学位論文要旨



No 214676
著者(漢字) 松尾,俊明
著者(英字)
著者(カナ) マツオ,トシアキ
標題(和) アルミニウム廃棄物のセメント固化に適した腐食抑制剤に関する研究
標題(洋)
報告番号 214676
報告番号 乙14676
学位授与日 2000.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14676号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 浅井,圭介
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、原子力発電所で発生する雑固体廃棄物のセメント固化で、保温材カバー等のアルミニウムがアルカリ腐食することを腐食抑制剤の添加により抑制する研究についてまとめたものである。

 第1章の序論では、腐食に伴う水素発生とその影響を述べると共に、現在開発中の各種技術を比較検討して、本論文で研究対象とした陽イオン系無機腐食抑制剤の位置付けを明らかにした。

 第2章の腐食抑制剤の選定と作用機構の解明では、まず、ガルバニック電流と水素発生量の測定により、LiNO3がアルカリ金属塩の中で最もアルミニウム腐食量が小さいことを見い出し、そのセメント添加時の有効性と必要添加量(3%)を水素発生量測定により検証した。次に、試験片表面のX線回折、SEM観察等からLiH 2AlO2 5H20 (Li-Al)被膜の生成を確認し、これがアルカリ溶液中で難溶性のバリア(防食被膜)となることを被膜の溶解度と交流インピーダンスの測定により検証した。また、実規模固化におけるLiNO3の有効性の検証についても、セメント水和発熱に伴う温度上昇のLiNO3作用への影響に着目、被膜溶解度、水素発生量は温度323K以上で著しく増大することを見い出し、温度上昇を低減する固化材の組成調整を簡易伝熱解析により行った。その結果、アルミニウム実規模固化時の温度は調整前の363Kから323Kに、水素発生量は未添加時の10%以下に抑制できた。

 第3章の難溶性被膜の生成原因では、被膜構成物質であるリチウムのアルミン酸塩が他のアルカリ金属と異なり難溶性となる理由を、イオン半径の違いに伴いイオン結合構造、結合エネルギーが最適化、極大化するためと考えた。これを密度汎関数法の分子軌道解析コードによる計算で検証すると共に、結合エネルギーと溶解度の相関についてはエントロピー、溶媒和等に対する古典物理学のマクロ理論を適用して概算することを考えた。その結果、アルカリ金属水和イオンの中で、リチウムの場合に結合構造が安定となり、結合エネルギーが極大化すること、他の因子はイオン半径依存性が少なく溶解度が結合エネルギーの差を反映すること、アルミニウム腐食抑制剤として作用するのは可溶性リチウム塩だけであることがわかった。

 第4章の埋設処分後におけるLiNO3の有効性では、処分後に被膜が喪失する事象とその際の腐食量低減シナリオを摘出、検証した。

 第1の事象は処分場への地下水流入で固化体中のLi+濃度が被膜溶解度以下になるケースである。これを被膜溶解度のpH依存性、加速実験による固化体中pH・Li+濃度変化、被膜喪失時pHでの腐食量の測定により検証したところ、セメント高pH因子のNa2OやK2Oも溶出して、固化体のpHが12.9〜13.0から被膜溶解時には12.2〜12.3に低下し、LiNO3未添加ケースに起こる高pHの場合と比べて、LiNO3添加ケースはpHが低くなり、このため腐食量が一桁小さくなることを見い出した。また、模擬地下水を様々な流速で連続流通することでLi+濃度低下と被膜溶解を徐々に行う実験を実施し、水素発生量測定と被膜溶解挙動の観察・分析を行った。その結果、流速の低下に伴い被膜表層に水酸化アルミニウムが生成・堆積して被膜溶解が抑制され、温度293Kで地下水流速が一桁低下すると水素発生速度は1/3に低下することがわかった。このため、実際の小さな流速では急激な水素発生はないと考える。

 第2の事象は非定常事象により高pH時に被膜が溶解するケースで、処分直後と被膜溶解時の間の状態のpHとLiNO3残存量のモルタル平衡水に、被膜を水洗いで除去した試験片を浸漬して水素発生量を測定すると共に、測定後における試験片表面のX線回折で残存LiNO3による被膜の再生を検証した。

 第3の事象はもともと固化時に被膜が生成しない場合で、試験片の処分直後の高pH、LiNO3量を想定したモルタル平衡水浸漬時の水素発生の抑制と、固化体中の残存LiNO3による被膜生成確認を検証した。これらの結果被膜の再生、及びその際の水素発生量が高pH、LiNO3未添加の場合の1/10以下になることがわかった。また、固化時と処分後におけるLiNO3必要添加量が等しいこと、腐食低減効果が地下水接触時pHとLiNO3濃度の変動に依存しないこと、水素発生量が表面積の1/3乗に比例することを確認した。表面積に比例しないのはLiNO3の被膜生成反応が原因と考える。

 第5章の総括では結論と今後の課題をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、原子力発電所で発生する雑固体廃棄物の固化技術に関して、保温材カバー等のアルミニウムを含む廃棄体がアルカリ腐食することを抑制するためのセメント固化技術を開発するとともに、添加剤がどのような機構によってアルカリ腐食を抑制するのかについての研究についてまとめたものである。論文は5章から構成されている。

 第1章では、腐食に伴う水素発生とその影響に関する既存の知見をまとめるとともに、現在開発中の各種の防食技術を比較検討して、本論文で研究対象とした陽イオン系無機腐食抑制剤の位置付けを明らかにしている。

 第2章では、腐食抑制剤の選定と腐食抑制剤の作用機構の解明が行われている。そこではまず、ガルバニック電流と水素発生量の測定により、LiNO3がアルカリ金属塩の中で最もアルミニウム腐食量が小さいことを見い出し、そのセメント添加時の有効性と必要添加量(3%)を水素発生量測定により検証している。次に、試験片表面のX線回折、SEM観察等からLiH 2AlO2 5H2O (Li-Al)被膜の生成を確認し、これがアルカリ溶液中で難溶性のバリア(防食被膜)となることを被膜の溶解度と交流インピーダンスの測定により検証している。また、実規模固化におけるLiNO3の有効性の検証についても、セメント水和発熱に伴う温度上昇のLiNO3作用への影響に着目し、被膜溶解度、水素発生量は温度323K以上で著しく増大することを見い出し、温度上昇を低減するための固化材の組成調整を簡易伝熱解析により行っている。その結果、アルミニウム実規模固化時の温度は調整前の363Kから323Kに、水素発生量は未添加時の10%以下に抑制できることを示している。

 第3章では、難溶性被膜の生成原因を考察し、被膜構成物質であるリチウムのアルミン酸塩が他のアルカリ金属と異なり難溶性となる理由を、イオン半径の違いに伴いイオン結合構造、結合エネルギーが最適化、極大化するためと結論付けている。これを密度汎関数法計算で検証するとともに、結合エネルギーと溶解度の相関についてはエントロピー、溶媒和等に対する古典物理学のマクロ理論を適用して概算している。その結果、アルカリ金属水和イオンの中で、リチウムの場合に結合構造が安定となり、結合エネルギーが極大化すること、他の因子はイオン半径依存性が少なく溶解度が結合エネルギーの差を反映すること、アルミニウム腐食抑制剤として作用するのは可溶性リチウム塩だけであることを示している。

 第4章では、埋設処分後におけるLiNO3の有効性を検証するため、一処分後に被膜が喪失する事象とその際の腐食量低減シナリオを摘出し検討を加えている。ここで取り上げた第1の事象は、処分場への地下水流入で固化体中のLi+濃度が被膜溶解度以下になるケースである。これを被膜溶解度のpH依存性、加速実験による固化体中pH・Li+濃度変化、被膜喪失時pHでの腐食量の測定により検証したところ、セメント高pH因子のNa2OやK2Oも溶出して、固化体のpHが12.9〜13.0から被膜溶解時には12.2〜12.3に低下し、LiNO3未添加ケースに起こる高pHの場合と比べて、LiNO3添加ケースはpHが低くなり、このため腐食量が一桁小さくなることを見い出している。また、模擬地下水を様々な流速で連続流通することでLi+濃度低下と被膜溶解を徐々に行う実験を実施し、水素発生量測定と被膜溶解挙動の観察・分析を行っている。その結果、流速の低下に伴い被膜表層に水酸化アルミニウムが生成・堆積して被膜溶解が抑制され、温度293Kで地下水流速が一桁低下すると水素発生速度は1/3に低下することを示している。このため、実際の小さな流速では急激な水素発生はないと結論付けている。第2の事象は、非定常事象により高pH時に被膜が溶解するケースで、処分直後と被膜溶解時に想定されるpHならびにLiNO3残存量を模擬したモルタル平衡水に被膜を水洗いで除去した試験片を浸漬して、水素発生量を測定し、測定後における試験片表面のX線回折を行うことで、残存LiNO3によって被膜が再生されることを実証している。第3の事象は、固化時に被膜が生成しないと仮定した場合である。処分直後の高pH、LiNO3量を想定したモルタル平衡水に試験片を浸漬した時の水素発生の抑制と、固化体中に残存するLiNO3による被膜生成確認を確認している。これらの結果、被膜の再生、及びその際の水素発生量が高pH、LiNO3未添加の場合の1/10以下になることを明らかにしている。また、固化時と処分後におけるLiNO3必要添加量が等しいこと、腐食低減効果が地下水接触時pHとLiNO3濃度の変動に依存しないこと、水素発生量が表面積の1/3乗に比例することも確認し、表面積に比例しないのはLiNO3の被膜生成反応が原因としている。

 第5章では、本論文の総括と結論、ならびに今後の課題が述べられている。

 以上要するに、本論文では、地下水と接触することでガスが発生しそのガス圧やガス移行によって処分場性能の劣化が懸念されるアルミニウム廃棄体について、腐食抑制に適したセメント固化方法の提案と、腐食抑制機構の解明が行われている。これらはシステム量子工学、特に放射性廃棄物処分の安全工学に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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