学位論文要旨



No 214669
著者(漢字) 佐伯,彰一
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,ショウイチ
標題(和) 長大吊橋主ケーブルの材料および防錆に関する研究
標題(洋)
報告番号 214669
報告番号 乙14669
学位授与日 2000.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14669号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 堀井,秀之
 長岡技術科学大学 教授 長井,正嗣
内容要旨 要旨を表示する

 1998年4月に完成した明石海峡大橋は、橋長3,910m、中央支間長1,990mの世界最大の吊橋である。この橋の建設に際しては、風、地震、潮流、地盤等での過酷な条件に対して、いかに合理的な安全性や耐久性を確保するかが大きな課題さあったが、同時に建設費の節減も大きな課題であった。このため、多方面にわたって広範な調査および研究が行われた。本研究は、これらのうち、吊橋の生命線ともいえる主ケーブルに対して、(1)材料の開発、(2)設計の合理化、(3)防食システムの開発、という3つの観点から行ったものであり、この研究成果は明石海峡大橋の建設に反映された。

 (1)の材料の開発に関する研究は、主ケーブル材料として、従来から使用されてきた引張強さ160kg f/mm2の160キロ級亜鉛めっき鋼線に対し、引張強さがこれより20kg f/mm2高い180キロ級亜鉛めっき鋼線を開発するために行った研究である。

 まず、亜鉛めっき鋼線の高強度化の方策について検討し、鋼へのSiの添加が最も有効であり、また、siの含有量は、160キロ級亜鉛めっき鋼線の0.12〜0.32%に対し0.80〜1.0%が適当との結論を得た。

 さらに、実用化にあたって目標とする規格、確認すべき特性について検討し、実生産ラインでの試作製造、製造された亜鉛めっき鋼線の特性試験を行った。その結果、新しく開発されたSi系合金鋼による180キロ級亜鉛めっき鋼線は、強度特性については目標とする規格を満足し、靭延性、めっき特性、さらには疲労、クリープ、低温特性等についても、160キロ級亜鉛めっき鋼線と同等ないしはそれ以上の品質が確保できることが確認された。

 この開発研究成果に基づき、Si系合金鋼による180キロ級亜鉛めっき鋼線は実用化され、明石海峡大橋、来島海峡大橋の主ケーブルに用いられた。この鋼線は、主として吊橋の主ケーブル用に開発されたものであるが、その特性から橋梁、建築等の構造用材料としても広く適用できると考えている。

 (2)の設計の合理化に関する研究は、明石海峡大橋の主ケーブルの許容応力度の決定のために実施した研究である。すなわち,従来の吊橋では、主ケーブルの許容応力度は、その材料である鋼線の引張強さを基準とし、これを安全率2.5で除した値としていたが、明石海峡大橋ではこの安全率を2.2に改めており,このように改めるにあたって実施した研究である。

 安全率を定めるには、主ケーブルの強度とそれに作用する荷重の両面にわたる検討が必要である。

 まず、強度については、要因として,(1)材料強度のばらつき(2)主ケーブルの曲げによる二次応力(3)主ケーブルの製作架設誤差による二次応力(4)支点移動による二次応力を取りあげた。その結果、(2)の曲げによる二次応力は20kgf/mm2 (3)の製作架設誤差による二次応力は2.5kgf/mm2としておけばよく、(4)の支点移動による二次応力は無視できる、との結果を得た。主ケーブルを応力にばらつきを持つ鋼線の集合体と考え、材料強度のばらつきを考慮した上で、これらの二次応力が主ケーブルの強度にどのように影響するかを検討した結果、主ケーブルの引張強さおよび0.8%耐力は、ともに材料のそれらより3%低くなるという結論を得た。

 荷重については、主ケーブルの設計に適用される死荷重、活荷重および温度変化を対象として検討した結果、明石海峡大橋の主ケーブルの終局限界状態に対して考慮すべき荷重は、本州四国連絡橋設計基準に規定されている設計荷重に対して、死荷重は1.03倍、活荷重は1.5倍、温度変化は1.0倍であるとの結論が得られた。

 以上の主ケーブルの強度および荷重の検討結果を基に安全率の検討を行った。その結果、主ケーブルの終局限界状態をケーブル材料の引張強さとし、安全率を2.2とすれば、(1)不確定要因に対する安全率は2.0である、(2)主ケーブルの終局限界状態をケーブル材料の0.8%耐力とした場合には、安全率を1.72としたことに相当する、(3)荷重係数1.5に相当する活荷重は実態荷重より大きいものと判断され、また、たとえ活荷重係数が2.0となっても不確定要因に対する安全率は1.93である、(4)安全率2.2で設計されたケーブルは、極限と考えられる活荷重載荷状態(全車線にTT-43,路肩に普通自動車満載)しても,その応力は弾性領域にある、ことが明らかになった。

 以上から、主ケーブルの安全率をその材料の引張強さに対して2.2としても、主ケーブルの安全性は確保されると判断し、許容応力度82kgf/mm2とし、明石海峡大橋に適用した。

 (3)防食システムの開発は、主ケーブルの内部に乾燥空気を送り乾燥させて防食する新しい主ケーブルの防食方法の開発研究およびその明石海峡大橋への適用である。

 まず、国内外の既設吊橋の調査を行い、現在一般的に用いられている主ケーブル防食法は不十分であり、発錆による損傷が避けられないことを明らかにした。すなわち、(1)現在の防食方法では、主ケーブル内部に水が存在することが避けられない(2)主ケーブル内部の空気と外気との短期的流通はほとんどなく、いったん内部の空気が高湿度になればその状態が長期間続く(3)今まで用いられてきたペーストは時間とともに劣化・保水体化し、主ケーブル内部の腐食環境を悪くしていることが明らかになった。

 この結果から、吊橋の主ケーブルを健全に維持するためには、防食方法を改善する必要があり、ペースト材等の開発、乾燥空気の送気による主ケーブル内部の腐食環境の改善について、試験を含め多岐にわたる検討を行った。その結果、(1)改善点の1つとして、主ケーブルの被覆方法があげられるが、この改善によっても外部からの水の浸入や結露による主ケーブル内部の水の存在は避けられない(2)ペーストは程度の差はあれ時間の経過とともに劣化する。劣化したペーストは保水体化し、主ケーブル内部を高湿度あるいは湿潤状態におき、腐食環境を悪化させる。鋼線への接触面では良好な防錆性能を示すペーストを開発することができたが、接触しない内部の鋼線の防錆には寄与せず、また、ペーストの劣化も否定できない。(3)主ケーブル用の亜鉛めっき鋼線の腐食限界湿度は約40%であるが、主ケーブルの内部に乾燥空気を送気することで、内部をこの腐食限界湿度以下に保つことができ,主ケーブルの腐食を防止できる、ことが明らかになった。

 以上から、吊橋の主ケーブルについて、その内部に乾燥空気を送気するという新しい防食システムを開発し、明石海峡大橋にこれを適用し、この防食システムを設置後に実橋送気試験行い、実橋に適用できることを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

 1998年に完成した明石海峡大橋は、中央支間長がほぼ2kmに達する世界最長の吊橋である.風,地震,潮流,地盤等の,わが国特有の過酷な条件を克服するために様々な技術開発が行われた.その中でもケーブルに関する技術開発は極めてレベルの高いものと思われる.

 本論文は,明石海峡大橋の主ケーブル,特に(1)高強度ケーブル、(2)ケーブル設計における安全率,(3)防食システムの3点に絞り,これらの開発研究の成果を述べたものである.

 まず,第一章では,本論文の構成,立場をのべている.

 2章では高強度ケーブルの開発を論じている.すなわち,従来から使用されてきた引張強さ160kg f/mm2の亜鉛めっき鋼線よりも引張強度が20kg f/mm2高い,180キロ級亜鉛めっき鋼線の開発の経緯を詳細に述べている.亜鉛めっき鋼線の高強度化の方策について数多くの実験を行い,鋼へのSiの添加が最も有効であること,また、Siの含有量は、160キロ級亜鉛めっき鋼線の0.12〜0.32%に対し0.80〜1.0%が適当であることを発見した工学的意義は大きい.

 さらに、新たに開発されたSi系合金鋼による180キロ級亜鉛めっき鋼線の特性を実験的に明らかにしている.その結果,強度特性については目標とする規格を満足し,靱延性、めっき特性、さらには疲労、クリープ、低温特性等についても,160キロ級亜鉛めっき鋼線と同等ないしはそれ以上の品質が確保できることを確認している.このケーブルはこれらの事実に基づき,明石海峡大橋,それに続く来島海峡大橋の主ケーブルに用いられた。この鋼線は、吊橋の主ケーブル以外にも,橋梁、建築等の構造用材料として広く適用できると判断され,その実用的価値は高い.

 3章では,ケーブル設計,とくにその安全率の設定に関する研究を論じている.従来の吊橋では,主ケーブルの許容応力度はその材料である鋼素線の引張強さを基準とし,この値を安全率2.5で除した値としてきたのに対し,明石海峡大橋ではこの安全率を2.2に低減している.このように改めるにあたって検討した成果を述べている.

 まず、強度について検討し,変動要因として,材料強度のばらつき,曲げによ二次応力,製作架設誤差による二次応力,支点移動による二次応力を取りあげ,その結果、曲げによる二次応力が20kgf/mm2,製作架設誤差による二次応力が2.5kgf/mm2,支点移動による二次応力は無視できることを具体的な解析,データから示した.さらに,主ケーブルを鋼線の集合体と考え、材料強度のばらつきを考慮した二次応力の解析から主ケーブルの引張強さおよび0.8%耐力は、ともに材料のそれらより3%低くなるという結論を得た.

 荷重については、死荷重、活荷重および温度変化を対象として検討し,終局限界状態に対して考慮すべき荷重は、本州四国連絡橋設計基準に規定されている設計荷重に対して死荷重は1.03倍、活荷重は1.5倍、温度変化は1.0倍であるとの結論を得ている.

 以上の主ケーブルの強度および荷重の検討結果を基に安全率の検討を行い,主ケーブルの終局限界状態をケーブル材料の引張強さとし、不確定要因に対する安全率が2.0であり,主ケーブルの終局限界状態をケーブル材料の0.8%耐力とした場合の安全率が1.72としたことに相当すること,荷重係数1.5に相当する活荷重は実態荷重より大きいものと判断している.また、活荷重係数が仮に2.0となっても不確定要因に対する安全率は1.93もあること,安全率2.2で設計されたケーブルは、極限と考えられる活荷重載荷状態(全車線にTT-43,路肩に普通自動車満載)しても,その応力は弾性領域にある、ことを明らかにした.

 以上から、主ケーブルの安全率をその材料の引張強さに対して2.2とし,すなわち,許容応力度82kgf/mm2としても主ケーブルの安全性は十分確保されるとの判断を示した. 4章においては、主ケーブルの内部に乾燥空気を送り乾燥させて防食する全く新しい主ケーブルの防食方法について論じている.

 まず、国内外の既設吊橋の調査を行い、現在一般的に用いられている主ケーブル防食法は不十分であり、発錆による損傷が避けられないことを明らかにした。すなわち、現在の防食方法では、主ケーブル内部に水が存在することが避けられないこと,主ケーブル内部の空気と外気との短期的流通はほとんどなく、いったん内部の空気が高湿度になればその状態が長期間続く,今まで用いられてきたペーストは時間とともに劣化・保水体化し、主ケーブル内部の腐食環境を悪くしていることを明らかにしている.

 この結果から,吊橋の主ケーブルの健全性を保つためには、防食方法を改善する必要があり、ペースト材等の開発、乾燥空気の送気による主ケーブル内部の腐食環境の改善について、試験を含め多岐にわたる検討を解説している.改善点の1つとして、主ケーブルの被覆方法があげられるが,この改善によっても外部からの水の浸入や結露による主ケーブル内部の水の存在は避けられないこと,ペーストは程度の差はあれ時間の経過とともに劣化すること,劣化したペーストは保水体化し、主ケーブル内部を高湿度あるいは湿潤状態におき、腐食環境を悪化させることを明らかにした.鋼線への接触面では良好な防錆性能を示すペーストを開発することができたが、接触しない内部の鋼線の防錆には寄与せず、また、ペーストの劣化も否定できない.主ケーブル用の亜鉛めっき鋼線の腐食限界湿度は約40%であるが、主ケーブルの内部に乾燥空気を送気することで、内部をこの腐食限界湿度以下に保つことができ,主ケーブルの腐食を防止できる、ことが明らかになった。

 以上から、吊橋の主ケーブルについて、その内部に乾燥空気を送気するという新しい防食システムを開発し、明石海峡大橋にこれを適用し、この防食システムを設置後に実橋送気試験行い、実橋に適用できることを確認した。

 本論文の成果は吊橋の主ケーブルの技術的発展に寄与するところが多大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク