学位論文要旨



No 214685
著者(漢字) 山口,哲央
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,テツオ
標題(和) 新規水溶性タキソイドT-3782の創製と合成
標題(洋)
報告番号 214685
報告番号 乙14685
学位授与日 2000.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14685号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 天然物パクリタキセル1と、in vivo抗腫瘍活性が1より強いドセタキセル2は、種々の固形癌に対して高い有効治療率を示す、臨床で最も注目されている抗腫瘍薬のひとつである。しかしながら、1および2には、白血球減少等の副作用の発現、大腸癌等への低感受性が報告されている。さらに、これら薬剤は水への溶解度が<0.05 mg/mlと極めて低く、このことが臨床で使用する際の大きな問題点となっている。

 筆者は、これら問題点の解決を目指し、以下の検討を行った。1) 2よりも優れた抗腫瘍作用を有する新規タキソイドの創製。2)新規タキソイドの水溶性プロドラッグの創出。

2. 新規13位側鎖を有するタキソイドの合成と抗腫瘍効果

 タキソイドの活性発現には、13位側鎖の存在が必須である。これまでに13位側鎖部分の修飾例が多数報告されているが、これらは、天然物10-デアセチルバッカチンIII3のアシル化により合成されている。しかしながら、3の13位水酸基は、立体的に障害の大きい位置にあり、かつ4位アセトキシ基と水素結合をしているために極めて反応性が低い(Fig.2)。従って、効率的な13位側鎖導入法は数少なく、この点が13位側鎖部分の広汎な構造活性相関研究を困難にしている。

 筆者は、既法では合成困難と考えられる誘導体合成をも可能とする、効率的かつ柔軟性のある新規13位側鎖導入法の開発を検討した。すなわち、立体障害が少ないためバッカチンIII誘導体とのカップリング反応が容易に進行すると期待され、しかも後の工程で3'位の構造変換が比較的柔軟に行えることから、シスおよびトランスグリシッド酸5a,5bを利用する合成法を計画した(Schemel)。

 シス−グリシッド酸5aは、Sharpless不斉ジヒドロキシル化反応により得られる光学活性ジオール9から合成した。11の水酸基への5a導入反応は円滑に進行し、引き続く12aの立体選択的なアジド化を経たドセタキセル2の簡便合成法を確立した(Scheme2)。

 一方、既法を利用することによりシス−グリシッド酸と比べて短工程で合成されるトランス−グリシッド酸5bを用いた11のアシル化反応は、室温10分間で終結した(Scheme3)。12bのTiBr4によるブロム化は、HMPAを添加することにより立体制御が達成され、14を選択的に得ることが出来た。14をNaN3で処理すると、13の他に、12bを経由した13の3'位ジアステレオマーが副生成物として生じた。条件検討の結果、反応系に15-crown-5を添加し、低温にて反応を行うことにより13を立体選択的に得ることに成功した。

ここに、シスおよびトランスグリシッド酸を利用するタキソイドの新規合成法を確立した。これらは、従来法と比較して、2',3'-アミノアルコール部分の保護、脱保護を必要としない効率的な合成法である。

 次に筆者は、これらの新規合成法を利用した新規3'位置換タキソイドの合成を検討した。まず、3'位アミド結合部分の変換として、合成中間体12a,14を用いて、既法からは合成困難と考えられる新規タキソイド15,16を合成した。さらに、3'位のフェニル基修飾の一環として、シクロプロピル基に置換した誘導体19の合成も行った(Scheme4)。

 次に、合成した上記タキソイドのB-16メラノーマ細胞移植マウスに対する延命効果を検討した。その結果、3'-デスフェニル-3'-シクロプロピルドセタキセル19(T-1248)に、ドセタキセル2を上回るin vivo抗腫瘍活性を見出した。さらに、T-1248は、各種ヒト腫瘍細胞9株中8株に対して2を上回る増殖抑制効果(in vitro抗腫瘍活性)を示し、特に大腸癌細胞(WiDr, Colon 320)に対して、2の16-23倍の活性を示した。

3. 新規水溶性タキソイドT-3782の創製と合成

 次に筆者は、タキソイド誘導体共通の問題点である難水溶性を解決するために、T-1248の水溶性プロドラッグ化を検討した。

 これまでに、幾つかの水溶性誘導体および水溶性プロドラッグの研究が、2'位および7位水酸基の修飾を中心に報告されている。しかしながら、水溶性、in vivo抗腫瘍活性、安定性の3要素を満たす報告例はほとんど知られていない。

 その中で筆者は、Mathewらが報告した2'位水酸基にアミノ酸誘導体を直接エステル結合で導入した水溶性プロドラッグ20に着目した(Fig.3)。これらには親化合物1とほぼ同程度のin vivo抗腫瘍活性が報告されている。ところが、20は化学的に不安定なため、それ以上の研究は報告されていない。筆者は、20が化学的に不安定な原因を、アミノ基による隣接基関与と2'位酸素原子近傍にかさ高い修飾基を導入したことによる立体反発によるものと推定した。そして、2'位水酸基をグリコール酸ユニットをスペーサーとして介したアミノ酸で修飾し、立体障害の軽減をはかった水溶性プロドラッグ21をデザインした。

 アミノ酸誘導体23とT-1248の7,10位保護体24から合成されたプロドラッグ21は、いずれも優れた水溶性を示し、かつ期待通りに生理食塩水中安定であった(Scheme 5)。

 さらに、プロドラッグ21の抗腫瘍活性を、B-16メラノーマ細胞移植マウスに対する延命効果を指標にして検討した(Table 1)。21a,21d,21eは、対照薬のドセタキセル、さらには親化合物であるT-1248よりも優れた抗腫瘍活性を示した。これらの化合物は、投与量がT-1248より高いにも関わらず、体重減少が少ないことから、プロドラッグ化により毒性を軽減できたものと思われる。

 最も優れた抗腫瘍活性を示した21aに関して塩の検討を行い、結晶化に成功したトシル酸塩T-3782に関して詳細な検討を行った。T-3782の特徴を以下に示す。1)各種ヒト腫瘍細胞を移植したヌードマウスに対して、ドセタキセルと同等以上の抗腫瘍活性を示した。2)イヌに対する毒性は、ドセタキセルより軽度であった。3)良好な水溶性(1mg/m1)を有し、化学的に安定であり、ヒトエステラーゼにより活性本体であるT-1248に効率よく変換される。現在、T-3782は、臨床開発侯補品として選出され、臨床開発に向け鋭意検討が継続されている。

 さらに、筆者はT-3782の工業化を指向した合成法を検討した。結果、2位を修飾したオキサゾリンカルボン酸塩26を用いて13位側鎖を導入することにより、2'位水溶性側鎖の導入を効率化出来、短工程のT-3782合成法を確立することに成功した(Scheme 6)。

 以上筆者は、グリシッド酸を利用した新規13位側鎖導入法を開発し、それを基盤としたタキソイドの13位側鎖部分の構造活性相関研究を行い、T-1248を選出した。さらに、その水溶性プロドラッグ化に成功し、臨床開発候補品T-3782を選出し、その工業化を指向した合成法を確立した。

Figure 1

Figure 2

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Figure 3

Scheme 5

Table 1: Antitumor activity of T-1248 and 21 against B16 meleanom.

Scheme6

審査要旨 要旨を表示する

 天然物パクリタキセル1と、in vivo抗腫瘍活性が1より強いドセタキセル2は、種々の固形癌に対して高い有効治療率を示す、臨床で最も注目されている抗腫瘍薬のひとつである。しかしながら、1および2には、白血球減少等の副作用の発現、大腸癌等への低感受性が報告されている。さらに、これら薬剤は水への溶解度がく0.05mg/mlと極めて低く、このことが臨床で使用する際の大きな問題点となっている。

 山口哲央は、これら問題点の解決を目指し、以下の検討を行った。1)2よりも優れた抗腫瘍作用を有する新規タキソイドの創製。2)新規タキソイドの水溶性プロドラッグの創出。

1. 新規13位側鎖を有するタキソイドの合成と抗腫瘍効果

 タキソイドの活性発現には、13位側鎖の存在が必須である。これまでに13位側鎖部分の修飾例が多数報告されているが、これらは、天然物10-デアセチルバッカチンIIIのアシル化により合成されている。しかしながら、10-デアセチルバッカチンの13位水酸基は、立体的に障害の大きい位置にあり、かつ4位アセトキシ基と水素結合をしているために極めて反応性が低い。

 山口哲央は、既法では合成困難と考えられる誘導体合成をも可能とする、効率的かつ柔軟性のある新規13位側鎖導入法の開発を検討した。すなわち、立体障害が少ないためバッカチンIII誘導体とのカップリング反応が容易に進行すると期待され、しかも後の工程で3'位の構造変換が比較的柔軟に行えることから、シスおよびトランスグリシッド酸6,10を利用する合成法を計画した。

 シス−グリシッド酸6は、Sharpless不斉ジヒドロキシル化反応により得られる光学活性ジオール4から合成した。7の水酸基への6導入反応は円滑に進行し、引き続く8の立体選択的なアジド化を経たドセタキセル2の簡便合成法を確立した(Scheme 1)。

 一方、既法を利用することによりシス−グリシッド酸と比べて短工程で合成されるトランス−グリシッド酸10を用いた7のアシル化反応は、室温10分間で終結した(Scheme2)。11のTiBr4によるブロム化は、HMPAを添加することにより立体制御が達成され、12を選択的に得ることが出来た。12をNaN3で処理すると、13の他に、11を経由した13の3'位ジアステレオマーが副生成物として生じた。条件検討の結果、反応系に15-crown-5を添加し、低温にて反応を行うことにより13を立体選択的に得ることに成功した。

 ここに、シスおよびトランスグリシッド酸を利用するタキソイドの新規合成法を確立した。これらは、従来法と比較して、2',3'-アミノアルコール部の保護、脱保護を必要としない効率的な合成法である。

 次に山口哲央は、これらの新規合成法を利用した新規3'位置換タキソイドの合成を検討し、既法からは合成困難と考えられる新規タキソイド14,15を合成した。さらに、3'位のフェニル基修飾の一環として、シクロプロピル基に置換した誘導体16の合成も行った(Figure 2)。

 次に、合成した上記タキソイドのB-16メラノーマ細胞移植マウスに対する延命効果を検討した。その結果、3'-デスフェニル-3'-シクロプロピルドセタキセル16(T-1248)に、ドセタキセル2を上回るin vivo抗腫瘍活性を見出した。さらに、T-1248は、各種ヒト腫瘍細胞9株中8株に対して2を上回る増殖抑制効果(in vitro抗腫瘍活性)を示し、特に大腸癌細胞(WiDr,Colon 320)に対して、2の16-23倍の活性を示した。

2. 新規水溶性タキソイドT-3782の創製と合成

 次に山口哲央は、タキソイド誘導体共通の問題点である難水溶性を解決するために、T-1248の水溶性プロドラッグ化を検討した。

 これまでに、幾つかの水溶性誘導体および水溶性プロドラッグの研究が、2'位および7位水酸基の修飾を中心に報告されている。しかしながら、水溶性、in vivo抗腫瘍活性、安定性の3要素を満たす報告例はほとんど知られていない。

 山口哲央は水溶性プロドラッグ17をデザインし、その化学合成に成功した。プロドラッグ17、いずれも優れた水溶性を示し、かつ期待通りに生理食塩水中安定であった(Scheme5)。

 さらに、プロドラッグ17の抗腫瘍活性を、B-16メラノーマ細胞移植マウスに対する延命効果を指標にして検討した(Table 1)。17a,17d,17eは、対照薬のドセタキセル、さらには親化合物であるT-1248よりも優れた抗腫瘍活性を示した。これらの化合物は、投与量がT-1248より高いにも関わらず、体重減少が少ないことから、プロドラッグ化により毒性を軽減できたものと思われる。

 最も優れた抗腫瘍活性を示した17aに関して塩の検討を行い、結晶化に成功したトシル酸塩T-3782に関して詳細な検討を行った。T-3782の特徴を以下に示す。1)各種ヒト腫瘍細胞を移植したヌードマウスに対して、ドセタキセルと同等以上の抗腫瘍活性を示した。2)イヌに対する毒性は、ドセタキセルより軽度であった。3)良好な水溶性(1mg/ml)を有し、化学的に安定であり、ヒトエステラーゼにより活性本体であるT-1248に効率よく変換される。現在、T-3782は、臨床開発候補品として選出され、臨床開発に向け鋭意検討が継続されている。

 さらに、山口哲央はT-3782の工業化を指向した合成法を検討した。その結果、2位を修飾したオキサゾリンカルボン酸塩18を用いて13位側鎖を導入することにより、2位水溶性側鎖の導入を効率化出来、短工程のT-3782合成法を確立することに成功した(Scheme3)。

 以上山口哲央は、タキソイドの医薬化学で顕著な成果をおさめた。本研究成果は、博士(薬学)に十分相当すると判断される。

Figure 1

Scheme 1

Scheme 2

Figure 2

Figure 3

Scheme 3

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