな消失過程の5%および75%程度である。本研究で行われた推定法によれば、全球的に温度が上昇すると、全球吸収量は増大すると予想された。

 7章では、光酸化による植物体からのCO発生過程を、ガス交換を計測することにより解明を試みた。CO放出量は光強度に比例し、酸素濃度とは正の相関関係があった。また、稲の枯葉からは生葉に比して10倍のCOが生成されていることがわかった。CO2濃度にCO放出量が依存しないことから、COの光による生成過程の光呼吸への関連は否定された。

 8章では、バイオマス燃焼でのCO生成過程の解明を試みた。CO生成を植物体構成要素であるセルロースからの酸化過程の副生成物とみなした。燃焼過程では温度が高い程、プロセスが進みCO2まで有機物が酸化される。また、温度が低すぎると燃焼プロセス自体が進まなくなる。これらのプロセスを概観するのにCOおよびCO2は、キーパラメータとして重要なことがわかった。

 最後に9章で得られた結果の要約を行った。本論文で明らかにされた研究結果によりCO,H2の生物圏での交換過程についての理解が大いに高められた。また、他のガスの生物圏での発生・吸収メカニズムの解明にも大きく手助けになるものと考えられる。

 なお、4章、5章、6章、7章の一部は共著として公表されているが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であることと判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42805