学位論文要旨



No 214668
著者(漢字) 古川,忠司
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,タダシ
標題(和) ラットにおける肝チトクロームP450活性の日周リズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 214668
報告番号 乙14668
学位授与日 2000.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14668号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 武内,ゆかり
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトを含めた種々の動物において,薬物の効力や毒性における日周リズムの存在が知られている.その薬効や毒性のリズムを規定するものとしては,薬物の吸収,分布,代謝,排泄といった体内動態に影響を及ぼす諸要因の変動や,作用部位の薬物に対する感受性の変動などが想定されるが,その中でも種々の外的・内的因子による影響を受けやすい薬物の代謝速度が,これらの日周リズムを規定する最も重要な要因と考えられる.肝臓における薬物代謝で中心的な役割を果たしているのはチトクロームP450(以下,P450)による酸化反応であり,このことから,肝臓のP450活性における日周リズムの存在を明確にすることは,薬物の効力や毒性における日周リズムの成立要因を考察する上で極めて重要である.この肝臓のP450活性には日周リズムが認められることが,これまでにもいくつか報告されている.しかしながら,P450には非常に多くの分子種が存在するため,P450活性の日周リズムに関する情報はまだ充分とは言い難い.加えて,P450活性の日周リズムの成立要因について検討した報告は少なく,いまだ不明の点が多い.そこで本研究では,P450の幅広い基質となりえる7-alkoxycoumarinのO-脱アルキル化(ACD)活性を指標とした時のP450活性における日周リズムを確認し,そのACD活性を指標としてP450活性の日周リズムの成立要因について検討を行った.

1.雄性ラットにおける肝チトクロームP450活性の日周リズム

 肝臓の代謝酵素活性を調べる実験では,ラットの雄が比較的よく用いられている.そこで本検討でも,ラットの雄を用いて飽食条件下あるいは非給餌条件下における肝ACD活性およびP450含量の日周リズムを調べた.肝臓の採材は,4時間間隔となるように,13L11D(6:00-19:00点灯)条件下における明期の9:00,13:00,17:00および暗期の21:00,1:00,5:00に相当する時刻に肝臓を採材した.非給餌群については,採材開始時刻である明期の9:00に相当する時刻よりそれぞれの動物の肝臓摘出時まで,給餌を中止した.摘出した肝臓よりmicrosomeを作製し,ACD活性およびP450含量を測定した.ACD活性は,7-methoxycoumarin,7-ethoxycoumarin,および7-propoxycoumarinの3つの基質(それぞれMCD,ECDおよびPCD活性)を用いて調べた.また,飽食条件下のラットについては雄で発現量の多いことが知られているCYP2C11およびCYP3A2のWestem blot分析を,明期(13:00)および暗期(1:00)に相当するmicrosomeを用いて実施した.

 その結果,飽食条件下ではMCD,ECDおよびPCD活性のいずれにおいても暗期に高く明期に低い明瞭な日周リズムが認められた.そしてこれらの結果は,他の基質によって調べられた既報の肝P450活性の結果と一致したものであった.これらの結果より,P450活性は多くの分子種において日周リズムを呈することが示唆された.また,P450含量にはほとんど変動が認められず,CYP2C11およびCYP3A2のWesternblot分析においても,特異的バンドに明期と暗期とで明確な差が認められなかった.このことから,ACD活性の変動はP450の量的変動には起因しない可能性が推察された.さらにACD活性における日周リズムは非給餌条件下においても認められ,このリズムは餌という外来因子の影響を受けないことが明らかとなった.

2.肝チトクロームP450活性における日周リズムの成立要因に関する検討

 本検討では,雄性ラットで認められた肝P450活性の日周リズムを成立させている生体内因子について調べることを目的として,概日リズムの発振源が存在する視交叉上核(SCN)を破壊したラットにおけるACD活性の日周リズムを調べた.SCNの破壊位置は,頭蓋骨のブレグマより尾側へ2.2mm,左右0.5mm,深さ8.6mmとした.また,SCNの破壊位置よりも6.0mm上方(脳梁および/あるいは大脳皮質)を破壊したラットを擬手術群とした.13L11D(6:00-19:00点灯)の動物室で飼育したSCN破壊ラットおよび擬手術ラットから先の検討と同様に4時間間隔で肝臓を採取して3つの基質のACD活性を調べた結果,SCN破壊ラットでは,通常のLD条件下で飼育しているのにも関わらず肝臓の各ACD活性の日周リズムは完全に消失した.擬手術ラットでは,ECD活性には日周リズムが認められなかったものの,MCDおよびPCD活性には暗期に有意な高値となる日周リズムが認められた.このことから,ラットにおける肝ACD活性の日周リズムは,単に明暗交代といった外部環境の変化に由来したものではなく,SCNの支配下にある概日性のリズムであることが示唆された.

 そこで次に,SCNの時刻情報がどのような要因によって肝臓へと伝えられているのかを調べるために,副腎を摘出したラットより4時間間隔で肝臓を採取してACD活性の推移を調べた.その結果,副腎摘出ラットにおいても肝ACD活性には暗期に有意な高値となる明瞭な日周リズムが認められた.

 以上の結果より,ラットの肝臓におけるP450活性の日周リズムは,計時機構の存在するSCNの支配下にあるものの,それは副腎由来ホルモン,特に明瞭な概日リズムを示す血中コルチコステロン濃度といった要因によって制御されているのではないことが判明した.

3.肝チトクロームP450活性の日周リズムにおける性差に関する検討

 本検討では,肝ACD活性の日周リズムにおける性差の有無に着目して雌性ラットにおける肝ACD活性の日周リズムを調べ,雄性ラットの結果と比較した.13L11D(6:00-19:00点灯)の動物室で飼育した雌性ラットから,上述の方法と同様,9:00より4時間間隔で経時的に肝臓を摘出し,ACD活性測定した.なお,性周期が代謝酵素活性に影響を及ぼす可能性も考慮し,発情前期および発情後期の動物から肝臓を採材して測定値を性周期のステージ別に集計し,評価した.また,肝P450活性の指標に用いられているhexobarbitalを明期および暗期にラットへ単回投与し,sleeping timeおよび薬物の血漿中濃度推移における日周リズムの雌雄差についても確認した.その結果,雌性ラットの肝ACD活性は発情前期および発情後期のいずれにおいても雄性ラットで認められたような明瞭な変動は認められず,この活性の日周リズムには性差の存在することが明らかとなった.また,雌性ラットにおける肝ACD活性の推移は発情前期と発情後期とでほぼ同様であったことから,P450活性は性周期の影響をあまり受けないものと考えられた.Hexobarbitalのsleeping timeおよびその血漿中濃度推移は,雄ではともに暗期に低値となる明瞭な明暗差を示したのに対し,雌では明瞭な明暗差は認められず,ACD活性と一致した結果が得られた.

 P450活性における性差の成立には,成長ホルモン(GH)の分泌パターンの雌雄による違いが関与していることが知られている.そこで,次の検討として,P450活性の日周リズムにおける雌雄差の成立にもGHの分泌パターンの性差が関与しているか否かについて調べた.下垂体を摘出した雄性ラットにGHの雄型投与(明期に2回皮下投与)あるいは雌型投与(浸透圧ポンプによる持続注入)を1週間行い,これらの動物のACD活性およびP450含量を明期(13:00)および暗期(1:00)に測定した.これらの測定値の明暗差を,擬手術ラットの雌雄における明暗差と比較した.その結果,GHの雄型投与を施した下垂体摘出ラットにおける肝ACD活性は明瞭な明暗差を示し,擬手術ラットの雄の結果と類似した.しかしながら,GHの雌型投与を施した下垂体摘出ラットにおける肝ACD活性では明暗差は全く認められず,擬手術ラットの雌の結果と類似した.したがって,ラットの肝P450活性の日周リズムに認められる性差には,成長ホルモンの分泌パターンにおける性差が強く関与していることが示唆された.

 以上,本研究では,P450の幅広い基質となりえるACD活性を指標としてラットの肝P450活性を測定し,雄ではその活性値に明瞭な日周リズムが認められるが,雌ではその変動が明瞭でないことを明らかにした.また,P450含量および雄で測定したCYP2C11とCYP3A2にはほとんど変動が認められなかったことから,ACD活性の変動はP450の量的変動には起因しない可能性が推察された.さらに,そのP450活性の日周リズムの成立要因を主として生理学的な観点から検討した結果,SCNの発振する時間情報がGHの日周変動を伴うパルス状分泌を経由して肝臓へと伝えられP450活性の日周リズムを形成するということ,および雌性ラットではGHの分泌が雄性ラットの様なパルス状ではないためにP450活性の明瞭な日周リズムが形成されないという概念を提唱するに至った.成長ホルモンの分泌は,ヒトでも律動性が認められ,さらにラットの場合と同様,入眠時に血漿中成長ホルモン濃度が増加することが報告されている.したがって,ヒトで認められる薬物の効力や毒性の日周リズムのいくつかは,ラットの雄の場合と同様,成長ホルモンの分泌パターンに基づいた肝臓の薬物代謝酵素活性の日周リズムに由来したものである可能性が推察される.

審査要旨 要旨を表示する

 多くの薬物の効力や毒性には日周リズムが認められ、そのリズムを規定する要因の一つとして肝臓の薬物代謝酵素活性の日周リズムが重要な役割を果たすと考えられている。肝臓における種々の薬物の代謝に中心的な役割を果たしているのはチトクロームP450(以下、P450)による酸化反応であり、このP450活性における日周リズムの存在を明確にすることは極めて重要である。これまでにも、P450の基質となるいくつかの薬物の酸化活性に日周リズムが認められることが報告されているが、P450には非常に多くの分子種が存在するため、P450活性の日周リズムに関する情報はまだ充分とは言い難い。加えて、P450活性の日周リズムの成立要因に関しては、いまだ不明のままである。本論文は、P450の幅広い基質となりえる7-alkoxycoumarinのO-脱アルキル化(ACD)活性を指標としたP450活性における日周リズムの検討を行い、さらにACD活性を指標にP450活性の日周リズムの成立要因を追求しようとしたものであり、6章から構成される。

 第1章では、本論文の背景となる薬効や毒性の日周リズムに関する知見およびその日周リズムを規定する要因に関する過去の研究成果が概観され、また本研究でP450活性の指標としてACD活性を採択しP450活性の日周リズムに関する検討を行うに至った経緯が述べられている。

 第2章では、代謝酵素活性を調べる実験で繁用されているラットの雄を用いて、ACD活性の日周リズムが調べられた。その結果、飽食条件下の雄ラットでは、ACD活性は暗期に高く明期に低い明瞭な日周リズムを示し、他の基質を用いて調べられた肝P450活性の結果と一致した。このことから、P450の多くの分子種に日周リズムが存在する可能性が示唆された。また、ACD活性は非給餌条件下においても明瞭な日周リズムを維持し、このリズムは給餌といった外的要因の影響を受けないことが明らかとなった。

 第3章では、肝ACD活性における日周リズムの存在が確認された雄ラットを用いて、その日周リズムを成立させる生体内因子が調べられている。概日リズムの発振源である視交叉上核(SCN)を破壊したラットおよび副腎を摘出したラットにおいてACD活性の日周リズムが調べられた結果、SCN破壊ラットではACD活性の日周リズムは消失していたが、副腎摘出ラットではその日周リズムは存続していた。これらの結果は、ACD活性の日周リズムがSCNの制御下にあることを示すと同時に、この日周リズムが副腎由来ホルモン、特に血漿中のコルチコステロン濃度推移の影響を受けないことを示唆するものと考察されている。

 第4章では、肝ACD活性の日周リズムにおける性差の有無に着目して雌ラットにおける肝ACD活性の日周リズムが調べられ、第2章で明らかにされた雄ラットの結果と比較されている。その結果、雌ラットの肝ACD活性には雄ラットで認められたような明瞭な日周リズムは認められず、この活性値の経時的変化に雌雄差の存在することが明らかとなった。また本章では、肝代謝酵素活性の雌雄差の成立に関与することが示唆されている成長ホルモン分泌パターンが、ACD活性の日周リズムにみられる雌雄差にどのように関与するかが調べられた。その結果、成長ホルモンの雄型投与(明期に2回皮下投与)を施した下垂体摘出ラットにおける肝ACD活性は明瞭な明暗差を示し、雄の擬手術ラットの結果と類似していたのに対して、成長ホルモンの雌型投与(持続注入)を施した下垂体摘出ラットにおける肝ACD活性では明暗差は全く認められず雌の擬手術ラットの結果と類似していたことから、ラットの肝ACD活性の日周リズムに認められる性差には、成長ホルモンの分泌パターンにおける性差が強く関与していることが示唆されている。

 第5章においては本研究で得られた結果を中心に既知の様々な知見を援用しながら肝臓のP450活性における日周リズムの成立機序に関する考察が展開されており、終章の第6章は総括に充てられている。

 以上要するに、本研究はP450の幅広い基質となりうるACD活性を指標として雄性ラットのP450活性に日周リズムが認められることを明らかにし、そのP450活性の日周リズムの成立要因を生理学的観点がら検討した結果、SCNの発振する時間情報が成長ホルモンの日周変動を伴うパルス状分泌を経由して肝臓へと伝えられP450活性の日周リズムを形成するという新たな概念を提唱するに至っており、学術上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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