学位論文要旨



No 214666
著者(漢字) 内田,博司
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ヒロシ
標題(和) 20K-hGHの分泌生産系の構築及びhGH受容体との会合様式の解析
標題(洋)
報告番号 214666
報告番号 乙14666
学位授与日 2000.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14666号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 近年の遺伝子工学の進展により微生物を用いてヒト由来の生理活性蛋白質を生産することが可能になった。この微生物を宿主とした組換え蛋白質の生産法の一つとして分泌生産法がある。この方法において目的蛋白質はシグナル配列との融合体として発現され、分泌の過程でシグナル配列が切断されることにより天然型のN末配列を得ることができ、正しく折りたたまれて天然型の高次構造も形成される,しかし、細胞内で発現した蛋白質が細胞質外へ分泌されるためには、リン脂質二重膜からなる細胞質膜を透過する必要がある。大腸菌における蛋白質分泌の機構についてはBeckwithらの分泌欠損変異株を用いた研究、及びWicknerらや水島・徳田らの反転膜小胞を用いた研究により解析が進んでおり、膜透過反応には7つのSec因子が関与すること、およびエネルギーとしてATPとプロトン駆動力を必要とするという重要な知見が得られている。

 現在、大腸菌の分泌生産系による製造が実用化されている蛋白質として22kDaヒト成長ホルモン(22K-hGH)がある。研究が開始された当初、22K-hGHは分泌生産性が低くその改善が課題とされたが、BeckerやChangらにより適合性の高いシグナル配列が探索された結果、OmpAやST-IIのシグナル配列を用いることにより工業的な生産性が得られることが見出され、今日ではこれにより調製された22K-hGH製剤がhGH分泌不全性低身長症・ターナー症候群、軟骨異栄養症、及び慢性腎不全性低身長症を適応症として臨床的に使用されている、このように22K-hGHについては高純度の試料が大量に入手できるようになったため、その生物活性および受容体との会合様式など作用発現の機序についても詳細に解析されている。ところで、22K-hGHは下垂体前葉のhGH産生細胞においてhGH-N遺伝子より発現するが、この遺伝子からは他にも選択的スプライシングにより22K-hGHの32-46番目に相当する15個のアミノ酸を欠失した分子サイズ20kDaのアイソフォーム(20K-hGH)が発現している.この20K-hGHに関しては下垂体中の存在量が全hGHの5〜10%と少なく、高純度の天然型試料を充分に入手することが困難であったことから、これまでに生理作用や作用機序に関する確証のある知見は得られていなかった。

 本研究は20K-hGHの大腸菌分泌生産系を構築し、高純度の天然型構造を有する試料を大量に調製することにより、これまで確証が得られていなかった20K-hGHの生物活性およびhGHRに対する会合様式を解明し、また血中動態を測るための測定系構築を試みたものである。

 第一章ではまず天然型20K-hGHの分泌発現系を構築するために、既に22K-hGHの分泌生産において効果が実証されているOmpAシグナル配列を用いて20K-hGHを分泌することを試みた。しかし、一次構造上の差異は15アミノ酸の欠失のみにもかかわらず、同系による20K-hGHの分泌生産性は極めて低かった。20K-hGHが22K-hGHと比べて分泌生産性が低いことについては、20K-hGHが22K-hGHよりも高い疎水度を有していることに要因があると考えられた。20K-hGHを効率的に分泌させるためにシグナル配列を検討した結果、B.amyloliquefaciens の中性プロテアーゼ遺伝子のシグナル配列が適していることを見出した、しかし、この分泌生産系を用いても未だ動物実験を行なうために充分量の試料を調製することは困難であった。そこで、宿主の分泌機能を増強するために各種Sec因子や細胞内酸化還元酵素を20K-hGHと共発現させた〕その結果、グルタチオン還元酵素やSecD/F、SecE/PrlA4、及びSecBがいずれも分泌生産性を2倍以上増加させることを見出した。このように多数の因子の共発現が効率を改善したことから、20K-hGHの分泌生産性が低い要因として律速となる過程が多段階存在することが推測された。グルタチオン還元酵素を共発現させた分泌生産系により得られた20K-hGHを精製し、その試料のN末配列と分子サイズを解析したところ下垂体20K-hGHと一致した。また、ジスルフィド結合の位置を同定したところ、22K-hGHから推測される相同部位と一致し、天然型構造を有していることが明らかになった。この天然型20K-hGHを試料として生物活性を測定し、これまでは試料の純度や構造の不均一性から確証が得られていなかった下垂体抽出品やN末メチオニル体を用いた結果と比較したところ、下垂体摘出ラットに対する成長促進作用は22K-hGHと同等であり、従来の報告が正しかったことを裏付けた。しかし、ラット脂肪組織における脂肪分解活性は従来の報告とは異なり22K-hGHと同等、むしろ低濃度では強いことが示された。さらにプロラクチン受容体(PRLR)を介した作用は22K-hGHの30%と弱いことを定量的に示すことができた。これらの結果から、20K-hGHは22K-hGHと同等の成長促進作用および脂肪代謝作用を有すること、また乳癌や白血病および浮腫などの副作用発症のリスクが少ないことが示唆された。

 20K-hGHの血中動態の測定には20K-hGHの特異的抗体を取得が欠かせない。これまでに20K-hGHの欠失領域近傍のアミノ酸配列を抗原として取得が試みられているがいずれも成功していなかった。第二章では分泌生産系の確立により大量に取得することが可能となった天然型20K.hGHを抗原とすることで欠失部位近傍の微細な構造変化を認識する特異的抗体を取得することに成功した。さらに取得した抗体を用いて直接ヒト血清中の20K-hGH濃度を測定できるELISA法(最小感度10pg/ml)を構築できた。

 20K-hGHはhGHRとの結合に関与する部位の一部を欠失しており、またhGHRを多量に発現している肝組織に対する結合親和性が低いことからhGHRに対する親和性が低いものと考えられていた。しかし、hGHRを介する成長促進作用が同等であったことから、受容体会合様式に違いがあることが予想された、第三章ではまず、hGHRを発現させた動物細胞に対する増殖刺激を調べ、hGHRを介する活性は22K-hGHと同等であることを確認した。続いて、20K-hGHと同様の分泌生産法により調製したhGH結合蛋白質(hGHBP:hGHRの膜外ドメイン)を細胞表層上のhGHR濃度を想定した濃度(μMレベル)で20K-hGHと会合させ、22K-hGHと同様に活性型である1:2(hGH:hGHBP)複合体を形成することを見出し、20K-hGHの細胞増殖刺激がhGHRを介することを分子レベルで示した、また、hGH過剰条件では22K-hGHが自己阻害型である1:1(hGH:hGHBP)複合体を形成するのに対し、20K-hGHは1:1(hGH:hGHBP)複合体を形成しないという会合様式に違いがあることも示した。さらに血中のhGHBP濃度を想定した(nMレベル)における会合様式のゲル濾過解析により22K-hGHは1:1(hGH:hGHBP)複合体を優性に形成し、活性を消失するが、20K-hGHはhGHBPとは結合せずに活性を保持することが明らかになった。これらの結果から20K-hGHはhGHBPを多量に放出している脂肪組織などに対する作用および血中半減期において22K-hGHと違いを有していることが示唆された。

 第四章では20K-hGHにおける受容体結合部位の一部の欠失が会合様式に与える影響を解析し、何故22K-hGHとは異なる会合特性を有するのかを推測した。まず、20K-hGHの2つの変異体を用いて、22K-hGHと同様のシークエンシャル・バインディングモデルに従うことを明らかにした。続いて実験的、及び計算科学的手法を用いて20K-hGHの1つ目と2つ目に受容体に対する結合親和性(本研究ではそれぞれをステップ1親和性、及びステップ2親和性と定義)を求め、22K-hGHに対しそれぞれが1/8の低下、及び8倍の増加と変化していることを示した。このことは20K-hGHでは15アミノ酸の欠失により生じたステップ1親和性の低下をステップ2親和性の増加が補うことにより活性発現に必要な1:2(hGH:hGHBP)複合体を22K-hGHと同等に形成できることを意味し、ステップ1親和性が低いにもかかわらず同等の成長活性を有することの説明ができた。このステップ2親和性の増加については15アミノ酸の欠失により中間体である1:1(hGH:hGHR)複合体の構造が変化し、hGHR同士の親和性が増加したことに起因すると考えている。

 結論として本研究において20K-hGHの大腸菌分泌生産系と特異的測定系が構築され、20K-hGHの有用性をヒトにおいて解明するために必要な臨床試験が遂行可能となった。また、20K-hGHは22K-hGHと同等の成長促進作用・脂肪代謝作用を有し、乳癌や白血病および浮腫などの副作用発症のリスクが少ないこと、また血中においてhGHBPと結合せず、高濃度における活性低下が少ないという臨床的有用性を有していることが示唆された。しかし、20K-hGHを医薬品として開発するためにはさらなる製造法の改善が必要である。今後、20K-hGHの分泌生産性を向上させるための方策の一つとしてSec因子群を同時に共発現することが考えられる。また、ステップ2親和性の向上については実験的に実証することが課題として残されている。現在、この仮説を実証するためにhGHBP同士の相互作用部位への変異導入やX線結晶構造解析を実施している。

審査要旨 要旨を表示する

 22kDaヒト成長ホルモン(22K-hGH)は、大腸菌の分泌生産系による製造が実用化され、臨床的に使用されている。さらに、その生物活性および受容体との会合様式など作用発現の機序についても詳細に解析されている。22K-hGHは、下垂体前葉のhGH産生細胞においてhGH-N遺伝子より発現するが、この遺伝子からは選択的スプライシングにより22K-hGHの32-46番目に相当する15個のアミノ酸を欠失した20kDaのアイソフォーム(20K-hGH)も発現している。20K-hGHは下垂体中の存在量が全hGHの5〜10%と少なく、高純度の天然型試料を入手することが困難であり、生理作用や作用機序に関するこれまでの知見は少ない。本研究は20K-hGHの大腸菌分泌生産系を構築し、精製20K-hGHの生物活性と受容体との会合様式を明らかにし、血中動態の測定系を構築したもので序論と4章よりなる。

 序論では、微生物を利用した有用蛋白質生産に関する一般的課題と、20K-hGHを分泌生産させる際の問題点が述べられている。

 第一章では、天然型20K-hGHの分泌発現系の構築が述べられている。βacillus amyloliquefの中性プロテアーゼのシグナル配列を結合した20K-hGHは、大腸菌によって分泌可能であったが、この分泌生産系では充分量の試料を得ることは困難であった。そこで、宿主の分泌効率を改善するために各種Sec因子や細胞内酸化還元酵素を共発現させた。その結果、特にグルタチオン還元酵素の共発現が効率の良い20K-hGHの分泌に適していることを見出した。分泌生産系により得られた20K-hGHを精製し、ジスルフィド結合の位置が22K-hGHのジスルフィド結合部位と同じであり、天然型構造を有していることが示唆された。精製20K-hGHの下垂体摘出ラットに対する成長促進作用は、22K-hGHと同等であった。また、ラット脂肪組織における脂肪分解活性は22K-hGHよりも優れていた。一方、プロラクチン受容体(PRLR)を介した作用は22K-hGHの30%であった。これらの結果から、20K-hGHは22K-hGHと同等の成長促進作用および脂肪代謝作用を有するが、乳癌や白血病および浮腫などの副作用発症のリスクが22K-hGHに比べ少ないことが示唆された。

 第二章では、天然型20K-hGHを特異的に認識するモノクローナル抗体の取得について述べられている。さらに取得した抗体を用いてヒト血清中の20K-hGH濃度の測定系が構築されている。

 第三章では、20K-hGHとその受容体hGHRとの結合様式について解析されている。これまで、20K-hGHはhGHRに対する親和性が低いと推測されていた。しかし、hGHRを発現した動物細胞に対する増殖刺激を調べ、22K-hGHと同等であることを明らかにした。また、hGH過剰条件では22K-hGHが自己阻害型の複合体を形成するのに対し、20K-hGHは形成しないことを示した。さらに20K-hGHは22K-hGHと異なり、血中の結合蛋白質(hGHBP)とは結合せずに活性を保持していることが示唆された。これらの結果から20K-hGHはhGHBPを多量に放出している脂肪組織などに対する作用が22K-hGHより優れている可能性が示唆された。

 第四章では、20K-hGHの受容体との会合様式を詳細に解析した結果が述べられている。20K-hGHは2カ所の受容体結合部位の内、欠失によって結合部位1の親和性が低下しているが、結合部位2の親和性は増加しているため、22K-hGHと同様二分子の受容体と結合し、同等の活性を示すことを明らかにした。

 以上、本論文は20K-hGHを大腸菌の分泌生産系によって効率よく生産させることに成功し、特異的測定系を構築し、これまで不明であった20K-hGHの生物活性を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、本審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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