学位論文要旨



No 214677
著者(漢字) 岡根,利光
著者(英字)
著者(カナ) オカネ,トシミツ
標題(和) 包晶系Fe-Ni合金ならびに一変系共晶系Fe-Cr-Ni, Fe-M-C(M:Cr,V,Mo)合金の相・組織選択に関する研究
標題(洋)
報告番号 214677
報告番号 乙14677
学位授与日 2000.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14677号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨 要旨を表示する

 多くの金属材料では構成相の種類・形態など組織によりその性能が定まる。なかでも凝固組織は、合金組成のほか凝固速度により大きく影響を受ける。その予測については、競合している各晶出相・形態のうち、最も界面温度の高い相・形態が晶出すると考えるMaximum Temperature Criterionが用いられており、単相成長時の凝固形態変化、包晶合金の高速凝固による準安定相晶出の問題等について、その有効性が認められている。本論文では、これらの研究成果をふまえ、新たな相・組織選択過程の解明が期待される、Fe-Cr-Ni共晶系、Fe-Ni包晶系、一変系共晶炭化物の晶出するFe-M-C系(M:Cr,V,Mo)をモデルとして実験、考察を行った結果を示す。

 第2章では、Fe-Cr-Ni系合金の低凝固速度域での共晶成長について、共晶相と単相セル成長の競合成長の問題として、そのCoupled zoneの領域を検討した。18-8ステンレス合金に代表されるFe-Cr-Ni系合金では、その状態図はCr+Ni=30 mass%付近においてδ相とγ相は一変系共晶線を形成しているものの、通常の凝固条件においてはその凝固組織中に共晶組織は確認されない。

 そこでこのFe-Cr-Ni系合金対して、ブリッジマン型一方向凝固装置に対して常温で液体の金属Ga-Inを冷媒として用いることによって高温度勾配化を試み、低凝固速度、高温度勾配の条件下、すなわちG/Vの大きな領域での一方向凝固実験を行うことにより共晶成長の確認を試みた。この結果、図1に示すように実験的にδ+γ共晶が確認され、またこの共晶の成長条件は、共晶と単相成長の凝固界面温度計算から予測される条件と一致した。さらに、状態図上において共晶をなすδ相とγ相の組成差が小さいため、その共晶の相間隔は初晶のデンドライト間隔程度まで大きくなっている。そのため、いずれかの相が初晶として晶出する条件下では、共晶として晶出する余地の無いことが一般にこの系で共晶が見られない理由であると推論される。

 この共晶成長が定常に至るまでの初期トランジェント過程における凝固組織変化についても実験的に確認を行った。Coupled zoneの条件下では、その初期組成によって、共晶成長の開始から定常に至るまでにラメラ状からロッド状へと形態の遷移が起こり得ることを明らかにした。(図2)

 これらのことから界面応答関数:Interface Response Function(IRF)からMaximum Temperature Criterionによって予測される晶出相は定常状態であるという前提がある。そのため、このような低速の凝固では、その相選択を論ずるにあたって初期トランジェント過程、とくに安定相から第2相あるいは形態へ遷移する際のその成長開始過程、たとえば核生成過程などに留意する必要がある。

 第3章では、包晶系合金を安定・準安定の両相が平滑界面成長するような高G/Vの条件下で成長させた際に考えられる安定相と準安定相の選択について、Fe-Ni合金をモデルとして一方向凝固させ検討を行った。相選択基準により予想される安定δ相セル/準安定γ相平滑界面の遷移について検証を行うとともに、包晶系のこの付近の組成・凝固条件において晶出するとされる両相のバンド状成長、ラメラ状成長についても検討を行った。十分長く成長させ定常状態の条件下では、G/Vが大きくなるとともに、安定δ相セル成長から準安定γ相平滑界面成長への遷移が確認された。この結果からFe-Ni系においても、競合成長の計算から予測される遷移条件と一致した。(図3)

 準安定γ相平滑界面へと至る初期トランジェント過程においては、図3に示すように最初に平滑δ相で成長を開始し、定常状態の平滑γ相へと遷移することを確認した。その遷移過程では、δ/γ両相のラメラ成長、バンド状成長の両方が確認された。ここでラメラ状成長は、δ平滑界面の後方で進行しているδ/γ固相変態が、凝固界面前方の溶質の濃化層の形成にともない、δ平滑凝固界面に追いつくことによって成長を開始している。第2相の成長開始過程は、δ平滑凝固界面でのγ相核生成とδからγへの固相変態成長の競合によって決まると考えられ、γ相核生成に必要な過冷度の大小によって遷移のモードが変化し、Fe-Ni系では、この過冷度は小さく0.7K程度であると計算され、ラメラ成長のしやすい系であると考えられる。一方、この過冷度より小さい過冷度でγ相が核生成した場合には、バンド状成長が起こると考察した。

 第4章では、三元系における一変系共晶間の相選択を議論し、ハイス系白鋳鉄の炭化物組織制御など、さらに多元系への展開を試みることを目的として、まず炭化物共晶成長に対する基礎的データの測定を行った。Fe-Cr-C系、Fe-V-C系、Fe-MO-C系試料について、一方向凝固実験、同時に熱電対による温度測定を行った。それぞれの系において晶出するγ+M3C、γ+M7C3、γ+VC、γ+M6C、γ+M2C共晶について、その一方向凝固組織を調べ、凝固界面温度を測定することにより、共晶系において知られている△T=kV1/2,λV1/2=constantの関係を確認し、それぞれの共晶に固有であると考えられるλV1/2のConstant値、ならびにk値を求めた。

 これらの値は、各共晶を構成するγ相と炭化物相の組成差C'、平均液相面勾配mにより整理することができ、図5、図6に示すように、系によらずλV1/2の値は、(mC')-1/2に比例し、kの値は(mC')1/2に比例することが確認された。このことは、この関係を用いることにより、容易にこれら共晶成長パラメータを推定して利用することができ、多元系への展開を試みる際にも有用である。

 第5章では、第4章において測定したk値を用いて、Fe-M-C(M:Cr,V,Mo)三元系の亜共晶組成において、γデンドライト樹間に第2相として晶出する共晶を予測する相選択マップを作成し、これを検討した。状態図計算ソフトウエアThermo-Calcを援用して安定・準安定系状態図を計算して一変系共晶線の位置・温度を求め、図8に示すγ相晶出時の凝固パスを考慮したモデルを用いて、これを予測する相選択マップを作成した。(図9)

 この結果、Fe-Cr-C系の包共晶反応にともなうγ+M7C3/γ+M3Cの遷移については、その遷移凝固速度を比較的良く予測することができた。一方、Fe-V-C系での三元共晶点での'γ+VC/γ+M3Cの遷移、低温相のk値の方が大きいFe-Mo-C系のγ+M6C/γ+M2C包共晶反応では、等遷移速度線に幅ができる状況が考えられる。このことから、一方向凝固実験で確認されていたγ+VC/γ+M3C両共晶のバンド状成長に対して遷移凝固速度の観点からのバンドループを考察した。

 第6章では、本論文を総括し、2元系、3元系における相・組織予測の有効性をふまえ、さらに多元系合金への適用に対する展望、状態図の精緻化、核生成挙動に対するより深い理解など、今後の必要とされる課題を確認した。

図1 interface response function計算より予測された初晶相選択マップと一方向凝固実験より得られた凝固組織

図2 初期トランジェント過程における、界面液相組成および平均固相組成の軌跡と凝固形態

図3 一方向凝固実験において確認された晶出相とδセル-γ平滑遷移相選択マップ

図4 Fe-4.19 at%Ni合金における初期トランジェント過程における晶出相変化

図5 (mC')-1/2に対する共晶間隔のプロット

図6 (mC')1/2に対する界面過冷度係数k値のプロット

図7 Fe-Cr-C系における2共晶の競合成長

図8 Fe-Cr-C系におけるγ+M7C3/γ+M3C共晶相選択マップ(C:lever rule,Cr:Scheil's rule)

審査要旨 要旨を表示する

 構成相の種類・形態など材料組織により材料特性は影響され,凝固組織は,合金組成のほか凝固条件により影響を受け,その予測が特に望まれている.本論文は,相・組織選択過程の解明を目指し,実験ならびにモデル計算によって検討したもので,全6章より成る.

 第1章では,一方向凝固における相・形態の選択基準として,競合している各晶出相・形態のうち最も界面温度の高い相・形態が晶出する,と考えるMaximum Temperature Criterionを中心に既往の研究を概観し,本論文の目的・構成について述べた.

 第2章では,Fe-Cr-Ni系合金の低凝固速度域での共晶成長について,共晶相と単相セル成長の競合成長の問題として,その協調成長領域を検討した.Cr+Ni=30 mass%付近でδ相とγ相は一変系共晶をなすが,通常の凝固条件では規則共晶組織は確認されていない.低凝固速度・高温度勾配の条件下での一方向凝固実験より実験的にδ+γ共晶が確認され,この共晶の成長条件は共晶と単相成長の凝固界面温度計算から予測される条件と一致した.さらに,共晶をなすδ相とγ相の組成差が小さいため,その共晶の相間隔は初晶のデンドライト間隔程度まで大きくなっている.そのため,いずれかの相が初晶として晶出する条件下では,共晶として規則的に晶出する余地の無いことがこの系で規則共晶が見られない理由であると推論した.共晶成長が定常に至るまでの初期遷移過程における凝固組織変化についても実験的に確認を行った.協調成長条件下では,その初期組成によって,共晶成長の開始から定常に至るまでにラメラ状からロッド状へと形態の遷移が起こり得ることを明らかにした.

 第3章では,包晶系合金を平滑界面成長するような条件下で成長させた場合の安定相と準安定相の選択について,Fe-Ni合金をモデルとして検討を行った.相選択基準により予想される安定δ相セル/準安定γ相平滑界面の遷移について検証を行うとともに,亜包晶組成において晶出するとされる両相のバンド状成長・ラメラ状成長についても検討を行った.十分長く成長させ定常状態の条件下では,温度勾配/凝固速度比が大きくなるとともに,亜包晶組成で安定δ相セル成長から準安定γ相平滑界面成長への遷移が確認され,競合成長の計算から予測される遷移条件と一致した.

 亜包晶合金で準安定γ相平滑界面へと至る初期遷移過程において,最初に平滑δ相で成長を開始し,定常状態の平滑γ相へと遷移することを確認した.その遷移過程では,δ/γ両相のラメラ成長,バンド状成長の両方が確認された.ここでラメラ状成長は,δ平滑界面の後方で進行しているδ/γ固相変態が,凝固の進行にともないδ平滑凝固界面温度の低下ならびにδ/γ変態温度の上昇により,δ平滑凝固界面に追いつくことによって成長を開始した.第2相の成長開始過程は,δ平滑凝固界面でのγ相核生成とδからγへの固相変態成長の競合によって決まると考えられ,γ相核生成に必要な過冷度の大小によって遷移のモードが変化し,Fe-Ni系では,この過冷度は小さく0.7K程度と計算され,ラメラ成長のしやすい系であると結論した.一方,この過冷度より小さい過冷度でγ相が核生成した場合には,バンド状成長が起こると考察した.

 第4章では,三元系における一変系共晶間の相選択を検討し,炭化物共晶成長に対する基礎的データの測定を行った.Fe-Cr-C系,Fe-V-C系,Fe-Mo-C系試料について,一方向凝固実験と同時に温度測定を行った.それぞれの系において晶出するγ+M3C,γ+M7C3,γ+VC,γ+M6C,'γ+M2C共晶について,共晶系において知られているΔT=kV1/2,λV1/2=constantの関係を確認し(ΔT;過冷度,V;凝固速度,λ;ラメラ間隔),それぞれの共晶に固有であるλV1/2のConstant値ならびにk値を求めた.これらの値は,各共晶を構成するγ相と炭化物相の組成差C',平均液相面勾配mにより整理することができ,系によらずλV1/2の値は,(mC')-1/2に比例し,kの値は(mC')1/2に比例することが確認された.

 第5章では,第4章において測定したk値を用いて,Fe-M-C(M:Cr,V,Mo)三元系の亜共晶組成において,γデンドライト樹間に第2相として晶出する共晶を予測する相選択マップを作成・検討した.Thermo-Calcを援用して安定・準安定系状態図を計算し一変系共晶線の位置・温度を求め,γ相晶出時の凝固パスを考慮したモデルを用いて,相選択マップを作成した.この結果,Fe-Cr-C系の包共晶反応にともなうγ+M7C3/γ+M3Cの遷移凝固速度を比較的良く予測することができた.一方,Fe-V-C系での三元共晶点でのγ+VC/γ+M3Cの遷移,低温相のk値の方が大きいFe-Mo-C系のγ+M6C/γ+M2C包共晶反応では,等遷移速度線に幅ができる状況が考えられる.このことから,一方向凝固実験で確認されていたγ+VC/γ+M3C両共晶のバンド状成長に対して遷移凝固速度の観点からのバンドループを考察した.

 第6章は本論文の総括である.

 以上を要するに,本研究は,鉄基二・三元合金の包・共晶合金の相・凝固組織選択を解明したもので,凝固・結晶成長工学の進展に寄与するところ大きい.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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