学位論文要旨



No 214671
著者(漢字) 車田,克彦
著者(英字)
著者(カナ) クルマダ,カツヒコ
標題(和) 砒化ガリウム高速高機能プレーナデバイスの研究
標題(洋)
報告番号 214671
報告番号 乙14671
学位授与日 2000.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14671号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨 要旨を表示する

 ガリウム砒素半導体単結晶の半絶縁性基版上のN形動作層にSchottkyゲートを備えたプレーナ構造であることを共通点とする図1.に示すガン効果素子とMESFETを対象にして、前者の素子に関するそれまでのDCバイアス動作異常の原因の究明と同動作を可能にする新構造の提案およびその実験的な検証の結果、後者のデバイスに関するディジタル集積化に適したドナー密度設計とデバイスプロセスの検討結果を記している。

 プレーナガン効果素子では、ガン効果の閾値の周りの動作把握が鍵となる。そこで冒頭に、ガン効果の臨界から始動まで(pre-thresholdからthreshold状態まで)のバイアス電圧一電流(静特性)を、従来よりも精度よく記述できる楕円群近似解析法を提案し、次いでパルスバイアス動作素子特性と比較し本近似が実験に整合することを示している。楕円群近似は、プレーナガン効果素子の動作層の厚さとキャリア密度の条件が、それまで動作解析に用いられたFETのGradual近似の条件範囲から外れるためにガン効果素子のゲート下の空乏層形状の近似が崩れているとの問題意識から新たに提案している。Gradual近似は、ゲート下の空乏層の形状がチャネル電流の方向に沿ってわずかに変化するとの前提のもとで精度の良い近似であるが、その適用範囲のガイドライン値には、FETのゲート長LGと動作層の厚みdを基準にして、2.5≦L G/d等の目安が提案されている。一方本デバイスのLG/dの領域は、0.02〜0.05≦L G/d≦2〜5となり、本素子の動作層厚さを、Gradual近似ではカバーし得ない。

 上記の静特性の把握に続き、閾値素子の動特性に焦点をあて、これを支配するthresholdからパルス発生までの出力パルスのジッタ量、パルス生成の誤り率を評価した。この動特性の評価では、実用DCバイアス動作を可能にしたテトロード構造の採用によって素子の濃度、厚さ等の観点で初めて広範囲の測定が可能となり、本素子の本来の動作状態における性能限界が明らかになった。

 次に実用DCバイアス状態での基礎データ把握の一環として、ゲート抜き二端子素子で動作層全域の電界分布を測定し、バイアス上昇に伴い陽極側電界が他の領域に先行してGunn効果の閾値を越えることを始めて確認した。

 さらにプレーナ形の本Gunn効果素子において前提にしてきたGunnドメイン生成走行消滅を繰り返す動作モードに加えて、静止滞留モードが同一素子の特定バイアス条件下で生ずる現象を素子測定結果から確認した。

 次の3章で、はじめにn+nn+形の縦型二端子ガン素子で報告されていたGunnドメインの静止滞留がプレーナ構造の素子においても理論上起こり得るか否かを、解析している。本解析では、静止滞留がX谷への電子遷移電界までの広い電界範囲での拡散係数の電界依存性に強く影響を受けるとの諸報告を考慮し、拡散係数の電界依存性を既報告の曖昧幅をカバーする広い範囲で動かして、ドメイン静止の条件をシミュレートした。その結果、電界依存性を持つ拡散係数が、試作素子で認められた陽極側での電界上昇に効くとすれば、その効果は他報告が指摘したプレーナ構造特有の形状である陽極側拡がり部分において静止させる作用ではなく、陽極のn+層への電流集中部分での静止を促進している可能性が強いとの結論に到った。この結論は、プレーナガンに必須の陽極近傍の形状拡がりがかえってドメインを静止させるとする根本的な動作問題の疑念を解消する役割を持っていた。

 またGunn Domain Dynamicsの視点では、本シミュレーションにより次の二点が新たな知見として明らかになった。(1)電子拡散が電界によらず一定と仮定する場合には、既報告のように電子の拡散現象はドメインの静止を促す効果も持つ。しかし、拡散に電界依存のある場合、拡散の電界依存は拡散の空間的変化も意味するので、静止ドメイン内の異なる場所でドメインを崩す方向とドメインを強める方向の双方に同時に作用している。(2)ドメインを崩す作用は、ドナー密度が高いほど強くなり、高密度側ではこの作用がドメインの静止を抑制する支配的な条件となる。以上、Gunnドメインの静止現象に関わる電子拡散の取り扱いにおいては、その電子拡散の電界依存性が重要な因子の一つとなることが判明した。静止ドメインの内部における電子の拡散にもとずく上述の二つの要素の作用は、表1.に示すような結論となる。

 プレーナガン効果素子の実用化を目指す構造上の新たな試みを3章後半に報告した。表1.を含む前節のシミュレーションから推定される陽極側におけるドメインの静止滞留条件を緩和することを狙って、補助陽極を主陽極の手前に導入したテトロード構造の素子を考案試作し、DCバイアス動作状態で静止高電界抑圧が可能なこと、高感度のゲートトリガ動作を可能にすることを実証している。

 次にドメインの静止滞留を抑止する第二の方法として、P型陽極を用いた素子を提案し、その実験結果を示した。P型陽極では、通常のN(N+)型陽極の場合に生ずるDC動作障害が解消され、本来のトリガ動作が可能なことを示した。

 上記の新たな構造の提案であるテトロードと正孔注入形素子はプレーナガンの最大課題であるDC障害を解消できるという観点で実用化へ一歩踏み出したデバイスである。

 これらのプレーナ形Gunn効果素子の研究で蓄積した技術と知見は、同じくディジタル応用を狙うMESFETの開発に利用することになった。始めにディジタル動作の基本となるパルス出力電流波形の過渡応答の高速化が、密度プロファイルの工夫によって可能であることを数値解析により示した。MESFETのドナー密度分布と過渡応答電流出力の波形との関係に始めて具体的に言及したものであり、本数値解析によれば、

(1)平坦な分布では立ち上がり時間が立ち下がり時間より長なり,さらに基板との境界に分布のダレを見込む現実に近い分布では、立ち上がり・立ち下がりの不均衡は大幅に助長されて,全体の応答時間は大きく遅れることが明らかになった。これはショットキー障壁の空乏層がonに近ずいた状態で、(空乏層厚さ:t)∝(バイアス)1/2の勢いで薄くなり急激な容量増(C∝1/0を伴うことに起因すると考えられることから、相対的な密度分布としては、表面側の密度を低くし、基板界面に向け電子濃度を高め基板界面で鋭く下げるプロファイルが適しているとの見通しが得られた。

(2)分布関数n(y)の3次および4次のべき級数の係数を変えながら,応答特性を速める分布形を探索した。評価基準は立ち上がり・下がり時間(tr+tf)及びに立ち上がり・下がり時間の対称性(tr≒tf)とした。基板との境界近く(表面から動作層深さにして約70%近傍に密度のピーク(表面濃度の3〜4倍)を持つ分布を作ると閾値電圧V0=0.4V,論理振幅V1=0.6Vなる一般の動作条件で、通常想定する矩形平坦形の分布の場合に比べて、立ち上がり時間で3倍,立ち上がり・下がりを足した時間で、2倍の高速化を図ることができる。

 次に多数のMESFETの集積化に際して問題となるデバイスセル間の特性バラツキ問題に対して、起こりやすい三種類の材料/プロセス起因の素子特性バラツキを想定し、それらに起因する閾値変動の定量化を試みている。要因はドナー相殺不純物NBGの変動、ゲート下の中性化、ゲート外部の中性化の三種類のモデルに集約され、これによって材料/プロセスのバラツキとして許容される基準を算出することができる。この基準は、集積化プロセスにおけるバラツキの許容幅のガイドライン(指標)の役割を果たした。

 既報告等から得られた各種の公表データをもとにして、プロセスの各要素ごとにその技術的な弱点・欠陥の所在を分析し問題点を抽出した。次にこれらの要素プロセス間の親和性を保ちつつ諸プロセス全体を編成し、MESFET集積化プロセスSAINT(Self-Alined Implantation for N+-Iayer Technology)を実現した。SAINTにより1kbSRAMの再現性のある試作が可能になった。始めて実現した同SRAMの動作特性は、GaAsMESFET集積技術の高速低電力性のポテンシャルを実証しており、その後の同技術の実用化への展開の出発点となっている。

図1. 対象としたデバイスの断面構造

表1. 静止ドメイン内における電子拡散効果の作用

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は砒化ガリウム(GaAs)のプレーナ構造を利用した超高速デバイスであるプレーナ・ガン(Gunn)効果素子ならびに金属・半導体電界効果トランジスタ(MESFET)を対象として、それらの動作機構を理論解析と実験によって解明し、デバイスの設計ならびに製造プロセスの指針を確立したものであって、全部で5章から成る。

 第1章は序論であって、超高速通信技術の要請から生まれた上記デバイスの研究開発の歴史的背景を略述し、本研究の位置付けを行っている。

 第2章は「プレーナGunn効果素子のパルス発生しきい値近傍における動作の解析」と題して、この素子のしきい値付近での動作を従来より良い精度で近似できる楕円群近似解析法を提案し、パルスバイアス動作特性の実験結果をよく説明できることを示すとともに、出力パルスのジッタ量、パルス生成の誤り率を評価した。この際四端子構造の導入によって実用的な直流バイアス動作を可能とし、キャリヤ密度、動作層厚さを広範囲に変えて測定を行って、本素子の本来の動作状態における性能限界を明らかにした。

 第3章は「プレーナ構造における静止高電界ドメインの解析と抑制法の研究」と題し、ガン効果を基本的に担う高電界ドメインが素子内の一部で走行せず停留して異常動作をもたらす現象を、プレーナガン効果素子について理論的シミュレーションと実験の両面から検討し、電子の拡散係数の電界依存性が、キャリヤ密度との関連で蓄積層と空乏層においてドメインの停留に関して互いに相反する効果をもたらすことを明らかにした。またドメイン停留を防ぐ手段として、補助陽極の挿入またはP型陽極の使用が効果的であることを示した。

 第4章は「GaAs MESFETのディジタル集積化に関する基礎的研究」と題して、前章までのプレーナ・ガン効果素子と同じくGaAs表面に制御用ゲート電極を設けて構成されるMESFETについて、ディジタル動作の基本となるパルス出力電流の過渡応答が、ドナー密度の空間的プロファイルの最適化によって高速化できることを初めて示した。次いで集積化にあたって問題となる、デバイス間の特性ばらつきについて検討し、ドナーを相殺する不純物の空間的変動、ゲート下の中性化、ゲート外部の中性化の3つが主要因であることを突き止めて、これらの許容限界を算出するガイドラインを確立した。そしてこの成果の上に、要素プロセス間の親和性を保ちつつ製造上の諸プロセスを統合する集積化プロセスSAINTが誕生し、GaAs MESFET実用化技術の出発点となったことが述べられている。

 第5章は結論であって、以上の各章の結果を要約するとともに、それらが今日のGaAs高速デバイスの研究開発にどのように生かされているかが述べられている。

 以上本論文は、プレーナ・ガン効果素子ならびにMESFETについて動作機構を理論的に解析しそれを実験結果と綿密に照合し考察を加えることによって、GaAsデバイスの超高速ディジタルデバイスへの応用の基礎を築き、今日に至る研究開発の指針を確立したものであって、電子工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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