学位論文要旨



No 214683
著者(漢字) 秋山,忠和
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,タダカズ
標題(和) 蛋白質リン酸化酵素阻害剤UCN-01の細胞周期作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214683
報告番号 乙14683
学位授与日 2000.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14683号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 UCN-01(7-hydroxystaurosporine)は、協和発酵工業東京研究所においてprotein kinase C(PKC)選択的阻害物質としてStreptomycesの培養上清中より単離されたインドロカルバゾール系化合物である。その後の評価で、UCN-01はヒト腫瘍移植ヌードマウスモデルにおいて単剤で抗腫瘍効果を示し、かつ既存抗癌剤と相乗的併用効果を示すことが明らかとなり、また、米国国立癌研究所(NCI)および国立がんセンターにおけるin vitroセルパネル評価において従来の抗癌剤とは異なるパターンを示すことが明らかとなった。このような背景をもとに、UCN-01は新規作用メカニズムを有する抗癌剤として開発が進められ、現在日本および米国で臨床試験が実施されている。UCN-01はPKC選択的阻害活性を有するが、癌細胞におけるPKCの機能については不明な点が多く、同薬剤の抗腫瘍効果発現における真の作用メカニズムに関しては未だ明らかになっていない。これまでに、UCN-01は種々の培養細胞株に対して細胞周期上のG1期に選択的な作用を示すことが報告されており、本研究では、UCN-01の作用メカニズムについて細胞周期に及ぼす作用の観点から、(1)UCN-01および類似化合物のM期同調A431細胞の細胞周期進行に及ぼす作用の比較検討、(2)UCN-01のA431細胞におけるG1期集積作用のメカニズム解析、(3)UCN-01によるG1期集積作用の細胞スペクトラム解析、(4)UCN-01耐性細胞株の解析、を行なったのでそれらの結果について報告する。

 nocodazoleでM期同調したヒト類表皮癌A431細胞(野生型Rb/変異型p53)を用いて、その細胞周期進行に及ぼすUCN-01およびstaurosporine(STP)の影響について比較検討した。その結果、UCN-01およびSTPは50%増殖阻害濃度(IC50;それぞれ260および5.8 nM)でともにS期進行阻害を引き起こし、80%増殖阻害濃度(IC80;それぞれ1560および58 nM)ではUCN-01はS期進行阻害を、一方、STPはG2M期停止作用を示した。また、同系においてNovartis社のPKC選択的阻害剤CGP41251(4'-N-benzoyl staurosporine)はIC50濃度(300 nM)では細胞周期進行に影響を及ぼさず、IC80濃度(3000 nM)では一時的なG2M期停止とそれにひきつづく倍数体異常の誘導作用を示した。以上の結果より、UCN-01は、非選択的プロテインキナーゼ阻害活性を有するSTPとはIC80濃度における細胞周期上の作用点がまったく異なり、さらにUCN-01と同様にPKC選択的阻害活性を有するCGP41251とも細胞周期上の作用点がまったく異なることが明らかとなった。

 次に、UCN-01によるG1期集積作用の分子メカニズムについて、非同調A431細胞を用いて、同薬剤がG1期集積作用を示すIC50付近濃度(260および520 nM)の24時間処理条件において検討した。その結果、UCN-01はretinoblastoma(Rb)蛋白の脱リン酸化、cyclin Aおよびcyclin D1蛋白の発現低下を引き起こし、cyclin E蛋白の発現には影響を及ぼさなかった。また、Rbキナーゼの一つであるcyclin-dependent kinase 2 (CDK2)に対するUCN-01の阻害作用についてcell free系にて検討したところ、同薬剤はCDK2に対して濃度依存的な阻害活性を示し、その50%阻害濃度はhistone H1を基質としたときに530 nM、Rbを基質としたときに640 nMであった。また、UCN-01は上述の薬剤処理条件下で細胞内のCDK2活性を10%以下にまで低下させることも明らかとなった。さらに、UCN-01が活性化型(Thr160リン酸化型)CDK2蛋白量の減少およびCDKインヒビターp21WAF1/Cip1およびp27Kip1蛋白の発現レベルの上昇を引き起こすことが明らかとなった。また、UCN-01によって誘導されたp21WAF1/Cip1蛋白は細胞内でCDK2に結合していることが確認され、その誘導メカニズムは同遺伝子の転写活性化によるものであることが明らかとなった。以上の結果より、UCN-01はCDK2を直接阻害すると同時に、CDK2のリン酸化阻害およびp21WAF1/Cip1、p27Kip1蛋白といったCDKインヒビターの誘導を介してCDK2を間接的に阻害し、Rb蛋白を脱リン酸化することによってA431細胞の細胞周期をG1期に停止させる可能性が示唆された。

 そこで、さらにUCN-01が他の癌細胞においてもG1期集積作用を引き起こす可能性について、ヒト大腸癌WiDr細胞(野生型Rb/変異型p53)、ヒト大腸癌HCT116細胞(野生型Rb/野生型p53)およびヒト骨肉腫Saos-2細胞(変異型Rb/欠失型p53)を用いて検討した。その結果、UCN-01はこれら3細胞株に対して24時間処理でいずれも濃度依存的にG1期集積作用を引き起こすことが明らかとなった。また、Saos-2細胞に関しては、UCN-01が同様の条件下でアポトーシス誘導作用も示すことが明らかとなった。次に、ヒト肺線維芽細胞WI38(野生型Rb/野生型p53)およびそのSV40感染細胞株WI-38VA13(不活化型Rb/不活化型p53)を用いて同様の検討を行なったところ、UCN-01はWI-38細胞に対してG1期集積作用を示し、一方、WI-38VA13細胞に対してはG1期集積作用をほとんど示さずアポトーシス誘導作用を示すことが明らかとなった。さらに、これら5株を用いて、UCN-01のG1期制御蛋白に及ぼす影響について検討したところ、UCN-01は5株中3株(WiDr、HCT116およびWI-38)においてRb蛋白の脱リン酸化を引き起こし、5株中1株(WiDr)においてp21WAF1/Cip1蛋白の発現を誘導し、また5株中4株(WiDr、HCT116、Saos-2およびWI-38)においてp27Kip1蛋白の発現レベルを上昇させることが明らかとなった。一方、UCN-01はすべての細胞株において細胞内CDK2活性の阻害作用を示し、その程度は同活性化型(Thr160リン酸化型)蛋白量の低下とよく一致した。以上の結果より、UCN-01によるG1期集積作用には、Rb蛋白の脱リン酸化が一部関与するものの、Rb蛋白自身は必ずしも必要ではなく、むしろ、その上流にあるCDK2の活性阻害作用が重要である可能性が示唆された。さらに、そのCDK2阻害には、CDK2蛋白のThr160のリン酸化阻害が大きく関与し、p27Kip1蛋白レベルの上昇も一部関与するが、p21WAF1/Cip1蛋白の誘導はほとんど関与しない可能性が示唆された。

 さらに、細胞内のG1期制御因子と細胞のUCN-01に対する感受性との関係について、英国Leicester大学のDr.Gescherよりヒト非小細胞肺癌A549細胞(野生型Rb/野生型p53)のUCN-01耐性株(A549/UCN)を入手し、これらを用いて検討した。A549/UCN細胞はその親株(A549)に対してIC50ベースで3.6倍の耐性度を示すことが確認され、両株の細胞周期およびアポトーシス誘導に及ぼすUCN-01の影響について24時間処理により解析した結果、UCN-01は80nMにおいては両株に対してG1期集積作用を引き起こすことが確認された。一方、UCN-01は、より高濃度(240および400 nM)においてA549細胞ではアポトーシスを引き起こしたのに対し、A549/UCN細胞ではアポトーシスをほとんど引き起こさずG1期集積を引き起こすことが明らかとなった。以上の結果より、A549/UCN細胞は、G1期集積を引き起こすことによってUCN-01によるアポトーシス誘導を回避している可能性が考えられた。また、両細胞株の蛋白発現パターンについて検討したところ、A549/UCN細胞においてp21WAF1/Cip1およびp27Kip1蛋白が恒常的に高発現しており、G1チェックポイント機構が強化されている可能性が示唆された。さらに、A549/UCN細胞ではUCN-01処理による細胞内CDK2活性の阻害作用が認められ、一方、A549細胞では同活性の変化はほとんど見られなかった。以上の結果より、細胞のUCN-01に対する感受性決定因子としてCDK2活性の制御蛋白を含むG1チェックポイント機構が重要である可能性が示唆された。

 以上の研究により、以下の点が明らかとなった。

(1) UCN-01は、非選択的プロテインキナーゼ阻害活性を有するSTPとは高濃度における細胞周期上の作用点がまったく異なり、また、UCN-01と同様にPKC選択的阻害活性を有するCGP41251とも細胞周期上の作用点がまったく異なる、(2) UCN-01は、A431細胞においてCDK2を直接阻害すると同時にCDK2のリン酸化阻害およびp21WAF1/Cip1、p27Kip1蛋白といったCDKインヒビターの誘導によってCDK2を間接的に阻害し、Rb蛋白を脱リン酸化することによって細胞周期をG1期に停止させる、(3) UCN-01によるG1期集積作用には、特に同薬剤による細胞内CDK2活性の阻害が重要である、(4) 細胞のUCN-01に対する感受性決定因子として、CDK2活性の制御蛋白を含むG1チェックポイント機構が重要である。

審査要旨 要旨を表示する

 UCN-01(7-hydroxystaurosporine)は、協和発酵工業東京研究所においてproteinkinase C(PKC)選択的阻害物質としてStreptomycesの培養上清中より単離されたインドロカルバゾール系化合物である。その後の評価で、UCN-01はヒト腫瘍移植ヌードマウスモデルにおいて単剤で抗腫瘍効果を示し、かつ既存抗癌剤と相乗的併用効果を示すことが明らかとなり、また、米国国立癌研究所(NCI)および国立がんセンターにおけるin vitroセルパネル評価において従来の抗癌剤とは異なるパターンを示すことが明らかとなった。このような背景をもとに、UCN-01は新規作用メカニズムを有する抗癌剤として開発が進められ、現在日本および米国で臨床試験が実施されている。UCN-01はPKC選択的阻害活性を有するが、癌細胞におけるPKCの機能については不明な点が多く、同薬剤の抗腫瘍効果発現における真の作用メカニズムに関しては未だ明らかになっていない。

 本研究では、UCN-01の作用メカニズムについて細胞周期に及ぼす作用の観点から、(1)UCN-01および類似化合物のM期同調A431細胞の細胞周期進行に及ぼす作用の比較検討、(2)UCN-01のA431細胞におけるG1期集積作用のメカニズム解析、(3)UCN-01によるG1期集積作用の細胞スペクトラム解析、および(4)UCN-01耐性細胞株の解析、を行なうことにより以下の成果を得た。

1. UCN-01および類似化合物のM期同調A431細胞の細胞周期進行に及ぼす作用の違い。

 nocodazoleでM期同調したヒト類表皮癌A431細胞(野生型Rb/変異型p53)を用いて、その細胞周期進行に及ぼすUCN-01およびstaurosporine(STP)の影響について比較検討した。その結果、UCN-01およびSTPは50%増殖阻害濃度(IC50;それぞれ260および5.8 nM)でともにS期進行阻害を引き起こし、80%増殖阻害濃度(IC80;それぞれ1560および58 nM)ではUCN-01はS期進行阻害を、一方、STPはG2M期停止作用を示した。また、同系においてNovartis杜のPKC選択的阻害剤CGP41251(4'-N-benzoylstaurosporine)はIC50濃度(300 nM)では細胞周期進行に影響を及ぼさず、IC80濃度(3000 nM)では一時的なG2M期停止とそれにひきつづく倍数体異常の誘導作用を示した。以上の結果より、UCN-01は、非選択的プロテインキナーゼ阻害活性を有するSTPとはIC80濃度における細胞周期上の作用点がまったく異なり、さらにUCN-01と同様にPKC選択的阻害活性を有するCGP41251とも細胞周期上の作用点がまったく異なることが明らかとなった。

2. UCN-01のA431細胞におけるG1期集積作用のメカニズム。

 UCN-01によるG1期集積作用の分子メカニズムについて、非同調A431細胞を用いて、同薬剤がG1期集積作用を示すIC50付近濃度(260および520 nM)の24時間処理条件において検討した。その結果、UCN-01はretinoblastoma(Rb)蛋白の脱リン酸化、cyclin Aおよびcyclin D1蛋白の発現低下を引き起こし、cyclin E蛋白の発現には影響を及ぼさなかった。また、Rbキナーゼの一つであるcyclin-dependent kinase 2 (CDK2)に対するUCN-01の阻害作用についてcell free系にて検討したところ、同薬剤はCDK2に対して濃度依存的な阻害活性を示し、その50%阻害濃度はhistone H1を基質としたときに530 nM、Rbを基質としたときに640 nMであった。また、UCN-01は上述の薬剤処理条件下で細胞内のCDK2活性を10%以下にまで低下させることも明らかとなった。さらに、UCN-01が活性化型(Thr160リン酸化型)CDK2蛋白量の減少およびCDKインヒビターp21WAF1/Cip1およびp27Kip1蛋白の発現レベルの上昇を引き起こすことが明らかとなった。また、UCN-01によって誘導されたp21WAF1/Cip1蛋白は細胞内でCDK2に結合していることが確認され、その誘導メカニズムは同遺伝子の転写活性化によるものであることが明らかとなった。以上の結果より、UCN-01はCDK2を直接阻害すると同時に、CDK2のリン酸化阻害およびp21WAF1/Cip1、p27Kip1蛋白といったCDKインヒビターの誘導を介してCDK2を間接的に阻害し、Rb蛋白を脱リン酸化することによってA431細胞の細胞周期をG1期に停止させる可能性が示唆された。

3. UCN-01によるG1期集積作用の細胞スペクトラム。

 UCN-01がA431細胞以外の癌細胞においてもG1期集積作用を引き起こす可能性について、ヒト大腸癌WiDr細胞(野生型Rb/変異型p53)、ヒト大腸癌HCT116細胞(野生型Rb/野生型p53)およびヒト骨肉腫Saos-2細胞(変異型Rb/欠失型p53)を用いて検討した。その結果、UCN-01はこれら3細胞株に対して24時間処理でいずれも濃度依存的にG1期集積作用を引き起こすことが明らかとなった。また、Saos-2細胞に関しては、UCN-01が同様の条件下でアポトーシス誘導作用も示すことが明らかとなった。次に、ヒト肺線維芽細胞WI-38(野生型Rb/野生型p53)およびそのSV40感染細胞株WI-38VA13(不活化型Rb/不活化型p53)を用いて同様の検討を行なったところ、UCN-01はWI-38細胞に対してG1期集積作用を示し、一方、WI-38 VA13細胞に対してはG1期集積作用をほとんど示さずアポトーシス誘導作用を示すことが明らかとなった。さらに、これら5株を用いて、UCN-01のG1期制御蛋白に及ぼす影響について検討したところ、UCN-01は5株中3株(WiDr、HCT116およびWI-38)においてRb蛋白の脱リン酸化を引き起こし、5株中1株(WiDr)においてp21WAF1/Cip1蛋白の発現を誘導し、また5株中4株(WiDr、HCT116、Saos-2およびWI-38)においてp27Kip1蛋白の発現レベルを上昇させることが明らかとなった。一方、UCN-01はすべての細胞株において細胞内CDK2活性の阻害作用を示し、その程度は同活性化型(Thr160リン酸化型)蛋白量の低下とよく一致した。以上の結果より、UCN-01によるG1期集積作用には、Rb蛋白の脱リン酸化が一部関与するものの、Rb蛋白自身は必ずしも必要ではなく、むしろ、その上流にあるCDK2の活性阻害作用が重要である可能性が示唆された。さらに、そのCDK2阻害には、CDK2蛋白のThr160のリン酸化阻害が大きく関与し、p27Kip1蛋白レベルの上昇も一部関与するが、p21WAF1/Cip1蛋白の誘導はほとんど関与しない可能性が示唆された。

4. UCN-01耐性細胞株の性質。

 細胞内のG1期制御因子と細胞のUCN-01に対する感受性との関係について、英国Leicester大学のDr.Gescherよりヒト非小細胞肺癌A549細胞(野生型Rb/野生型p53)のUCN-01耐性株(A549/UCN)を入手し、これらを用いて検討した。A549/UCN細胞はその親株(A549)に対してIC50ベースで3.6倍の耐性度を示すことが確認され、両株の細胞周期およびアポトーシス誘導に及ぼすUCN-01の影響について24時間処理により解析した結果、UCN-01は80 nMにおいては両株に対してG1期集積作用を引き起こすことが確認された。一方、UCN-01は、より高濃度(240および400 nM)においてA549細胞ではアポトーシスを引き起こしたのに対し、A549/UCN細胞ではアポトーシスをほとんど引き起こさずG1期集積を引き起こすことが明らかとなった。以上の結果より、A549/UCN細胞は、G1期集積を引き起こすことによってUCN-01によるアポトーシス誘導を回避している可能性が考えられた。また、両細胞株の蛋白発現パターンについて検討したところ、A549/UCN細胞においてp21WAF1/Cip1およびp27Kip1蛋白が恒常的に高発現しており、G1チェックポイント機構が強化されている可能性が示唆された。さらに、A549/UCN細胞ではUCN-01処理による細胞内CDK2活性の阻害作用が認められ、一方、A549細胞では同活性の変化はほとんど見られなかった。以上の結果より、細胞のUCN-01に対する感受性決定因子としてCDK2活性の制御蛋白を含むG1チェックポイント機構が重要である可能性が示唆された。

 以上、本研究は、新規抗癌剤として現在臨床開発が進められているUCN-01の抗腫瘍作用メカニズムについて、細胞レベルおよび分子レベルで解析を行なうことにより同薬剤が従来の抗癌剤とは異なるユニークな作用を有することを明らかにしたものであり、将来の抗癌剤開発に多大な示唆を与え、癌化学療法学において高く評価される内容であり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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