学位論文要旨



No 214662
著者(漢字) 勝間田,明男
著者(英字)
著者(カナ) カツマタ,アキオ
標題(和) 日本およびその周辺で発生する地震のマグニチュード決定法の見直し
標題(洋) A Revision of Magnitude Determination Methods for Regional Earthquakes In and Around Japan
報告番号 214662
報告番号 乙14662
学位授与日 2000.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14662号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,勝征
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 吉井,敏尅
内容要旨 要旨を表示する

 気象庁の地震カタログは日本およびその周辺の地域を対象とした代表的な地震カタログである。気象庁カタログのマグニチュード(MJMA)は,地震活動・強震動予測等の研究に用いられてきている。しかし,そのMJMAに関して問題点が指摘されてきた。本研究においては、モーメントマグニチュードMwが一般化した現時点において,地域観測網から得られる最大振幅に基づくマグニチュード(以下Mと略す)決定法を見直し,これまで指摘されてきた問題点の解決を図る。

 浅い地震(深さ60km以浅)の変位振幅Mは坪井(1954)により定義された。坪井(1954)は,気象庁の固有周期5〜6秒の変位型地震計により観測された最大振幅から,Gutenberg and Richter(1949)のMに平均的に一致するMを算出する式を提案した。勝又(以下KMと略す)(1964)は,深さ60kmをこえる地震について,同振幅データを用いてGutenberg and Richter(1954)のM(mB)に平均的に一致するM決定法を定義した。これらの方法により決定されたMが,MJMAとして公表されている。

 変位振幅Mには,次のような問題点が指摘されている

・深さ60kmにおける坪井式とKM式のくいちがい。

・深い地震におけるMJMAとMwの偏差。

・観測網更新(1994)における不連続。

・震央距離100km未満におけるKM式の未定義。

 MJMAをDziewonski et al.(1981)によるCMT解から計算されるMwと比較した結果,60km以浅の地震に対しては,MJMA5〜7の範囲においてMJMAと此の平均的な差は0.1以内であった。MJMAとMwの間にはMJMA5〜7の範囲において大きなM依存性は認められない。これは対数変位振幅の係数として用いられている1.0という値が,Mwと震源から比較的近傍で観測された変位振幅の関係を表す上で妥当であることを示している。

 それに対し,深い地震についてはMJMA-Mwは深さとともに増加し,深さ600km付近では約0.4となる。これは,MJMA5〜7の深い地震においてmBが系統的にMwよりも大きいことを示唆している。

 1994年には,地震観測網の更新が行われ、それまで気象庁において約100年にわたり継続されてきた場所から地震観測点の移動がなされた。この観測網更新に伴い,MJMA-Mwにして-0.1〜-0.2の変化が認められる。

 問題点を解決するために,Dziewonski et al.(1981)によるCMT解から計算したMwに基づいて,変位振幅の減衰関数を求めた。この減衰関数により,あらゆる深さにおいて連続で,平均的にMwからの差が0.1以内となる従来型のMが計算可能となった。長期の地震活動を検討する上では,長期間にわたり一様なカタログを提供できることから従来型のMが有用であるが,本研究で提案した方法を用いることにより,長期にわたり深い地震を含めてMwと比較可能な地震カタログを提示可能となる。

 得られた減衰関数において,震央距離約500km以上では深さ200kmの地震の地震波よりも深さ400kmの地震の地震波の減衰が小さい。これは勝又(1964)も指摘していることである。低減衰(Qs=1500)の沈み込むプレートとそれをとり囲む高減衰(Qs=100)の上部マントルという不均質非弾性構造を仮定して非弾性による減衰の効果をみつもった結果,深さ200kmと400kmの地震の地震波減衰の関係がほぼ再現された。得られた減衰関数は,日本列島周辺の沈み込み帯特有の非弾性構造の影響を強く反映したものである。

 周期5〜6秒の変位型地震計では,周期数秒の脈動のために,M<5の地震の振幅を必ずしも観測可能とは限らない。そのため,多くの地震観測網においては短周期速度型地震計(TO=1s)を使用して,規模の小さな地震の観測を行っている。気象庁では,短周期速度型地震計により観測された最大速度振幅に基づくMも決定しているが,速度振幅Mについて次のような問題が指摘されている。

 ・対数速度振幅の係数の変位振幅Mに対する不適合。

 ・深さ60kmより深い地震に対するMの未定義。

 これまでの速度振幅Mにおいては,対数速度振幅の係数として1.0を用いている。この速度振幅Mと変位振幅Mを合わせて,M-度数分布図を作った場合には,変位振幅Mと速度振幅Mの切り替わるM:4〜5の範囲において,グラフの折れ曲がりが認められる。これは,1.0という係数が対数速度振幅と変位Mを関連づけるには,不適当であることを示している。変位振幅と速度振幅の直接の比較からも,1.0という係数が不適当であることが示された。本研究では,渡辺(1971)により坪井のMに対して得られた1/0.85という係数を採用した。最終的に,この渡辺(1971)による係数は,速度振幅とMwの関係を表す上でも,よい近似であることが示された。この係数により小規模な地震にまで,Gutenberg-Richterの式のb値の適正な評価が可能となった。

 規模の小さな深発地震のMを地域観測網からえられるデータに基づいて適正に評価する方法がこれまでなかった。小さな深発地震の規模を評価する方法としては、グローバル観測網のデータに基づくmbがあるが、比較対象がないために、その評価は十分にはなされていない。規模の小さな深発地震のMを決定することは、上部マントル深部でのプレート内部の力学的状態を把握する上でも重要である。

 速度振幅の減衰関数推定においても,速度振幅と同様にMwに基づいた。しかし,現在公表されている地震モーメントカタログには,M<5,深さ約600kmまでの範囲の地震モーメントを十分な数だけ含んでいるものはない。そこで,本研究において,小規模な深発地震を含む地震のモーメントの推定を行った。

 日本列島周辺においては太平洋プレートが沈み込み,その深さは600km以深にまで及んでいる。深発地震からの地震波は,プレート内部の低減衰とその周辺の上部マントルの高減衰の影響を非常に強く受け,周期1秒の地震波においてその経路によって1桁以上の振幅の違いを生ずる。地震の規模を推定する上ではその3次元不均質構造を考慮する必要がある。地震モーメントを推定するための理論波形を計算する際には,プレートによる非弾性3次元不均質構造をモデル化した。推定したMwに基づき,速度振幅の減衰関数を求めた。振幅の減衰関数を,震源深さと震央距離の関数とした場合には,それからの残差と海溝軸と観測点との距離との間に,明確な依存性が認められ,その差は深発地震では0.5を越える場合もある。海溝軸と観測点間の距離もパラメータとして含ませた補正を採用した。

 地震波の振幅と地震モーメントの関係に関しては、これまでは主として周波数領域において議論されてきた。本研究においては、時間領域振幅と相似則に関する検討を行った。対数速度振幅とMwの間の係数は,経験的に1/0.85に近い値であることが示されたが,Aki(1967)によるω2モデル等の相似則から予測されるその値は2.0である。この値は,相似的なスペクトルモデルを仮定する限り同様である。

 観測された地震波のスペクトル構造が相似則に従うとすると,観測された係数の値は説明できない。規模に応じて,地震波のスペクトルの形が非相似的に変わることを仮定すると,経験的に得られた係数の値を説明できた。しかし,震源のみにその原因を求めるとすると,極端なパラメータを仮定する必要がある。また,経路の影響がとり除かれるように規模の異なる地震の観測波形のスペクトル比をとると,ω2モデルからの大きな偏差はみられない。観測された地震波形を経験的グリーン関数として用いて,経路の影響について検討した結果,経路の影響によりこのような経験値が得られることが示された。強震動予測のためにこれまで提案されてきた式のMwと対数速度震幅の係数は1.2〜2程度に分布していたが、経路の影響をどの程度受けたかの違いにより、これらの違いが説明される。

 本研究で得られた結果を用いることにより,現行のMJMAの様々な問題点の解決がなされ,深い地震を含めた長期の地震活動の評価が可能となった。本研究において提案された方法は,気象庁の地震カタログのMとして採用されることとなっている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,気象庁の多数の地震観測データから地震の規模を表すモーメントマグニチュードの決定式を求めたものであり,全部で5章からなる.第1章では導入として,これまでに提案されてきた様々なマグニチュードと日本周辺の地震カタログとして代表的な気象庁マグニチュード(Mjma)がもつ様々な問題点が指摘される.本研究では,浅い大きな地震ばかりでなく,深い地震や小さな地震の規模に関しても一貫してモーメントマグニチュード(Mw)を与えることを目指し,かつ結果の妥当性が論じられる.

 第2章では,変位振幅からのマグニチュードの決定法について検討を行う.Mjmaの変位振幅マグニチュードは浅い地震(深さ60km以浅)については坪井(1954)に基づき,深さ60kmをこえる地震については勝又(1964)に基づいて決定されている.MjmaをCMT解から計算されるMwと比較し,結論としてこれまで相対的な関係が明らかではなかった深い地震を含めたマグニチュードの関係が明らかにされる.60km以浅の地震に対しては,Mjma5〜7の範囲においてMjmaとMwの平均的な差は0.1以内であるのに対し,深い地震についてはMjma-Mwの平均は深さとともに増加し,深さ600km付近では約0.4となる.これは,Mjma5〜7の深い地震において基準となっていた実体波マグニチュードmBが系統的にMwよりも大きいことを示唆する.本章でMwに基づく変位振幅の減衰関数が得られる.この減衰関数により,あらゆる深さにおいて連続で,平均的にMwからの差が0.1以内となるマグニチュードが計算可能となる.また,長期間にわたり深い地震を含めてMwと比較可能な地震カタログを提示可能となる.

 第3章では,速度振幅からのマグニチュード決定法について検討を行う.ここで速度振幅を検討するのは,規模の小さな地震の観測には主として短周期速度型地震計が使用されているからである.規模の小さな深発地震のマグニチュードを地域観測網から得られるデータに基づいて適正に評価する方法がこれまでなかったことから,本研究では,日本列島周辺の3次元不均質減衰構造モデルを考慮に入れて,深い小規模地震の地震モーメントを推定する.それを基準として3次元不均質減衰構造の補正を含む速度振幅の減衰関数が得られる.

 これまでのMjmaの速度振幅マグニチュードにおいては,対数速度振幅の係数として1.0を用いているが,この値は,マグニチュード・度数分布から,対数速度振幅と変位マグニチュードを関連づけるには不適当であり,Mw及び変位振幅マグニチュードとの比較検討から,渡辺(1971)により坪井のマグニチュードに対して得られた1/0.85という係数がMwに対しても適当であることが示される.この係数を適用することにより,b値等の地震発生場のパラメーターを適正に評価することが可能となる.

 第4章では,主として変位の減衰関数における特異な深さ方向の変化について不均質減衰構造の面から検討を行う.得られた変位振幅の減衰関数において,震央距離約500km以上では深さ400kmの地震の地震波よりも深さ200kmの地震の地震波の減衰が大きい.これは,低減衰の沈み込むプレートとそれをとり囲む高減衰の上部マントルという不均質構造による非弾性減衰の効果であることをつきとめ,得られた減衰関数は日本列島周辺の沈み込み帯特有の非弾性構造の影響を強く反映したものであることが明らかにされる.

 さらに,速度振幅と地震モーメントの関係に関しては,これまでは主として周波数領域において議論されてきたが,本研究においては,時間領域振幅と相似則に関して考察が行われている.対数速度振幅とMwの間の係数は,経験的に1/0.85に近い値であること確認された.このような経験値は,震源の相似則と経路の影響によるものであると推論される.第5章はまとめの章である.

 本研究で得られた成果により,小さな地震から大きな地震まで,浅い地震から深い地震で,一貫してモーメントマグニチュードによって規模を定量化することが可能となった.現行の気象庁マグニチュードがもつ様々な問題点を統一的に解決しようとする申請者の研究内容はオリジナリティーが高く妥当なものである.本研究において提案された方法は,現行のマグニチュード決定法に合理的な変革を与えるものであり,地震学において貢献が大きい.よって審査委員会は申請者に博士(理学)を授与できると認める.

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